サンタもどき
今日はクリスマス。お母さんも先生も「いい子にしていたらサンタさん来るよ」って私たちに教えてくれた。だから私はとってもいい子にしていた。お勉強もお手伝いも、大っ嫌いな食べ物もちゃんと残さず食べた。友達と喧嘩もしなかったんだ。きっとサンタさん来るよね、とお母さんに聞いたらお母さんは、来るわよ、って笑ってくれた。今日は早く寝なさいね、とお布団を撫でてお部屋を出て行った。それでも楽しみで中々眠れない。窓を見ると綺麗なお花がいくつか入れられた花瓶と月が目に入った。何だかやっと眠くなってきた。
ふわ、と冷たい風が頬の上を通り抜ける。いつもより寒くて薄く目を開けると、目の前に男の人がいた。赤いコートを着たおじさんと目が合うと、おじさんは目を丸くした。
「おっと……起こしたか」
「だれ……?」
目を擦りながら言うとおじさんは大きな袋を片手にうーん、と唸っていた。もしかしてこの人。
「サンタさん!」
「しーっ! 皆起きるだろ、静かに静かに!」
おじさんは私の口元に人差し指を当てて困った顔をしている。口を閉じてコクコクと頷くと、おじさんは大きな手で頭を撫でてくれた。
小さい声で喋ろうな、とおじさんが言う。私はまた頷いて口を開いた。
「おじさんはサンタさん? 白いおひげもなし、おじいちゃんでもないんだね」
「いくらサンタのじいさんと言えど、世界中を一人で回ることはできないんだ。だから俺らがお手伝いをしているんだよ」
「お手伝い?」
「おう。だから俺はサンタもどきだ。……もどきってわかるか?」
似ているってことでしょ、知ってるもん、と頬を膨らませる。おじさんはくく、と笑ってまた私の頭を撫でた。ついでに賢い子だね、と褒めてくれた。
おじさんは私の頭から手を退けて、棚の上に置いてあるピンクの時計をちらりと見る。じゃあな嬢ちゃん、と言って袋を担ぎ上げ、窓の外へ行こうとした。その背中に待って、と声を掛けると、おじさんは動きを止めて振り返った。
「私もおじさんのお手伝いする!」
そう言うとおじさんは目をドングリみたいに真ん丸にしてから声を上げて笑った。そして大きな手をこちらに差し出した。
「おいで、嬢ちゃん」
白いベッドから抜け出しておじさんの手を握る。お揃いの真っ赤なコートを私の肩に掛けて、おじさんは手を引いた。
手を引かれるまま、私も窓から外へ出る。窓のすぐ近くにソリが一つあった。二頭のトナカイがこっちを見ている。昔に絵本で見たのとほとんど同じのトナカイだ。おじさんは私が乗ったのを確認すると、行くぞ、とトナカイに声を掛けた。するとトナカイは首の鈴をシャンシャンと鳴らしながら走り出した。
私の部屋の窓がどんどん小さくなって、キラキラした街の上を走っている。とても綺麗で、私はついソリから身を乗り出した。
「おじさん、すごいね! 綺麗!」
「ははは、綺麗だろ。毎年毎年この街はイルミネーションが綺麗で、俺大好きなんだよ。おい、見惚れ過ぎて落ちんなよ」
おじさんが私のコートの裾を掴む。うん、と一つ返事をしてソリの縁をしっかり握り、おじさんと並んで街を見下ろしていた。
トナカイが一つの家へと近づいていく。ソリは大きな窓の前で停まり、窓がカタンと小さな音を立てて開いた。おじさんは白い袋の中から一つのプレゼントを取り出して私に手渡した。
「さて、お手伝いだ。このお部屋の机の上へこれを置いてきてくれ」
「うん、わかった!」
「お喋りしすぎないようにな」
「お喋り? 眠っているんじゃないの?」
「行けばわかるさ」
おじさんは私の背中を優しく押してくれた。家の中に足を踏み入れると、中は外と同じようににぎやだった。ピエロの人形にクマのぬいぐるみ、沢山のおもちゃがワイワイと楽しそうに遊んでいる。私がプレゼントを抱えたまま、窓辺で立ち尽くしていると、ハト時計のハトが目の前へ飛んできて、プレゼントの上に止まった。
「おや、僕らのご主人と同じくらいの小さなサンタさんだね」
「サンタもどきさんのお手伝いをしているの」
喋るハトに教えると、いいね楽しそうだ、とハトは笑った。こっちへおいでと言いたげにハトは飛び立つ。私はその後ろを追った。
沢山のおもちゃが、サンタさんだ、ご主人いい子だったからね、と口々に言っているのが聞こえる。ハトが一つの机の上に止まったので、そこへプレゼントを置いた。
「随分と小さなサンタだな」
机の上をネジ巻きのネズミが走ってくる。私を見上げてそう言うと、可愛らしいよね、とハトが優しい声で言った。机の上に仲良く並ぶおもちゃのネズミとハトを見つめていると、ネズミがキリキリと背中のネジを回した。
「どうかしたか」
「おもちゃが動くところ、初めて見た……」
「僕らは夜中だけは自由に動けるんだ。どこにだって行けるんだよ」
「前に遠くへ行き過ぎて叱られたけどな」
「心配掛けてしまったよね。ご主人に悪いことしたよ」
どこにだって行ける、というのがとてもとても魅力的だった。私はあんまり遠くへ行けないし、外で遊ぶこともあまりできない。お洋服が汚れるからダメって言われるんだ。だから夜中の間だけでも自由に動けるのがちょっとだけ羨ましい。お喋りをするおもちゃを見ているとネズミがちらりとこっちを見た。
「よ、ハロス。やっぱり今年もお前か」
「俺じゃ不満か、ゼンマイネズミ」
「ハロス、この子はどこから連れて来たんだい。普通の女の子をこんな時間に攫うなんて」
「俺を人攫いみたいに言うな。ほら嬢ちゃん、そろそろ行こうか」
おじさんが私の手をとる。そして私の手を引き、おもちゃの部屋を抜け出してソリに乗り込む。窓を閉める前にハトがこっちまで来てくれた。頑張ってね、と言われて私は頷いた。そっと窓を閉めるとソリはまた走り出した。
シャンシャンと音を鳴らしてソリは高く飛ぶ。おじさんは何らかの神を真剣に見ていて、ペンで何かを書いている。
「ねぇおじさん、おじさんはハロスっていうの?」
「あぁ、そうだ。でもおじさんでいいよ、実際おじさんだし」
「本当? 先生とかにおじさんって言うとしょんぼりするよ?」
「ははは、でもハロスなんて呼ばれるよりもおじさん、の方がいいな」
私の頭を撫でながらおじさんは豪快に笑っている。私もつられて笑うと、おじさんは満足そうな笑みを浮かべたまま私の頭からそっと手を離した。そしてトナカイの方へ移動して二頭に何かを告げている。するとトナカイは徐々に下へと降りて行き、一つの街に着いた。私の住んでいる街とは全く違う。人の顔形も違っていれば家の形も何か違う。
「わぁ、あれ海?」
「そうだ。見たの初めてか?」
「うん、本やテレビでしか見たことないの」
はしゃいでいるとおじさんはまたクスクスと笑った。海の近くの家でソリが停まり、窓が開いた。おじさんは私にプレゼントを渡して手を引いた。中に入ると一人の男の子が静かに眠っている。おじさんはベッドから少し離れた所にちょこんと置いてある椅子を指差して、あっちに置いてきて、と小声で言った。
おじさんの言った椅子に置こうと思ったら、その上にはおもちゃが色々のっていた。それを少し退けてプレゼントをのせる。置いたよ、と振り返ると、おじさんは一つの箱を持っていた。あれ、あんな箱持っていたっけ。男の子を静かに見据えていたおじさんがこちらに気づいて明るく笑った。行こうか、と呟いて手招きされる。私は足音を立てないようにおじさんに駆け寄った。
そっと家から出て一緒にソリへ乗り込む。するとトナカイはまた高く走り出した。おじさんは深いため息を吐いて俯いた。おじさん、と声を掛けるとおじさんは顔を上げた。
「はは、疲れたな。ちょっと緊張するよな、ああいうの」
「うん、でも面白かった!」
「そうか、それはよかった。じゃあまだいっぱいあるから行こうか」
トナカイはまた走り出す。おじさんはあっちこっちへ連れて行ってくれた。これ置いてきて、と次々色んな家にプレゼントを置きに行く。時々おじさんもついてきて、あの男の子の時みたいに見ていてくれる。ちゃんと戻って来る度に、よくやったな、と頭を撫でて褒めてくれる。
見たことない場所に沢山行って、色んな子にプレゼントを渡してきた。おじさんが持っていた袋の中が空っぽになると、おじさんはお疲れ様、とまた頭を撫でてくれた。そして気が付けば私の部屋の窓の前に戻ってきていた。
「今日は面白かったよ。ありがとうな、嬢ちゃん」
「私も楽しかった! ありがとう、おじちゃん!」
「……そうだ、礼に一つ願いを叶えてやろう。何がいい?」
「うーん、じゃあね、私もおじさんみたいなサンタもどきさんになりたい」
するとおじさんは、ふっと笑った。今まで見たいな優しい撫で方とは違って、ちょっと乱暴にわしゃわしゃと頭を撫でられる。何だか少しだけ悲しい顔をして、俺みたいなのは勧めないぞ、と言った。そしておじさんは箱の中から何かを取り出しながら微笑んだ。
「……嬢ちゃん、ちょっと後ろ向いて」
素直に背を向けると、首に何か冷たいものが提げられた。見てみると黄色の丸いものがぶら下がったネックレスがつけられていた。
「……一人分くらい無くても良いからな」
「一人分?」
「こっちの話だ。お前はもっと色んなものを見るといい。サンタになるのはもっと後でも遅くはないからな」
振り返ろうとするとおじさんは私の目を隠した。おじさん、と呼ぶと、おじさんは一言、じゃあな、と言い残した。
両目が隠される直前、黒いマントが見えた気がした。
二十五日の朝、一人の少女は白いベッドの上で座っていた。同じ白のカーテンが開けられると、少女はそちらに目を向けた。白い服を着た女性はニコニコと柔らかい笑顔を見せた。
「あら、起きていたんだね。おはよう」
「おはよ、あのね、聞いて! 昨日サンタもどきさんに会ったの。これくれたんだよ」
少女は楽しそうに笑って黄色のネックレスを看護師に見せる。女性は、ふふ、と笑いながら少女の頭を撫でる。それでね、と楽しそうに少女は話し出した。身振り手振りを加えながら少女はキラキラ目を輝かせて看護師に昨晩のことを話している。最後まで聞くと、看護師は笑顔のまま尋ねた。
「楽しかった?」
「うん、とっても。いいでしょ、いいでしょ!」
「いいなぁ、私も一緒に行きたかったな」
自慢げな少女は胸を張って嬉しそうに笑顔を浮かべていた。看護師はピンクの時計に目を向け、そろそろご飯持ってくるね、と告げて部屋を出て行った。彼女が部屋を出て少し歩くと、一人の男性に声を掛けられた。白衣の彼が彼女に近づくと、彼女は笑顔を見せた。
「あの子、元気出たみたいです。なんかとても素敵な体験をしたみたいで。調子も良さそうですよ」
「そうかそうか、よかった。最近はずっと辛そうだったからね、よかったよ」
男性も安心したように微笑んだ。一つの部屋からご機嫌そうな鼻歌が微かに聞こえた。
ある日の晩、一人の女性は赤いコートを着てソリに乗っていた。彼女の首元には黄色のネックレス。しかしそれには小さなヒビが入っていた。大きな袋と誰かが持っていたものとよく似た箱を手に、彼女はあちらこちらへ飛び回っている。ある家の窓の前にソリを停めて中に入り込もうとしたとき、背中に声が掛けられた。
「よぉ、嬢ちゃん」
「おじさん!」
彼女は勢いよく振り返り、目を輝かせた。おじさん、と呼ばれた彼は明るく笑いながら、まだそう呼ぶか、と彼女を見下ろす。そして彼は自分の乗っているソリから身軽に飛び降りて、彼女のソリへ乗り込んだ。彼女の首元に下がるネックレスにそっと触れると、彼は彼女の目を覗き込んだ。
「サンタもどきになったときに割れちゃったの」
「寿命だったんだろうな。……というか、まだサンタもどき、なんて呼んでいたのか」
「だって可愛いんだもの!」
「可愛いか? 全く、本当に俺みたいになるなんて思っていなかったなぁ」
彼は苦笑いをしながら彼女の頭をポンポンと撫でる。彼女は上機嫌そうに目を細めた。その表情を見ると彼は撫でるのをやめて、彼女の持つ箱をコツコツと叩いた。
「じゃあこっちの収集も頑張れよ。モルテ」
「そっちこそ! 集め下手なハロスおじさん」
彼女は八重歯を見せて悪戯っぽく笑う。細められた目が月明かりで妖しくギラリと光った。じゃあねおじさん、と言って彼女は窓を押し開けて家の中へ入って行った。彼はその後ろ姿を見てふっと笑うと黒のマントを揺らして再び自分のソリへ戻って行き、彼方遠くへと消えてしまった。
ちなみにハロスもモルテも同じ意味の言葉です。