一夜明けて
「これからどうしましょうかって話なんだけど……何かないか?」
死霊使いを打倒した次の日の早朝。
俺たち三人は今後のことを考えるため、宿の食堂に集まっていた。
目的地であったカーティフが滅びてしまった以上、新たな行動の指針が必要となる。
早めにクルシュナクを出るのは前提として、それから先どこにむかうのか。どうやって生計を立てていくのか。問題は山積みだ。
「ひとまずは町長のところに行きましょう。魔族を倒したことを報告しておかなくちゃね」
「そうだなぁ……」
ナターシャの提案を受け、俺は軽く相槌を打つ。
なるほど、確かにそれは必要なことだ。
「そうしないとまた門番に止められるもんなぁ」
「ユーマは止めても無駄でしょう?」
「ハハハ、こりゃ参った」
アンナがニコニコと皮肉を言ってきたので、俺はおどけて返してみせた。
「……何よ、この茶番」
ナターシャはこちらを奇異の目で見ていた。
茶番とは失礼な。これはウィットの効いたジョーク……でもないな。
「で、その後はどうすっかね?」
「当てもないなら、しばらくクレメアに逗留するのも良いんじゃない?」
あ~……そういやナターシャは俺たちの事情を知らないんだっけな。
「う~ん……それも悪いとは言わないんだが」
「できれば早めにクルシュナクを出たいところですよね」
俺とアンナは顔を見合わせて笑った。
「何か先を急ぐ事情でもあるの?」
わけがわからない、とナターシャは疑問符を浮かべていた。
ここは正直に話しておくべきだろうか?
うん、きっと大丈夫だろう。こいつは信頼できる相手だ。きっと俺たちに悪いようにはしないはず。
「実は私、お尋ね者でして」
誰かに聞かれたら困るので、小声で伝える。
「……初耳なんだけど」
そりゃ言ってなかったからな。
「いったい何をしたのよ?」
「オルバティアの王宮で一暴れした後、逃亡」
「呆れた。何でそんなことしたのよ?」
ナターシャの冷ややかな視線が突き刺さる。やめて、そんな目で見ないで。
「俺は悪くありませぇん。先に手を出して来たのはあっちです」
「はぁ……」
俺の答えが大層ご不満な様子のナターシャ。
彼女の中で俺に対する評価は急降下している気がする。
「ユーマは悪い人じゃないです! 奴隷だった私を助けてくれたんですから……理由もなく暴れたりなんかしません!」
机に身を乗り出して、アンナが俺のフォローに入る。
ありがとう俺の天使。心の中でひっそりと感謝しておく。
「それくらいはわかってるわ。それにしても、あなた奴隷だったのね……っと、ごめんなさい。貶めるつもりはないのだけれど……」
決まりが悪そうにナターシャは目を泳がせる。
謝るほどの失言ではないと思うが、生真面目なやつだな。
「気にしないでください。私は気にしてませんから。数年前、エリザ様、私の元御主人がカーティフに訪れたんですけど……そのとき気に入られてしまったようで、無理やり隷輪をはめられて誘拐されちゃったんです。こうしてユーマが助けてくれましたけど、追手が来ていないとは言い切れません」
知らなくていいことだし、聞こうとしてこなかったが……アンナが奴隷になったのにはそういう経緯があったのか。
そのエリザとかいうやつ、機会があったらぶん殴ってやろう。
「とにかく事情は把握したわ。あなたたちもいろいろ大変なのね」
まだ何か言いたげではあったが、とりあえずナターシャは納得してくれたようだった。
朝食を摂り終えた俺たちは、一度部屋に戻ってゆっくり時間が経つのを待ってから宿を後にした。町長に会うなら、こんな朝早くに出ても待たされることにもなりかねないし。
宿を出る際、例の受付嬢に身体の心配をされたが、もう体調は万全……というわけではなかったりする。その場では適当に誤魔化したものの、正直言って昨日は体力を消耗しすぎた。まあ、当面は体を張る事態にはならんだろうし問題はない。
ちなみに受付嬢に聞いたところ、町長は街の役場に行けば会えるとのこと。考えてみれば当たり前のことだよな。
すでに活気づいている街中を歩くこと四半刻程度。俺たちは役場に辿り着いた。
さっそく建物内に入り、受付の場所を探す。
「ナターシャじゃないか。久方ぶりだな。元気にしていたか?」
「シモン? どうしてあなたがこの街に?」
ナターシャが見知らぬ男に声を掛けられていた。シモンと呼ばれたその男は見た感じ、三十代後半。髪はオールバックに纏めている。物静かな余裕と硬質な雰囲気を漂わせる男だった。服の上からでもよく鍛えこまれていることがわかる肉体。見事だ、正直憧れる。男は幾つになっても筋肉が好きだからね、変な意味でなく。
ナターシャの知り合いみたいだけど、もしかして元彼だったりするのか?
「俺はここの出身だからな。休暇を取って帰省中というわけだ。お前は……なるほど、大方魔族の噂を聞きつけて来たってところだろう?」
合点がいったような顔でシモンが言う。
ナターシャが魔族に憎しみを抱いてることを知っている者なら、そう推論するのは当然の帰結と言えるか。
「私はこの男についてきた成り行きでね」
そう言って、ナターシャは俺の方を一瞥する。
「珍しいな。お前が誰かと行動を共にするとは」
シモンは視線を俺の方に移した。値踏みするようにジロジロと見てくる。
別に見て面白いものでもないぞ、俺は。
しかし、やっぱりナターシャは孤高というか、そういう存在として捉えられてるようだ。
「放っておいてちょうだい。それと、魔族ならもういないわ。今日は町長にそのことを報告しに来たのよ」
「それは朗報だ。やはりお前が倒したのか?」
感嘆の色を帯びたシモンの言葉に対し、ナターシャは首を横に振って応えた。
「残念だけど、倒したのはこの男。私は何もしていないわ」
「……この男が? あまり強そうには見えんが」
シモンは俺に対する率直な感想を漏らす。
特に気になりはしないけどさ。自分でも強そうな見た目してるとは毛ほども思わんし。
「もしかしたらあなたより強いかも」
「ほう……それは面白い」
ナターシャとシモンは互いに不敵な笑みを浮かべている。
煽るようなことは言わないでくださいナターシャさんマジで頼むから。
面白がられて面倒事になっても困るんです。
「えっと、ナターシャさんとシモンさん? とはどういうご関係なんでしょう?」
これまで俺と同様黙っていたアンナが会話に入る。
良い質問だぜアンナ。俺も微妙に気になってたところだ。
「一時期、シモンの所属するギルドで私も仕事をしてたのよ。まあ、今でも籍は残してあるんだけどね」
ナターシャがその疑問に答える。
集団行動苦手そうなくせに、ギルドに所属してたの……って、さすがに失礼か。
「ナターシャさん、ギルドに所属していたんですね……どこのギルドですか?」
「グリムヴェルのアルビオンってとこ。聞いたことあるかしら?」
「アルビオンって……あの有名な!?」
アンナが目を白黒させている。グリムヴェルだのアルビオンだの何も知らんが、驚くほどのことなのか。
「へぇ~……よくわからんけど、すげーのな。ていうか、かっけーなアルビオンって」
「何その馬鹿みたいな感想」
「うっせぇやい」
俺の馬鹿丸出しな発言に対し、即座にナターシャのツッコミが入る。
自覚があるから何も言い返せないのが悔しい。
「積もる話もあるが、とりあえず後回しだ。これから俺も町長の元に行くんだが、どうやらお前たちにも来てもらった方が良さそうだ。いっしょに来てくれるか?」
シモンが俺たちに同意を求める。
「構わないわ。あなたたちも良いわよね?」
ナターシャは俺とアンナに確認を取る。
「ああ、問題ない」
「そうすれば待たずに済みますからね」
断る理由は何もないので、俺たちは素直に同意した。




