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間章:皇魔七天

 これは少年と魔女の邂逅から少し先の話。

 少年の与り知らぬ一幕。


 


 荒れ果てた大地にて、二つの魔が激突していた。

 一方は、全身を銀の毛並みに覆われた人狼(ウェアウルフ)。《皇魔七天(こうましちてん)》序列第六位。《葬銀狼》レイドガルム。

 対するは、全身を灰色の鱗に覆われた竜人(ドラゴニュート)。《皇魔七天(こうましちてん)》序列第四位。《魔轟竜》グランナーガ。

 どちらも人型ではあるが、人に非ざる存在《魔族(ディアク)》に属する者。

 人狼と竜人。それぞれの種の頂点に位置する者同士が、熾烈な戦いを繰り広げていた。。

 大地に刻まれた無数の破壊の跡は、両者が尋常ならざる力の持ち主であることを如実に示している。


 人狼が吠え猛り、迫る。竜人は黙して構え、敵を待つ。

 両者が真っ向から衝突する。強大な力と力がぶつかり合い、生じた余波が大地を揺らす。

 人狼が背後に飛び退き、地に唾を吐いた。


「さすがに一筋縄じゃいかねえな」


 腹立たし気な様子の人狼。

 それとは対照的に、竜人は余裕のある笑みを浮かべている。


「所詮は第六位の貴様が、吾輩に勝てる道理などあるまい」


 挑発のつもりか、煽るような口調で竜人が言う。

 人狼のこめかみに青筋が浮かぶ。


「相変わらず生意気な竜だ……言っとくが、俺はまだ本気じゃねえぜ?」


「阿呆が。それはこちらとて同じことだ」


 両者の言葉に嘘はないのだろう。すでに闘いが始まってから数十分が経過している。それにも関わらず、両者共に、息を切らしている様子も目立った外傷もない。


「なら、いいかげん本気でやり合うとしようや。吠えっ面かかせてやるぜ」


「ふんっ、吠えるのは貴様らの領分であろうがよ。躾のなっていない犬には、仕置きが必要だな」


「抜かせ!」


 激しい怒りの形相を見せ、人狼が闘気を昂らせていく。

 それに応じるように、竜人の闘気も膨れ上がっていく。


「くははっ、愉快、愉快! 犬っころと蜥蜴がじゃれ合っておるわ!」


 暢気な笑い声が一帯に響き渡る。

 人狼と竜人は、その声の主へと視線を向けた。どちらも毒気を抜かれたような表情になる。

 《皇魔七天(こうましちてん)》序列第三位。《幻惑の魔女》ヴィンフリーデの姿がそこにはあった。荒野を吹き抜ける風に、白銀の髪がたなびく。真紅の双眸が人狼と竜人を捉えていた。


「……ったく、うぜぇやつが来やがった」


 顔をしかめ、人狼が吐き捨てるように言い放つ。


「魔女殿か。ご壮健のようで何よりだが……吾輩は蜥蜴ではない」


「俺だって犬じゃなくて狼だ。この腐れ魔女が」


 不平を言う龍人に合わせ、人狼が魔女に罵倒の言葉を入れる。

 そんな言葉などどこ吹く風。魔女はさも愉快そうに口元を歪めた。


「お主らはからかい甲斐があるのう。しかし何故、争っておったのじゃ?」


 魔女の問いに答えたのは、竜人の方であった。


「仕掛けてきたのはそちらの犬の方だ。吾輩はそれに応じただけのこと」


「ふむぅ、要領を得ぬな。犬っころ、答えぃ」


 今度は、人狼に問いかける魔女。その言葉に、人狼が再度怒りの形相を見せる。


「だから犬じゃねえって言ってんだろ! とことんむかつくやつらだ……強いやつがいれば闘いたくなる。当然のことだろ?」


「脳筋じゃの」


「脳筋だな。それもかなり重度の。頭の悪さがよくわかる」


 魔女と竜人が同様の感想を漏らす。

 それを受けて、獣人が全身を震わせ、怒りを表現する。


「よぉし、決めた。てめえらは今日ここでぶっ殺す。絶対にぶっ殺す。謝っても許さねえ。今日からは《皇魔七天(こうましちてん)》改め、《皇魔五天(こうまごてん)》だ」


 冷静を装ってはいるが、全身から発せられる怒気は隠しようもない。

 今にも人狼の怒りは臨界点を突破せんとしている。


「ふむ、弱い犬ほどよく吠えると言うが……どう思う、グランナーガよ?」


「言い得て妙なり。まさにそれを体現している者が目の前にいる」


 その姿を見ても、魔女と竜人は少しの焦りも見せずにいた。それどころか、嘲笑するほどの余裕を見せている。

 ここに来て、人狼の怒りは爆発した。


「ヴォオオオオッ!!!」


 咆哮が響き渡る。歴戦の戦士であろうと、その咆哮を前に正気を保ってはいられないだろう。

 だが、ここにいるのは、真実、魔の頂に座する者たち。

 それだけで揺るがされるような弱者ではない。


 人狼の足に力が込められる。次の瞬間には、人狼は敵の喉元へ食いつきにかかるだろう。


「おやおや、楽しそうですね。私も混ぜていただきたいところですが……残念ながら、そこまでです」


 しかしながら、それは未遂に終わる。

 突如として現れた男が、飄々とした態度で人狼の前に立ち塞がった。

 

「ちっ……」


 その人物を見て、人狼は正気を取り戻したようだ。

 怒り狂う人狼を鎮めたこの男が、常軌を逸した存在であることは疑いようもない。

 《皇魔七天(こうましちてん)》序列第二位。《時空の調停者》ヘリオス。中性的な容姿をした、輝くような金髪を持つ優男。どこか儚げでありながら、この場にいる誰にも劣ることのない存在感を放っている。端整な顔立ちに、優男は薄い笑みを浮かべていた。


「邪魔しないでくれよ。ヘリオス様」


 横やりを入れられ、人狼が愚痴を零す。

 

「そうはいきません、レイドガルム。我々は覇を競うために集ったわけではないのですから」


「ぐっ……そりゃそうだろうけどよぉ」


 ヘリオスに窘められ、言葉に窮する人狼。

 それを見て、魔女が腹を抱えて笑っていた。


「あっはっは! 何とも従順なことよ! あれだけ、啖呵を切っておきながら可愛らしいものよな」


「あなたもそこまでにしておきなさい」


 いったいどういう術理であろうか。先ほどまで人狼の目前にいたヘリオスが、一瞬で魔女の背後に移動していた。そのまま、コツンと魔女の頭を叩く。まるで悪戯をした子どもを咎めるかのように。

 魔女が不満げに口を尖らせる。


「何じゃ、何じゃ。儂は悪くなかろうに。からかい甲斐のあるあやつらが悪いのよ」

 

「くくっ、相変わらずの傍若無人っぷり。もはや感心するところだ」


 無茶苦茶な魔女の物言いに、竜人が小さく笑い声を漏らす。


「はぁい、お待たせしました」


 鈴を転がすような澄んだ声。その場にいる者は、一様に同じ方向へと視線を向ける。

 その声を発したのは、妖艶な女性であった。その美貌は、もはや魔性のものと言って差し支えないだろう。豊満な肉体に、露出度の高い紫の衣を纏っている。そこから覗く肌は、病的なまでに白い。

 その女性こそ、《皇魔七天(こうましちてん)》序列第五位。《殺戮姫》ルイン。


「久しいのぅ、ルイン。息災であったか?」


 魔女が親し気にルインに語り掛ける。


「ええ、ヴィンフリーデ様もお元気そうで」


 柔和な微笑みを浮かべて、ルインが答えた。


「頼むから癇癪は起こすなよ? いくら俺でも狂人の相手は勘弁だ」


「うむ。そこだけは同意せざるを得まい」


 ルインの扱いに関して、人狼と竜人が意思の合致を見せる。


「あらあらっ、ひどい言い草ね」


「まったくじゃ。器の小さい畜生共め」


 対して、女性陣が不満を漏らしていた。


 コホンと一つ咳払いして、ヘリオスが口を開く。


「さて、これで全員揃いましたね」


「全員? はて、どういうことか?」


 《皇魔七天(こうましちてん)》は文字通り、七人の《魔族(ディアク)》によって構成されている。だが、この場にいるのは五人。龍人がヘリオスの言葉に反応したのは、至極当然のことと言えよう。


「《覇皇》様と《大死教》はこの場には来ません」


「何だよ。《覇皇》様直々の招集ってことで応じたってのに」


 ヘリオスの言葉を聞き、人狼が不満そうに呟く。

 《皇魔七天(こうましちてん)》に属する者は、例外なく、災厄に例えられるほどの力を持つ。故に、その自我の強さも、並大抵のものではない。そんな彼らが、こうして招集に応じるように、曲りなりとも一つの集団として機能している。それは、序列第一位《覇皇》という絶対的な存在あってのことに他ならない。

 人狼の不満は、集団の支柱たる《覇皇》の不在に由来していた。


「まあ、どちらも物臭な質だからの。少々、肩透かしであるのは否めんが」


 魔女が肩をすくめて苦笑する。


「私たちが一堂に会する機会なんて滅多にないというのにね。本当に残念だわぁ」


 そう言って、嘆息したのはルイン。


「して、ヘリオス殿。《覇皇》様は何故、我らを招集なされたのだ?」


 竜人が本題に切り込んでいく。


「そうですね……まず、クルシュナク王国にて勇者が召喚された、という話はご存知でしょうか?」


 ヘリオスの言葉に、魔女以外の者は、皆一瞬驚愕の表情を見せた。

 

 王族のみが扱うことのできる召喚魔法によって、異世界から勇者を召喚すること。それこそが《召喚の儀》。かつて、人類が魔に圧倒され、窮地に立たされていた時代の話。召喚された勇者が、世界を魔から救ったという伝説が残っている。

 しかし、現在において、召喚魔法を扱う素質を持つ王族は非常に稀である。それに加え、失敗した際には、召喚者たる王族が死ぬ危険すらあった。

 

 それ故に、クルシュナク王国が勇者の召喚に成功したという事実は、彼らにとっても俄かには信じがたいものであった。


「勇者召喚……それは本当なのか?」


「うむ。儂が直接確認してきた」


 人狼の問いに答えたのは、魔女であった。

 魔女が言葉を続ける。 


「召喚された者の数は四十ほどじゃな。見込みのある者もちらほらといたのう。いずれは儂らの脅威となり得るやも知れぬ」


「へっ、面白くなってきやがった」


 人狼が愉快気に笑い、両の拳を打ち合わせる。


「それに……くくっ」


「ヴィンフリーデ様? どうしたの?」


 意味深い笑みを浮かべている魔女を怪訝に思ったのか、ルインが問いかける。


「いや、何。お主が気にすることでもないよ」


 魔女が何を、もしくは誰を思い浮かべているのかは、この場の誰にも知る由はない。

 竜人が話を進めるべく、口を開く。


「なれば、この度の集いは、召喚された勇者共への対応に関し、話し合うのが目的ということだろうか?」


「いいえ、話し合う必要はありません。どう対応するかについては《覇皇》様から言付かっておりまして……それを皆さんにお伝えするのが目的の一つになります」


「《覇皇》様は何と?」


「曰く、『各自、好きにしろ』とのことです」


 ヘリオスがそう答えると、場が一瞬の沈黙に包まれる。


「……それだけなのか?」


 竜人が眉をひそめて確認する。

 ヘリオスは小さく頷いて、肯定の意を返す。


「らしいというか何というか、真に愉快なお方よな」


 ややあって、魔女が静かに笑う。


「それだけじゃあ、逆に困るわよね」


「否定はできません」


 ルインとヘリオスが苦笑する。

 

「好きにしろってことなら、好きにするまでよ」


「とは言え、すぐにクルシュナクに殴り込むなんて暴挙は流石に控えておくべきでしょうね」


「うっ……」


 人狼が獰猛な笑みを浮かべて言い放つも、ヘリオスに釘を刺されてしまう。


「ところで、先ほどの『目的の一つ』という物言いが気になったのだが、他にも目的があるのか?」


 思い出したように、竜人がヘリオスに問いかける。


「ああ、そちらは私用です。ルインにレイドガルム、そしてヴィンフリーデに対しては、少々説教をする必要がありましてね」


 ヘリオスが笑みを深める。瞬間、彼の身体が膨大な魔力に包まれた。


「あ、あらあら、どうしましょう?」


「ちっ、洒落にならねえな」


「うげっ」


 それぞれ思い当たるところがあるのだろう。三者三様の反応を示す。


「ルイン、あなたは殺し過ぎです。レイドガルム、あなたは暴れ過ぎです……そして、ヴィンフリーデ、あなたはふざけ過ぎです。今日は十分に反省してもらいますよ」


 相変わらず薄い笑みを浮かべているが、ヘリオスの迫力は異様の一言に尽きる。


「儂だけ何やらおかしくないかのう?」


 ヴィンフリーデがどことなく不満げに零す。


「やれやれ……仕様のない者共よ」


 竜人は呆れ顔を見せ、その場を去って行った。

 

 その後、荒野でどのような一幕があったのかは余人には知る由もない。

正直、この回は特に粗が目立つと思うので、気になる点があればご指摘いただければ幸いです。

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