悪夢
燦然と輝く太陽の下、気づけば俺は見知らぬ場所にぽつんと立っていた。
わけがわからない。俺は確かにクレメアの宿で寝ていたはず。
いったい何が起きたのだろうか? ここはどこなのだろうか?
次から次へと疑問は湧いてくるが、とにかく今は状況の把握が最優先だ。
目の前には、町……いや、村だろうな。規模的にドマとそう違いはなさそうだし。
周囲をぐるりと見渡す。アンナもナターシャもいない。というか、誰もいない。
当てもないので、とりあえず目の前の村に向けて俺は歩き出した。
「……何だよこれ……いくらなんでも洒落になってねえぞ」
村内の広場へと出て、惨状を目の当たりにすることとなる。
そこにあったのは、数えるのが馬鹿らしくなるほどに大量の死体。全体を確認できたわけではないが、少なくとも確認できる範囲において生存者は皆無のようだった。
異常過ぎるその光景に唖然としていると、背後でしゃらりと何かが音を立てる。振り向くと、こちらに近づいてくる者が二人。
そいつらは明らかに異様だった。
一人は、赤黒い肌の筋骨隆々とした大男。口は大きく避けており、頭部にはねじれた角が生えているのをはっきりと確認できる。その外見は、鬼そのもの。やつは、その両肩に人を背負っていた。
もう一人は、毒々しい紫の肌をした不気味な男。仰々しい祭衣を身に纏い、錫杖をしゃらりと鳴らして歩いてくる。
おそらくは、どちらも魔族というやつだろう。
それにしても妙だ。あちらも俺を視認できているはずなのに、俺を気にしている様子がない。
「おい、いったい何をしていやがる?」
声を掛ける。そこまでしても、何の反応も得られることはなかった。
やつらは、何事もなかったかのように歩を進めてくる。
「無視してんじゃねえよ!」
俺の横を通り過ぎようとした祭衣の男に向けて手を伸ばす。
「……えっ?」
間抜けな声が口を衝いて出る。
俺の手はやつの身体をすり抜けてしまい、虚しく空を彷徨うことになった。
何だ、いったいどうなってる!?
とにかく、もう一度やつらを制止させるべく動き出そうとしたときだった。
全身が硬直し、俺は一切の身動きが取れなくなってしまう。
自身が置かれている状況を何一つ理解できず、俺はひどい焦燥に駆られた。
「これで本当に全員か。まったく、面倒なものだ」
鬼か両肩に背負っていた二人の男女を地に投げ捨てる。ピクリとも動かないところを見るに、あの二人もすでに息がないようだ。その様を見て、怒りが湧いてくるものの、如何せん身体が動いてくれない。俺はひどく歯がゆい思いに苛まれる。
「ケケケ、そう言うな。駒は多いに越したことはない」
祭衣の男が陰険な声で言う。
「しかし、まだ隠れている者がいたとはな。危うく見逃すところだった」
「悲しいねぇ。この俺様の目から逃れることはできねえって話よ」
「ふっ、一応さすがと言っておこう。伊達に《皇魔七天》を名乗ってはいないな」
鬼の発した単語には聞き覚えがある。
皇魔七天。あのヴィンフリーデもそこに属している。
鬼の言葉が真実ならば、あの祭衣の男も尋常ならざる存在であることは想像に難くない。
「しっかし、こいつら、無駄に抵抗してきたよなぁ……意味なんてないってのに。そういや二人揃って、死に際に何か呟いてたけど、お前聞こえた?」
「確か、アンナと言っていたように記憶しているが」
ドクン、と心臓が強く脈打つ。
どうして鬼の口から、あの少女の名前が出てくる?
有り得ない……いや、有り得てはいけない考えが一瞬脳裏を過る。
気のせいだ。気のせいに決まっている。
芽生えた疑念を即座に振り払う。
「ふ~ん、誰なんだそれ?」
「聞いてどうなる? まさかそんなことを俺が知っているわけないだろう」
祭衣の男の興味なさげな問いかけに、鬼は愛想なく答えた。
「そりゃそうだ……さて、そろそろ始めるから離れてろや。巻き込まれても俺は知らねえかんな」
「それは御免被る。あんなものに巻き込まれてはたまらんよ」
そう言って、鬼は祭衣の男から距離を取る。
それを確認した後、祭衣の男は無数の死体の中心に移動。手にした錫杖を地に突き立てる。
そこから広場全体に巨大な魔法陣が展開されていく。
「汝が血肉、灰にも塵にも土にも還さぬ。現世にて、暗き生を謳歌せよ。我、愚者共の安寧を否定する者なり」
祭衣の男が淡々と言葉を紡ぐ。
それに呼応するかのように、魔法陣が紅紫色に輝き出す。
その光に包まれ、死体まで紅紫色に染め上げられていく。
気持ちが悪いほど紫に染まった死体は、あろうことかゆっくりと立ち上がった。
紫の塊が膨張し、その体積を増していく。膨張が止まり、塊から紫色が抜け落ちる。
そこに残っていたのは、醜悪な怪物。クレメアの道中でも見かけた死霊に他ならなかった。死霊はどんどんその数を増やしていく。
地獄絵図と形容するのが相応しい光景に、とてつもない嫌悪感を覚える。
事ここに至って確信する。あの祭衣の男こそ死霊使いであると。
すぐにでも止めに入りたいものの、身体が動かないのではどうしようもない
そう時間を置かずに、全ての死体が死霊に変貌し終えてしまった。鬼が死霊使いに近寄り、口を開く。
「用は済んだ。さっさと砦に戻るぞ」
「ああ、こんなしけた村に長居は無用ってね」
死霊使いの声が耳に届いた瞬間。
世界が切り替わった。
深く暗い闇が視界を覆い尽し、意識が曖昧になっていく。
完全に意識が落ちる直前、男とも女ともつかない誰かの笑い声が聞こえたような気がした。




