第6話 『強化種』との戦い
――もう駄目かもしれない。
現在、自分が座りこんでいるのは7階層の広間。あの後もう一回階段を下る羽目になり、この階層まで進出してしまった。
第7階層。この初心者ダンジョンで、最後の階層となる。ここからは駆け出し冒険者にとっての最大の鬼門だ。だがこの階層をクリアすれば、晴れて一人前と認めてもらえ、クエストの受注も可能になる。しかし今の俺では、この階層を踏破することなど到底無理だ。
何せ、この階層に出現するモンスターはEランクなのだ。
俺はまだFランク。Eランクと戦える程、器が出来ていない
ワー・ウルフの強化種は疲れたのか、7階層に降りてきたと同時に追跡を止めた。しかし不運なことに、ワー・ウルフの強化種が階段の前を陣取り、帰り道を塞いでしまったのだ。この階層から脱出するには、別の階段を探すかワー・ウルフを撃破し、強引に階段を譲ってもらうかのどちらかしかない。
「この糞スキル……!」
自身のステータスが記された冒険者カードを一見し、悪態を吐く。つくづく自分の生まれ持ったスキルを呪う。
スキル『悪運』 取得条件:なし 効果:何かと悪いことが起きる
アバウトすぎるその説明は、絶賛大ピンチの自分をかなり苛立たせる。『悪運』の文字を今すぐにでも消してやりたい。もう一つ自分に備わっていたレアスキル『幸運』は何をしているのか。ドロップアイテムを落とす確率を上げている暇があったらこういう時に働いて欲しい。はぁと少し溜息をついた。
「ま、いつまでもスキルを恨んでいても仕方がないか……」
そう思い、顔を上げる。自分が死んだ理由をスキルに押し付けるのもダサい。そんなのはきっと、男の恥だ。
「よし、行こう」
剣を強く握りしめ、腰を上げる。震える膝を叩き広間から出た。このままここにいても手強いモンスターに何度も襲われ力尽き、果ててしまうだけだ。現状を考えるに、おそらくワー・ウルフと闘い勝利し、この階層から脱出することが最も生き残れる可能性は高いだろう。
覚悟を決める。誰が聞いても無謀としか言わないであろう賭けに出る。
――こんな所で終わってたまるか。
父親譲りの諦めの悪さは俺にとっての最大の武器だ。諦めたらそこで何もかも終わってしまう。そんなことで僅かでもある希望の芽を摘み取ってしまいたくはない。
何より俺が憧れた英雄達はこのような危機を幾度となく乗り越え光を掴んで見せた。自分も英雄達のように輝きたいのなら、英雄達に近づく為に冒険者になったのならば、
「ここで冒険しなくて、どうする?」
嗤う。この先にいる、死闘を繰り広げるであろうモンスターを見据え一歩踏み出す。先程まで感じていた恐怖は俺の中から消え去っていた。俺の心の中には発散先を求める闘志だけが残っている。堂々とした態度を崩さずワー・ウルフの前まで歩を進めた。ワー・ウルフはとっくにこちらの気配を感知していたようで鋭い眼でこちらを睨んでいる。薄闇の中、その眼光はぎらぎらと輝いていた。
構える。辺りを包むのは静寂だ。聞こえてくる音はワー・ウルフの荒い息遣いのみ。俺は一つ、大きく深呼吸をした。その間、まるで時が止まったようにワー・ウルフは襲い掛かってこなかった。
時が動き出す。
「うおあああああああああああああああああ」
「グルルルルルルルルルルルルァァァァァァ」
俺とワー・ウルフ共に床を蹴りつけ距離を縮める。戦いの幕は開かれた。ここからは命を懸けた本気と本気のぶつかりあいだ。俺の目に映るのは、眼前の敵と勝利し雄叫びを上げる未来の自身の姿のみだ。
俺の冒険が、始まった。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
『強化種』になっても、モンスターの行動パターンが変わることはない。それは今回も同様。彼らはあくまで、モンスターを喰らい、俺たち人間と同じように経験値を得て強化されただけなのだ。
冒険者になってから、今日までに培ってきたワー・ウルフとの争いの経験を活かし、行動を読み、先手を取るよう心掛ける。
だがそれでも、こちらの攻撃は当たらない。どれだけ素早く回避に移っても、相手の牙や爪はこちらの身を掠めていく。戦闘力に差が、ありすぎる。
屈み、突進。自分の出せる最大速度で接近するも剣が斬ったのは空中のみだ。敵は霞むほどの速度で俺の左側に回り込んでいた。大きく開かれた口から鋭牙が覗く。
「くっ」
慌てて敵の方向へ向き直り、剣を自分と敵の間に滑り込ませる。間一髪間に合い、がきんと音を立てて防御に成功するも、衝撃に耐えきれず。
剣が弾かれ体を大きく仰け反らせてしまう。剣を手放すことだけは堪えたが、視線の先には二度目の突撃の準備を終えた猛獣。汚い涎がだらりと垂れている。俺の姿勢はまだ戻せていない。
――やばい!
防ぐ術がない。このままでは回避も不可能だ。刹那の間に思考を巡らせ、最悪の展開を避ける方法を探す。
飢狼の殺意に満ちた眼と目が合う。来る、そう直感した。
ワー・ウルフが地面を蹴飛ばすと同時、俺はわざと足を滑らせた。先程の衝撃で後ろに傾いていた体は、そのまま背後の硬質な床へと迫る。
ビュンと眼前を通り過ぎていく化け狼の影を視界に納めた。背筋がゾッとする。一瞬遅ければ、あの怖気を振るう尖った牙に、頭を噛みちぎられてきたであろう。
ドンっとにぶい音を立てて地面にぶつかった。革鎧に保護されている背中への負担は想定よりも少なかったが、それでも痛みがないわけではなかい。
俺の体の上空を過ぎていったワー・ウルフは着地しくるりと振り向いた。すぐさま起き上がり体勢を立て直す。
再び、迫り来る威圧。息をつく暇もなく、戦闘が再開した。
敵の動きに翻弄されつつも、紙一重で攻撃を回避していく。これだけ躱せるのは、紛れもなく敏捷が高いおかげだ。適性があって良かったとは思うが、戦闘が長引くにつれスタミナが尽き、追い込まれていくことになるのは目に見えている。
かと言って、短期決戦に持ち込むことも今の俺の実力では無理だ。常に緊張を保ち、避け続け、いつか来るチャンスを待つしかないだろう。
何度目かのワー・ウルフの突進を冷静に対処する。
がきんと愛剣から伝わる威力。剣で受け流すように敵の攻撃を退けたが、上手くいっても手が痺れてしまう。
ものすごい破壊力だ。今までのモンスターとは比べ物にならない!
さけて、よけて、躱して、回避して。
ひたすらに攻撃から逃げる。受け流しも手に負担がかかるためあまりしない。攻撃は敵が警戒を解かない最小限に行う。
しかし敵も馬鹿ではなかった。俺の動きに段々と慣れてきたようで、ついに避けきれない一撃をもらう。寸前でガードしたが、その重撃のパワーに耐えきれず吹き飛ばされてしまった。
「がっ……」
数メートルほどぶっ飛び、地面に落ちた後も勢いが死なず、ずざざざと体が滑る。止まった頃には俺の体は擦り傷だらけだった。
「ぐっ、ううう」
呻きながらも立つ。致命傷は受けていない。ならば問題はない。
次の手を思案する。あの狼は俺の行動を読み始めている。さっきまでと同じように戦っていては、この後も良いように狩られるだけだ。
これからは俺の動作に合わせて反撃してくるだろう。ならば、逆にそれを利用出来やしないだろうか。
「うがあああああああ」
咆える。この剣が折れるまでは、否、この剣が折れても俺の心だけは折れない。ド根性を貫き通し、臆病風に吹かれそうになる弱さを投げ捨てる。気合を入れ、一か八か、アタックを仕掛けた。
「ガルルアアアアアアアアアア」
俺の雄叫びは、化け物の咆哮にあっと飲み込まれてしまう。迎撃の姿勢を見せる敵の姿に恐れることなく、突っ込んだ。
ワー・ウルフは度重なる交戦で、俺の速度を完璧に把握していたようだった。タイミングを見計らい飛び出し、すれ違い様に腸を食いちぎらんと肉薄してくる。このまま行けば、確実に俺はそのでかい歯牙にかけられる……が。
――読み通りだ!
敵が動き始めた直後、俺は左にばっと跳ね、元々の進路から逸れる。ワー・ウルフは速過ぎるが故に一度飛び出せばその速度を制御することが難しい。驚き、急いで方向転換しようとするも間に合わない間抜けな狼に、
「があああっ」
剣を振り下ろす。剣はワー・ウルフを捉え、ざくっと巨体に食い込んだ。そのまま、ずぶずぶと切り裂いていく、が、途中で勢いを無くし、その動きを止めてしまった。原因は単純明快。
――力が、絶望的に足りていない!
俺の非力な能力値では、この化け物の体を両断することもままならなかった。
「グオアアアアア」
痛みに叫び声を上げ、暴れまわるワー・ウルフ。深く刺さったままの剣が抜けず、その剣を握っていた俺は宙に浮きあちらこちらに振り回される。
「うわああああ」
ぶんぶんとワー・ウルフが巨躯を振り回し、ものすごい慣性が俺を襲う。手放しそうになる剣をしっかりと握りしめる。ここで放してしまえば、俺の体は吹き飛ばされ得物を失うという最悪の事態に発展するだろう。
しばらく耐え続けていると、不意に剣がずぶりと抜けた。支えを失った俺は、剣と共に空中に放り出される。勢いそのままに壁に衝突した。
「がはっ」
痛撃。そのインパクトに小柄な俺の体は抵抗できない。思わず息が漏れ、体内の酸素を全て吐き出してしまった。地面に手をつき、ひゅーひゅーと音を立て、空気を吸い込む。
顔を上げると、怒りに顔を歪ませるワー・ウルフの姿がそこにはあった。敵の殺意は戦闘を始めた当初より、何倍にも膨れ上がっている。
――まずい
死の予感が俺を襲った。
先程のダメージに阻害される中、必死に体を突き動かす。まともな回避は取ることが出来ず、ごろごろと転がり何とかその場を離れた。瞬間、俺が先程衝突した壁がドゴォと音を響かせへこむ。ワー・ウルフの巨大な体が凄まじいスピードで突っ込んだのだ。
冷や汗を流す。俺の動き出しが僅かでも遅れていたら、人生が終わっていた。
――速度が、上がってる。
今のダッシュを見るに、恐らく敵は更に速くなっていた。今までのは限界ではなかったのか。
ぐぐぐぐと、痛む体を無理やり起こす。敵が速度を上昇させた反面、俺は体に走る鈍い痛みによって一つ一つの動作が遅くなってしまっていた。絶望がその形をどんどんと大きくしていく。ワー・ウルフも斬られて深い傷を負ったはずなのだが……。
「化け物め」
まさに化け物。人にとっては致命傷になりうる傷も、彼らにとっては屁でもないらしい。斬られた直後に暴れていたのは何だったというのだ。
ワー・ウルフにとってはどうやら今の壁との激突の衝撃さえも取るに足らないことらしく、平然とこちらを向き、その四本の足で立っていた。冗談じゃない、全くもってイカれてる。
肉体を強打した俺にはワー・ウルフの猛撃を綺麗に回避することは出来なかった。どれだけ動きを先読みし、対応しようとしても、体がそれに追いつかない。強襲される度に全力で回避行動に移るのだが、どうしても毎撃、傷が増える。
狼は強烈な突進を繰り返し、あっちこっちに駆け回る。しかしそれは何も考えず疾走している訳ではなく、その進路上には必ず俺がいた。出血が増え、じわじわと追い詰められていく。だがその速さに目は徐々に慣れてきた。
目を凝らす。敵の挙動の一つ一つを見逃さない。構え、脚に力を込め、突進する。それが敵の行動パターンだ。ワー・ウルフが脚に注力し、地面を蹴飛ばした瞬間、俺は本気で右に飛び込んだ。
ばっ、ごろごろ、スタッ。体の重心に気を付けて前転し、前転が終わると同時に立ち上がる。今の巨獣の猛進で、俺の体が傷つくことはなかった。完全な回避に成功する。
――まだ、戦える!
ワー・ウルフは驚愕と憤怒が綯い交ぜになった表情で見てくる。当然だろう、この状況で自分の猛攻を避けられるとは考えもしなかったはずだ。
だがまだまだこちらが劣勢だ。一瞬たりとも気は抜けない。しかし同時に勝機も見出していた。今もワー・ウルフの巨肉に走った傷からは血がどばどばと溢れ出している。いくら化け物とはいえ、体内から脱していく血液まではコントロール出来ないようだ。
俺の全身に出来た掠り傷からも赤い水が流れ出ているが目の前のモンスター程ではない。このままいけば、先に敵の血が尽きて勝利も夢ではないはずだ。但し、ワー・ウルフの巨体を考えるにその時が来るまでかなり時間がかかるだろう。
それまでは一度も攻撃を受けてはいけない。これ以上傷を負えば、立場が一気に悪くなる。
そう気を引き締め、懲りずに猛進してくるワー・ウルフの攻撃を避けようと飛び出した瞬間だった。ワー・ウルフが急ブレーキをかけ、駆けるのを中断する。そしてすぐに俺の飛び出した方向へ向きを変え、激走してきた。
自身の突進を逆手に取られ受けた大きな傷、そして先程の完璧な回避。この二つが彼に、一度急停止し、相手のとる行動を見てから猛追をしかける、と発想させてしまったのだ。
俺は本気で回避に専念しているが故に、怪物の猛追への対処が出来なかった。
何とか身を横へ投げ出そうとするも、全力で疾走してくるワー・ウルフの前足に殴り飛ばされてしまう。その際、尖鋭な爪が脇腹に刺さりぶしゅっと血が飛び散った。そのまま再び壁に打ちつけられる。今度は頭から突撃した。
どさりと体が崩れ落ちる。意識が朦朧とする中で、巨狼が迫って来るのが見えた。もう俺が体を動かせないと思っているようで、最後の仕留めだというように悠長に歩いて近づいて来ている。
――くそったれ。
俺を喰らおうとしてくるモンスターに最後の力を振り絞り剣を振る。かなり油断していたようで、そのでかっ鼻に直撃した。
「グオオオオ」
絶叫が響く。まったく威力のないその一撃は、鼻を斬り落とすことは出来なかったがダメージを与えることは出来たようだ。完全に力がなくなり、俺の手から、からんと剣がこぼれ落ちた。ワー・ウルフは憎しみを込めた眼をこちらに向け、噛み殺そうと一歩踏み出す。
ここで俺の人生は終わるのだろうか。
ここで俺の命は果ててしまうのだろうか。
ここで俺の冒険に幕は下ろされるのだろうか。
ここでここでここでここで……
「っざっけるな!」
そんなの認めてたまるか。俺の冒険は始まったばかりだ。何も、何にも俺はまだ知らない。
英雄に憧れた。馬鹿と思われるかもしれないが、彼らのようになりたいと願った。世界を救えるほど強くなるとそう心に誓った。
父の言葉に、思いに、まだ一つも答えられていない。
未知に飛び込むんだ。夢を追いかけるんだ。誰も見たこともない景色を目指して『冒険』するんだ。
「こんな所で俺の物語を、終わらせてたまるか!」
意識をはっきりさせ体に力を込める。そして落ちた剣を拾い上げ立ち上がった瞬間だった。
突然体を、青く輝く眩い光が包みこんだ。
正体不明の光が、俺の体にみるみると力を溢れさせてくれる。不思議な感覚が俺を鼓舞する。
普通ならば戸惑う場面だったのかもしれない。事実この間、目の前にいたワー・ウルフは突然の事態に動きを止めていた。だがこの時の俺は、ただ目の前の強敵を倒し、生きて帰ることしか頭になかったために、疑問を抱くことすらなかった。死にかけていて、頭がまともに働いていなかったことも一つの要因かもしれない。
何でもいい、力を与えてくれるのならばそれで構わない。
光が治まった時、俺のステータスは格段に上がっていた。そのことが自然と理解できる。受けた傷は治ってはいないが、飛躍した能力値のおかげで体を動かすことは出来る。興奮からか、痛みを感じることもなかった。
俺の傷は深い。戦闘に支障が出ないと言えば嘘になる。だが、まだ剣は振れる、脚は動かせる、脳は働く、それで十分だ。
「最後の勝負だ、化け狼!!」
「グオオオオオオオ」
いよいよ死闘は、最終局面へと突入する。
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