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女神からの求婚

「普通、世界王者になったばっかで捨てるか。それまでの全部。しかも選んだのが明日喰うのも困ってる俺だぞ……まともじゃねぇよ」



 日もまだ昇りきらない早朝だってのに、ドミニクのおっさんが注いでくれた地酒をちびちび舐めながら、扉に全身を預けたふぬけた体勢で、ぐじぐじウダウダと悩みをこぼす。

 迎え酒をするっておっさんに無理矢理にカップを持たされ、一杯だけ付き合えといわれ、渋々付き合ったのはいいが、気落ちしているときに酒の魔力はやばかった。

 正直だ、軽いビール類なら時折飲むが、ガチもんの酒は初体験で少しなめていた。

 朝から酒に飲まれるなんぞ人としてどうかと思うが、見事に飲まれた。

 そしてさらに情けないことに、飲まれたところで開き直る事すら出来やしない。

 酒に飲まれ愚痴をこぼす以外、今やるべき事が思いつかないほどに俺は進退窮まっていた。



「でもそこまで思ってくれるってなら、男冥利に尽きるんじゃねぇのか」   



「このままじゃ駄目になるって判ってって喜べるかよ、んなもん。あの人は空を飛んでてこそ輝くんだよ」



 ドミニクのおっさんが俺のカップにつぎ足してくる酒と共にくれたありがたいありきたりな言葉に、俺は恨めしげな目を向ける。

 俺なんかを先輩が思ってくれているからと流され、あの人を俺の側に置いておくなんて出来無い。

 罪悪感や憧憬が入り交じった俺の心情なんぞ、一切合切を無視して考えてもあり得ない。

 あの人はロスフィリアだ。

 若干23歳の若さで女帝とまで呼ばれる魔法使い。最強の箒乗り。

 先輩はずば抜けた才能を持っている。

 先輩はトップを目指すという目標に向けて、不断の努力をし続ける心の強さを持っている。

 だが才能と努力、そして勝利への執念だけで、世界の頂点に立てる訳じゃない。

 付き添えたのは途中までとはいえ、そこに至るまで歩んできた道を俺は知っている。

 同じ事をもう一度やって見せろといわれても再現出来ないだろう。

 いくつもの偶然と奇跡が重なってできたのが、今のあの人だ。

 あの人の生き様はだから伝説なんだと知っている。

 知っているからこそ、なんで先輩が望んでいた奇跡の世界を捨てて、俺を選ぶのか理解出来ない。



「おっさんだって先輩が飛ぶところ見りゃわかる。俺ら箒作りにはそういう人なんだよ」


 

 おっさんの注いだ酒は口当たりの良さの割に強いのか、それとも寝不足状態で脳味噌に来ているのか、昔の、ガキだった頃のように、心がむき出しにされる。



「格好いいんだよ。すげーんだよ。目が離せなくなるんだよ」



 結局の所だ、俺は変わっていない。

 先輩の元から逃げ出したガキの頃から一切、成長していない。

 当たり前だ。

 逃げて、現実に目を背け、どうしていいのか判らず、ただ身についた習慣で、誰の為か判らなくなった箒作りしかせずに、この四年間を過ごしてきたんだ。

 だから当たり前の話だ。



「アルバート。お前の方がベタ惚れじゃねぇのかそれ?」



「…………わりぃかよ」



 茶化すようなおっさんの言葉に、俺は舌打ちと共に答えるだけだ。

 強いアルコールに焼かれて外面も内面も曖昧になった状態じゃ、嘯いて否定する事ができない。

 外面だけならともかく、内面だけは否定できない。否定しちゃいけない。

 それを否定すれば俺じゃなくなる。

 俺はあの人に惚れている。魂の一片まであの人に惚れ込んでいる。

  

     

「おっさん笑うなよ。すげーあれだけど……あの人は俺にとっての神様なんだよ」



 俺は前置きをしてから、今まで誰にも言った事がない先輩への思いを吐露する。

 ガキの頃に、あの人に魅了されたときから俺を形作っているのは、あの人への憧憬と信愛。

 だからだ。その神様から共に歩んでくれるっていわれて嬉しくないわけが無い。

 先輩が俺を選んでくれたのが嬉しくないわけが無い。

 でも、だからこそだ、神様を、先輩を汚しちゃいけない。

 あの人がいるべき世界へ戻さなきゃならない。

 自分の薄汚い嫉妬心で、一度でも先輩を汚してしまった俺は、先輩といるべきじゃない。

 自分でもどうかと思う。

 生きている人間を神様と仰ぐなんて、頭が狂っている。

 どうかしている。いかれている。

 でもそれが偽りない本音だ。



「そんだけ真顔で言われちゃ笑えねえっての……お前、本当にこじらせてんな」



 若干引き気味のドミニクのおっさんに、俺はやっぱり自分が変なんだと、気持ち悪いんだと自覚する。

 このままグダグダと悩んで先輩を俺の近くで放置していてはいけない。

 



「うっせよ……決めた。こうなりゃ最終手段だ。先輩の実家に連絡して強制的に連れ帰ってもらう」



「最終手段ってお前。それ家出対策の定番手段じゃねぇか」



「あぁっ。舐めるなよ。その間に先輩が俺の居所を再発見できないように旅にでちまった事にして、そこらの海に身でも投げっ!?」



 我ながらナイスアイデアだと思った最終手段を力強く高々に謳っていたその時背後からの衝撃が俺を襲う。

 鉄製の扉が大きく揺れ、そこに力なく全身を預けていた俺は、その衝撃で前に吹き飛ばされ、視界に映るのは迫ってくる地面。

  


「お、おいアルバート!? おま……」

 

 

 ドミニクのおっさんのやけに慌てる声をどこか遠くに聞きながら、地面相手に強烈な頭突きをかます羽目になった俺の意識は急速に暗くなっていった…………

















「……アル……まだ未成年……飲んじゃ駄目……お酒に飲まれる」



 仁王立ちする先輩の前で、俺は髪から水をぽたぽたと落としながら、何故か家の前で正座させられ説教を喰らっている。

 先輩はいつも通り無表情なんだが、声のトーンが少しだけ強く、結構お怒りな様子。

 無表情だからこそ怖い先輩の顔を見ながら、記憶を漁るがドミニクのおっさんの迎え酒に付き合わされた辺りからどうにも記憶があやふやだ。

 状況から推理してみると、どうやら寝不足もあって迎え酒が、ナイトキャップになったみたいで、不覚にも意識を失っていたようだ。

 意識を失ったときに前に倒れて打ったのか、デコの辺りがズキズキとやけに痛い。

 そうこうしているうちに先輩が目を覚まして来たらしく、外に出てみたのは、ぱっと見には酔いつぶれたように見えた俺と、酒瓶を持ったドミニクのおっさん。

 そして雨水を貯めといたバケツの水を先輩にぶっかけられ強制的起こされて、この理不尽な状況に至ると……



「ここはジャンクヤードだぞ。年なんて関係ないだろ……第一あんたに指図される謂われはねぇぞ」



 マークライド共和国なら20才未満の飲酒は厳禁だが、ここはルールなんぞ適当なジャンクヤード。

 数は少ないがちょろちょろといるガキも、昨日は祭りだと大人のご相伴に預かってた奴もちらほらいるというのに。

 なんで俺が説教されなきゃならないと悪態で返す。

 ただ格好はつかない。

 有無を言わせぬ先輩の『そこで正座』で、ついつい正座してしまった体育会系育ち故の身体に染みついた絶対遵守が、犬ぽくて実に嫌だ。



「いや女帝さんの言うとおりだぞ。飲ませた俺が言うのもなんだが、アルバートお前しばらく飲むな……いろいろ怖いから」


   

 そして共犯者というか、原因はあんただろうこん畜生なドミニクのおっさんが、瓶を俺の視界から隠すように後ろ手に持ちながら、やけに心配げな声で禁酒を進めて来る。

 あんたが言うな。無理矢理コップ押しつけてきたのあんたじゃねぇか。

 

 

「………………会った事ある?」



 おっさんをじっと見た後、俺に目線を向けた先輩は無表情のまま小首をかしげる。

 あった事あるって本当にこの人は周りに興味が無いからって見てないな。



「ドミニクのおっさん。あんたも昨日、修理所で会ってるはずだ。俺の横にいた……色々世話になってる人だ」



 先輩の問いかけを無視するという選択肢もあるが、それでまた礼儀知らずと説教をされてはたまらん。

 俺はドミニクのおっさんを指さして紹介すると、先輩はその指の動きを追って、その半分ほどはげ掛かった頭頂部を中心に実に失礼なくらいにじろじろと見はじめる。

 しかし珍しい。先輩がここまでまじまじと人の顔を見るとは……俺が世話になっていると聞いて、少しは覚えようという気なんだろうか。



「…………ドン・ミニック?」



 あ、やっぱだめだ。人の事を覚えるの苦手だこの人。

 微妙に惜しいがどこのマフィアのボスだという、人前でするなという覚え方をしている。



「誰だよ。ドミニク、ドミニクのおっさんだ。箒のパワー系カスタムじゃ凄腕のブルームマイスターだ」



 人見知りの激しい先輩でも覚えやすい少しは馴染みやすい箒職人だと教えてやったんだが、先輩はドミニクのおっさんを見ずに何故か俺の顔をじっと見ている。

 おっさんに興味が無いのか、無駄な気づかいだったようだ。

 


「おう、ドミニクでいいぜ女帝さん。これからちょくちょく顔を合わせるかも知れないから。よろしくな」



 ドミニクのおっさんは気安げな声で右手を差し出すが、先輩はじっとその手を見るだけだ。

 まぁ、先輩に挨拶を返せというのは無理な話だ。

 先輩が初対面の人物になれて挨拶を返すまで平均で2週間は掛かっ、

 


「…………よろしく……お願い……します……フィリア……です」  



 俺の予想を外して、先輩は小さな声ながら返事して右手に一瞬だが触れて、それどころか頭まで下げて自分の愛称を名乗りやがった。

 俺が知らない数年で少しは極度の人見知りが直ったって事なのか?

 でも昨日の酒場では、話しかけてくる奴らを相変わらずことごとく無視していた。

 サティおばさんに自分から話しかけて驚いたが、あれは必要だったからで例外とすると、……やっぱり箒職人っていう紹介が効いたのか?


 

「……アル……変な顔……私……やっぱり臭い?」



 ついあまりに奇妙な物を見た顔を浮かべで先輩を見ていると、俺の表情に何を思ったのか、先輩が少しだけ顔をうつむけ服の袖の臭いをかぐ。

 どうやら体臭が気になっているようで、しかも俺がそれを気にしたと思ったのかショックだったようだ。

 何時もの無表情でも少しばかり気恥ずかしそうに見えるので気のせいでは無いだろう。

 


「汗臭い……お風呂入ってない……入りたい……お風呂ある?」



 

 滔々と語るんだが実に切実な感情が込められているのは、何となく判る。

 あるか、ないかと言われれば、あるんだが…… 

 つい俺が向けた視線につられ、先輩とドミニクのおっさんも同じ方向をみる。

 その視線の先にあるのは、住居前に置かれた一個のドラム缶。

 ドラム缶といっても、俺の手作り魔具。

 蓋側に大気の水分を収集する『コーリングウォーター』の陣。

 下側に『発熱』を刻んだ魔具を組み込んだ手製の、ジャンクヤードじゃありがちなドラム缶風呂だ。

 元々寂れた古倉庫の一角で人通りもないし、見られようが恥ずかしがることもないと、衝立も、脱衣所もなくそのまま置いただけの物だ。



「お前の所もドラム缶風呂だよな……露天の。あれは可哀想じゃないか。年頃のお嬢さんには」



「そうしないと……アルと、暮らせないなら……頑張る」



「屋根と壁あるところ案内するから! 頼むから今脱ごうとするな!」  



 ドミニクのおっさんの言葉に、無表情なくせに似合わない負けん気を発揮したのか、まだ水も張っていないというのに、ローブに手をかけ服を脱ごうとする先輩を、俺は慌てて押しとどめる。

なんでこの人はここまで捨て身なんだよ!

 ……とりあえず金だ。この人をどうにか送り返すにしても金だ。

 金を稼いでホテルに押し込まないと、こっちの精神が持たない。



「サティおばさんの所……行くぞ。風呂と朝飯だ」  



 昨日の今日で是が非にも遠慮したかったんだが、俺はあえて魔窟へ踏みいる選択をせざる得なかった。

 頼むから昨日の飲み会のメンバー全員、消えてろよ。

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