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外伝其の二:兆し

超短いです。

 ユーレヒトと黒騎士の遭遇から更に数日後。

 クルシュナク王城内のとある一室。

 そこは第一王女たるエルティナ・ラン・クルシュナクの私室であった。

 広々とした空間には、天蓋付きのベッドに立派な机と椅子、その他必要最低限の調度品と家具が並ぶ。

 確かな品格の高さは窺えるが、他の王族のものと比較すれば質素とも言えるその部屋に来訪者があった。中性的な容姿に輝くような金髪を持つ優男。彼こそ《皇魔七天》序列第二位、《時空の調停者》ヘリオス。


「淑女の部屋に黙って立ち入るとは感心せぬな」


 虚空から突然姿を現したヘリオスに、部屋の主であるエルティナは微塵も動揺を見せることはなかった。さすがにクルシュナク有数の傑物と呼ばれているだけのことはある。


「おやおや、もっと驚いていただけるものと思っていたのですがね」


 敵陣にたった一人だというのに、ヘリオスは余裕のある態度を見せていた。


「ふん……座れ。茶でも出してやろうか?」


「どうぞお構いなく」


 二人は机を挟んで向かい合い、椅子に腰掛ける。

 目じりを吊り上げ、相手を威圧するエルティナに対し、ヘリオスは飄々と不敵な笑みを浮かべていた。

 エルティナが話を切り出す。


「単刀直入に問う。ヘリオス……貴様、何をしに来た?」


「別に大した用事ではありませんよ。少しあなたと話がしたかっただけです」


 彼らは今回が初対面ということではなかった。理由こそ多岐に渡るが、ごく稀にヘリオスは人間側の権力者の元へ足を運ぶことがある。彼が前回クルシュナク王城に訪れたのは十年以上前。当時まだ幼くも、すでにその才覚の片鱗を見せ始めていたエルティナの噂を聞き、会いに来ていたのだ。


「はっ、とんだ大物、もとい暇人だな。それだけのために、わざわざ敵地の真っただ中にやって来たのか?」


「そういうことになりますね。暇人と言われるのは少々心外ですけど」


 エルティナの皮肉にも、ヘリオスがその笑みを崩すことはなかった。


「喰えぬ男よ。貴様のような手合いは心底気に入らん」


「ははは、これは手厳しい」


 わずかに間を置いて、ヘリオスは話を切り替える。


「召喚の儀を成功させたのは、あなたですね?」


「……チッ、調べはついているということか」


「はい。勇者たちの育成は順調ですか?」


「答える義理はない」


 不快そうに顔を顰め、エルティナはにべもなくヘリオスの問いを切り捨てた。


「しっかり育てておかないと全員殺されかねませんよ。我が同志、レイドガルムによって」


「何?」


「彼は勇者という存在に興味津々でしてね。近日中にはこの王城に向けて侵攻してくるでしょう」


「なぜそれを私に伝える? 奇襲でも仕掛ければ良かろうに」


「それは《覇王》様の望むところではありませんので」


「……理解できんな。貴様らの皇は何を考えているのやら」


 こめかみに手を当て、小さく呟くエルティナ。


「ははは、残念ながら貴方は大変聡明だ。あの方の考えは理解できませんよ」


「ほう、要するに《覇皇》とやらは馬鹿者ということか」


「ええ、馬鹿です。それも大馬鹿の部類でしょう」


 ヘリオスはあっさりとエルティナの言葉を肯定した。

 その反応を予想していなかったエルティナは狐につままれたような顔になる。


「それに教え子に対しては、少々じょうが湧いてしまいましてね」


「ククッ……」


「おや? 何か可笑しなことを言いましたか?」


 エルティナが失笑を漏らしたことで、ヘリオスが不思議そうな顔になる。


「可笑しいに決まっているだろう。魔族が情を語るとはな」


 そう言った後、エルティナは心底不快そうに顔を歪めた。


「教え子だと? ふざけるなよ、馴れ馴れしい口を利くな」


「本当に手厳しいですねぇ」


 そう言って、苦笑しながらヘリオスは部屋の戸の方に視線を向けた。

 すぐに戸が開けられ、勢いよく数人の男女が部屋に踏み入ってくる。


「エルティナ様! ご無事ですか!?」


 真っ先に入ってきてエルティナに声を掛けたのは、進藤勇人。それに一瞬遅れて、藤堂飛鳥、樋口楓、そして榊原香苗が続いた。


「お前たちか。よく駆けつけてくれたな」


 ある意味無粋とも言える来訪者たちに対し、エルティナは口角に微笑みを浮かべた。


「姫様、大丈夫なの? そっちの人、なんだか尋常じゃなくヤバい感じがするんだけど……」


 楓はヘリオスを前に戦慄を覚えていた。震える声と身体がそれを如実に示している。

 勇者として彼女たちがこちら側に呼ばれてからすでに三週間が経過。その間に騎士団との訓練、魔物との戦闘、そして勇者同士での切磋琢磨を通して彼女たちは着実に成長していた。

 特にこの部屋に踏み入った四人の成長ぶりは芳しく、勇者としての片鱗を垣間見せている。

 それでもなお、格が違いすぎると確信させるほどヘリオスの纏っている雰囲気は異質。

 気配察知に優れていることもあり、楓が感じている重圧は並大抵のものではない。

 

「お初にお目にかかります。私は《皇魔七天》ヘリオス。私を知る者からは《調停者》とも呼ばれていますね。以後、お見知り置きを」


 椅子から立ち上がり、ヘリオスが入ってきた四人に向き直り丁寧に一礼する。


「皇魔七天……それじゃあ……!」


「敵の親玉というわけね」


 驚く香苗の言葉に、飛鳥が反応する。

 彼女たちは《皇魔七天》の話をすでに聞いていた。

 魔の力を振るう亜人《魔族ディアク》。その頂点に立つ七つの魔。彼女たちがいずれ立ち向かわなくてはならない敵として。


「なら、今ここで!」


 鋭く剣を抜き放ち、勇人がヘリオスにその切っ先を向けた。


「困りましたね。今日は事を構えるつもりはなかったのですが」


 刹那、飄々とした態度から一変、ヘリオスが冷たい殺気を放つ。

 その顔に笑みは浮かんでいなかった。


「掛かってくるなら、それも構いません。ただし、死ぬ覚悟だけはしておきなさい」


 その場にいた者は、ただ一人の例外、エルティナを除いて、ヘリオスに気圧されてしまう。

 気圧された者たちを責められはしない。見た目は優男であろうと、相手は究極の魔。

 むしろ、一切物怖じしないエルティナこそ驚嘆に値するというものだ。


「冗談ですよ。真に受けないでください」


 取り繕うかのようにヘリオスが苦笑する。

 

「私はこれにてお暇させていただきます。精々足掻いてみせてください」


 ヘリオスがそう言った次の瞬間、彼の姿はすでに部屋から消えていた。

 彼がいた場所に残るのは、微かな光の残滓のみ。

 何が起こったのか理解できず、四人の来訪者は一様に呆然としていた。


「……急がねばならんか」


 エルティナは誰にも届かないくらいの小さな声でそう呟いた。

これにて、この物語の一章は完結です。

もしよろしければ、感想等をいただけると励みになります。

※しばらく更新を停止します。

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