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憤怒

 宿を出る際、受付嬢から地図を見せてもらえたのは僥倖だった。

 その記憶を頼りに、皓々と輝く月の光に照らされた森の中を俺は疾走していた。

 冷ややかな夜気は心地良いが、燃え立つ怒りは少しも収まりはしない。

 だが、それでいい。この怒りこそが俺を突き動かしてくれる。

 思い浮かべるのは、二人の魔族ディアク

 あの外道共をぶっ潰すまで、俺は決して止まりはしない。

 

 空に薄らと明るみが差してきた頃、前方に巨大な城塞の存在を視認する。

 あそこがデイン砦ということで間違いないだろう。何とか辿り着けたか。

 

 森を抜け、開けた視界に映るのは、見渡す限りの死霊アンデッド

 俺の行く手を阻むように、砦への接近を拒むように、やつらは存在していた。

 これだけの人が殺され、その死を穢されてきたという事実に虫唾が走る。

 胸中に去来するは、哀れみ。

 足を止めて感傷に浸っていると、俺を敵と認識したらしい死霊アンデッド共がこちらに迫ってきた。


「あんたたちの無念は俺が晴らす。だから、もう眠っとけ」


 身を屈めて、地に右手を置く。


無光の深淵アビーム・デ・テネブル


 右手を介して、地上を這うように闇の幕を急速に展開する。

 それは闇の底なし沼。触れた死霊アンデッドから、じわじわと闇に飲まれていく。

 そこから這い出ようと、死霊アンデッド共は身をよじって足掻くも、もはや無意味。一度飲まれてしまった以上、そう簡単に抜け出すことは叶わない。

 その場にいた死霊アンデッドは全て闇の中へ沈んだのを確認し、俺はゆっくりと立ち上がった。

 俺の手を離れた闇の幕は徐々に色褪せ、やがて完全に霧消する。その後に死霊アンデッドの姿は一切見当たらなかった。

 不意に強烈な頭痛が襲ってきたが、この程度で音を上げてはいられない。

 一息ついて、砦を見上げる。

 高く聳える城壁の上。そこには、見覚えのある二人の魔族ディアクの姿。鬼と死霊使い(ネクロマンサー)が俺を見下ろしていた。

 鬼は城壁から飛び降り、死霊使い(ネクロマンサー)は宙を浮遊して、地に降り立つ。

 悠然と歩みを進め、やつらは俺の前までやって来る。


「おいおい、いったい何をした? 俺が手塩にかけた死霊アンデッド共をどこにやりやがったんだぁ? 補充するのも楽じゃねえってのによぉ」


死霊使い(ネクロマンサー)が俺を睥睨しながら言う。

 

「何にせよ、あれだけいた死霊アンデッドを全て消し去るとは……ただの無謀な馬鹿ではないらしいな。貴様、何者だ?」


 鬼は射るような目つきで俺に問いかける。


「生憎と、外道に名乗る名前は持ち合わせちゃいない。言っとくけど、お前らも名乗らなくていいぞ。クソ共の名を覚える気なんてないからな」


「……ほう。余程死にたいとみえる」


 俺の答えが気に食わないようで、鬼は怒りの形相を浮かべる。


「馬鹿抜かせ」


 左手の中指を立てて、俺は言葉を続ける。


「因果応報……殺された人たちの恨み、晴らさせてもらおうか」


 そして、何より俺の憂さ晴らしのために。 


「ケケケケケッ! こいつぁ傑作だ! 正義の味方気取りかぁ? かっこいいねぇオイ!」


「フッ……」


 煽るように捲し立てる死霊使い(ネクロマンサー)に同調するように、鬼が失笑を漏らす。

 俺も言いたいことはいろいろあるが、一番は……。


「とりあえず死んどけ」


「おもしれえ……俺は皇魔七天(こうましちてん)が一人、《大死教》ユーレヒト! やれるもんならやってみな、ケケケケケッ!」


 高らかに名乗りを上げる死霊使い(ネクロマンサー)

 さも可笑しそうな笑い声が不快極まりなかった。


「貴様は下がっていろ。この小僧は俺が殺る」


 鬼が憤然とした様子で死霊使い(ネクロマンサー)に言う。


「一人で楽しもうってのかい? そりゃねえだろ」


「充分に痛めつけた後は譲ってやる。いたぶる方が貴様の性に合っているだろう?」


「ケケケッ、しょうがねえ野郎だ。程々にしておけよ? 俺の楽しみが無くなるからな」


「相分かった」


 死霊使い(ネクロマンサー)との悪趣味な会話を終え、鬼は数歩前に出る。

 闘う前に、一応確認だけはしておくか。


「懺悔の言葉があるなら、今のうちに言っておけ。聞くだけ聞いてやるからよ」


「世迷言を。そのようなもの、あるはずなかろう」


「そうかい」


 別に期待していたわけではない。

 これでいいのだ。外道に懺悔など似合わない。

 外道は外道らしく死んでいくべきだ。


「このディガン様に刃向ったこと……あの世にて後悔するがいい!」


 鬼はその筋肉を膨張させ、猛然と突っ込んできた。

 あっという間に俺の目前に迫り、右の拳を振りかぶる。

 丸太のような腕から放たれる拳打は、絶大な破壊力を持っていることだろう。

 しかし、俺はそれを片手で受け止めてみせた。

 

「馬鹿な……こうも容易く……」


 狼狽を顔に漂わせ、鬼が呟く。


「軽いんだよ」

 

 そう言い、俺は勝ち誇ったように笑う。外道の拳なんざに動じたりはしない。

 さて、今度はこちらの番だ。空いている右拳を強く握り込み、右足は一歩分だけ後ろに下げる。これで体勢は万全。やつの拳を掴んでいる左手を離すと同時に、俺は腰の回転を利用して強烈な拳打を放った。

 その一撃は、見事やつの顔面を捉え、その身体を後方へと大きく吹き飛ばす。


「ぐ、がっ……!」


 鬼は仰向けに倒れ、呻き声を上げる。

 何とも惨めな姿だ。挑発の意味を込めて、俺は努めて嫌らしい笑みを形作る。


「どうした? さっさと立てっての。立派なのはその図体だけか?」


「貴様ぁ……! 許さん! 絶対に許さんぞぉ!」


 ふらふらと覚束ない様子で立ち上がり、鬼は猛り吠えた。


「ふざけてんのか、てめえ……それはこっちの台詞だボケがぁ!」


 いいかげん冷静ぶるのはやめよう。

 こちとら、とうに腸煮えくり返ってるんだ。

 俺の怒りに感応し、闇が内側から噴き上がる。

 瞬時に俺の肌が純黒に染めあげられ、全身に力が満ち満ちていく。


「死ねぇい!!」


「待てディガン! そいつ、やべえ!」


 烈火のごとく怒り狂う鬼は弾丸のごとき勢いを以って突進してくる。自らを制止させようとする死霊使い(ネクロマンサー)の声も届いていないようだ。 

 直線的な動きから繰り出されるは大振りの一撃。対応しやすいことこの上ない。


「死ぬのはてめえだ!」


 タイミングを見計らって一歩踏み込み、闇を纏わせた右手を突き出す。

 鬼の拳が俺に届く前に、やつの右胸部を貫くことに成功する。


「に、人間風情が……」


 鬼の両腕がだらりと下がる。


 それを確認した俺は、やつの胸から右手を引き抜いた。

 支えを失った鬼の身体はぐらりと傾き、地に倒れ込んだ。

 事切れた鬼の顔に唾を吐き掛け、もう一人の標的へと視線を向ける。


「待たせたな。覚悟はできてるか?」


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