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ゼロから始める新生活

 サティおばさんの酒場から先輩を連れて出た俺は、店までの夜道を歩きながら、混乱する頭でどうするべきか考える。

 先輩が重いのは、事故の時から判っていた。

 判っていた。判っていたが、甘かった。

 重いを遥かに通り越して、やばい人だった。

 正に天地がひっくり返るくらいの予想以上に重い愛情を、昔から俺に持っていてくれた。

 正直どうすればいいか判らない。

 判らないんだが…………俺にとって先輩が特別な人である事は、天地がひっくり返ろうが変わらないのが質が悪い。

 島から逃げて、先輩の前から消えて、どうこうなるとは思えない。

 絶対追っかけてくるだろ、このアホウドリな先輩は。

 逆に今まで、何故来なかったのが不思議だ。

 俺の関係ないところで、先輩の才能が世界で輝いていて欲しいと思う願いは消せそうもない。

 でも先輩は、本来いるべき栄光ある場所に帰ろうとしないで、俺の横にいる。

 先輩の居るべき場所に、俺が行くってのも無い話だ。

 クソガキだった頃の夢なんぞ、俺はとうの昔に望む資格を失っている。

 技術者としてあるまじき事をしてしまった俺が……今更だ。

 しかし先輩はそんな俺を、歪んだ底なしの愛情で受け入れる。受け入れちまう。

 だが俺的にはあり得ない。

 関わりたくない、関わらせたくないのに、先輩の方から寄ってくる。

 どうしろつーんだよこれ。

 長老のアドバイスは当事者のみで話し合えって事なんだろうけど、話し合いでどうにかなるのか。

 ちらりと後ろを振り返って見てみる。



「…………」



 幻でも夢でも何でもいいから 消えていてくれと願っても、現実はそう甘くなくて、とことこと小さな足音を立てて、ついてくるロス先輩の姿がある。

 昨日世界王者になった先輩は今や時の人で、島に来ているという噂は昼間のゼロヨン会場での派手なターンもあって一気に広まっている。

 先輩は隠しかったのに、間抜けな理由で事故った俺を助ける為……昔から空回りな迷惑掛け通し過ぎて自分が嫌になる。

 これ以上目立つのは嫌だと先輩は、フードを被ってその特徴的な髪や顔を覆い隠している。

 幸い今は祭りの最中。

 群島内外から人が集まっているので、見なれない奴がいても変な真似しなければそう目立たずにすむはずだ。

 それでもそこらの街角で飲んだくれて浮かれている酔っ払いを警戒して歩いていると、先輩が遠慮がちに俺の袖をつかんで引っ張ってきた。



「なんだよ……先輩?」



 先ほどのストーカー気質告白のせいで微妙に取りづらい距離感に苦労しつつも尋ねると、



「……アル……これだけ歩くの……生まれて初めて……足痛い……飛んでいい?」

 


 10分も歩いてないんですけど!?

 箒を持ってウズウズしていますよこのジャンキー!?

 どんだけ飛びたいんだよ。空好きは昔からだから知ってたけど、絶対悪化してるだろ。

 歩きの俺の後ろに箒に跨がった先輩。

 街中で目立ちまくりだよ。 本当に隠す気あるのこの人は……マイペースすぎです。先輩。



「もう少しだ。耐えろ」



「…………」



 叫びたい気持ちを押し殺して絞り出すように答えた俺に、先輩は無言で頷いてくれたんが、少しばかり反応が遅いので不満げに見えたのは気のせいではないはずだ。














 町外れの港近くの古い倉庫街。

 そこに立ち並ぶ格安貸倉庫の一つに、俺がねぐら兼工房としているブルームショップ『アルバトロス』がある。

 お嬢様育ちな先輩を招き入れるには躊躇するボロ屋だ。

 錆びついて滑りの悪い鉄扉をスライドさせて開けると、不快さを覚える位に温くさび臭い空気が漏れだしてきた。 

本来は文字通り倉庫、物置目的用の建物だから、明かりを灯す為の魔力有線だって引いていないし、半密閉状態だから火を焚くなんてもってのほかなんで、ゴミ捨て場から拾って直した携帯カンテラが唯一の光源。

 しかも普段は金がないからそれの魔力ももったい無いから、仕事がない夜は早く寝ちまえという原始的かつ規則正しい生活だ。 



「足元、段差あるから」



 躓きやすい僅かな段差を指摘しつつ踏み越えてコンテナ内に入って天上からぶら下げたカンテラをつける。

 うっすらと輝く明かりで今の俺の生活状態が晒し出される。

 ショップと言っても、都会にある店と違って小綺麗な魔法の箒や魔具が並べてあるようなもんじゃない。

 最低限のスペースで受注制作や修理なんかをやれればいいってやる気の無さ。

 ベットと僅かな生活用具のみを置いた住居と、工具が転がる店の間を仕切っているのも、そこらに転がっていた衝立という有様。

 雨風しのげれば十分で家と呼ぶのもおこがましい現状に、普通の女ならここで引いて回れ右で帰ると思うんだが、



「……アル……病気しない? ちゃんと……ご飯食べてる?」



 室内を見た先輩はフードを脱いで開口一番、俺の心配をしてくる。

 やはり無表情だが、俺の健康状態に気を使ってくれている。

 こういう人なんだよな。ストーカーだけど……素直に嫌悪感の一つでも見せてくれたらどれだけ気が楽か。



「別に平気だ。俺がどうしてようとあんたに関係ないだろ」



 ここに居着いた頃は、食べられる野草や虫の区別がついていなくて、しょっちゅう腹痛やら、なぞの発熱、発疹などで死にかけたりしたんだが、わざわざ言うこともない。

 冷たい突き放した言葉にも先輩は無反応だ。

 聞こえてなかったのか、平気という言葉を信じていないのかそのまま室内を見渡し、壁の一角で目を止めた。    

 そこには手彫りの看板がぶら下がる。

 俺の……俺達の勝利のエンブレムたるアルバトロスを刻んだこの店のシンボルマークが。



「……アルバトロス……あった……聞いてたとおり」



 先輩の目的は最初からそれだったんだろう。

 看板に近づいた先輩は、ゆっくりと手を伸ばして、何度も触る。

 ちゃんとそこにあるのを、繰り返し触って確認していた。

 聞いていた……やはり偶然島で再会した誰かから俺のことを耳にしていたのか先輩。

 何も言うな。言わないでくれつって頭を下げて頼んだが、口止めは無意味だったようだ。 

 

「リック先輩か……それともルカさんか。俺のことをあんたにいったのは」



 俺と先輩両方と繋がりがあって可能性の高い二人の名をあげる。

 恨むような事じゃないと思う。

 たまたま島をおとずれて出会ってしまった二人の先輩は、俺の現状を心配して、こんな不義理をしている俺に説教までくれた。

 それでも恨み言を言いたい。

 なんでこの人に伝えたと。

 聞いて無ければ、この人はひょっとしたらいるべき場所にまだいたのかも知れないのにと願望を懐いてしまう。

 先輩の重い告白を聞いた今でも、そんな風に都合のいいことを考えてしまうから……俺は駄目なんだと判っていても。



「……ベット……眠い……その話はまた……明日」



「はっぁ!?」 



 深く考えている俺を尻目に、先輩は衝立の隙間から奥の住居スペースに入り込むと、唯一家具らしい家具といえるベットにそのままこてんと倒れてしまう。

 いや、待て、話し合いは?

 なんでそんな暢気な台詞!?

 あんたこんなゴミためで眠っていい人じゃないだろ。




「……SBGの日から……寝てない……アルバトロス……安心……眠くなった」



 虚ろな瞳で先輩が答える。よく見れば目の下には分厚いクマができている。

 そ、そういやこの人この二日間ぶっ通しで起き続けてると、今更ながらに思い出す。

 平気な顔しているから気づかなかった……この人の無表情がだから嫌いだ。くそ。

 何時洗濯したか俺ですら判らないかび臭いボロ布にくるまる先輩。

 良心が痛む。先輩をこんな所に寝かしちゃ駄目だろと。 



「おい! 起きろって! 判った眠いなら話し合いなら明日でいい! 街中のホテルに案内するからそこで寝ろ!」



 ここで俺がホテル代を出すからといえば最低限の沽券も保てるんだろうが、そんな金は逆さに振っても無い。

 しかし先輩はブルーム乗りの頂点。世界王者。

 実家に頼らずとも、単独でそこらの会社よりも高い年収を稼ぎ出している。

 こんなクソ田舎のホテル。泊まるどころか買い取ることすら可能な、  



「アル……五月蠅い……お金無い……今頃、全部寄付……アルと一緒……アルバトロスで稼ぐ……しんこんせいか……」



 むすっと僅かに目を細めながらとんでもない事を言った先輩は完全に力尽きたのか、小さな寝息を静かに立て始めた。

 世界王者の地位どころか、全財産を投げ捨ててきたのかこの人!?

 寒気が走るほどの愛情の深さに俺は戦慄を覚える。



「せ、先輩……あ、あんた重いよ。重すぎるよ」



 怒鳴っても、揺すっても起きる気配もない先輩が眠るベットを前に、なすすべを無くした俺は膝から崩れ落ちるしかなかった。

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