クレメア門前にて
いつも以上に短くてすいません。
まだ日が暮れる前の時分。道の先に、街が見えてきていた。あの街こそクレメアに相違ない。周囲をぐるりと塀に囲まれており、門以外からの侵入はできないようになっている。門のすぐ近くには、詰所らしきところが確認できた。あそこで門番が待機しているのだろう。
俺たちが門へ近づいていくと、詰所らしきところから剣と鎧を帯びた壮年の男が出てきた。
「あんたたち、こっちの方から来たってことは、ドマを通っただろう? あそこは大丈夫だったか?」
そう問いかけてくる門番は妙に慌てている様子だ。
どうやら、ある程度事情を把握しているらしいな。
「ひどい有り様でしたよ。人っ子一人残ってやいません」
「そうか……」
俺の言葉に、門番は顔をしかめる。
「もしかして、クレメアでも何かあったんですか?」
「いいや、そういうわけじゃない。ただ……」
アンナの問いは、否定の言葉を以って返された。
門番が言葉を続ける。
「数日前にデイン砦が襲撃されて、命からがらこの街へ逃げてきた連中がいるんだが……それで、ドマの方がどうなっているか気になったんだ」
「砦を襲ったのは何者だったの?」
「《魔族》らしい。多くの怪物を引き連れて現れたって話だ」
「そう」
ナターシャは得心がいったように一つ頷く。
十中八九、死霊使い《ネクロマンサー》の所業だろう。
予想通りの返答であったため、俺たち三人が驚くことはなかった。
「あの……カーティフは無事かどうか、ご存知ないでしょうか?」
おどおどした様子でアンナが問いかける。落ち着いていられないのも無理なからぬこと。
故郷が襲撃を受けていないか……自身の家族が無事なのかどうかが気になるのだろう。
「そっちについても、まだ情報が入ってきてないんだ。悪いが、俺に答えられることはない」
「……そうですか」
答えを得られず、アンナは肩を落としてしまう。
かける言葉を見つけることができず、俺は歯がゆい思いをさせられる。
両親の元までアンナを送り届けると誓ったんだ。どうか無事であってほしいと心から願う。
「近いうちに、この街にも《魔族》が攻めてくるかもしれない。迎撃の準備を進めてはいるが、あんたたちも時機が悪いというか、大変なときに来ちまったな」
「望むところよ。《魔族》が自分の方からのこのことやって来るなら、願ったり叶ったりだわ」
「何?」
強気なナターシャの言葉に、門番が目を点にしていた。
「ああ、気にしない方が良いですよ。こいつ、ちょっとアレなやつでして」
「馬鹿にしてるの? アレって何よ、アレって」
俺に食いかかり、ナターシャは不満げに頬を膨らませる。
「そりゃお前……アレと言ったらアレだよ。わかるだろ?」
「わかるわけないでしょ……馬鹿も大概にしなさい。あなたなんかと以心伝心するほど私は落ちぶれてはいないわ」
「何だと? 言ってくれるじゃねえか」
「何よ? 文句あるの?」
売り言葉に買い言葉。
俺とナターシャは小競り合いを繰り広げる。
こうなっては俺も退けない。というか、退きたくない。
「この生意気エルフめ……お前、絶対友達できないタイプだろ? 最初に会った時も一人だったしな」
「それの何が悪いのか説明してほしいものね。第一、そう言うあなたはどうなの?」
「バッカお前、それこそできすぎて困ってるレベルだっての。むしろ、友達しかいねえわ」
「死霊相手に頭をやられていたのかしら。本当に意味わかんないんだけど」
やれやれと言わんばかりにナターシャが嘆息する。
ちなみに、俺の言葉は全くの嘘っぱちだ。そう友達は多い方ではないという自覚はある。
「はいはい、そこまでです。はしたないですよ二人とも」
いがみ合う俺たちの間にアンナの仲裁が入る。
「こりゃあ凶兆の前触れか何かか……? 変な連中が来たもんだ」
気づけば、門番も困惑しているようだった。渋い顔をしながら、空を仰ぎ見ている。
まったく、失礼極まりないな。
俺はナターシャを指差し、口を開く。
「こいつといっしょにしないでくれ」
「こんなのといっしょにしないで」
俺とナターシャの言葉が綺麗に重なる。向こうも俺を指差していた。
「息ぴったり……似た者同士ということですかね」
「「似てない!」」
俺とナターシャが、アンナの言葉を否定したのも全く同時のことだった。




