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ランドンに到着

 意識が覚醒して、最初に感じたのは左手に伝わる温もり。

 そちらに視線を向けると、アンナがベッドに寄りかかり、俺の左手を両手でしっかりと握りしめていた。


「よかった……本当に心配したんですよ」


 俺の目覚めを確認し、彼女は頬を涙で濡らす。

 俺は申し訳ない気持ちでいっぱいになりながら、口を開く。


「心配かけちまったな。もう大丈夫そうだ……それに、すまない。守ってみせると言っておきながら、この様だ」


 殺そうと思えば、ヴィンフリーデは俺たちを殺すことができた。俺の誓いはあの魔女の気まぐれ一つで破られてしまっていたかもしれないのだ。それがどうしようもなく悔しかった。相手がどれだけ強大であろうと、誓いを破っていい理由にはなり得ない。


「いいんです。ユーマさえ今、無事でいてくれるなら、それでいいんです」


 零れる涙を拭い、アンナは優しく微笑んでくれた。

 ああ、そうだ。泣いてる顔より笑っている顔の方がずっと良い。


 俺はひとまず自分の置かれている状況を確認する。

 意識を失う前とは違い、ここは屋内。八畳ほどの広さの部屋。柔らかなベッドの上に俺は寝かされていた。

 ここがどこなのか? どういう経緯でここに運び込まれたのか? 

 俺は疑問を解消するべく、アンナに問いかける。


「俺が意識を失った後のことについて話してくれるか?」


「はい……ユーマが倒れた後、すぐに隊商の方々が目を覚まして、私は一連の事情を説明しました」


 俺が倒れた後。つまり、ヴィンフリーデが去った後だ。おそらく、隊商の面々もあの魔女の業によって、意識を失っていたのだろう。どういう業かは知らないが、超常の力によるものと見て間違いないな。


「それで?」


 アンナに続きを促す。


「みなさん、襲撃があったことについては半信半疑のようでしたが、ユーマが倒れていたのもあって、何か軒並みならない事態が起こったことははっきりと理解してくれました。それで、モルダさんがユーマを荷馬車に乗せて、ここ、ランドンの宿まで運んでくれたんです」


 どうやら目的地に到着していたらしい。窓から外を見れば、すでに日が傾いていた

 俺は半日近く意識を失っていたことになる。

 しかし、モルダには感謝しなくてはなるまい。こうして無事俺たちを目的地まで運んでくれたのだから。護衛としては情けない限りではあるけど。


「報酬もちゃんと受け取ってありますよ」


 そう言って、アンナが小袋を取り出す。ベッドの上に置かれたそれはじゃらりと小気味良い音を立てた。


「いくらあるかは知らないけど、その報酬があれば、しばらくはやっていけそうか?」


「贅沢や浪費さえしなければ、少なくともカーティフまでの旅路には何の問題もありません」


 それだけ確認できれば十分だ。

 

 俺は思い出したように、腹に手を当てる。包帯が巻かれているのを見るに、治療を施してもらったようだ。

 確認したところ、案の定というか、黒騎士に貫かれたところはすでに塞がっていた。シュヴァルツの鎧に思い切り叩きつけた拳からはほとんど痛みを感じることもない。怪我の具合という意味ではすでに問題はなさそうだ。

 ただ、身に余るほどの闇を使用した分のツケだろう。身体にほとんど力が入らない。それに、気怠さがどうしても拭い去れずにいた。

 その様子を見ていたアンナが口を開く。


「本当にすぐ塞がっちゃうんですね。聞いてはいましたけど、びっくりしました」


「不気味に思うか?」


「思いませんよ。そんなこと、聞かないでください」


 毅然とした物言いに、つい口元が緩んでしまう。

 邪神でも女神でもない、どこぞの神様にこの:娘との出会いを感謝せずにはいられなかった。


「旅支度を整えるのは明日にしましょう。今日は安静にしててください。無理は禁物ですから」


「ああ」


 アンナの提案に異を唱えることもなく、素直に同意する。

 早めに体調を回復させる必要があるからな。


「……なあ、アンナ」


 傍らにいる彼女に呼びかける。


「はい、何でしょう?」


「《皇魔七天(こうましちてん)》って聞いたことあるか?」


「う~ん……」


 アンナは少し考え込む素振りを見せた後、答えた。


「聞いたことありませんね。それがどうかしましたか?」


「いや、知らないならそれでいい。ただ、あの女がそれの序列三位とか言ってたから、ちょっと気になっただけだ」


 俺の言葉を受けて、アンナの顔にわずかな憂愁の影が差す。


「あの人たち、何がしたかったんでしょう? どうして私たちが襲われなくちゃいけなかったんでしょう?」


「もう忘れろ。たちの悪い通り魔に絡まれただけだ。そんなものを気にしていても仕方ないさ」


「……はい」


 悔しげな表情。完全に納得したわけではないのだろうが、論ずるだけ労力の無駄であることはわかってくれたようだ。

 無論、俺とてやつらの理不尽極まりない所業を許すことなど決してできない。報復の機会があれば、そのときは全力で叩きのめしてやる。

 ただ、この話はもう打ち止めにしておこう。精神衛生上、あまり好ましいものではない。 


「ところで、この宿にお風呂はあるのか?」


 多少強引に話題を変える。

 アンナも俺の意図を汲み取り、ふっと笑みを浮かべて応えてくれた。


「もちろんです。モルダさん曰く、ここら辺では一番評判が良いみたいですよ」


「そりゃ楽しみだ……だけど、すぐには動けそうにないな。俺はもう少し寝させてもらうとするよ」


「はい、では私は一足先にお風呂をいただいてきますね」


「おう」


 アンナが部屋を去って行く。一人残された俺は静かに瞼を閉じた。

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