第7話 決着、そして
「うおああああああ」
雄叫びを上げる。魂が震え、鼓動が激しく胸を打ち鳴らす。かつてない逆境の中、不思議と俺の心は昂っていた。死に瀕しているというのに、胸が躍る。何故かこの状況を楽しんでしまってる自分がいる。
あの謎の光はすぐに消え失せた。だがその時起こった、能力値の上昇は反映されたままだ。深手を負っているにも関わらず、自身の戦闘力は今が一番高いと感じる。
事実この怪物と互角に渡り合えている。いや、脚だけならば俺の方が上だ。
「グルオオオオオ」
ガキンッ。巨爪と剣がぶつかる音が鼓膜を揺らす。つばぜり合うとギギギギと耳にくる嫌な音が発生した。
互いに一歩も譲らない本気と本気の衝突。俺の力は敵の剛力と張り合うことが出来るほど急激に向上していた。
「っおりゃあっ!」
全体重を乗せ、押し返す。ワー・ウルフの爪を腕ごと弾き飛ばし、懐に潜りこんだ。首を目がけて剣を振るうがしかし、激しい抵抗によって止められてしまう。
再び鳴り響く衝突音。先ほどのものは剣と爪、今度は剣と牙が打ち出した音だ。ワー・ウルフは咄嗟に顔を下に向けることで、首へと迫りくる死閃を丈夫な牙で受けとめ、危機を回避したのだ。あまりの頑丈さに剣を持つ手が震える。いくら急上昇した俺の力でもこの牙をへし折ることは無理だ。一旦バックステップし、距離を取る。
この戦闘中、殆どはワー・ウルフが突撃を仕掛ける側だったが、俺の体に変化が訪れてからは、一度も途切れることなく俺から攻撃している。休むことなく攻め続け、敵の命をひたすらに刈り取りに行く。瞬間火力は敵の方が未だに高い為、後手に回ることは出来る限り避けたい。
「はあっ」
今度も同様、またしても俺から化け狼へと猛突する。今ならば、短期決戦を狙える。というか狙わなければ、腹からこぼれる血液が敵より先に尽きてしまう。
あの時直撃した鋭爪は、かなり深い所まで達していた。それまでは狼の方が出血量の割合が多かったが、今は話が違う。立場が完全に逆転していた。
俺の進撃は、ワー・ウルフがひょいっと回避することで失敗に終わった。だがその後も果敢に攻めの姿勢を崩さない。まだまだ予断を許さない状況だ。
俺の怒号と巨狼の咆哮がダンジョン内に響き渡る。すると、その音に反応し2匹のモンスターが俺とワー・ウルフの死闘の場に姿を現した。いずれも見たことのないモンスター。醜悪な面を見せ、一思いに襲い掛かって来る……が、
「邪魔をするなああ」
「ガオアアアアアア」
瞬殺。片方は俺の刀剣が、片方はワー・ウルフの鋭牙が、その姿を光の粒へと一瞬にして変えた。経験値がそれぞれの肉体へと吸い込まれていく。既に俺とワー・ウルフのステータスはEランク下位のモンスターならば相手にもならないほど強化されていた。
「何だ、お前も邪魔されて怒ってるんだ」
「ガルルルル……」
今の2匹は両方とも俺を標的にしていた。ワー・ウルフからしてみれば好機だった筈だ。それをわざわざ阻止してくれたということはそういうことなのだろう。
こいつもこの命の奪い合いを楽しんでいるのだ。
似たもの同士なのかもしれない。ふとそう思った。足元で、死という絶望の穴が口を広げているこの地獄を、楽しめるものなどそうはいない。当然俺にとっても死は怖いものだ。誰だって大切な命を失いたくはない。それでも
「やっぱり強敵との戦いは楽しいよな」
「グルルルラァ!」
顔に笑みを浮かべる。化け狼の表情はあまり区別がつかないが、不思議と楽しそうにしているのが分かった。
だがこれは遊びではない。正真正銘の殺し合い。どちらかがくたばるまでは、決して終わることはない。
「だああああああああ」
「グオアアアアアアア」
何度目になるか分からない大声を上げ、戦闘を再開した。決着まで、あと少し。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
これは神様の悪戯だろうか。それとも、俺の所持スキル『幸運』が発動したおかげなのだろうか。はたまた、単にワー・ウルフの運が悪かっただけなのかもしれない。
邪魔物を処理した後も、激戦は続いていった。何度も剣と爪を激突させ、何度も襲い来る牙を回避した。短い時間が極限まで引き延ばされ、どれだけの時が経ったのかも分からない。お互いの集中力を最大まで高め、神経を限界まですり減らした時。
床に出来た血溜まりに、ワー・ウルフが足を滑らした。
昔、村にいた頃やってきた冒険者から聞いたことがある。どれだけ険しい戦いでも、終わる時は呆気ないものだと言っていた。この戦闘もそうだったのだろう。体勢を崩したワー・ウルフに、決定的な一撃が入る。
「グオオオオオオ」
悲鳴が空気を、俺の鼓膜を揺らす。その身に強烈な斬撃を受けたワー・ウルフはどしんとその巨体を地面に倒れさす。ぜーぜーと荒い呼吸をしており、立ち上がる気配はない。
「……」
ぴちゃり、ぴちゃりと、血溜まりの上を歩き、一歩ずつ瀕死の狼に近寄っていく。俺の右手からだらりと垂れた剣の刀身は、大量の血でその輝きを失っていた。
攻撃の届く範囲まで近寄る。苦しくも、今までの人生の中で最も心が躍ったひとときだった。しかし、宿敵に対する慈悲はない。いや、慈悲など与えてはいけない。それはおそらく、命の限りを尽くし戦った者への侮辱だろう。
無言で剣を振りかぶる。この瞬間にはもう、俺の中から楽しいという感情は消えていた。残るのは、やり遂げたという達成感と、少しばかりの喪失感だ。
そしていざ、最後の一撃を振り下ろそうとした時だった。
「!?」
何だ、これは。今までに経験したことのない感覚だ。訳も分からず戸惑い、剣を一度、下ろす。
「これは、お前か……?」
地面に横たわっている、今にも息絶えそうなワー・ウルフに問いかける。しかし返事はない。そもそも死にかけていて、しかもモンスターであるワー・ウルフに返事が出来るはずもない。
「やっぱり、そう、なんだ」
だが、そうだと言われているのだ分かる。ジョブチェンジの時に、神様の声が頭に響いたが、それともまた違う感じだ。何というべきか直感で分かるのだ。
「それで、さっき言ってた……その」
何が起こっているのかも、何故なのかも分からないが、一つだけ確信できることがあった。理由は不明だが、これだけは言える。少なくとも今の俺には、さっきまでのあやふやなものとは違い確実に
ワー・ウルフの心の内が読めている。
「お前は……」
「お前は俺と一緒に、『冒険』したいのか……?」
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
やり方は自然と分かった。剣を地面に置き、手をワー・ウルフの傷口に当てる。ワー・ウルフが痛そうに顔をしかめたのが目に映った。しかし気にせず、なけなしの魔力をつぎ込む。
少し経った頃。
淡い光が俺とワー・ウルフの体をぽわーと包む。俺に至っては光に包まれたのは今日だけで二度目だ。しかしあの時とは違って、輝きも少なく、色も白。そしてこの光が何なのか、今回は考えれば俺にも分かった
。
俺は今、ワー・ウルフを調教しているのだ。徐々に徐々に、狼の額に紋様が描かれていく。テイムの証だ。同時にワー・ウルフの体の傷が癒えていく。どうやらテイムしている間は、テイムされるモンスターの傷は治っていくようだ。
数秒経ち、紋様がその形をはっきりとさせた。
完成だ。今、ワー・ウルフのテイムが完了した。その瞬間、どっとワー・ウルフの魔力が俺に流れ込んできた。調教師とテイムされたモンスターは魔力を共有する。ワー・ウルフには今、俺の魔力も流れ込んでいる筈だ。
すると、またもや俺の体が光る。三度目だ、慣れた。しかもこの光がなんなのかも既に俺は知っている。冒険者組合で、職員さんに説明を受けた。
黄色く、そして激しく輝くそれは、紛れもなく器が昇格する前兆。つまり
ランクアップの光だ。
おそらく、Eランクを超えるワー・ウルフの膨大な魔力を受け取ったことで俺の器が上がったのだろう。凄く心地が良い。器が大きくなる瞬間はこんなにも清々しいものなのか。周囲が俺とワー・ウルフの血で汚れまくっているというのに、爽やかな気分になる。
その時ふと、先ほどまでの戦いを思い出した。どうして自分はあそこまで戦えたのだろう。あの時の俺は、おそらくEランクへと昇格した今の俺よりも強かった。あの青い光も謎だし、まるで意味が分からない。ダンジョンから帰ったら、職員さん達に質問してみよう。誰か知っているかもしれない。
俺が思考に耽っていると、むくりとワー・ウルフが起き上がった。致命傷だった傷口は、綺麗にとはいかないまでも塞がっている。一度、鼻に与えた傷が良い感じになっていてカッコいい。
戦闘中はずっと威圧的な空気を醸し出していたワー・ウルフは一転、俺を見ると嬉しそうに舐めてくる。
「ちょ……、まっ、やめ……」
じゃれてくるワー・ウルフに笑みを浮かべ対応すると、俺をある悲劇が襲った。
「うっ」
完全に忘れていたが、俺も死にかねない傷を負っていたのだ。今になって痛みが戻って来る。
――あ、やばい、意識が……。
為す術もなく、俺の意識は深い闇の中へ沈んで行く。ワー・ウルフの心配そうな表情を尻目に、俺は気絶した。
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