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異世界召喚

おかしなところがあったらご指摘いただけると幸甚です。

 飛ばされた先はやけに荘厳な大広間だった。一見して最高級のそれとわかる調度品がところどころに配置され、場を彩っている。

 人もたくさんいるな……って、俺のクラスメイトがほとんどじゃないか。他には華美な服を着た人たちがちらほらと見える。突然現れた俺に驚きを隠せないようで、みんな一様にこちらに視線を向けていた。どうにも困惑しているようにも見えるな。


「ゆ、悠真!? いったいどうしたの?」


 俺に近寄ってくる女が一人。俺の幼馴染である榊原香苗(さかきばらかなえ)だ。茶色の髪をボブスタイルにした快活な印象を人に与える少女。実際、彼女はいつも元気いっぱいでその姿に俺も元気づけられることは多々あった。大事なことだが、着痩せするタイプだ。

 妙に慌てているが、俺がどうかしたというのだろうか?


「どうしたもこうしたもないだろ。多分お前たちと似たような境遇だ。そんなに驚くことないだろ」


 邪神の言葉通りなら、クラスメイト達は女神の下に送られて祝福を受けてきたのだろう。送られた場所が同じなら、経由したのが女神の下か邪神の下かの違いくらいしかない。


「驚くことないって……闇の中からいきなり悠真が現れたんだもの。驚きも心配もするわよ! 何があったの?」


 闇の中から? この大広間は実に明るいが……ああ、あの闇の世界とこことがリンクしたからそのように見えたということか。

 何があったかって、そりゃ……。


「ちっ……」


 先ほどまでのことを意識して、猛烈な勢いで湧き上がってくる怒りを吐き出すように舌打ちをする。

 結局あの邪神をぶっ殺すことができなかった。それが無性に悔しくて、はらわたが煮えくり返るような思いに駆られる。


「佐伯、大丈夫か?」


「大丈夫……と言っていいのかは怪しいな」


 クラスメイト達が俺の下に近づいてきて、その中で声を掛けてきたのはクラスのまとめ役を担う進藤勇人(しんどうゆうと)。容姿端麗、成績優秀、運動神経抜群と完璧超人を地で行く男だった。それだけならともかく、性格もかなり良いから、俺としてはけっこう好感を抱いている相手だったりする。


「すごく険しい顔してるけど、本当に大丈夫?」


「駄目ってことはないと思うぞ」


「何それ、曖昧な言い方ね。自分のことでしょ?」


 進藤とともに俺の下にやって来て話しかけてきたのは藤堂飛鳥(とうどうあすか)。この藤堂という女は凛とした雰囲気を纏った綺麗な娘だった。黒い長髪も相まって大和撫子という言葉がよく似合う。

 

「私たちは女神さまに会って、ついさっきここに召喚されたみたいなんだけど……悠真の方では何があったの?」


 不安そうな顔で俺に尋ねる香苗。

 ついさっき? それはおかしいだろう。俺は長い間あの闇の世界にいた。俺とクラスメイト達の召喚されたタイミングにわずかなズレしかないのは不自然だ。

 いや、あいつは言った。ここは俺の世界だと。ならば、時間の流れも同じと言うわけではないのだろう。あくまで推測に過ぎないが、そう考えれば一応の合理性はある。

 

「ああ、それがだな」


「お下がりください、勇者様!」


 俺が香苗にあの闇の世界での出来事を話そうとした瞬間、鎧を纏った男が俺と香苗の間に割って入る。

 それに続いて、同じように鎧を纏った男たちが俺とクラスメイトとを分断するように立ち塞がった。


「なんだあんたら?」


「黙れ。貴様と話をする気はない」


 女性の厳かな声が耳に入る。声のした方に目を向けると、そこには真紅のドレスに身を包んだ美しい女性が剣呑な目つきで俺を見据えていた。歳は二十代後半くらいだろうか。金髪に碧眼と、日本人ではまずあり得ない特徴を有している。


「エルティナ姫!? これはいったい!?」


 進藤が慌てた様子で、その女性に呼びかける。

 だいたい予想はついてたけど、本当に姫だったのか。きっつい姫様もいたものだ。

 

「どうやら勇者様方はこの者と知己の間柄のようですね」


「はい……彼は私たちのクラスメイトです。このような無粋な真似は控えていただきたいのですが」


 険しい表情で言い放つ藤堂。

 おいおい、そう言ってくれるのはありがたいけど、お姫様に口出ししていいのかよ? 勇者って言われてるし、立場的な問題はないのか?


「そうはいきません。彼はここで討ちとらせていただく」


「討つ……? そんな馬鹿な!」


「ああ、おい貴様。抵抗は無駄だ。直に城中の兵士がここに集まってくるぞ」


 藤堂の要望を切り捨て、俺に忠告するエルティナ。藤堂はエルティナの言葉にひどく驚いていた。まあ、クラスメイトを討つとか言われたらそうなるわな。

 しかし、どうして俺が討たれなきゃいけないんだ? 何かした覚えはないし、そもそもこちら側に来たばかりだろうが。どんな言いがかりをつける気だ?


「そんな……駄目です! 絶対に駄目です! やめてください!」


 そう叫び、香苗はこちらに近寄ろうとしていたが、兵士によって阻まれている。


「私とて心苦しくはありますが……このエルティナ・ラン・クルシュナクが見誤るはずもない。彼は邪悪なる者です。皆様もご覧になったでしょう? 闇から現れる彼の姿を。国を統べる一族に連なる身として、彼を生かしておくわけにはいきません。どうかご理解ください」


 邪悪なもの、ねぇ。これも確実にあのクソ邪神のせいだな。


「やれ」


 エルティナが合図を下す。それと同時に兵士たちがいっせいに腰に携えた剣を抜く。

 今更だけど、本気で俺を殺す気ってわけだ。


「がっ……!?」


 腹部に熱を感じて、視線を向けるとそこから刃が生えている。

 後ろから貫かれたのか……くそが。

 刃が俺の腹から抜かれる。ご丁寧に一度捻った後に。貫かれたところから止めどなく赤い血が流れ出る。


「きゃあああああああっ!!」


 香苗の絶叫が大広間に響き渡る。他のクラスメイトの叫び声もちらほらと聞こえてくるが、香苗のそれは際立ってよく聞こえた。


 ものすごく痛い。ものすごく痛いが、今の俺なら耐えられないことはない。すでに地獄の苦しみを味わってここに来てるんだよ。


「おい、お前」


 振り返り、俺を貫いた兵士と向き合う。


「なっ!?」


 兵士が驚愕に目を見開く。

 そりゃそうか。腹部を貫かれても、俺は平然としている。傍から見れば、異常なことだよな。

 さて、こちとらここに来る前からイライラが溜まってんだよ。悪いが、容赦はできそうにない。


「いてえだろうがああああっ!!」


 本気でその兵士の顔をぶん殴る。殴られた兵士は派手に吹っ飛び、床の上を転がっていく。仰向けになった状態で止まった兵士はピクピクと痙攣していた。

 あれは死ぬかもな。まあ、死んでも因果応報というものだろう。


「貴様ぁ!」


 エルティナの怒号が耳をつんざく。他の兵士たちも俺に向かって突っ込んでくる。

 やめてくれよ。これ以上俺をイライラさせないでくれ。

 そのとき、俺の内側からどす黒い何かが浮かび上がって来る。湧き上がる闇が俺の肌を純黒に染めていく。制服が変質していき、黒衣に身を包まれる。直感的にそれはあの闇の世界で俺を蝕み続けた闇だと理解する。

 なるほど、こう使うのか。


絶望の闇黒(オプスキュリテ)


 闇の命ずるままにその言葉を口にする。刹那、俺の周囲にいる兵士たちの足元から闇が現出し、やつらを取り込んでいく。


「なっ、なん……ぎゃああああっ!」


 闇に包まれた兵士たちが叫び声を上げた。あれに取り込まれた者は、あの闇の世界で俺が味わったものと同質の痛みに苛まれることになる。痛みの大きさはともかく、効果時間についてはほんの数十秒程度だが、それでもやつらの悲鳴は俺の溜飲をほんの少しは下げてくれる。

 残った兵士や後から大広間にやって来た兵士は異常な苦しみ様を見せる同僚たちの姿に戦慄して、俺に近づこうとはしなかった。


「ぐっ……!」


 不意に脱力感に襲われる。これが闇を使うリスクだ。俺の生命力を削らないと使用することができないらしい。これではそう気楽に使えるものではない。まったく、あの邪神もとんだ欠陥品をくれたものだ。


「ゆ、悠真……」


 兵士たちの悲鳴が響く中、確かに香苗の声が聞こえてくる。そちらへ振り向くと、香苗が怯えた表情で俺を見つめていた。他のクラスメイト達も俺を恐れているような表情をしている。

 それも当然か。ごめんな、こんなもの見せちまって。でも、あいつらが悪いんだぜ? いきなり人のことを殺そうとしてくるやつらに遠慮なんかできない。


「佐伯! もうやめるんだ!」


 未だに闇に苛まれる兵士たちを憐れんだのか、進藤が俺の胸倉を掴み止めようとする。今の俺は明らかに異常な存在なのに、それでも恐れずに止めようとするのか。ああ、お前ってやつは本当にかっこいいな。


「進藤……どうせもうじきあれは消える。お前が心配する必要はない」


「……」


 複雑な表情を浮かべ、俺の胸倉から手を放す進藤。

 俺の言葉通り、間もなく兵士を包んでいた闇が消え、やつらが解放されるも、一人残らず意識を失うことになる。

 純黒に染まっていた俺の肌も元の色に戻っていた。

 

「やはり貴様は生かしてはおけぬな」


 底冷えするようなエルティナの呟きが俺の耳に届く。彼女の方に向き直り、自らの意思を伝えることにする。


「姫様よ。俺は手を出されない限りはお前らに危害を加えるつもりはない」


「私がそれを素直に信じるとでも?」


「そんなことは知らねえよ」


 本当に面倒なお姫様だ。これではずっと平行線になるだろうな。

 こうなってしまった以上はここにいてもしかたない。


「進藤、藤堂、香苗……それにみんな」


 全員の名を呼びたいところだが、クラスメイトは四十人近い数いる。いちいち呼んではいられないので、比較的近くにいた進藤と藤堂、そして特別仲が良い香苗の名だけ呼ぶ。


「じゃあな」


 間違いなく俺は化物だ。腹部の穴はすでに塞がっているし、邪神に与えられた力を行使する者が化物でなくて何だというのか?

 化物であっても俺は俺。それは構わない。だけど、もはやこいつらといっしょにいることは叶わない。押し寄せる寂しさを振り払って別れの言葉を告げる。


「佐伯くん、待ちなさい!」


「悠真ぁ~!!」


 俺を呼び止める藤堂と香苗の声に振り向くこともなく、俺は大広間の入口に向かって全力で駆けだした。

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