護衛依頼
護衛依頼を引き受け、ランドンへの旅路はすでに三日目に入っている。街道を移動していて、魔物に遭遇した回数を両手の指で数えることは叶わない。
遭遇した魔物の数の内訳として、圧倒的に多いのはゴブリンだ。一匹一匹なら取るに足らないゴブリンであるが、一度に十匹ほどの群れを成して現れたときもあった。ちらほらと武器持ちのゴブリンも確認している。とはいえ、しょせんは最下級の魔物。俺たちは危なげなくやつらを退けてきた。
次点で、角の生えた兎……聞いたところによれば、ホーンラビットという魔物と遭遇することが比較的多かった。その名を聞いたとき、そのまま過ぎるネーミングに俺は名付け主のセンスを疑ったものだ。
時折、ウルフと遭遇することもあった。他に雇われている護衛たちが明らかに警戒する素振りを見せていたので、それなりの難敵と認識されていたらしい。それでも、護衛に就いている人間の数が数なので、撃退には然したる苦労もなかった。
どれもこれもオルバティアからアルジオまでの道中で見かけた魔物だったので、特段の目新しさはない。
魔物を退けるのに、現在まで闇の力を一度も使わずに済んでいるのは、俺にとって僥倖であった。もちろんアンナに危機が及ぶような事態になれば、躊躇せず使うつもりではいたのだが。
食事に関しては、モルダが手配してくれた。出されるのは干し肉や乾いたパンといった、お世辞にも食欲が湧くとは言えないものばかり。まあ、それに関して文句はない。強いて言うなら、アンナにもっと良いものを食べさせてやりたいとは思ったけど。
結論として、俺たちの旅路は順風満帆に進んでいると言える。ただ、他の護衛の面々やモルダを筆頭とした商人たちとの交流において、素性を明かせないこともあり、余計なぼろを出さないためにも、交わす会話が事務的なものばかりになりがちだった。そのことが気になると言えば気になる。別に仲良くしたいわけでもないが、不審に思われるのは避けたかった。
現在、中空から陽がいくらか下がっている時分。ふと、前方に何かの姿を捉える。
梟の頭部をしているが、間違いなく梟ではない。距離が開いているため、正確なサイズは測れないが、人間の大人とそう変わらない身長だろう。梟にしてはあまりにも大きすぎる。それに、腕と足が梟とは思えないレベルに発達していた。そいつは、のっしのっしと重厚感ある二足歩行でこちらに近づいてきていた。
「あ~……ありゃ、やべえな。オウルベアだ」
御者台の上から、モルダが眉間にしわを寄せて呟く。察するに、あれは危険な魔物らしい。隣のアンナも見るからに取り乱している様子だ。くるっと首だけ回して後ろを見ると、護衛の面々も戦々恐々としている。
それにしても、熊の身体に梟の顔か。あのアンバランスさは……。
「俗に言うキモカワイイ系ってやつか?」
「ユーマって本当に大物ですよね」
俺の独り言を聞いたアンナに軽く嘆息されてしまう。落ち着いてくれたようだし、結果オーライということで。
さすがに無視というわけにはいかないだろう。とにかく、あれを何とかしなきゃだな。
「ちょっと待ってろ。すぐに戻ってくる」
アンナに一言告げ、俺は地を蹴り、勢いよく駆けだした。
彼我の距離をあっという間に詰めていく。俺の接近に、オウルベアが雄たけびを上げた。
近づくと、オウルベアの大きさがよくわかる。見るからに強靭なその肉体は、並の一撃ではびくともしないだろう。となれば、渾身の一撃を叩きこむしかない。さすがに今回は闇を使うとしよう。中途半端をして、やられてしまっては元も子もない。
接触まで残り数メートル。オウルベアが鋭い鉤爪のついた手を振り上げる。俺が突っ込んできたところを引き裂いてやろうという算段だろう。そうはいかねえよ。
俺は地を蹴る足に力を込めて、天高く跳躍した。両手をつなぎ合わせ、そこに闇を集中させて、大きく振りかぶる。落下する俺の目前に迫ったオウルベアの頭部にそれを叩きこんだ。
鈍い音が響く。着地した俺を前にして、オウルベアはピクリとも動かない。やがて、ゆっくりとオウルベアが背中から倒れ伏した。
ジンジンと痛む両手を振りながら、俺は隊商の元へ戻っていく。
「おめえさん、すげえな! オウルベアを一人で、それも素手でやっちまうなんて聞いたことねえぞ!」
戻ってきた俺を、モルダが喜色満面で出迎えてくれた。他の面々も驚きを隠せないといった様子で俺のことを見ている。闇のことさえバレていなけりゃなんでもいい。
モルダの言葉が続く。
「道中でのこれまでの闘いから、かなりできる小僧だとは思っていたが……まったく、カルロスのやつには感謝しなきゃいけねえな」
「お役に立てたのなら何よりです」
カルロスの株も上がったようで喜ばしいことだ。
隊商がオウルベアの横を通り過ぎる。
それから、時折現れるゴブリン等の魔物を蹴散らしつつ、街道を行くこと数時間といったところか。夕影によって世界が赤みがかっていく。モルダが馬車を止めて、口を開いた。
「今日はここまでだ! 各自、準備を始めてくれ!」
モルダのいう準備とは、野営の準備のことを指す。
これまでも夜は野営をして越えてきた。十数人いる護衛の面々がローテーションで見張りを行い、魔物や野盗の襲撃に備えることになる。ある程度見晴らしの良い場所まで移動して野営を行うこともあり、不意の襲撃を受ける危険はかなり低い。
野営の準備を終え、モルダに支給された食事を済ませる頃には、完全に夜の帳が降りる。
「もう明日にはランドンだ。最後の見張り、気ぃ抜くなよ!」
モルダが全体に向けて檄を飛ばす。
見張りは三、四人一組で行うことになるが、俺とアンナは最初の一組に組み込まれていた。本来見張りは離れて行うべきだが、報酬が一人分ということで、そこは容認してもらい、俺とアンナは互いのすぐ傍で見張りを行っている。
「寝ててもいいですよ? 私がしっかり見張ってますから」
「アンナこそ気を張らずにゆっくり休んでろって。長旅で疲れてるだろ?」
「その言葉、そっくりそのままお返しします。ユーマは闘いの疲れもあるじゃないですか」
「あのくらいじゃ疲れないっての。俺は元気も元気。超元気だ」
「むっ、じゃあ私はもっと元気です」
堂々巡りの議論が続く。一昨日、昨日、今日と連日で同じようなやり取りを俺たちは繰り返していた。
結局、今夜もお互いに意地を張り続けたまま、俺たちの見張りの番は終わってしまった。
見張り番を終えた俺たちは、寄り添って休息に入る。もう同衾への恥ずかしさはだいぶ薄れていた。それどころか、強い安心感を覚える。すでにアンナは寝てしまったようだ。穏やかな顔で、静かに可愛らしい寝息を立てていた。俺もさっさと寝るとするか。
瞼を閉じ、眠りに就こうとしたそのとき。
言いようのない悪寒が俺の全身を駆け抜けた。見られている。
「っ……!?」
驚きに声を出しかけるが、寸でのところで踏みとどまった。眠っているアンナを起こすわけにはいかない。アンナを起こさないよう注意しつつ、俺は辺りを見回してみる。何もありはしないし、護衛や隊商以外の誰かがいるわけでもない。ただただ暗闇が広がっているばかり。
悪寒の原因が何なのか、考えたところで何もわかりはしない。胸に去来する不安はどうしても消えてくれなかった。




