外伝其の一:《大死教》
佐伯悠真が死霊使いたちを打倒した数日後の朝。
デイン砦に放置された死霊使いの死体の側に、黒ローブを纏った男が悠然と佇んでいた。痩身に、この世界では珍しい黒髪。血色は悪く、総じて陰気そうな雰囲気を纏っている。男が側にいるためか、死肉を突きに来ていた生物はどこぞへと姿を消してしまっていた。
その男に近寄る者が一人。それは全身を物々しい鎧に覆われた黒騎士。《幻惑の魔女》ヴィンフリーデの従者であるシュヴァルツだった。
「……お久しぶりです」
黒騎士が男に話しかける。
「シュヴァルツか。こんなところで――」
男の言葉は中断させられることとなった。
黒騎士が背負っていた大剣を手に取り、目にも止まらぬ速さで横薙ぎの一閃を繰り出したがために。
「あ、危ないなぁ。いきなり何するのさ?」
男が素早く後ろに身を逸らしたことで、黒騎士の剣は空を切る。
黒騎士の剣技は、間違いなく達人の領域にあった。常人であれば、回避するどころか、まともに反応することすら叶わなかったはず。
ならば、それを苦も無く回避してみせた男が只者ではないことは自明の理であろう。
「……ご容赦ください……これは我が主の命に従ってのこと故」
抑揚なく低い声で黒騎士は答えた。
「何それ? どんな命令?」
「……貴殿に遭遇することあらば、一度斬りかかってやれ……と」
「あのさ、それで僕が死んだらどうするつもりだったんだい?」
引きつった笑みを浮かべる男の声には、非難の色が窺えた。
「……それも一興……あの方はそう仰っていました」
「僕、やっぱり君の主とだけは相容れないな」
「……その手の不満はもう聞き飽きております」
「だろうね」
どこまでも淡々とした黒騎士の答えに、男はこれ見よがしに嘆息してみせた。
「……それに……私の剣では貴殿を打倒することなど叶わない」
そう言う黒騎士の声には、諦観めいた響きがある。
「謙遜するねぇ」
「……純然たる事実です」
「ははは」
男は困ったように苦笑し、頬を掻いていた。
「それで? 君はどうしてこんなところにいるんだい? まさか、僕に斬りかかるためだけってわけじゃ……いや、待てよ、あの魔女だったら有り得そうな……えっ?」
目を見開き、男はまじまじと黒騎士を見据える。
それも若干引き気味で。
「……《大死教》ユーレヒトの名を騙り、各地で暴れる死霊使いを討伐せよ……そう拝命した私は、彼奴の居所を突き止め、ここへ足を運んだのですが……」
黒騎士は男の足元に転がる死体を見下ろす。
「御覧の通りの無駄足になったってわけだ」
黒騎士の言わんとしているところを察し、男はそれを口にする。
「……はい……ところで、あちらに鬼人の死体もあるようですが……彼奴等を葬り去ったのは貴殿に相違ありませんか?」
「いんや、違うよ」
軽く首を振り、男は黒騎士の言葉を否定した。
「……であれば、いったい何者が?」
「それは僕にもわかんないや。さっき到着したばかりだし……残念だなぁ」
「……何か御不満でも?」
悄然とした様子でなされた呟きに、黒騎士が反応した。
「そりゃあるさ。勝手に名を使われるってのは、どうにも不愉快でね。僕手ずから屠ってやろうと思っていたのに、これだもの。不完全燃焼もいいとこだよ」
男の言葉が示すのは、一つの事実。すなわち、彼こそが真正、《皇魔七天》に連なる者であるということ。
序列第七位、《大死教》ユーレヒトは不平を漏らし、眼前の死体を蹴り飛ばした。
「……其奴は何故、貴殿の名を騙ったのでしょうか?」
「う~ん」
黒騎士の問いに、ユーレヒトは腕を組んで考え込む。
ややあって、彼は答えた。
「多分あれじゃない? 僕に憧れてたとか、《皇魔七天》の肩書を欲したとか。まっ、そんなことはどうでもいいのさ。興味もないし」
「……左様で」
「それにしても、暴れてるのは僕の偽物だとよく判断できたね」
「……醜悪な死霊が散見していたもので……討伐の命が出されたのも、元はと言えば、その群れを見かけたヴィンフリーデ様が不快に思われたためです……貴殿ならあのような出来損ないは作らない」
「なるほど、ね。それは最もだ……しっかし、そうなるとここで僕たちが巡り会ったのは全くの偶然ってことかい?」
「……そうなりますね……私にとっては僥倖でしたが」
「僥倖って、何でさ?」
「……少々お耳に入れておきたいことがありまして……先日、ここクルシュナクにて勇者が召喚されたことはご存知ですか?」
予想だにしない黒騎士の言葉を受け、ユーレヒトは驚きに目を白黒させる。しかしすぐに、新しい玩具を見つけたと言わんばかりに、その口角を吊り上げた。
「いや、知らなかったよ。そうか、そんな面白そうなことがあったのか……で、それだけじゃないんだろう?」
「……はい」
小さく頷き、黒騎士が言葉を続ける。
「……おそらく、近いうちにクルシュナクで戦争が起こります」




