ナターシャ
短いです。それと、おかしな点があればご指摘いただけると嬉しいです。
「もう用は済んだか? 俺たちは先を急いでるんでな……アンナ、行くぞ」
「はい」
俺の呼びかけに応え、アンナがとたとたと駆け寄ってくる。
踵を返し、先を急ごうとしたそのときだった。
「待ちなさい」
背後から、エルフに呼び止められ、俺はしかたなく振り返った。
今度は何を言う気だろうか? 面倒事にならなければいいが。
「私、あなたたちについていくわ」
「……ちょっと意味がわからんな」
俺の希望もむなしく、面倒事になった。
いったい何がどうなって、そういう結論に至ったというのだろう?
隣のアンナもお困りのご様子だ。
「確かに、あなたは《魔族》じゃないのかもしれない。それでも、あなたの振るう力は《魔族》……いえ、ともすれば、それ以上に禍々しく危険なもの。黙って見過ごすわけにはいかないのよ」
「だからといって、わざわざついてくることもないだろうに」
自分で言うのも何だが、いっそのこと俺を殺してしまえば解決する話だ。もちろん、殺されてやるつもりは一切ないがな。
「あなたが何者か、ゆっくりと見極めさせてもらうことにするわ。もし《魔族》だったなら、生かしておくわけにもいかないしね」
そう言うエルフの目は至って真剣。本気も本気のようだ。
「暇人だな。もっと有意義に時間を使えよ」
「ふんっ」
俺の軽口をエルフは鼻で笑った。なんか腹立つな。
「知らないの? エルフは長命なのよ。時間なんていくらでもあるわ。どうせ当てもない身だし」
長命。俺の知るエルフと符合する特徴だ。
もしや、見た目通りの年齢というわけでもないのだろうか?
ちょっと興味を引かれたので、聞いてみることにした。
「お前、今何歳?」
「女の年齢を聞くなんて無粋な男ね。まあ、いいけど。二百はとうに超えているわ」
「……とんでもねえな」
俺の十倍以上だった。その瑞々しい外見からは、想像しようもない。
「私の生、私の総ては《魔族》を滅ぼすために……どれだけ時間が掛かろうと成し遂げてみせる」
エルフの目に憎しみの色が色濃く表れる。
それが心のうちに引っ掛かり、俺は自然と口を開いていた。
「どうしてそこまでディアクを憎む? そいつらが一般論として滅ぼすべき対象かどうかは知らないが、お前の執着ぶりは明らかに異常だ」
先ほど引っ込めた疑問を口にする。少しの逡巡の後、エルフは答えた。
「《魔族》は人を不幸にするから」
そう言って、エルフは目を瞑った。
微かながら、歯噛みしているようにも見える。
その言葉にどれだけの意味が込められているか、俺に推し量ることはできなかった。
「とりあえず同行は拒否させてもらう」
エルフ側の事情がどうであれ、いきなり人に矢を向けてくる無礼な輩は御免被る。
「勝手についていくから問題ないわ」
エルフがしれっとした顔で言う。問題ないことはないんだよなぁ。
本当に面倒くさいやつだ。これじゃあ嫁の貰い手もなかなか見つからないだろうな、知らんけど。
「アンナ、こんなのがついてきてもうっとおしいだけだよな?」
「はい。ユーマに攻撃してきたのは許せませんし」
アンナが眉間にしわを寄せ、毅然と言い放つ。明らかに怒っているのが見て取れた。
今まで、彼女が怒りを見せることは全然なかったので、少々驚いてしまう。
俺のために怒ってくれているのだから、嬉しいことには違いないけど。
「うっ……それについては悪かったわよ。ごめんなさい」
多少は後ろめたさを感じているようだ。エルフは、ばつの悪そうな顔をして謝罪してくる。
謝るくらいなら最初からやるなという話ではあるんだが、俺のことを警戒していたのも考慮すると仕方がない……いや、やっぱり仕方なくないな。ほとんど言いがかりのようなものだったし。
「悪いと思ってるなら、ついてくるな」
「それとこれとは話が別よ」
ああ言えばこう言う。俺の言葉は受け入れられなかった。
実に手強い。これほどの難敵はなかなかいまい。
こうなっては長々と議論をするだけ無駄か。それこそ無駄な努力になりかねない。
「もう勝手にしろ」
俺は話を打ち切り、再び踵を返した。
どうせ放っておいても、そのうち勝手に離れていくだろう。
「ちょっと待ちなさい」
「ああ、もう、今度は何だってんだ!?」
再度呼び止められ、苛立ち交じりに振り返る。
「名前」
「あっ?」
「あなたたちの名前を教えてちょうだい。それくらいは構わないでしょう?」
何を言うかと思えばそんなことか。確かにそれくらいは構いやしないが。
とは言え、一言物申す必要がある。
「人に名前を聞くときは自分から。常識だぞ?」
「それは最もね。私はナターシャよ」
「……アンナです」
俺より先に、膨れっ面で答えるアンナ。
「佐伯悠真だ。よろしくはせんけど、よろしくな」
それだけ言って俺は今度こそ、先を急ぐべく歩き出した。




