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カーティフ

 カーティフを目前にして、すぐに俺は驚愕させられることになる。

 俺にとって、ここははじめて訪れる村。そうであるにも関わらず、その外観には見覚えがあった。

 脳裏を過るのは、あの凄惨な光景。

 確かな現実として、鬼と死霊使い(ネクロマンサー)によって蹂躙されていたあの村がそこに存在していた。


「降って来たわね」


 そう言って、ナターシャが天を仰ぐ。

 確かに、意識してみればポツポツと雨が降っているのがわかる。

 嫌なものだ。強くならなければいいんだが。


 急ぎ足で、村に踏み入る。そこは静寂に支配されていた。

 既視感覚える村内を歩く。探せど探せど、人の姿は一向に見当たらない。焦燥ばかりが募っていく。


 そして現在、俺たちは小さな一軒家の前に来ていた。

 ここはアンナの家。アンナの帰るべき場所にして、俺たちの最終目的地。

 長い旅路の果て、やっとたどり着いた。だというのに、感慨は少しも湧いて来てくれない。

 

 アンナが家の戸を開け、中に入る。それに俺とナターシャも続く。

 結論として、家はもぬけの殻だった。


「どうして……? やっと帰って来れたのに……やっと会えると思ってたのに……」


 悲しみに打ちひしがれ、消え入りそうなほどにか細い声。


「……アンナ」


 自身の無力さを噛みしめる。

 俺に宿る闇の力では……いや、俺では、アンナにしてやれることなんて今は何もない。

 優しい言葉を掛けてみる? きっとどこかで両親は生きている、とでも?

 言えるはずがない。俺自身、それを信じることができていないのだから。

 ある種の確信をもって思う。寝ている間に見たあの光景は、全て現実のものであったのだと。

 あの鬼が背負っていた二人。死に際にアンナの名を呟いたという男女。

 彼らこそがアンナの両親なのだろう。

 二人の魔族(ディアク)の手に掛かって、アンナの両親は殺された。

 身を焦がすような強烈な怒りが湧き上がるも、それをぶつける相手はここにはいない。

 そのもどかしさに気が狂ってしまいそうだった。


「行きましょう」


 ややあって、アンナが言う。

 

「少し言いづらいんだけど、その……大丈夫なの?」


「はい、いつまでもこうしてはいられませんから」


 ナターシャの気遣いに対し、ぎこちない笑顔を作って答えるアンナ。

 明らかに無理をしているのはすぐにわかった。だからこそ、何もできないでいる自分を嫌悪した。


「ちっ……!」


 家を出た途端、俺は舌打ちする。

 村の先の方に、死霊アンデッドの姿を確認したからだ。


「クレメアへ戻りましょう。この村はもう……」


 そこまで言って口を閉ざしてしまうナターシャ。

 何を言いたいのかは痛いほどにわかっている。


「ああ」


 簡潔に答え、俺はアンナに向き直る。


「ごめんな」


 意味などない。俺が謝ってどうにかなるものではない。それでも、そう言わずにはいられなかった。

 一層強さを増していく雨に打たれて、俺たちは来た道を引き返す。




 陽が沈み、暗闇が立ち込め始めた頃。俺たちはクレメアへと戻って来た。

 門の側にある詰所から、今朝も見かけた門番のおっさんが出てくる。

 どうにも慌てている様子だ。

 

「おい! 無事だったか!? まったく、お前らときたら、人の話を無視して勝手に飛び出しやがって……」


 おっさんは大きく嘆息した。

 どうやら俺たちのことを心配してくれていたらしい。

 反省するわけではないが、少し申し訳なく思う。


「すいません。急いでいたものですから」


 小さく頭を下げて謝罪の意を示す。


「もう過ぎたことだ。どやかくは言わねえけど、これっきりにしてくれよ」


 おっさんは頭を掻きながら言う。

 根は良い人のようだ。厳しく咎められてもおかしくはないってのに。

 しかし、これっきりにしてくれ……か。

 それは約束できそうにないな。


「ところで、カーティフには行ったのか?」


「はい」


「……どうだった?」


 真剣な面持ちでおっさんが問いかけてくる。

 カーティフが滅びたという事実を言葉に出すのが躊躇われ、俺たちは押し黙ってしまう。


「そうか」


 事情を察してくれたらしい。

 おっさんは納得したように頷いた。


「そんなにびしょ濡れじゃあ、風邪をひく。さっさと行きな」


「はい。お気遣い、ありがとうございます」


 俺たちはその場を後にして、街内に入った。


 そうしてやって来たのは、昨晩も利用した宿。


「いらっしゃいませ……あらっ?」


 俺たちを出迎えたのは、例のやかましい受付嬢。


「すいません。今晩もお世話になります」


「……何か……いえ、何でもありません。失礼致しました。本日も当店をご利用いただきありがとうございます」


 俺たちの様子を見た受付嬢は何か言いたげであったが、余計な詮索は避けてくれた。


「ごゆっくりおくつろぎください。それと、よろしければこちらを」


 宿泊の手続きを済ませると、受付嬢は簡素な服を差し出して来た。

 正直これはありがたい。今着ている服はすっかり濡れてしまったからな。


「恩に着ます」


 お礼の言葉を述べ、部屋へと向かう。

 昨日と同じく、取ったのは二部屋。もちろん、俺とアンナで一部屋だ。

 部屋に着いた俺たちは、さっそく貸し出された衣服に着替える。

 その後は何かをするでもなく、ただ時間だけが流れていった。


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