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アドの冒険  作者: ほまりん
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第4話 おばさんの過去

 冒険者カードの更新と、すっかり忘れていた換金――大量のドロップアイテムに換金所の人は驚いていた――を済ませ組合を出る。


 ソフィーさんに神様との会話について尋ねてみたけど、分からないと言われ、結局謎のままだった。一つ疑問を抱えてしまったが、気にしてもしょうがないと気持ちを切り替える。スフィアに来て初めての休みだ。出来る限り楽しみたい。


「どこに行こうかなぁ」

 スフィアには色々な施設がある。調教されたモンスターと調教師テイマーが披露するサーカス。一攫千金を企む人達が集まるカジノや、チケットを購入すれば見ることの出来るミュージカル。田舎にはなかったもので溢れていてわくわくが止まらない。


 そんなことを考えながら歩いていると屋台からじゅーじゅーと肉を焼く音が聞こえてくる。振り向くと、おいしそうな匂いが鼻を刺激する。


 あまりにもいい匂いに抗うことが出来ず、ふらふらと屋台の前まで進む。近づけば近づくほど食欲が湧いてきた。


「へい、坊主。食ってくかい?」

 店のおじさんに明るく声をかけられる。鉄網に、串刺しにされた肉が置かれている。焼き色が綺麗で、よだれが出そうになるのをぐっと堪えた。


「一本下さい」

「はいよ、お代は200ペリーだ」

 巾着から先ほど換金して手に入れたお金を取り出す。おじさんに金額ピッタリを払い、串を一本受け取った。


「もう150ペリー払えば一本おまけするがどうする?」

「……もう一本追加で」


 商売がうまい。




 あむっと肉に噛みつく。そのままぐっと顔を引き、噛みちぎった。熱いのではふはふしながら食べると、口の中に肉汁が溢れ出す。


 「んん~っ!」


 美味しい! 


 声にならない声が漏れ出る。周囲を歩く人々が羨ましそうに見つめてきた。でもあげない、これは俺のものだ。


 歩きながら食べ終え、この後はどうしようと頭を捻る。大量のドロップアイテムのおかげで今の俺の懐は温かい。大体3000ペリーほどだろうか。今までは、食費を含め一日に約1000ペリーしか使えなかったので胸が躍る。


 次はどこへ行こうか。






 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇


 悩んだ末、結局辿り着いたのは武器と防具の店、アルバの装備品店である。武器・防具を見てるのが一番楽しいと思ってしまったのだ。だって冒険したり戦ったりするのが好きなんだもん。


 店に入ると中にはたくさんの武具が並べられていた。種類は戦闘向けで一切の装飾が施されていない剣から、細部に宝石が散りばめられ、ピカピカと輝く鎧まで様々だ。この鎧のように宝飾された武具は、貴族が館内を彩るアクセサリーとして買うことが多い。


 客は俺一人のようだった。


「らっしゃい、じっくり見て行ってくれ」

 カウンターの奥から店主らしき人が挨拶してくる。少し厳つい顔つきだ。ぺこっと頭を下げ、それから店内を見て回る。3000ペリーでは購入できるものはあまりないが、今回は買い物に来た訳ではない。お金が貯まった際に買う品を、今のうちから選んでおこうと思って来た。


 何も購入せずに店を出ても、装備品店ではよくあることなので冷やかしと思われることはないため、自由に出入り出来る。気楽でいい。


 まず一番初めに向かったのは剣のコーナーだ。理由は当然剣が好きだから。男なら誰だって剣はカッコいいと思うのではないだろうか。


「さ、3000万ペリー!?」

 店に置かれている中で一番高価な剣を見て思わず声が出る。しかし素人の俺が見てもその剣がずば抜けていることが分かるほどなので、きっと相応しい値段なのだろう。こんな剣が買えるぐらいには大物になってやろうと思った。


「さてと……」

 手に届かない代物を眺めるのは程々にして、今の自分でもお金を貯めれば買えそうなものを探す。自分の収入を考えると10000ペリー程度の剣が妥当だろうか。それ以下の値段の剣では今の自分の剣とあまり性能が変わらない。


 そうして探しているとふと一つの剣に目が行く。価格を見ると20000ペリーに×がついていて、隣に12000ペリーと書かれていた。同じ値段の剣と比べると上質な素材が使われている。


 安売りされている理由は簡単に分かった。まずサイズが他の剣に比べて小さめだ。サイズが小さければ製作に使う材料も少なく済む。その上、そのサイズ故に上手く手の大きさにあう人が少なく中々売れないのだろう。


 俺はまだ身長が低く、手も小さいので普通のサイズの剣では上手く持つことが出来ない。寧ろ、このぐらいのサイズのものでないと扱えないのだ。丁度いいと柄を握り、ぐっと持ち上げる。

 ピッタリだった。素振りもしたいが流石に危ないので止めておく。


「おじさん、この剣取っておいてくれませんか?」

 俺が買うまでの間に他の人に買われては嫌なので、カウンターのおじさんに声をかける。

「その剣なら構わんよ」

 あっさりと了承を得ることが出来た。

「そいつはいつまで経っても売れやしねぇ。どうせ店に並べておいたって誰も買わないからな」


 カウンターまで持って行き、剣を手渡す。

「いつ買いに来る?」

「お金が貯まり次第すぐ……、2週間以内には必ず」

「オーケーだ。名前は?」

「アド・スミスです」

「了解」

 おじさんは返事をしつつ縦横20cmほどの紙に、俺の言ったことを記入していた。記入を終えると顔を上げ、俺の顔をまじまじと見つめてくる。その顔つきも相まって少し怖い。


「あの、どうかなさいましたか?」

「いや、お前さんまだ若いだろ? なのに剣を振り回すような仕事して、大変だなって思っただけだ。死ぬことだけはないようにな」

 顔に似つかず優しい人みたいだ。怖いとか思ってごめんなさいと、心の中で謝っておく。


 おじさんの気遣いに礼を述べ、店を出た。






 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇


 時刻は7時。装備品店を出てすぐ、どっと疲れが押し寄せてきたのでそのまま宿に帰った。部屋に戻ると強烈な眠気に襲われ、着替えることもせずベッドにどさりと倒れ込み寝てしまった。あれだけの大激闘を演じたのだ、自分が思っているよりも体は休息を望んでいたのだろう。


 今は、目が覚め、冒険用の格好から着替えた所だ。良い時間なので、一階に下りて晩飯を頂くことにする。寝起きでぼーっとしたまま部屋のドアを開けた。


「お、坊や。さっさと空いてる席に着きな。今日のメニューは少し豪華にしておいたよ」

 おばさんの声に頷く。空席を探し、座った。まだ眠くて、頭がふわふわしている。閉じそうになる瞼と格闘したまま、晩御飯が配膳されるのを待つ。


「あんたの初ダンジョン祝いさ」

 おばさんがトレーに料理を乗せ、俺の席に近づいてきた。寝ぼけた目でテーブルに置かれる料理を一つ一つ見ていく。


 白ご飯、漬物、冷奴にハムやトマトが入ったサラダ、卵とワカメのスープと紅蓮エビのオーブン焼き……

「紅蓮エビのオーブン焼き!?」

 あまりの衝撃に睡魔がぶっ飛んでいく。声を張り上げ、まさかのメニューに仰天した。さっきまで閉じかけていた目を限界まで見開く。既に俺の心は、死んでもなお猛々しいそのあかに釘づけだ。


「良いんですか!?」

 夕食代も、朝飯代と同様で予め宿代に含まれているのだが、どう考えても値段と釣り合っていない。この品だけで、この宿に一週間は泊まれるのではないだろうか。


「もうテーブルに出してるってのに何を言ってるんだい。良いに決まってるだろう?」

 おばさんは意味のない質問をする俺に呆れたように笑い、紅蓮エビにソースをかける。まだ熱いエビの上で、ソースがじゅわじゅわと音を立てて弾けた。途端に鼻に届く、香ばしい匂い。


 ごくり。


「でも、どうしてこんな高級なものを……」

 すぐにでも、かぶりつきたくなる衝動を抑え質問をする。おばさんの好意は嬉しいのだが、ここまでしてくれる理由が分からない。

「言ったじゃないか、初ダンジョン祝いだって」

 それだけの理由で、この紅蓮エビを用意してくれたというのだろうか。


 おばさんは、なおも不思議そうにする俺を見て、「ふっ」と微笑みゆっくりと語り始めた。


「あんたには分からないかも知れないけどね、あたしにとってはそれで十分なんだ。ダンジョンから生きて帰ってくれた、それだけでね。今朝も言った通り、あたしは何人もダンジョンから帰らなかった馬鹿を見てきた」

 数え切れないほどね、と付け加える。そのあとおばさんは俺から視線を外し、どこか遠くを見るような目をした。その視線はどこか儚げだ。


「あたしの息子も大概でねえ、まだ若いってのに冒険者になるって言い出したんだよ。ちょうどあんたと同じぐらいの歳だった。もちろんあたしは止めたさ。何馬鹿なことを言ってんだ、あんたはこの宿を継げば良いんだってね。でもあの子は止まらなかった」

 

「あたしの言い方も悪かったと思う。何度もやめさせようとした。だけど、俺も英雄みたいになるんだって、強くなるんだって言って、まるで言うことを聞きやしない。しまいには喧嘩になって、大声で激しい言い争いもしたさ。それでも結局、あの子が意思を曲げることはなかった。あんなにあの子が自分を貫いたのは初めてだったね。そして遂にあの子は、冒険者になっちまった」


「冒険者稼業は上手くいっていたみたいで、帰ってくるなり嬉しそうな表情であたしにその日のことを話し始めるんだ。しかしあたしも頑固な性格をしていてね、それに聞く耳を持とうとしなかった。そうして段々とあの子も喋ろうとしなくなって、とうとうあたしとあの子の間に、一切の会話がなくなったのさ」


「褒めてやるべきだったんだ、つまらない意地なんて捨てて」


 おばさんの声が、震えだす。


「突然だった。ある日、あたしの宿に似合わない、綺麗な衣装に身を包んだ連中がやってきて、あたしの名前を確認してきた。訳も分からないままに、そうだって答えると、連中の一人がいきなりこう言ったんだ」


 ――つい先程、あなたのお子さんがダンジョン内にて、亡くなられたという知らせが届きました。


「頭が真っ白になったよ。その後も連中は何かを話していたが、あたしには何にも聞こえなかった。ただ「ああ」とか「分かった」とか空返事をしていたことだけ覚えている」


「馬鹿だ馬鹿だと言っておきながら、何てことはない。あたしが一番の大馬鹿者だったのさ」


 自嘲するように彼女は言葉を続ける。


「あたしは、あの子の言葉に一度も耳を貸さなかった。あの子の気持ちを知ろうともしなかった。あの子の成長に、目を向けることもなかった。あの子の……」




「あの子の笑顔を奪っていたことにさえ、気づかなかった」




 一筋の涙が、彼女の頬を伝った。


「はは、歳は嫌だねぇ。あたしも随分と涙もろくなったものだ」

 おばさんは手で涙を拭いながら、そう言う。


「だからこれは償いなのさ。あの子にしてやれなかったことを今、代わりにあんたにしている。そうすることであたしの気持ちも晴れやしないかってね。言ってみれば、ただの自己満足さ」

 次には何事もなかったように、笑顔をこちらへ向けてきた。だがそれはいつものとは違う、無理をして作られた笑顔だ。


「あんたが、本当の意味であの子の代わりにはなれないってことは分かってる。これが自分勝手なことで、あんたにとっては迷惑でしかないことも。でもね、少しだけあたしの我儘を許してくれないかい。ちょっとだけ、あんたに甘えさせてくれないかい」

 少しだけ悲しそうな表情を、おばさんは見せる。


 そんな顔、おばさんにはして欲しくない。


 そう思い、矢継ぎ早に言葉を発した。


「そんなの良いに決まってるじゃん! だって俺には全然損なんてないもん。今日の昼みたいにおにぎりだって作ってもらえるし、こんな良い物だって食べさせてもらえるし、すっごくお世話になってる。寧ろ俺の方が感謝したいぐらいだよ! それに、それに……」

 何か言おうとは思うけど、何も思いつかない。そんな俺を見て、おばさんがくすりと笑った。


「あんたは優しい子だね。そんなにあたしに気をつかわなくても構いやしないさ。それどころか、気をつかわせてる自分に嫌気がさしちまう」

 いつの間にか彼女には、いつもの笑顔が戻っていた。そのことに安心し、ほっとする。


「料理が冷めちまったね。温め直してくるよ」

 おばさんは料理をトレーの上に戻し、くるりと振り向き受付の方へと歩き始めた。


「ああそれと」

 彼女は少し歩くと足を止め、こちらに顔だけを向ける。何かなと思い首を傾げると、心地よい笑顔で口を開く。


「さっきみたいに、敬語をやめてくれるとあたしとしては凄く嬉しいんだけどねぇ」


 どうやら焦っていたために、敬語を使うことを忘れていたみたいだ。しかしおばさんはその方が喜んでくれているみたいなので、これからおばさんと話す時は、敬語を使うのを止めよう。


「分かった!」

 元気の良い返事に、おばさんはにっこりと笑った。

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