死霊
「こっちに来ています!」
俺たちの存在に気づいたのか、アンナの叫ぶ通り、怪物どもはこちらに近づいてきていた。
その数は二十ほどといったところか。当たり前だが、避けて通してはくれないんだろうな。
「あいつら、まさか……」
ナターシャの反応からするに、あれらの正体に心当たりがあるらしい。
それについては後で説明してもらうとして、ひとまずはやつらを片付けるとしよう。
怪物どもを迎え撃つために闇を練り上げていく。それに伴い、俺の身体が強化される。慣れない不快感に俺は眉を顰めた。
これくらいは甘受しないとな。得体の知れない相手に油断は禁物だ。
「ちょっと、何よその姿!?」
俺の肌が純黒に染まっていく様を見て、ナターシャが驚きの声を上げる。
そう言えば、こいつには初披露か。
だが、今は悠長にしている暇はない。
「説明してやる気もないが、とにかく話は後だ。お前たちは下がってろ!」
一瞬気圧されながらも、ナターシャはすぐに気勢を上げる。
「冗談! 私も闘うわ!」
意気揚々と俺に並び立つナターシャ。
彼女は矢筒から矢を取り、弓を構えていた。
「止めはしないが……邪魔だけはすんなよ!」
言い切ると同時に俺は駆け出した。
「そいつらは簡単には倒れないわ! 頭を潰すなり、徹底的にやりなさい!」
「そうかい!」
ナターシャの物騒なアドバイスに応えて、一気に奴らとの距離を詰めていく。
一番近くにいた怪物の顔面に、右の拳を叩きこむ。ぐちゃりと肉が潰れる感触が手に伝わってきた。あえなく地に沈んだそいつには目もくれない。勢いそのまま、後ろにいた怪物は左の拳で殴り、頭を潰す。これで二体は片付いた。
左右から二体の怪物が迫って来て、挟撃される形となる。俺は強く地を蹴り、真上へと跳躍した。俺が宙に留まっているほんの少しの間に、ちょうど俺の足の下へと怪物どもの頭が来る。俺は両の足をやつらの頭に乗せ、落下の勢いを利用して踏み潰す。気持ちの良い感覚ではないが、今はそんなことを気にしてもいられない。
次の獲物に狙いを定める。瞬間、どこからか飛んできた矢が獲物の頭を貫いた。
俺は矢を撃った人物の方を見やる。
「良い腕してるじゃんかよ!」
「当然!」
俺の称賛に、ナターシャは誇らしげに答える。そんな彼女の姿は少し頼もしく感じた。
ナターシャはすぐさま次の矢を弓に番え、放つ。矢は風を斬り裂き、正確に怪物の頭を射抜く。
見事な腕前だ。俺は、ひゅうと一つ口笛を吹く。
おっと、俺も暢気にしている場合じゃない。敵はまだまだ数多いんだ。
しかし、この数相手にちまちまやっているのも面倒だな。
「暴虐の戦斧」
単純な身体強化に回していた闇を一つの形に纏め上げる。
構成するのは、巨大な斧。両手でそれをしっかりと握る。
「おぉら……っと!」
ずしりと重いその斧を力任せに振るう。圧倒的な暴力が二体の怪物を胴から切断した。
一歩踏み出し、すぐ近くにいた怪物も同じようにぶった切る。
そこで、一体の怪物が背後から圧し掛かってきた。
慌てずに思いっきり肘打ちを入れた後、無理やり引き剥がす。
振り返る勢いを利用して、豪快に斧を薙ぐ。繰り出した一撃が見事怪物を両断した。
どうやら一体一体は大した脅威ではない。油断さえしなければ不覚を取ることもないだろう。
俺とナターシャの奮闘により、怪物どもはどんどんとその数を減らしていく。そう間もないうちに、全ての怪物を片付け終えた。
一息吐いた後、ナターシャに問いかける。
「何か知っているようだったが……あの気味の悪い魔物は何なんだ?」
「魔物じゃないわ」
「冗談抜かせ。あんな外見しといて魔物じゃないなんてことが」
「あるのよ」
俺の言葉は遮られる。
魔物でないとしたら、あれはどういう存在なんだ?
「ドマの件も、これでやっと合点がいったわ。あれは死霊。元々は人間だった存在よ」
「……何だと?」
俺は驚愕を禁じ得なかった。零れた声は震えていたかもしれない。
「そ、そんな……あれが人間だったって言うんですか!?」
動揺を露わにアンナが叫ぶ。
俺も全く同じ気持ちだ。そんなことがあるはずがない。
あんな醜悪な怪物が元は人間? 冗談にも程がある。
「死霊については、死霊使いの話をしないと始まらないわね」
俺は黙って、続くナターシャの言葉を待つ。
「魔族にはいるの。死体を自らの操り人形として使役する輩がね。それこそが死霊使い。死者を冒涜するクソ野郎よ」
彼女は忌々しげに呟いた。
「人間の相手をさせられていたってことか、胸糞悪いったらありゃしねえ……!」
いくら怪物に成り果てていたとはいえ、俺と何の関係もない人間を手にかけたという事実に歯噛みする。仕方がなかったと思う一方で、どこか納得しきれていない自分がいた。
「忘れなさい、元々死んでいた人間よ。悔やんだって仕方がないわ」
言葉だけ取れば冷酷にも思える。しかし、ナターシャは悔しげな面持ちでいた。
彼女とて、胸中に抱えている感情はそう単純なものではないのだろう。
「あっ……! もしかして、ドマの人は……」
「死霊使いの仕業でしょうね」
不意に声を上げたアンナに、間髪入れずナターシャが答える。
死体がなかったのは、死霊にされたということか。
もしかしたら、今倒した死霊はドマの人だったのかもしれない。
そこで、あることに思い至る。
「死霊がいるってことは、まだ近くに死霊使いとやらがいるんじゃないか?」
「そうとも限らないわよ。死霊の使役はある程度融通が効くみたいだから。『人を襲え』くらいの簡単な命令を出されて、ここにいただけかもしれないわ」
「なるほど、ね。それにしても詳しいな」
「魔族を滅ぼすのに知識と力はどれだけあっても足りないもの」
淡々とナターシャは告げた。
大した執着っぷりだ。ここまでくると、感心さえする。
とにかく、警戒だけは怠らないようにしよう。
俺は怪物ども……いや、怪物にされた人たちの方に視線を向けた。
縁もゆかりもない人たちではある。だが、怪物にされた彼らに対して思うところがないわけではない。
俺とて、化物にされた存在であるのだから。
「死霊使い……確かにクソ野郎だ」
小さく呟き、俺は歩き出した。




