謎の男
「人に起こされるってのは、あまり気持ちの良い目覚めじゃないね」
気怠そうな声で言い、男は身体を大きく縦に伸ばした。
本当に暢気な男だ。
何気なしに男の風貌を観察する。
黒いローブに包まれてはいるが、痩身であることはわかる。
髪の色は、この世界では珍しい黒。そこには少し親近感を覚える。
肌の血色は決して良いものとは言えない。総じて、男からは陰気そうな印象を受けた。
「あの、ドマの方ですか?」
「違うけど」
アンナの問いに、男は首を横に振る。
そうなると、ただの旅人ってところか。
それはいいとして、これは聞いておかなくては。
「どうしてこんなところで寝てたんだ?」
「変なことを聞くねぇ。眠くなったからに決まってるじゃないか」
笑顔で男は答えた。
おかしい。会話が噛み合っていない。変なこと言ってるのは、そっちの方だろ。
「村は目前だったのにか? もう少し頑張れば、温かい布団で眠ることもできただろうよ」
「眠いと思ったらすぐに寝る。健康であるための秘訣だよ。君も覚えておくといい」
「参考にならないアドバイスをありがとうよ」
血色の悪いやつに言われても説得力は皆無に等しい。
まともに取り合うだけ労力の無駄遣いだ。
「魔物にでも襲われたらどうするつもりだったの?」
「……へえ」
男はナターシャを見て、感嘆の声を漏らしていた。
「森人か、珍しいね。君たちは里に籠って出てこないものだとばかり」
「……そうね。確かに私たちはそういう種族よ」
男の言葉に、ナターシャは顔をしかめていた。
「何か事情があるようだ。詮索する気はないけどさ。ああ、質問に答えてなかったな。少なくとも、僕が魔物に襲われる心配はないよ」
「そりゃまたどうして?」
この男の胡散臭さは、魔物にも嗅ぎ取れるということだろうか。
「どういうわけか、僕に近寄ろうとしないのさ」
「魔物が……? そういうこともあるんですね」
「俄かには信じられないわね」
アンナとナターシャが驚き交じりの声を出す。
「襲われたいってわけじゃないけど、少し寂しくなっちゃうよね」
男は肩をすくめて笑った。
どこまで本気で言っているのかはわからないが、なんとも変なやつだ。
「ドマで何があったか知らないか?」
「知らないけど。何かあったの?」
「俺たちもよくわかっちゃいないが、あの村で何か異常な事態が起こっていたことだけは確かだ」
「異常な事態……ふぅん」
そう言う男の口角がわずかに吊り上がったのを、俺は見逃さなかった。
何か企んでいるわけでもないだろうが……本当に変なやつだな。
「それじゃあ気をつけてな。それと、もう道の真ん中で寝るのはやめておけ」
「ああ、ちょっと待って」
クレメアへ続く道を行こうとした俺を男が引き止める。
「どうした?」
向き直ると、値踏みするような視線が俺に向けられていた。
陰険な笑みを浮かべて、男は口を開く。
「君、やっぱり何かおかしいよね?」
刹那、男の纏う雰囲気が変わった。
先ほどまでの暢気さは鳴りを潜め、代わりにどうしようもない不気味さがある。
心臓を掴まれているかのような圧迫感が俺を襲った。
「何がおかしいってんだ? あんたのような変人に言われるだなんて心外にも程がある」
「変人とかそういう話じゃなくて……そもそも君、本当に人間かい?」
「……それ以外の何に見える?」
思わぬ指摘に、一瞬息を詰まらせかけたが、すぐに取り繕ってみせる。
男の口角が大きく吊り上がった。
「何かさ、違和感がすごいんだよね。至って普通の人間にしか見えないのに、君から感じるのは、驚くほどに深く暗いものだ」
こいつ……俺の中にある闇の力に感づいているのか?
俺は警戒心を高める。
しかし、そんな俺の思惑とは裏腹に、男の纏う不気味さが消えた。
「そう怯えないでくれよ。別に取って食おうってわけじゃないさ」
そう言って、男は踵を返す。
「これは勘でしかないんだけどさ、多分僕と君は縁があるよ。またどこかで会うこともあるんじゃないかな?」
「そうかい。できれば御免被りたいところだ」
こんな得体の知れない男と何度も会いたくはない。
「つれないねぇ、君は」
愉快気に笑って、男は去って行った。
クレメアへ続く街道を俺たちは進み続ける。
「さすがに疲れるな……アンナ、大丈夫か?」
「はい、私だけ弱音を吐くわけにはいきません」
「本当につらくなったら言ってくれ。いつぞやのように背負って……それよりは、お姫様抱っこの方がいいか?」
「そ、それは遠慮しておきます。恥ずかしいですから」
アンナは、少し頬を赤らめて答えた。
「二人でイチャイチャされると私が居たたまれないわね」
「い、イチャイチャって……」
小さく息を吐くナターシャ。頬の赤みを増すアンナ。
勝手についてきといて、居たたまれないも何もないと思うんだが。
「まあいいわ。クレメアまで後少しね……って、何よアレ……?」
ナターシャが道先の何かに気づき、驚愕の声を漏らす。
彼女の視線の先にいるソレを見て、俺は嫌悪感を抱かずにはいられなかった。
人の形をしているが、決して人ではない。ソレは人の形を取っているだけ。
肉塊のような醜悪極まりない怪物たちが蠢いていた。




