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魔女は扉の裏

 俺は。

 アルバート・マガミは普通のガキだった。

 子煩悩な父さんと、ちょっと口うるさい母さんの下で、特段これといった不幸もなく、時折ガキらしい不満をこぼしていたんだと……思う。

 自分の事なのに思うってのは、別にその頃の記憶が無いって訳じゃない。

 そりゃ小さい頃の事なんで明確に思い出すのは難しいかも知れないが、ぼんやりと覚えているはずだ。

 ただガキの頃の記憶を思い出そうとすれば、全て上書きしちまう強烈な記憶に行き当たり、思考が全部そっちに奪われちまう。

 楔のように深く埋め込まれた6歳の時の記憶の空。

 そこには、あの人がいる。

 それが何時だったのか覚えていない。

 公式大会か、単なる練習試合だったのか、それすら定かじゃない。

 初等学校の親子遠足かなんかだったのだけは、周りに同年代のガキ共がたくさんいた記憶から察しはつく。 

 付き添ってた父さんに聞けば、すぐ判るんだろうが、聞いた事は無い。

 俺にとっては、それがどこで、何時だったかなんて、さして重要じゃないからだ。

 先輩が、ロスフィリア先輩がいる。それだけで十分だ

 消失弾を舞うように躱し、墜落したかと思い息を飲めば地上ギリギリで急ターンを華麗に決める。

 目が離せなかった、魅了された、あの人の一挙動に、憧れ、魂を奪われた。

 あの時周りにいた誰もが歓声を上げて、あの人に誘惑され、憧れていた。

 ブルーム乗りになりたいと憧れを口にする、同年代のガキが幾人もいた。

 でも俺は、俺だけは、あの人のようになりたいと思わなかった。

 俺は、あの人の力になりたいと思った。

 誰よりも自由の空を飛んでいるのに、誰よりも窮屈そうに空を飛ぶ、あの人を助けたいと思った。

 会った事も、話した事も、名前さえ知らなかったあの人を、たった一回見ただけのあの人を助けたい。

 自由に空を飛んで欲しいと思うその一念だけで、まだ6歳のガキが平凡だった普通を全部捨て去って、ひたすら一直線に箒職人ブルームマイスターを目指して、駆け上がっていくなんて、正直いえば狂っているって話だ。

 しかも最終的には、今のこの様……自由に空を飛んで欲しいと願ったあの人を、俺が汚している。空から落としている。

 だからだ……先輩は自分自身を気持ち悪いと卑下していたが、俺は嫌悪できないし資格も無い。

 俺の方がよっぽどストーカーじみていて狂っていて気持ち悪いって話だからだ……










 背中から伝わってくる冷たさで目を覚ます。

 空が白みかけた早朝ともなると、背を預けた鉄製の扉から伝わってくるのは目を覚ますには十分な冷気だ。

 熱帯気候に属するジャンクヤード群島は、一年を通して温暖な気候であまり温度の変化がないから、雨さえ降らなければ、後は蛇除け虫除けの香でも懐にしたためておけば野宿でも問題は無い。

 昨晩ねぐらを先輩に占拠されそう開きなおった俺は、仕方なく一晩を外で過ごす事にした。

 工房の床で寝るっていう選択肢も一瞬脳裏に浮かんだが、倉庫内の住居と工房をわけるのは衝立一枚。

 監督から聞いた先輩の生々しい行動のせいで、全力で却下だ。

 何があろうとも、あの人は、俺がこれ以上汚していい人じゃない。

 俺から迫るって事は絶対に無い。

 迫る先輩に流される事も絶対に無い。

 そう断言できる。

 それでも万が一を考え、外に出て、先輩がベットから這い出してきたらすぐ判るようにと、扉を背に預けて眠っていたんだが、無理矢理な体勢で寝ていたせいで体の節々が痛い。



「…………どーすんだよこの先」



 そんな状態では眠りも浅いのか、どうにも眠気は抜けず、それでも動かない頭でこの先どうするかと考える。

 先輩の突然の引退宣言や結婚宣言が、島外でどう扱われているか、怖くて調べる気にもならなかったが、碌な物じゃないのは確実。

 性格はあの通りアホウドリな先輩だが、見た目だけなら寡黙な美女で人気は高い。

 しかも圧倒的な強さを見せた女帝のゴシップとなれば、いい飯の種と飛びつく輩が多いだろう。

 先輩の実家なら大抵の事なら握りつぶしてくれるだろうが、さすがに優勝インタビューであそこまで堂々とやったうえ、当の本人が行方不明では、ありきたりな答えでは無理がありすぎる。

 …………マジで早く追い返さないと先輩の為にならない。 

 声にならないため息を吐いていると、何かを引きずりながらこちらに近づいてくる足音が聞こえてきた。

 先輩が中にいるせいか警戒しつつ朝靄の中で目をこらしてみると、酒瓶を片手にしているそれは見知った人影だ。



「んだよ。ドミニクのおっさんか……なんだよ。こんな朝っぱらから」 

    

  

「なんで外で落ち込んでんだよアルバート? 女帝さんは中か?」



「いろいろあんだよ……聞くな。で、中にいるけど寝てるぞ。あいつになんか用か?」



「お前に用事だ。道具を持ってきてやったんだよ。昨日のあれで忘れてただろ」



 俺の八つ当たりな不機嫌な口調にも、ドミニクのおっさんは嫌な顔もせず、酒瓶を持つ反対側の右手で引きずっていた台車を顎で指し示す。

 昨日の騒ぎですっかり忘れていたが、簡易修理所に置きっぱなしにしていた資料や補修道具類など一式が詰まった鞄が乗っている。

 大切な商売道具なんでありがたいっちゃありがたいんだが、



「……わりぃ。助かる。でも置きっぱなしでよかったのに。どうせあと二日あそこ通うんだから」



「お前の修理所詰めは無くなったぞ。女帝さんの島内案内ついでに、ブルーム系のイベントに適当にゲスト参戦させろって長老からの指示だ。その伝言ついでに鞄を持ってきたんだよ」



「はぁぁ!? っ……どういう事だよ? 俺は嫌だぞ……あの女の相手なんて」



 ドミニクのおっさんの予想外の言葉に思わず大声を出しかけ、中で先輩が寝ている事を思い出して慌てて声を抑える。

 こんな薄汚れたところであの人を寝かしているだけであり得ないのに、途中で起こすなんて申し訳なさ過ぎる。



「嫌だっていってもな、アルバート想像してみろ。女帝さんが来ているのは昨日のうちにジャンクヤード中の噂だぞ。お前との関係も含めてな……ここの場所を知る奴は少ないが、修理所に来れば会えるってなったら、わんさか人が来るぞ。肝心の祭り会場がら空きで」



「…………で、代わりにイベント会場に誘導で盛り上げかよ。勘弁してくれ」


 

 ドミニクのおっさんのいう事も、長老の指示も理解は出来る。

 見物客がイベント会場以外に流れてちゃ、盛り上がりに欠ける事この上ない。

 関係ない奴らが集まれば、修理所もまともに稼働できなくなる。

 それに先輩の性格から考えて、周りに黒山の人だかりができようが、ことごとく無視している姿は想像に難くない。

 だったらイベント会場に連れて行って盛り上げろってのは、理に適ってる。

 あの人、飛ぶしか能が無いアホウドリだもんな……

 考えれば考えるほど、言われりゃその通りとは思うんだが、どうにも気は乗らない。

 俺個人としちゃ、早く先輩を追い返したいってのが、唯一無二の目標だからだ。

 しかしその方法は思いつかない。



「受けとけ。受けとけ。案内する代わりに飲み食いはただでいいって長老の指示だ。あの女帝さんがどれだけ喰うか知らんが、お前の稼ぎで二人分の食費を出すのきついだろ……喰わせてもらうなら別だが、男として終わるぞ」 



 俺の懐具合をよく知っているドミニクのおっさんは無慈悲な現実を告げる。

 確かに飲み食いただはでかい。俺の手持ち現金じゃ今日の食事代だけでもアウトなのは確か。

 先輩に至っちゃ、ここに来るまえに全財産寄付して来やがった飛び込みっぷりだ。

 俺は二、三日は水でも構わないが、先輩にそれをさせるのは、ますます自分が許せなくなる。

 金がない日の非常食というか、頻度的に主食になりかけている気がしないでもない、そこらの野草と、森に行けば腐るほどいる大百足ってのも無しだ。

 あの人の重さを考えると、俺に合わせて喰いかねない怖さがある。マジで後に引けなくなりかねん。

 先輩を追い返すという結論は変わらないにしても、一日、二日でどうこうできるとは思えない重さっぷり。



「…………おっさんわりい。昨日言ってた余ってる釣り竿やっぱり貸してくれ。代わりにジャンク倉庫から適当に持っていっていいから。パワー系カスタムに使えそうなのあった」 


 

 長丁場になるのは覚悟の上で腰をすえるしかないと覚悟を決め、先々も考え昨日貸してくれるというドミニクのおっさんの優しさに甘える事にする。



「お、いいのか。いくつか欲しいパーツのがあったんだ。助かる」



 住居兼工房代わりに使っているのとは別に、そこらの廃艦群や遺跡都市群で拾ってきたガラクタを押し込んだ倉庫の鍵束を投げ渡す。

 文明圏からは遠く離れた絶海の群島なうえ、腫れ物扱いのジャンクヤードでは、正規ルートなど無くまともな箒、魔導具用パーツは手に入らない。

 だが、そこらの海に行けば千年単位の戦争で沈んだ品が腐るほど眠っている。

 稀少品や、今では全滅した生物を用いた魔具のガラクタなんてのもごろごろ。

 伝承が途切れた古式魔具等も有り技術者としては未だ発展途上の俺としては、ジャンクとはいえ勉強になる物も多い。

 前々から水中用箒の確認がてらに潜って適当に拾ってきたんだが、それがいつの間にやらたまりにたまったゴミ屋敷状態で、文字通りのジャンクヤードになっているのはご愛敬だ。

 倉庫の維持費が俺の困窮生活の一因なんだが、こうやって借りを返すのに使えるんで、ある意味で重宝はしている。

   


「助かるのはこっちだっての……」



「なんだやけに重いため息だな。さっきから不機嫌だし昨日は上手くいかなかったのか? 長老はいろいろ拗れているようだが、若い2人だから大丈夫だろうって笑ってたんだがよ」



「上手くいくも、いかねぇも、そんな時間すらなかったつーの」



 話し合いの時間を作ってくれた長老らの気づかいはありがたいが、先輩の天然ぶりはその予想の上を行きやがる。

 速攻寝られちゃ話し合いも何もあったもんじゃねぇ。



「あーそういう事か……まぁ仕方ねぇよ。あんなの慣れだ。慣れ。初めてじゃよくあるから気にすんな」



 気落ちする俺の様子を見かねたドミニクのおっさんが同情的な声を掛けてくるんだが

 ……なんか微妙に噛み合って無くないか?

 ニュアンスがおかしいぞ。



「……なんの話してんだ。おっさん」



「だからナニだろ。相手が年上なんだしリードしてもらえって、入れた瞬間に出しちまうのは仕方ねぇって。早漏は慣れれば治るから気にすんな」



「ばっ!? なんて説明したあの爺っ!」



「島の流儀だつって詳しくは聞いてねぇが、アルバートが童貞こじらせたのが原因。とりあえずヤレば丸く収まる話だって、昨日酒場にいたって連中は口を揃えてたな」



 人の悩みを下半身に持ってくんじゃねぇよ。

 しかもよりにもよって、そんな下劣な話で先輩を汚すな。

 …………昨夜一瞬でもあいつらに感謝した自分をぶん殴りたい。全力で。

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