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奴隷の少女

カーティフを村に設定しなおしました。

 大広間を出て、とにかく走り続ける。俺を敵と認識し襲い掛かって来る兵士たちを蹴散らしながら。俺の身体能力は飛躍的に向上しており、まさに疾風のごとき速さを得ていた。

 曲がり角に差し掛かったとき、大量の兵士が現れ、俺の行方を阻む。

 いちいち相手にしていられない。時間を掛ければ掛けるほど、俺は窮地に追い込まれることになる。できれば使いたくなかったが、あの力で一気に吹っ飛ばす!


 右腕に闇を集中させる。


「邪魔すんじゃねえ!」


 黒に染まった右腕を勢いよく振るい、集中させた闇を放射状に解き放つ。

 その奔流に抗う術もなく、兵士たちは後ろの壁に叩きつけられ、そのまま力なく崩れ落ちる。

 闇の使用により、ほんの少し目がくらむが、気にするほどのものでもない。密度を抑えめにしたのが功を奏したのだろう。


「ふんっ……なんとも禍々しいものよ」


 曲がり角の先には壮年の大男。携えているのは大槌と武器まで大きい。


「我はモーリス……いざ尋常に」


「だから邪魔なんだよ!」


「ぐほぉ!」


 全速でモーリスとやらに飛びかかり、その顔に足裏をめり込ませるように蹴りを放つ。我ながら良い一撃だ。あえなくモーリスは地に伏すこととなる。


「く、くそっ……こんなことが……」


「引退しなおっさん!」


 捨て台詞を吐いて、さっさとその場を去る。


 走り続けているうちに、出口に辿り着き、外へと出る。

 久々に見るお天道様に少し安心してしまう。

 おっと、呆けてはいられない。すぐに追手がやって来るだろう。

 一息吐く間もなく、俺は再び駆け出す。

 人で賑わうレンガ造りの街並みを横目に、いったん落ち着ける場所を探す。街中を慌てて走る俺を訝しむ人々の視線を感じたが、いちいち気にしていても仕方がない。


 人気のない路地裏に入り、一休みする。

 とりあえず当面の目的はこの街……いや、できればこの国を出ることだ。王宮であれだけのことをしでかした俺を放っておいてくれるはずがない。というか、姫様が、俺のことは生かしてはおかないみたいなこと言ってたしな。

 しかし、この国を出るといっても、いろいろな情報が不可欠だ。ただ当てもなく放浪するわけにはいかない。まずやるべきは情報収集だ。


 表通りに出て、近くを歩いていた若い男に声を掛ける。


「すいません、ちょっと聞きたいことが」


「悪いね、急いでるんだ」


 そう言って男は足早に去っていってしまう。明らかに嫌そうな顔をしてたし、面倒事と思われたんだろうな。


「ちっ……」


 難儀なことだ。こちらにも余裕はないというのに。

 拗ねていても仕方がないので、次は誰に声を掛けようかと、辺りをキョロキョロと見渡す。そして、妙な少女がいることに気づく。

 その少女の元に近寄り、声を掛ける。



「なあ、ちょっといいか?」


「は、はい……?」


 俺に話しかけられ、少女はビクッと身体を震わせる。歳は俺よりも少し下くらいだろう。亜麻色の髪に愛らしい顔立ち。背丈は低く、小動物的な可愛さを感じさせられる。何とも大人しそうな雰囲気を纏っている少女だった。


「どうしてそんなものを付けているんだ?」


 その少女の首には冷たい印象を覚える鉄の首輪が付けられていた。

 まさかファッションではないだろう。少女には全く似合わない代物だ。


「えっ……これを知らないんですか?」


 少女は不思議そうな顔をして俺に問いかける。質問に質問を返すのはどうかと思うぞ。


「世間知らずなもんで。説明してくれると助かる」


 正直に異世界から来たと言っても良かったのだが、後で面倒なことになる可能性を考慮して適当に誤魔化す。嘘を言っているわけでもないし、問題はない。まあ、胡散臭い男だという自覚はある。少女は不審げな顔をしながらも、俺の問いに答えてくれる。


「これは隷輪。奴隷の証です」


「奴隷……マジかよ」


 予想はしていた。それでも思わず乾いた笑いが零れる。

 この国には奴隷制度があるっていうのか。どんな理由で生まれたのかは知らないが、ふざけてやがるな。


「逃げ出さないのか?」


 見たところ、少女に連れの人間はいない。逃げ出そうと思えば簡単に逃げ出せるはずだ。少女は首を振って否定の意を示す。


「できないんですよ。隷輪には主人の命令を遵守させる効果があります。逃げ出そうとすれば命令違反として、隷輪が罰を与えるんです。壊そうとしても、付けられた者がやれば命令違反になるし、そもそも隷輪はかなりの強度があるので無理です」


 なんとも便利な道具があるものだ。ああ、忌々しいほどに。

 俺はある考えに至り、少女に問いかける


「逃げたいと思うか?」


 少女は少し逡巡する素振りを見せた後、静かに口を開いた。


「はい……いえ、逃げたいというより、帰りたいです。私の両親の元に」


 寂しそうな瞳、切実な声で俺に訴えかける。


「両親はどこにいる?」


 俺としてはこれを聞いておかなくてはならない。少女の答え次第では計画倒れになってしまう可能性もある。


「私の故郷、カーティフにいます」


「カーティフ?」


「国境付近にある村なんですけど……」


 それは好都合だ。これなら計画倒れということもないだろう。

 少女がふっと笑みを漏らす。


「今の話は忘れてください。ちょっとした気の迷いです。それに一応生活自体は保障されてますから、奴隷もなかなか悪いものじゃありませんしね」


 気丈に振る舞う少女。相変わらず寂しそうな瞳を見て、俺の心は決まる。


「ちょっとこっちに来てくれないか?」


「はあ……?」


 訝しみながらも少女は俺の言うことに従ってくれた。大人しく男について行っちゃ駄目だろと言いたい気持ちもあったが、どの口が言うんだ、と返されるのも嫌なので胸の内に秘めておく。

 俺たちが入ったのは、先ほど一休みした路地裏。


「できれば手短にお願いします。主人の命令もあるので」


「ああ、悪いがじっとしててくれ」


 少女に近寄り、隷輪に触れる。


「あの、何を……」


「これを壊すこと、もしくは壊そうとすることにリスクはあるか?」


「えっ……あ、あなた、これを壊すつもりですか!?」


 驚きに声が大きくなる少女。俺はいったん手を離した。


「駄目か?」


「駄目かって……はぁ」


 どうやら呆れられてしまったようだ。


「いいですか? これの強度については先ほども言った通りです。それに、奴隷を逃がそうとすること自体大罪です。あなたにも迷惑がかかるんですよ?」


 なんだ。そんな心配をしているのか。それなら何の問題もない。


「別にいいって。こちとらすでに大罪人だ」


 王宮であれだけのことをやらかしている身だ。今更奴隷を一人くらい解放したところで何だというんだ?


「あ、あなたにこれが壊せるんですか? 私は首輪が外れた後どうすればいいんですか? 何もない私に一人で故郷まで帰れって言うんですか? すぐに追手が来るかもしれません……そのとき私はどうすればいいんですか?」


 目に涙を浮かべて、矢継ぎ早に問いを投げかけてくる少女。なんとも痛々しいその姿に、それでも俺は少しも目を背けない。


「余計な希望、与えないでください。つらいだけですから」


 つらい思いをさせてしまったか。なら、その希望を実現させることで償おう。


「なら、約束するよ。必ず両親の元に君を送り届けるって」


 少女を安心させるため、努めて自信満々に言い放つ。さて、ここまで言ったからには中途半端はできないな。


「どうして……」


「ん?」


「さっき会ったばかりの相手でしょう? なのに……どうしてそこまで……あなたに何の得が……?」


 なるほど。少女の言いたいことはよくわかる。傍から見れば、俺の行動は道理の通らないものだろう。だが俺にしてみれば、単なる善意からこの娘を解放しようと思ったわけではない。利己的・打算的な考えもあっての行動だ。だから、こんな聖人様みたいなことはこれっきりだ。これっきりなんだよ。


「俺にも得はあるってことだよ。そうなれば、大事なのは、君がどうしたいか……それだけじゃないか?」


 少女が押し黙ってしまう。

 間違ったことは言ってないつもりだけど、納得してはもらえないか?


「信じてくれとは言わない。ただ、俺は約束を破らない男だ」


 その言葉に偽りはない。俺は約束だけは何があっても守り抜く。

 それは誇りであり、確固たる信念でもある。


 不意に少女が微笑んだ。

 

「約束を破らない男……私のお父さんもよく口にしていました」


「良い男じゃないか」


「それじゃあ自画自賛になっちゃいますよ?」


「まあ、否定はしない」


 たわいもないやり取り。だが、少しは互いの距離が縮まった気がした。

 少女が目を瞑り、口を開く。


「隷輪を壊しても、付けている者に影響はありません……もし、これを壊すことができたのなら、私もあなたのことを信じてみようと思います」


「任された」


 再び隷輪に触れる。

 さあ、行こうか。あれだけの苦しみの果てに手に入れた力だ。このか弱い少女の闇くらいは打ち砕いてくれ。


腐敗の魔毒(コラプション)


 首輪に闇を流し込んでいく。少女に何かあってはまずいので、意のままに闇を操らんと意識を極限まで集中させる。

 襲い来る脱力感に苦悩させられながらも、集中した意識だけは乱さない。

 隷輪に罅が入る音が聞こえる。もう少し……もう少しだ。最後のひと踏ん張りだ!


 ついに隷輪が完全に砕け散る。


「ふぅ……さすがにきついな」


 その場に座り込む。追手も来るだろうし、ゆっくりはしていられないのだが、ほんの少しだけ休もう。無理は禁物だ。

 ふと、少女の方に視線をやる。彼女は声もなく泣いていた。大粒の涙が彼女の頬を濡らす。


「泣くのは早いだろう。両親との再会のときまで取っておきなって」


 俺がそう言うと、少女は涙を拭い、はにかんでくれた。


「不思議な人ですね……あなたは何者なんですか?」


 少女の問いに、首を傾げる。

 何者って言われてもなぁ……こう答えるしかないだろう。


「佐伯悠真」


「えっ?」


「俺の名前だよ」


「あっ、そう言えば名乗っていませんでしたね。私はアンナと言います」


 お互いに自己紹介をする。順序が違いすぎる気がしないでもない。別にいいか、些細なことだ。


「本当にありがとうございます……それと」

 

 一拍置いて彼女は続ける。


「これからよろしくお願いします」


 そういう彼女の笑顔には一片の曇りも存在しなかった。

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