アルジオからの出発
展開で気になる点やおかしな点があればご報告いただければ嬉しいです。
カルロスにギルドの場所を聞くのを失念していたが、道行く人に教えてもらい、俺たちはギルドに到着する。ギルドは街中で見かけた他の建物よりも一際大きく、近づくにつれて人通りが多くなっていくのを感じた。
ギルドの中に入ると、まだ朝も早いというのに大勢の人で賑わっていた。幾つものテーブルと椅子のほとんどが埋まっており、一角には無数の紙が貼りつけられた大きな掲示板が置いてある。受付らしき場所を見つけ、すでにできている列に並ぶ。少しの間待っていると、俺たちの番がやって来た。
「お待たせいたしました。本日はどうなさいました?」
柔らかな物腰で受付嬢が応対してくれる。
「カルロスさんの代わりに護衛依頼を受けることになったんですけど、依頼人であるモルダさんと面識がなくて……こちらで待ち合わせることにはなっているので、モルダさんが来たら教えていただけませんか?」
カルロスの言に従えば、これでモルダって人に引き合わせてもらえるはずだ。
「なるほど、カルロスさんの……かしこまりました。では、ギルド内でお待ちください」
「お願いします」
俺はペコリと小さく一礼して、さっさと列から離れる。
「ちょっと掲示板見てみようぜ」
「はい」
俺はアンナを促し、掲示板へと近づいていく。
あそこに貼り付けられているのが依頼書だろう。どんな依頼が出されているのか少し気になる。
依頼書は俺の見たこともない文字で書かれているが、不思議と俺はその意味するところを理解することができていた。確かなことは言えないが、きっとあの邪神の計らいなのだろう。そうだとしても、感謝することは一切ないがな。
「ふ~ん、いろいろあるもんだな」
薬草の採取のようなちょっとした雑用から魔物の討伐依頼まで、依頼の内容は多岐にわたるものだった。報酬額も記載されているが、やはり魔物の討伐といった危険を伴う仕事は他と比べて明らかに額が高い。
「ウルフの討伐依頼もありますね」
アンナがポツリと呟く。昨日カルロスが受けていたやつだな。
「まっ、こんなもんか」
正直、目を引くような面白い依頼はなかった。
「とりあえず席に着いてゆっくりしましょうか」
「おう」
アンナの提案に同意し、空いているテーブルを探し席に着く。
「おうおう、兄ちゃん。女侍らせてお仕事かい? 良いご身分だねぇ」
不意に後ろから声を掛けられる。振り向くと、ニヤニヤと嫌らしい笑みを浮かべたチンピラ風の男が三人。デブにチビにヒョロナガ。それぞれチンピラA、B、Cと名付けてみる。俺とそう歳は離れていなさそうだ。関わっても面倒そうだな。無視しよう。
俺は対面に座っているアンナの方に向き直った。
「おい、無視してんじゃねえぞコラァ!」
後ろから聞こえる怒号が俺の耳をつんざく。どうにも、面倒事は避けられそうにないな。
俺はしかたなく立ち上がり、男たちに向き直る。
「不快なんで絡まないでください」
そう言い、俺はピッと中指を立てる。こっちの世界でも意味が通じるとも限らないが、苛々させられたのでついやってしまった。
「ゆ、ユーマ……挑発しちゃ駄目ですよぉ」
委縮しているようで、声がか細いものになっているアンナ。なんだろう、すごい庇護欲を掻き立てられる。しかし、こっちの世界でもちゃんと挑発の意味になるのか。
「てめぇ……ふざけてんのか!」
チンピラAが俺の胸倉を掴み上げてくる。揉め事を起こすのはなるべく避けたいが、降りかかる火の粉は払っておく。
俺はお返しとばかりにチンピラAの胸倉を掴み、そのまま締め上げるように力を込める。
「うっ……や、やめ……!」
人並み外れた力を持つ俺に締めあげられ、苦しそうに呻くチンピラA。すぐに俺の胸倉から手を離してしまう。そっちから絡んでおいて、やめろ、とはな。虫の良い話だとは思わんのだろうか?
「因果応報だっての」
俺は吐き捨てるように言い放った。
「お、おい! 離せよこの野郎!」
「くそっ、ビクともしねえ! 何なんだよこいつ!?」
チンピラBとCがAの胸倉から俺の手を振り解こうとするものの、非力に過ぎる。締め上げる俺の手は少しも揺るがない。
「粋がるのは勝手だが、人様に迷惑掛けんなよ。離してやるからさっさと消えてくれ。いいな?」
威圧するように同意を求めると、チンピラAは勢いよくうなづいた。さすがにこれだけやればもう絡んでこないだろう。
手を離してやると、チンピラ共は負け犬のごとくすたこらと逃げ出していった。
とんだ小物もいたもんだ。
「あの……大丈夫ですか?」
声のした方に振り向くと、一人の女性がいた。服装が受付嬢のそれと同じだったので、ギルドの職員なのだろう。
「ああ、すいません。お騒がせしました」
俺は女性に詫びを入れる。自分に非があるとは微塵も思っていないが、一応な。
「いえ、悪いのは彼らの方みたいですし、謝らないでください」
それだけ言って女性は去って行く。
俺は椅子に座り直し、約束の時間が来るのを待った。
「あんたらがカルロスの代理人だな?」
どうやら依頼人のお出ましのようだ。
豊かな髭を蓄えたワイルドな風貌の男に声を掛けられる。
「モルダさんですね? 俺は佐伯悠真。カルロスさんに代わって、あなたの護衛をさせていただくことになりました」
俺は立ち上がって、持参した羊皮紙を差し出す。モルダはそれを見て、納得したように頷いていた。
「嘘は言ってないみたいだな……そっちの嬢ちゃんは?」
「アンナです。あまりお役に立てないかもですが、私も精一杯頑張ります!」
力強く答えるアンナ。何とも健気なものだ。
モルダは訝し気な視線を俺たちに向けている。
「しっかし、あんたらが護衛ねぇ……本当に大丈夫なのか?」
なるほど、モルダの心配はよくわかる。俺たちのような若造に護衛が務まるとは思えないのだろう。こればかりは反論してもしかたがない。まさかこんなところで例の力を振るってみせるわけにもいかないしな。
「不安に思われる気持ちはわかりますが、俺たちを信じてみてください」
少しでも信用してもらえるように、毅然とした態度で言い放つ。
モルダはボリボリと頭を掻いて、口を開く。
「報酬は一人分だかんな」
「もちろんです」
一人に依頼を出していたのに、二人分の報酬を取られてはたまったものではないだろう。さすがにそれは不当に過ぎる。
「まあ、カルロスが任せたんなら心配は要らねえか。別に護衛があんたらだけってわけでもないしな……他のやつらを待たせてる。さっさと行くぞ」
口ぶりからするに、モルダはだいぶカルロスのことを信用しているようだ。カルロスの人柄なら、特段驚くことでもないか。気の良い人だったもんな。しかし、他にも護衛がいるってのは初耳だ。多くて困ることはないとは思うけど。
俺とアンナはモルダに連れられ、ギルドを出る。
外には四台の荷馬車が止まっていた。そのうちの三台の御者台にはすでに人が乗っている。これは隊商というものだろう。付近には十数人の護衛と思しき男たちが佇んでいた。
モルダが空いている先頭の馬車の御者台に乗り込む。
「よぉし、出発だ!」
モルダが合図を出すとともに、馬に鞭を入れる。馬車がゆっくりと進み出す。後続の馬車もそれに続く。俺とアンナはモルダの乗る馬車の左側に着き、歩き出した。




