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この理不尽な世界で

「なめんなクソガキィ!」


 死霊使い(ネクロマンサー)が手にしている錫杖を高々と掲げる。すると、やつの周囲に無数の光球が生成されていく。紅紫の光球は一つ一つが直径一メートル近いと推測される上に、数えるのが馬鹿らしくなるほどに桁違いの量。

 負ける気はさらさらないが、これはちょっとばかし手こずりそうだ。

 やつが錫杖を振り下ろすと同時に、光球が放たれた。尾を引きながら、こちらへ飛んでくる。


界断の闇壁ミュール・デ・ソンブル


 俺が選んだのは、防御の一手。俺は闇の障壁を前面に展開する。

 光球が障壁に激突し、その度にけたたましい爆音が耳をつんざく。

 やがて爆音が止んだとき、障壁には決して小さくない罅が入っていた。そう柔な代物ではないはずなので、光球は相当な威力を有していたということだろう。

 障壁を解除し、死霊使い(ネクロマンサー)を見据える。すでに、やつの頭上に巨大な魔法陣が展開されていた。次なる一手の準備は完了しているということか。


「滅びろ! 塵の一片たりとも残さずなぁ!」


 死霊使い(ネクロマンサー)の怒号と共に魔法陣が強く輝き、そこから極大の光線が発せられる。猛烈な速度を以って迫るそれを障壁で止めることができるかは怪しい。ここは右に避けて……。

 不意に足を掴まれる感触。


「……っ!?」


 慌てて見下ろすと、地面から生えてきた手が俺の足を捕らえていた。

 まさか……まだ死霊が残っていた!? 図られたか、クソが!

 すぐさま振り払ったものの、もはや回避は不可能。障壁を張る余裕すらない。

 今打てる手といえば、闇を全身に巡らせて光線に備えることのみ。


 間もなく、もの凄い圧に襲われる。身動き一つ取れず、全身をくまなく焼かれているかのように痛い。

 邪神の世界で味わったものに勝るとも劣らない苦しみ。


「おおおおおおっ!」 


 だが、この程度で音を上げてはいられない。

 気合を入れるべく、俺は雄叫びを上げた。俺の激情に応え、内からさらに闇が噴出する。

 そうして耐え凌いでいると、やがて圧が消え去った。

 ところどころの感覚が麻痺しているようで、自分のものではないように身体が重い。

 構うものか。いちいちヘタレてなんぞいられない。


「何だよ、何でアレで死なない……有り得ねぇだろ」


 信じられないものを見た、と言わんばかりに死霊使いは呆然と立ち尽くしていた。


「やってくれやがって……この代償は高く付くぞ」


 次なる攻撃の機会など与えてやるものか。

 全身ボロボロと言える状態ではあるが、ただ湧き上がる怒りに身を委ね、俺は猛然と駆け出した。


「ちぃ!」


 死霊使い(ネクロマンサー)が、目と鼻の先まで詰め寄った俺に対し、錫杖を振り下ろしてくる。

 俺は咄嗟に左腕を盾にして、それを受け止めた。

 ミシリと鈍い痛みが左腕に奔る。

 構わず、俺はやつの腹に右の拳を叩きこんだ。


「ごっ……!」


 肺から空気を吐き出し、死霊使い(ネクロマンサー)は苦悶の表情を浮かべる。

 間髪入れず、やつの胸倉を掴み上げ、投げるようにして地に引き倒した。


「さて、と」


 即興で闇の魔剣を生成。それを手に取り、やつの右腕を突き刺す。


「ぎっ……!」


 続けて、右腕、右足、左足の順に潰す。身体を貫かれる度に、死霊使い《ネクロマンサー》は低い呻き声を漏らしていた。

 最後にうつ伏せとなっているやつの背を右足で踏みつける。


「てめぇ、よくも……!」


やつは恨みがましく顔を歪めていた。


「遺言くらいは聞いてやる。ただし簡潔にな」


「ま、待て……やめろ! 俺はこんなところで死んでいいような存在じゃあない!」


 縋るような目つきで俺を見上げ、死霊使い(ネクロマンサー)が見苦しく喚く。

 何とも憐れなものだ。こんなやつのためにアンナが泣かなくてはいけなかったという事実がどうしようもなく腹立たしい。

 俺はやつの背に魔剣を突き立てた。


「ぐっ……!」


 死霊使いが苦悶の声を漏らす。


「命乞いする時間をやったわけじゃねえぞ。脳みそまで腐ってんのか?」


 努めて淡々と言い放つ。

 往生際の悪いやつだ。さんざん人の命を奪っておいて、自分が死ぬのは恐ろしくて仕方がないってか。実に滑稽。もはや怒りを通り越して呆れすら感じる。


「クソッ、覚えてやがれ……この怨念、死せども決して消えはしねえ! 呪ってやる……冥界からてめえを呪い続けてやるからなぁ!」


 死霊使い(ネクロマンサー)が呪詛を叫ぶ。


「笑えねぇな……何でてめえなんかのためにアンナが泣かなきゃいけなかったんだ……」


 それが悔しくて仕方がなかった。こんな小物が彼女を悲しませていることが許せなかった。

 ここまでだ、終わりにしよう。俺はゆっくりと右足を浮かせ、やつの頭上に移動させる。


――――せめて仇は俺の手で


「覚悟して――」


「逝けよクソっタレ」

 

 思いっきり足を降ろして、やつの頭蓋を粉砕する。

 その残骸が汚らしく周囲に飛び散った。

 闘いを終えて、俺は小さく息を吐く。

 気づけば、空にはすっかり明るさが訪れていた。


「……ったく、来やがったか」


 不意にとてつもない倦怠感に襲われる。

 立っているのもつらくなり、背中から地に倒れ伏してしまう。

 こうなるのも当然と言えば当然かもしれない。俺は怒りに任せ、身に余るほどの闇を引き出した。そのおかげで、やつらを撃ち滅ぼすだけの力を得ることができたが、それに伴う副作用は決して軽いものではなかっただけの話。

 意識は遠のき、視界が暗闇に覆われていく。油断すれば、すぐにでも気を失ってしまいそうだ。

 だが、そうはいかない。俺は急いで帰らないといけないんだ。クレメアで待たせている……俺の帰りを待っていてくれている彼女らの元に。

 俺は心を奮い立たせ、ゆっくりと立ち上がり、来た道を引き返していく。


 闇の副作用のせいで、行きと比べてはるかに時間がかかってしまったが、何とか日の明るいうちにクレメアへと戻ってくることができた。

 宿の入口の戸を開けた先に、アンナとナターシャ、ついでにあのやかましい受付嬢の姿を確認した俺は安堵のため息を漏らす。

 そこでいったん俺の意識は途絶えることになった。


 目覚めて、最初に感じたのは左手に感じる温もり。

 その温もりの正体には覚えがある。

 左手の方に視線を向けると、案の定、俺の左手をしっかりと握り締めているアンナの姿があった。


「ユーマ!」


 ベッドから身を起こした俺に、アンナが抱きついてくる。

 女の子ってこんなに柔らかいもんなんだな……って、そうじゃなくて!


「ど、どうした!?」


「どうした、じゃないわよ。帰ってくるなり、いきなり倒れ込んで……心配させないでよ、バカ」


 口を挟んできたのは、窓際近くで椅子に座っていたナターシャ。

 沈痛な表情を浮かべ、こちらを見つめている。 

 余程心配を掛けてしまっていたようだ。そこに関しては、非常に申し訳なく思うけどさ。


「バカとか言うなよ。これでも気張ってきたんだぞ……目的はしっかりと果たして来た」


「……そう。本当にお疲れ様」


 俺に労いの言葉を投げかけると共に、彼女は椅子から立ち上がった。


「何はともあれ、無事で良かったわ」


 そう言って、彼女は部屋の入口に向かう。


「ナターシャ」


 俺に呼び止められ、彼女が振り返る。

 しっかりと伝えておかなきゃいけないことがあるんだ。


「ありがとな」


「別にお礼を言われるようなことは何もしてないけど」


「それでも、だ」


 一瞬目を点にしていたが、ナターシャはフッと優しく微笑んでくれた。

 その様を見て思う。色々残念なところはあっても、やっぱり美人なんだなぁ、と。


「どういたしまして、バカユーマ」


「一言多いぞ、バカーシャ」


「混ぜるんじゃないわよ。まったく、もう……」


 不満そうに愚痴り、ナターシャは部屋から去って行った。

 後に残されたのは、俺と俺に抱きついたままのアンナ二人のみ。


「ごめんな。何も言わずに出ていって」


「いいんです、謝らないでください。ナターシャさんから聞きました。ユーマは私のことを想って、敵討ちに行ってくれていたと」


「まあ、な」


 実際にその通りなので、素直に肯定する。


「それを咎める言葉を私は持っていません。あるのは、感謝の言葉だけです……本当にありがとうございました」


 そう言うアンナの身体は小さく震えていた。

 俺は優しく彼女を抱きしめ返す。


「アンナ」 


「はい」


「俺には帰る場所がない。この世界のどこにもな」


 元いた世界に関しては、話が違ってくるけど。


「私もです……私の帰りを待ってくれている人さえ……」


 アンナの物憂げな囁きが伝わってくる。


「だったらさ」


 他に寄る辺がないのであれば。

  

「共に来てくれないか?」


 静かに、だけど、はっきりとした声で問いかける。


「ふふっ、まさか今更確認されることになるとは思いませんでした……約束してくれたじゃないですか、私を一人ぼっちにしないって」


「ああ」


 約束どころか、神にまで誓ったな。


「どこへだってついて行きます。もう私にはユーマしかいないんです。ユーマは私の――」


 それ以上アンナの言葉は続かなかった。

 代わりに、俺を抱きしめる腕に力が入る。


「この世界ってのは理不尽だよな。俺からもアンナからも何かを、大事なものを奪っていく」


 もしかしたら、これからも奪われ続けるのかもしれない。

 それでも、この腕の中にある温もりだけは決して手放しはしない。


「共に生きていこう。二人でなら何とかなるさ、きっとな」


「はい……きっと大丈夫です」


 共に孤独な者同士。

 俺たちは足掻き、苦しみ、それでも支え合って生きていくだけだ。

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