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アドの冒険  作者: ほまりん
3/18

第1話 少年アド・スミス

 ここから第3話までは、ほぼ説明回です。

 城下町スフィア。大国家アースワルドの首都にして、世界最大級の規模を誇る町だ。様々な人種の人々が行き交うこの町は日夜喧騒が絶えることはない。朝は冒険に出向く冒険者達の時を弁えない大声、昼は肉体労働に従事する男たちの怒声が響き、夜はその日の仕事を終えた者たちの酔っぱらった笑い声が町を賑やかにする。それがスフィアの日常風景である。


 スフィアは王城を中心として、大きく円を描くように存在している巨壁に囲まれている。他国や魔物からの侵入を防ぐためだ。巨壁には東西南北それぞれに大きな門が存在しており、それ以外の場所にも不便にならぬよう小さな門があちこちにある。


 スフィアの北は海に面していて、北側にある門は他の門とは違い水門となっている。普段は漁業か、海を越えた遥か北に存在する島々に住むもの達との貿易のための船の出入りに使われる。その為スフィアの北側は港町のような様相を呈していた。


 南門は陸路での貿易の為に開かれている。この場所はいつ来ても行列が出来ており、行列に並べば最低でも3時間待ちという有り様だ。国王も何とかせねばと南側にある小門を複数、貿易専門で開放しているがそれでもあまり解決には繋がっていないのが現状だ。


 東門と西門はそれら以外の用途で活用される。主に冒険者達や他国からの移住者の受け入れ、地方の村から出稼ぎに来たものなどとにかく様々である。

 東側と西側の構造は似ていて冒険者組合がそれぞれ一つずつ、冒険者同士が集まって個人で経営するギルドや多数の商店、武具を製造する鍛冶場など様々な施設が入り乱れている。



 そんなスフィアの東部、中心に位置する王城からはかなり離れた所にある宿屋で一人の少年が目を覚ました。時刻は6時。

「くわぁ……」

 上体を起こし大きく口を開け欠伸を1つ。んっと伸びをして寝ぼけた目を擦る。少しぼーっとした後、少年は服を着替え部屋を出た。

 廊下を進み階段を下りる、宿屋の一階は受付と食事場を兼ねている。

 朝食代は元々宿代に含まれていて、毎日日替わりで色々な料理が出てくる。この日はパンとスープ、ミルクにチーズといたって普通のメニューだ。

 少年はゆっくりと食べながら、まだ入ったことのないダンジョンへ思いを馳せる。


 ……


 まだ見ぬ強敵、金銀財宝の入った宝箱、探索を阻むトラップの数々。そして、魔物に襲われる可憐な美少女とそれを助ける俺。

「あの、助けて頂いてありがとうございますっ!何とお礼を言ったら良いのか……」

「別にお礼なんて構わないさ、俺が好きでやったことだ」

 超絶可愛い美少女(妄想)が自分へと、潤んだ瞳を向けてくる。彼女の声は透き通っていて、まるで鈴の音のようだ。

「そんな、でも何か私に出来ることはないでしょうか?助けて貰って何も返さないというのは私の心が許せませんっ」

 頬を染め、熱を帯びたその視線は間違いない、俺に惚れている証拠だ。地面に座り込む彼女の手を取り、彼女の言葉にこう返す。

「それじゃあ1つだけ、欲しいものを頼もうかな」

「はい、私に出来ることなら何だってします!」

 彼女を引き上げ、立たせる。顔と顔が今にも触れそうなくらい近くなる。彼女の顎に手を当てくいっと上を向かせた。

「俺が欲しいのは、君の心さ」

 そして2人は目を閉じ、幸せなキスを……



 そんな想像をしながら朝食をとる。妄想が膨らみ、にへら〜としながら食べているので周りの客から変な目で見られてしまった。慌てて緩んだ表情を整え直し、少し恥ずかしく思いながらパンをかじる。


 朝食を食べ終え食器とプレートを受付へと持っていく。この宿屋には食器返却口はないため受付に返すのだ。もう少し大きい宿屋になればそういうこともないのだが、駆け出しの自分が泊まれる宿屋などこのぐらいの規模のものしかない。


 しかし俺はこれでも案外満足している。料理も美味しいし、何よりここの人達は皆優しい。そんなことを考えながら食器を返却すると受付のおばちゃん――彼女がこの宿の店主――に声をかけられた。

「あんた今日はダンジョンに行くんだったね」

 おばさんは温厚で気さくな良い人ですぐ仲良くなった。自分がスフィアに来て一番初めに親しくなった人物だ。昨日、おばさんに今日初めてダンジョンに行くことを告げたことを思い出す。

「そうです!」

 元気に頷く。楽しみで楽しみで仕方がない。


 冒険者になってすぐは冒険者組合の受付嬢に、危ないからとダンジョンに向かうことは制止された。しかし少しだけスフィアの外の魔物を倒して腕を磨いた自分は昨日、遂にダンジョンに入る許可が下りたのだ。

 一週間、朝から晩まで魔物を倒し続けて良かったと思う。受付嬢曰く、こんな短時間でダンジョンへの進入を許されることはなかなかないらしい。


「気を付けて行ってきな。あたしゃぁ、呑気にダンジョンに出かけて死んでった駆け出しの冒険者を嫌というほど見てきた。若いもんはすぐに無茶をする。あんたは決してそんなことすんじゃないよ」

 おばさんは真面目な顔でそう言ってくる。その目は浮かれている俺を諫めると同時、不安そうな色を宿していた。心配してくれているのが伝わってくる。


 確かにそうだ。どれだけダンジョンに夢を見ても、死んでしまえば全てパーになる。そうなってしまってはもう、取り返しはつかない。

「分かりました」

 緩んでいた気を引き締める。冒険者は世界一危険な職業だ。駆け出しの死亡率は驚くことに30%を超える。3人に1人は冒険者になって間もない頃に命を落とすということだ。ちなみに自分のような単独ソロの冒険者の死亡率は50%程らしい。確率で言えばいつ死んでもおかしくない。


 緊張した面持ちになった自分を見ておばさんはそっと頬を緩める。その表情は孫を温かく見守るおばあちゃんのそれに近い。

「分かってくれればいいのさ。だけどそんなに緊張する必要もない、肩に力が入り過ぎるといざって時に行動出来ないよ」

「……はい」

 加減が難しい。落ち着いて深呼吸を始める自分を見ておばさんはくすりと笑い、葉っぱで巻いたおにぎりを取り出した。


「ほら、これを持って行きな。あたしからの餞別だ」

 そう言って渡してくる。

「良いんですか?」

「もちろんさ」

 おばさんの温かさに亡き母を思い出し泣きそうになる。もらったおにぎりを手に持ち、頭を下げてお礼を言う。必ず生きて帰ろうと思った。


 おばさんとの会話を終え一度部屋に戻り、冒険用の装備に着替えなおす。


 まともな武具を用意する金もなかったので、中古で買ったボロボロの革鎧と切れ味の悪い剣を装備するだけの酷く不格好な様だ。しかし剣の方は村の皆が支援して出してくれたお金で買ったものなので、大切に思っている。鎧の方は自分の貯金で買った。


 腰につけた巾着に、おにぎりと念のために買っておいた一本の回復薬ポーションを入れて準備が整う。最低級のポーションなのだがそれなりの値段がしたのでなるべく使わないようにしたい。だが危なくなれば躊躇わずに使うつもりだ。


 再び部屋を出て階段を下り、宿の扉の前まで歩く。出る直前に一度、おばさんの方を振り返り「行ってきます」と声をかける。するとおばさんはひらひらと手を振って「行ってらっしゃい」と返してくれた。胸の中を満たされながら、俺は宿の外へ出た。






 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇


 少年の名前はアド・スミス。歳は14歳。

 特徴的な、透き通った水色の髪を持ち、目の色は黒。小柄な体形をしており、身長は160cmに届かない程度だ。


 辺境の、とまではいかないが、城下町スフィアから随分離れた場所にある村で産まれる。昔から英雄譚が好きで、村の図書館――図書館と呼べるほどの蔵書数ではないが、村にはあまり本が無かったためそう呼ばれていた――に入り浸り、読んでいた。


 平穏な日々を過ごしていたアドだが、13歳の時に村が魔物に襲われる。


 その際、運の悪いことに両親が魔物に殺されてしまう。村の被害はその二名だけで、他の者はアドも含めて無事であった。村一番の豪傑であった父が命と引き換えに魔物を退治してくれたためである。その時の父の勇ましい背中は今もなお目に焼き付いており、いつかは父のように強く、逞しくなりたいと願っている。

 冒険者になることを夢見ていたアドはこれを機に村を出て冒険者になることを決意する。


 アドの出立はアドが14歳の誕生日を迎えた次の日に決定した。それまでに旅の資金、食料、道具などを準備し終え、アドの誕生日は出立祝いも兼ねて盛大なパーティーが開かれた。そして数日を経て、都市に辿り着き宿の確保、冒険者登録など諸々を終えて今に至る。


 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇


 これから向かう初心者向けのダンジョンは町の中にある。場所は冒険者組合のすぐ隣だ。というより、そのダンジョンの近くに冒険者組合が作られたのだ。西側に構える組合近くにももう一つ、初心者向けのダンジョンが存在する。


 大通りを進み、組合に着く。ダンジョンに潜る前に一度、受付嬢を通して組合に、ダンジョンに向かうことを報告しておかなければならない。万が一の時のためだ。


 冒険者組合の扉を開け、中に入る。建物内は広く、一階は色々な手続きをする受付と、クエストが張り出された掲示板のあるロビー、それに冒険者がたむろする酒場がある。二階は図書室や会議室、相談室など色々な部屋が入っていて、3階より上は知らない。


「おはようございます、アドさん。今日も早いですね」

 カウンターまで進む。するとカウンターを挟み、自分の担当である受付嬢のソフィーさんが声をかけてくる。

 冒険者組合の受付を担当する人は女性と決まっており、彼女たちはみな綺麗に整った容姿をしている。ソフィーさんも例に漏れずその一人だ。


 ブラウンの髪色をしていて、頭の後ろにおだんごを作っている。黒を基調に作られている制服を着ていて、胸の大きさは中ぐらい。お姉さんといった感じで、いつも俺に世話を焼いてくれる良い人だ。


「少しすると混みますから……」

 自分がいつもこんなに早く起きるのは行列に並ぶのが嫌いだからだ。8時を過ぎれば途端にこの建物内は大勢の人でごった返す。

「今日はダンジョンに潜ります」

「承りました」

 そう言ってソフィーさんは俺の記録が記された書類を取り出し、そこにずらずらと何かを書く。受付嬢は担当する冒険者の活動予定を記載しておくよう義務づけられているようだ。


「冒険者カードの更新は行いますか? 昨日は更新せずすぐに帰ってしまわれたので……」

 記入を終えたソフィーさんは顔を上げ、そう質問してきた。

「あ、お願いします」


 そういえばそうだった。昨日はダンジョンに潜る許可が下りた嬉しさから更新することも忘れてかえってしまったのだ。冒険者になってすぐはステータスの伸びもよくスキルの発現もしやすいので細目に更新する人が多い。自分もその一人だった。


 ソフィーさんに冒険者カードを渡す。ソフィーさんはカードを受け取りカウンターの奥に進んだ。奥には大きな水晶のようなものが設置されており、そこに冒険者カードをかざすことで更新される。


 少し待つと、更新を終え戻って来た。しかしすぐに俺に返すのではなく、カードに記された更新内容を記録用紙に書き留めている。担当する冒険者のステータスを記録するのも、受付嬢の重要な役割の一つだ。

「はい、どうぞ」

 手渡された冒険者カードを見る。そこにはこう記されていた。



 アド・スミス 14歳

 ランクF

 力312 物理防御187 敏捷527 技術496 魔力100 魔法防御100

 適性 敏捷、技術

 職業 なし

 魔法 なし

 スキル 『悪運』 効果:何かと悪いことが起きる。

     『幸運』 効果:何かと良いことが起きる。

     『剣術』 効果:剣を上手く扱うことが出来る。



 糞雑魚である。正に駆け出しといったステータスだ。


 ランクというのはその本人の器を表すものでF、E、D、C、B、A、Sという順で位が上がっていく。ある程度のステータスがあり、手強い強敵を打倒した際にランクアップし器が一つ昇格する。


 器が昇格した際、ステータスは全て0に戻りまた初めからスタートとなる。しかしランクがEで全ステータスが0の者と、ランクがFで全ステータスが1000の人間が剣を交えても軍配はEランクのものに上がると言われている。それほどにランクアップのもたらす恩恵は凄い。


 今の自分はFランク冒険者。冒険者の中で最も器が小さい人間ということになる、なんだか悲しい。他の項目についてはまた後日、説明することにしよう。今はあまり関係がない。


「では行ってきます」

 カードを懐にしまい、組合を出ようと後ろを振り向く。するとソフィーさんに小声で「アド君、アド君」と呼びかけられた。どうしたのかと、再びカウンターに向き直る。


 ソフィーさんはカウンターから少し身を乗り出し、俺の耳に口を近づけた。その距離に胸をどきりとさせる。美しい女性には慣れていないのだ。そして一言。

「気を付けてね」

 耳元で発せられたくすぐったい声に照れてしまい少し赤くなる。そんな俺の様子を見てソフィーさんはくすくすと小さく笑った。小悪魔が悪戯に成功した時のような微笑みを浮かべるソフィーさんから目を逸らす。……かわいい。


「……改めて、行ってきます」

「ご無事をお祈りしております」

 次には営業スマイルを浮かべ、はっきりとした声で返事をしてくる。からかわれているのは分かっているのだが意識してしまうから止めてほしい。


 ついでに彼女は、受付嬢として俺と接する時は「アドさん」と、からかう時などプライベートで話すときは「アド君」と呼び、敬語と私語を使い分ける。


 まだ赤くなった頬が冷めぬままに、俺は組合の外へ出た。



 冒険者組合を出発し、すぐ隣にあるダンジョンの入り口に進む。入り口には衛兵が立っていて、資格もないのに入ろうとする者達の、無謀な進入を防いでいる。冒険者がダンジョンに入る時は、各自が持つ冒険者カードが証明書代わりになる。


 ダンジョンの入り口は狭い。しかしその中には広大な迷宮が広がっていることも知っている。何も考えずに探索しては、大人でさえも迷子になって出られなくなる。今から自分はこの中に飛び込むのだ。


 カードを衛兵に見せ自分がダンジョンに入る資格があることを示し、中へと進む道を開けてもらう。ダンジョン内を覗くと薄暗く不気味な雰囲気を放っているが、それが逆に好奇心を刺激する。


 だが焦ってはいけない。無茶をしてはいけない。おばさんの警告をしっかりと受け止め、心を落ち着ける。魔物とは既に何度も闘っている。3階層まで出現する敵の種類は全て暗記済みだ。大丈夫な筈だ。


 深呼吸をする。昔からそうだったのだが、自分は深呼吸をすると心が静まり集中力が上がる。すーはーすーはーと息を整えそして。


「よし」

 危険だらけの闇の中へ、足を踏み入れた。

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