望まぬ再会
「おはようございます」
俺の目覚めを確認し、アンナが朝の挨拶をしてくる。
「ああ、おはよう」
アンナの姿を見て、安堵した俺は小さく息を吐く。
「顔色が優れませんね……うなされていたようですし、大丈夫ですか?」
アンナは心配そうに聞いてくる。
実際、俺の気分は良くなかった。
目覚めた今でも、あの凄惨な光景を鮮明に思い出せる。
あれは夢ではない。少なくとも、ただの夢ではない。
ただの夢と切り捨てるには、あまりにも現実味がありすぎた。
「大丈夫だ。大丈夫なんだけど……よくわかんねえ」
我ながら意味不明な答えだ。
案の定というか、アンナも首を傾げてしまっている。
「やっぱ何でもない。忘れてくれ」
あれが何だったのか、俺にはわからない。
考えたところで無駄だ。この件はひとまず忘れることにする。
――――確か、アンナと言っていたように記憶しているが
だから、胸の内に引っかかる小さな不安を俺は無視した。
「今、この街から出ることは禁止されている。回れ右してさっさと戻ってくれ」
門番のおっさんが気だるげに言う。
カーティフへ向かうためにクレメアを出ようとした俺たちは、門前にて足止めを受けていた。
「一応、理由の方を伺っても?」
おそらく魔族関係であろうが、確認のために問いかける。
「魔族の存在が確認されている以上、街の外に出るのは危険ということだ」
やっぱりそういうことか。
だが、こちらとしては是が非でも通してもらわなくてはならない。
「お願いします! それでも行かなくちゃいけないんです!」
「そう言われてもなぁ……」
アンナが深々と頭を下げて懇願するも、おっさんは困った顔をするだけで、通行を許可してくれそうな気配はない。
俺はおっさんを説得するべく、口を開く。
「こちらとしても、危険は織り込み済みなんで。後は自己責任ってことで通しちゃくれませんか? 第一、この街が安全とも言い切れないでしょう?」
「少なくとも、街の外よりは安全だ。とにかく、上から誰も通すなって厳命されてるんでね。大人しく諦めてくれ」
おっさんはどうあっても俺たちを通す気がないらしい。
これ以上は押し問答が続くだけだろう。
悪いが、強硬手段に移行させてもらうとするか。
「アンナ、乗ってくれ」
腰を落とし、アンナに呼びかける。
「すいません……お願いします」
俺の意図を即座に理解してくれたようで、アンナは素直に俺の背中におぶさってきた。
続いて、大人しく佇んでいるナターシャの方に向き直る。
「言っとくけど、遅れたら置いてくからな。わざわざ待ってやる道理もないし」
「あ~、そういうこと……心配しなくても遅れは取らないわ」
俺の忠告を聞いて、ナターシャも合点がいったようだ。
「おいおい、いったい何を」
おっさんが何か言い終える前に、俺とナターシャは勢いよく駆け出した。
あっという間に門の外へと躍り出る。
「ちょ、待てお前ら!」
後ろから俺たちを呼び止めるおっさんの声。
待てと言われて待ってやるほど俺は素直じゃない。
「ナターシャさん、足速いですね」
アンナが驚愕交じりの声を出す。
それは俺も感じたことだ。
アンナを背負っているとはいえ、俺は結構な速度を出して走っている。
それにも関わらず、ナターシャは苦も無く俺について来ていた。
「ふふん、本気を出せばもっと速いわよ?」
ナターシャは誇らしげな笑みを浮かべていた。
ふと視線が彼女の胸に向かう。
なるほど、空気抵抗少なくて走りやすそうだもんな。
「ねぇ……どこ見てるのかしら?」
「いや別に」
腕で胸を覆うように隠し、ナターシャが非難がましく薄目を俺に向けてくる。
俺はさっと視線を前方に戻した。
「ユーマ、ホントにそういうのは駄目なんですからね?」
後ろから聞こえるアンナの声は、いつもよりトーンが低いような気がした。
見上げれど、一面の鈍色。
曇天の空の下、俺たちは街道を進んでいく。
「嫌な天気ですね」
ぽつりとアンナが呟く。
「一雨降りそうね。急ぎましょう」
ついて来てるだけのナターシャに言われるのは何か違う気がする。
まあ、急ぐべきというのは確かだ。
雨が降り出して濡れるのは嫌だからな。
「あれっ、道の先に誰かいませんか?」
「んっ?」
アンナの言葉に、俺は目を凝らして前方を見る
確かに、街道の先には人影らしきものが確認できた。
「まさか死霊じゃないでしょうね?」
ナターシャが身構えて言う。
いくらなんでも警戒するのが早すぎやしないか。
「そう肩肘張るなって。近づけばわかることだ」
前方の人影もこちらに向かってきていたようで、そう間もないうちに相手の姿をはっきりと確認できるようになる。
そして、すぐに俺は愕然とすることになった。
「ゆ、ユーマ……あれって」
震える声で言い、俺を見つめるアンナ。
その瞳には明らかに恐怖の色がある。
「ああ、残念ながら見間違いって線はなさそうだ」
困惑を表に出さないように気をつけ、俺は答えた。
「何? いったい誰なの?」
ただ一人事情を知らず、あたふたしているナターシャ。
今はこいつに構っている場合ではない。
やつと俺たちの距離はどんどん縮まっていく。
俺は連れの二人に先んじて、やつと向かい合った。
「よぉ、十日ぶりくらいか」
「……随分と早い再会になってしまったな」
厳かで低い声。その威容には覚えがある。
そいつは全身を漆黒の鎧で覆い隠した黒騎士。魔女ヴィンフリーデの従者たるシュヴァルツに相違なかった。




