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旅支度

 翌朝、カーティフまでの旅路の準備を整えるために、俺とアンナは街に出ていた。

 このランドンという街は、露店が多いのが印象的であった。ところどころで露店の店主と客が交渉に火花を散らしている。王都であるオルバティアに勝るとも劣らない活気がこの街にはあった。まだ早朝だっていうのにな。


「なんか欲しいものとかあったら、俺に遠慮せず買ってきな」


「父親みたいな言葉ですね」


「そうなるとアンナが娘ってことになるのか。手のかからない娘を持てて至極光栄でございます」


「う~ん……自分で言っておいて何ですけど、ユーマの娘にはなりたくないです」


「マジか。何でだ?」


「ふふっ、秘密ですよ」


 唇に指を当て、アンナは悪戯っぽく笑った。


 たわいもないやり取りを交わしながら、すでに喧騒に包まれている街の中を、当てもなく歩く。適当に歩いていて、寄るべき店を見つけたら寄っていくというのが俺の算段だ。はっきり言って無計画だが、必要があれば道行く人にでも尋ねればいい。立場上あまり悠長にしていても仕方がないのだが、そうあくせくしたくもない。すでにオルバティアからだいぶ遠くへ来れたことで、目下の危険もほとんどないだろうしな。


「そういえば、次の目的地は?」


 いつも通り、旅の行方はアンナに委ねる。


「これから先に小さな街や村はいくつかあるんですけど、目的地と言えるほど大きな街となるとクレメアですね」


 クレメア。その街の名には覚えがある。アンナ曰く、カーティフのすぐ近くの街だったはずだ。


「そこまで行けば、カーティフもすぐだな」


「はい!」


 元気な声で返事をするアンナ。嬉しそうで本当に何よりだ。


「クレメアまではどれくらいの距離があるんだ?」


「歩きで、ざっと一週間ほどかかる距離ですね」


「馬車でも探すか」


 さすがに一週間歩きっぱなしはつらい。今なら金もあることだし、アンナへの負担も考慮すれば当然の選択とも言える。それなら特段の準備も要らないし、急いで馬車の停留所を探すべきだろう。しかし、アンナは首を横に振った。


「ランドンからクレメアへの乗合馬車はないみたいです。ユーマが気を失っている間にモルダさんにも確認しました。道中で、野党や強力な魔物に馬車が襲われることが頻繁にあって、護衛を付けても対応しきれず、運行停止になったと聞きました」


「……そんな危険な道のりを徒歩で行くしかないのか。いや、行くけどさ」


「あはは、頑張りましょう」


 アンナがそう言うなら是非もない。腹を括ろう。男がぐだぐだ抜かしてもみっともないだけだ。


 俺たちが最初に立ち寄ったのは、道具屋だった。


「いらっしゃい。何をお探しで?」


 店主と思しき初老の男性が、店に足を踏み入れた俺たちに声を掛けてくる。


「荷物入れなんかを探してるんですが、ありますかね?」


 旅の準備をするにも、まずは荷物を入れて持ち運ぶための鞄なり袋なりは用意しておきたかった。ある意味、最優先事項と言っていいだろう。


「いろいろありますよ。いくつかお持ちしますので、少々お待ちください」


 ややあって、店主が持ってきた品々の中から、どれが良さそうかを検討する。

 結局、俺は口を紐で閉じるタイプの大きめの道具袋を購入した。アンナには、手頃なサイズの雑嚢を購入させた。

 その他にも、その店で水筒やナイフを購入しておく。ナイフを購入したのは、なんとなく持っておくと便利そうと思ったからだ。


 道具屋を後にして、次に立ち寄ることになったのは、衣類を扱う店。

 今アンナの着ている服は、決して質の悪いものではなかったが、それ一着しか持っていないというのは問題だろう。

 お金も手に入った今、新しい服くらいは購入してあげたい。

 

 ちなみに、俺自身の服を購入する気はない。今俺が身に纏っている黒衣は、制服が闇によって変質させられたもの。なぜかこの黒衣は、斬り裂かれようと破けようと、いつの間にか勝手に修復しているのだ。とりあえず、この服一着あれば、俺に関しては問題ない。ついでに言っておくと、服は嵩張るというのも購入を控える理由の一つだ。


「あの、私は今のままでも」


 新しい服をここで購入する旨伝えたのだが、なぜか遠慮している様子のアンナ。もしや、無駄遣いとでも思っているのだろうか?

 女の子の服は必要経費に分類してもいいだろうよ。


「うら若い女の子が遠慮するもんじゃありません。店主さん、この娘に似合う服を適当に見繕ってあげてください」


「あいよ! 任せておきなって」


 俺の要請に、元気よく女店主が応える。

 アンナ自身が気に入った服を買うのが一番ではある。だが、肝心の彼女が遠慮がちである以上、多少強引に話を進めてしまうのが良いだろう。


「これなんか、お客さんによく似合うと思うよ」


 すぐに店主が一着の服を持ってくる。

 白を基調としたワンピースタイプ、可愛らしくも清楚な服だ。確かに、この服はアンナによく似合うであろうことは容易に想像できた。

 

「わあ……可愛い」


 ぱあっと明るい笑顔になるアンナ。服も可愛いが、この娘も可愛い。

 もはや、俺が取るべき行動は一つだった。


「購入で」


「毎度!」


「えっ! 早すぎませんか!?」


 俺と店長の簡潔すぎるやり取りに、アンナが驚きのリアクションを見せる。


「気に入ったんだろ?」


「は、はい」


「じゃあ購入するしかないだろ?」


「そうなるとは限らないんじゃ」


 丸め込まれずに反論してくるか。だが、この服の購入は決定事項だ。なぜなら……。


「俺はその服を着ているアンナが見たい。絶対可愛いからな」


 ずばり、本音をぶちまける。

 それを聞いたアンナの頬に赤みが差した。


「……あぅ」


 視線を俺から逸らし、小さく声を漏らしている。

 その小動物のような可愛さに、思わず抱きしめたいという衝動が湧く。

 きっと店長の目がなければ、実行していただろう。危ない、危ない。

 しかし、アンナに関しては、可愛いって感想ばかりな気もするな。まあ、可愛いものは可愛い。仕方のないことだろう。 


「御両人、お熱いねぇ」


 ひゅーひゅーと店長が俺たちを茶化してくる。

 微妙にうざったいが、アンナに似合う服を見繕ってくれた功績がある。ここは何も言うまい。


「さっそく着ていくかい?」


「そうします。というか、そうさせます」


「なんでユーマが答えるんですか!?」


 店長の提案に対し、間髪入れずに俺が答えると、これまた即座にアンナが食いついてきた。

 なんでって言われたら、そりゃあ……。


「だって、早く見たいし」


「……やっぱりユーマはずるいです」

 

 そう言って、アンナは口をツンと尖らせてしまった。


「着てくれないのか?」


「いいえ、着ていこうと思います。私も早く着てみたいですし」


 元からアンナにはその気があったようだ。

 よかった。それなら何も言うことはない。


 着替えや支払いといったことは二人に任せて、俺はいったん店の外に出る。

 そう待たないうちに、アンナが新しい衣服を身に纏い、俺の前に現れた。


「ど、どうですか?」


 おずおずと上目遣いで問いかけてくる。

 その姿を見て、理性の箍を繋ぎ止めていられたのは、我ながら大したものだ。

 俺は親指をぐっと立てて答える。


「よく似合ってるよ。最高に可愛い。抱きしめたいぐらいだ」


「嬉しいんですけど……ええ、この上なく嬉しいんですけど、ユーマ、女たらしってよく言われませんか?」


 アンナは、ジト目で俺を見つめてくる。

 俺は顎に手を当て、少し考え込んでから答えた。


「覚えがないな」


「……なら、いいです」


 アンナがくるっと振り向き、歩を進める。

 すぐに俺もその後に続いた。


 それから、武器屋と防具屋にふらりと立ち寄ったが、そこでは何も買わなかった。

 単純にどの品も値段が張っていたことと、武具や防具に関してはほとんど必要性を感じなかったからだ。重いだけで邪魔にもなりかねないし。


 旅の準備は概して順調に進んでいたが、食料品の調達は大変だった。

 俺たちが求めているのは、長持ちする保存食や携行食だったので、いろいろと食料品関係の店を回って、条件に合う食物を確保していった。


 そんな苦労もあったが、旅の準備も終わり、後は出発するのみとなった。


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