魔女の告白
サティおばさんの酒場は島の連中が集まる盛り場。
昨夜のSBGのような大きなイベントに備え、客全員が楽しめるようにと巨大なモニターが店の壁面に備え付けてある。
時折サティおばさんの趣味で大昔の映画を流したりするんで、再生機器も新旧各種しっかり完備されていて、平時なら俺も楽しませてもらっていたんだが、今日に限ってはそいつらをまとめてたたき壊したい気分だ。
「何の映像なんだろなそれ?」
旧式再生機を取り外して、先輩の持ってきた最新型ディスクに対応した再生機に配線を接続し直しているのは電気屋のおっちゃん。
あんたの店二度と利用しねぇぞ!
「アルバートの奴はすごんでたけど、チャンピオン本人はあの対応だろ。たいしたことないんじゃねぇか?」
「なんでも良いからとっとと再生しようぜ。なんであれ最低でも暇つぶしくらいにはなるだろ」
先ほどまでの俺が作り出した緊迫した空気は、昔と変わらない先輩の態度のせいで霧散消失。
むしろ野次馬根性に満ちた島の連中の好奇心を刺激しちまったようだ。
「ちょっと待てあんた、あのディスクの中身なんだ。誰に渡された!」
サティおばさんに先輩が渡したディスクが入っていたケースには、内容をメモしたラベルも何もなく、何が映っているのか判らない。
ブルーム関連以外は世間の大半のことにあまり興味が無い先輩自身が、あのディスクを用意したとは到底考えられない。
先輩のブルーム競技映像とかならまだ良いが、だがどう考えても嫌な予感しかしない。
俺にとっては碌でもない物が映っているのは確実だ。
「…………」
しかし先輩は俺の問いかけに対して顔をこちらに向けるだけ。返事を返そうともしない。
先輩も中身を知らないのか、答える気が無いのか、整いすぎて人形めいた感情の無い顔からは、察することも出来無い。
手足を縛り付けられた状態では、興味本位で動いている島の連中を止める事が出来無いから、せめて覚悟だけでも決めたいのに、先輩には完全無視されている。
まるで初対面の相手に対した時のような先輩の態度にいらっと来る。
「おい聞こえてんだろ。無視すんな」
「……名前……あと、あたしアルより年上……口調……昔はもっと素直だったのに……やっぱりぐれた」
「っぐ! ……お、お教えいただけませんかね……ロスフィリアさん」
「不正解……でもアルだからおまけ…………監督……もってけ」
「うげっ!? 止めろ! あんたら! 後生だ! マジ止めてくれ!」
一番この場で出て欲しくない単語に俺は悲鳴を上げる。
あの鬼婆か!? まじか!?
「その反応だと中身面白そうじゃな。酒が温くなる前に早く始めてくれ。明日の準備で来られなかった連中にも聞かせてやらんとな」
「てめぇ長老! 外で話す気まんまだろ! 酒場の話は酒場内だけの話つってから5分も経ってねぇぞ!」
やっぱり当てにならねぇなジャンクヤードの流儀!
手足が縛られて動けないとか言ってる場合じゃない。
最悪の中の最悪の答えに慌てて身体を揺らして椅子ごと動いた俺は、壁掛けのモニターに体当たりをしかけようとするが、
「椅子が壊れるだろ。誰か静かにさせな。あと猿轡」
「あいよ。お前らそっち押さえろよ。俺は猿轡かますから」
「大人しくしとけってアルバート。酒場の備品を壊したら、しばらく強制皿洗いだぞ」
「大丈夫。大丈夫。たらふく酒を飲ませればみんな忘れるから」
「手慣れすぎだろあんたら! 第一どこが大丈夫だ! 酒を飲ますだけって金をお、がぁぅ、ふーがぁっ!」
サティおばさんの指示で野次馬連中から日焼けした漁師数人が出てきて、流れるような動作で何の苦も無く、俺を押さえつけ、そこらにあったタオルで言いかけの途中で口を塞いできた。
にやにや笑うこいつらも聞く耳持ってねぇ。
くそ。敵しかいねぇ。
「おし。接続完了。んじゃ回すぞ」
立ち上がった電気屋が、無情にも一切の躊躇もなくディスクを再生機に放り込んで、再生ボタンを押しやがった。
薄情者連中の目線が集まる真っ暗だった巨大モニターに僅かなノイズが走り、色鮮やかな映像が映り始める。
そこに映るのは、どこかの競技場の正門前にでかでかと掲示された第83回イーグル杯学生選手権大会会場と書かれた大看板。
その文字列に一瞬で記憶が蘇る。
それは忘れもしない。
忘れるはずもない。
「なんだブルームの大会かこれ?」
「お前な、プロ大会の賭け事専門でも知っとけよ。イーグル杯つったら高等学校世界大会の事だ。第83回つったら5年前だな」
「なんだ思ったより普通だな。なんでアルバートの奴は嫌がってんだ? アルバートも出たけど予選負けしたからとかか?」
「ん? アルバートってまだ19だろ。この頃中等部じゃねぇの。出場資格ねぇぞ」
映像が始まった瞬間からワイワイと会話を交わしながら、飲みを再開し始める島の連中。
完全イベント気分だよこいつら……
あの婆。俺をからかう為にとんでもない物を寄越しやがった。
『はい。じゃあ1人ずつ看板の前に行って名前と出場種目。それに目標を言って気合い入れて。私の教え子なんだから最低でも決勝には残ってね。まずは主将! 手本見せてあげて!』
やけに男前な内容で発破をかける女性の声が響く。
その声だけで天敵な撮影者の顔が脳裏によぎり、冷たい冷や汗が頬をしたたり落ちる。
何の前置きもなく始まったそれは俺の記憶を強烈に刺激する。
『マークライド国立魔導技術高等学院ブルーム部主将リック・ガイラ! 出場種目はパワーブレイク! 特技は魔法障壁10枚抜き! もちろん優勝狙いだ!』
『ゆ、優・シオラです。ハイスカイに出ます。目標は高度1万まで5分以内。入賞出来るように頑張ります』
『10時間耐久レース出場ルカ・クルファード。狙うは大会新記録311周超え。応援よろしく!』
『同じく10時間耐久。ゲーリング・バルト。トップは誰にも譲らん』
フレーム内に入れ違いに出演しながら一言ずつコメントを残していくの少年、少女は懐かしい顔ぶれ、学生時代の先輩方ばかりだ。
当然だ。こいつは熱血系な監督が出場選手の鼓舞に行う何時もの儀式。
これが1人で見ているなら感慨深い感傷に浸れるかも知れないが、今の俺には地獄までのカウントダウンにしか聞こえない。
「マークライド国立って名門校のあれか?」
「そこだな。世界クラスで有名な難関校の1つで、ブルーム世界大会常連校。プロも多数輩出しているな。ロスフィリアさん。あんたもそこだろ?」
「…………」
じっと画面を見つめる先輩は、問いかけにあいも変わらず無反応。
普通なら聞いた方が不快に思うほどの無視っぷりだが、王者となる前から寡黙で無表情と有名なこの人の場合、そんなもんだと聞いた方もやっぱりかと、肩をすくめるだけだ。
そうこうしているうちに10人以上の選手が挨拶を終え、ついに悪夢の時間が幕を開ける。
『よし! 最後。エースの出番ね。たまには気合いの入った一言くらいいいなさい。どうせこの場じゃ身内しかいないんだから貴方でも喋れるでしょ』
監督が締めに選んだ人選は当然と言えば当然だったんだが、ある意味で人選ミスだ。
当時マークライド学院には、学生最強と称される魔女が所属していた。
公式、練習試合問わず無敗街道を連勝し、卒業後即プロ入り確実とスカウトから大注目されていた天才が。
『…………』
画面にその人が映るだけで華やかさが変わったと感じてしまうのは、昔の名残、残滓の所為だろうか。
顔立ちは少し幼いが、そこには子供らしい表情はなく、鉄面皮めいた無表情。
美術展で並んでいてもおかしくない人形めいた美貌が幻想的な雰囲気を醸し出す銀髪の美少女。
先輩がいた。俺が憧れ崇拝したロスフィリア先輩が。
『………………』
画面の向こうの先輩は大看板の前で立ち止まると、今と変わらず一言も喋らずピタと制止する。
そのまま数秒が過ぎるが、瞬きさえしない先輩。
まるで時が凍りついたように画面に変化はない。
「ん、故障か?」
「いや後ろの花が揺れてるからディスクは廻ってるな」
『こら! フィリア! あんたの場合目標は良いから、出場種目ぐらい喋りなさい』
監督からのお叱りの声にも、なんの反応もしめさないんだから先輩の無表情は筋金入りだ。
後で聞いたら、この時は学生大会の最高峰である世界大会前で一応は緊張していたらしく、どうやって飛ぶかとしか考えておらず、あまり周囲に気を配っていなかった所為とのこと……あんたの場合それいつも通りだろと、当時思ったのは内緒だ。
『…………アル』
ようやく先輩が動くが画面の隅の方へと指を向け、俺の名前を呼びやがった。
奇しくもその指を向けた先に今の俺がいたのは、実に嫌な偶然だ。
そしてそれが死刑宣告にしか見えないのは、俺の気のせいでは無いはずだ。
『あぁぁっもう! ……仕方ない。アル。行きなさい』
先輩に業を煮やした監督のあきらめ顔は今でも思い出す。
『えっぇ!? ぼ、僕!? い、いやですよ。恥ずかしい』
あー殴りてぇ。この甘ったれた声にいらっと来る。
殴りてぇ。
『いいから行く! あんまりここ占拠してたら怒られるんだから。君はいつも通り褒めちぎれば良いだけでしょ! それと君も挨拶もちゃんとするように。いいわね!』
『蹴らないでください! 行きます! 行けば良いんでしょ』
画面に出て来たクソガキは、学院制服姿で走りながら緊張した顔で先輩の横に並ぶ。
この頃には今の身長になっていた先輩と比べ、当時の俺は頭二つ分は低いガキで、折り目も正しい制服をきっかり着込んだ、本当にどうしようもない世間知らずだ。
『アルバート・マガミです! ロスフィリア先輩を紹介させていただきます!』
緊張で裏返った声を出しつつも真っ赤になりながら頭を下げ、一生懸命に喋ろうとしているガキに酒場に爆笑が響く。
「これがアルバートか!? ぶひやはははぁっ! おい見ろ! 目がキラキラしてるぞ!」
「すげー真面目そう。何このお坊ちゃん。僕だってよ僕。アルバートが!」
「今のふてぶてしさ皆無だな。おい」
「どうやったらたった数年であれが、これになんだよ」
島の連中が画面に映る昔の俺と、今の俺を見比べ、爆笑したり、懐疑的な声をあげて遠慮なんて言葉を地平線の彼方に捨てた批評を下して来やがる。
笑いたきゃ笑え。どうせこの頃に比べればぐれたよ。捻くれたよ。
終わった。マジで終わった……明日には島でよう。
最悪泳いででも出て行こう。
こんな恥な姿を見られて、これ以上ここで暮らしていけるか……
第一これはまだ前座。この後に本命が控えている。
『ロス先輩はブルームバトルに出場されます! 断トツの優勝候補にあげられるほどすごくて、僕も先輩が優勝すると思ってますし、応援してます! ロス先輩がすごいのは急速度からの切り返しターンで……』
一度口を開きだしたら、そこから出てくるのは先輩の紹介というか、褒め言葉ばかり。
簡単には語り尽くせない先輩のすごさを、余すところなく語ろうと暴走していやがる。
先輩に対する崇拝、尊敬が入り交じった美麗賞賛の数々。
それが今の俺には、狂信めいた物に見える。
ちっ……どの面下げてその人の横に並んでやがる。
あの頃はまだ14。 世間の厳しさを知らず、脳味噌が緩かった5年前の自分の姿に嫌悪感で顔がしかむ。
「なげぇ! ながいって! なんだこの飼い主大好き忠犬わんころ」
「こんな事を言ってて今は『俺はこいつを恨んでいる』ってどんな格好つけだよ。痛ぇ! 痛てぇよアルバート!」
あぁ、そうだろうな。
そうだよ。畜生。存分に笑ってくれ
『……アル……もういいから……長い」
ここまで手放しの賞賛をされてさすがに鉄面皮の先輩も気恥ずかしくなったのか、僅かに耳を染めつつ、まだまだ喋りそうな俺の肩に手を置いて、ストップをかけてきた。
『す、すみません。つい調子に乗って』
先輩の制止でようやく自分のやらかした事に気づいた俺は、慌てて先輩に何度もぺこぺこと頭を下げる。
あの頃は先輩が全て。先輩に恥を掻かせたと、焦っていたんだろう。
過去の自分がその時に考えたことが、判るからこそ、むかついてしょうが無い。
『……あたしすごいの……アルのおかげ……アルの作った箒だから……』
訥々と言葉を絞り出した先輩が顔を上げると、カメラへと視線を向けた。
先輩が微笑む。
普段は微動だもしない表情を微かにだが動かし、嬉しげに、誇らしげに微笑む。
魂が吸い込まれるような美貌。俺を餌に盛り上がっていた連中すらも一瞬で魅了され押し黙ってしまう。
『あたし達……アルバトロスは……一度も落ちない……完全優勝する』
先輩はその笑顔のまま完全勝利すると、小さな声でありながら、力強い宣言をしてみせる。
俺達が選び箒銘に名付け、柄に刻んだエンブレムこそが『アルバトロス』
海鳥アルバトロスは、時に数千キロ以上の距離を一度も降り立つことなく飛び続ける。
対戦相手を落とし得点を稼ぐ競技であるブルームバトルにおいて、一度も落とされずにかつトップに立つ、完全勝利は、どれほどの凄腕でも難しい。
結果からいえば、この大会では下馬評通り優勝したが、さすがに先輩でも学生クラスといえど世界大会で完全勝利をするのは無理だった。
かなり惜しい試合ばかりだったが、それでも少しばかりの被弾をして、決勝では完全墜落で三点を献上している。
だがこの時の俺は先輩の優勝宣言に一切の疑いも懐かなかった。
『はい! 先輩なら出来ます! 頑張ってください! 先輩が優勝する為なら僕も全力で何でもしますから!』
自分が作った箒のおかげ。その言葉に浮かれ舞い上がっている昔の俺。
そうだよこの後だよ。この後。
今の頭の痛い状況の原因となった約束はこの後だ。
俺の何でもという言葉に先輩が、無表情でとんでもない事を言い出したんだ。
『何でも…………じゃあ完全勝利で優勝したら……あたしアルのお嫁さん……』
『エッ!? せ、先輩!? なんでもって、そういう意味じゃなくて! 箒の調整とかです! か、からかわないでください!』
「うぉ甘ずっぱ! アルバートが照れてるぞ」
「こいつにも純情な時期あったんだな」
慌てる俺を見て島の連中は笑う。
冗談。俺もそう思ったよ。当時は。
あの事故で先輩の本心を知るまでは。
『……アル……完全勝利は出来無い……思ってる?』
予想外の言葉にしどろもどろな俺の返しに、先輩がまた微笑む。
この時にこの表情を見て勘違いしたんだ。
下手な冗談を言っていると、俺をからかったんだと。
『で、出来ますよ! 先輩なら! 信じてますから。判りました。しますから。先輩が完全優勝したら結婚でも何でも!』
『うん……約束』
先輩から見れば、俺は4つも下の見ての通りのガキ。
しかも先輩を女神のように思っていた。崇拝していた。
人として見ていなかった。
だからつい軽い気持ちで答えたんだが……これをマジな話だと思えはさすがに無理筋だろ。
この時周りにいた監督やら他の先輩方だってこの発言が先輩の本気だと思っていた連中は一人も、
『リック。アル1人にさせないで。女子陣はフィリアを厳重見張り。今にも押し倒しそうな気配してる』
『了解です。未成年との性行為で大会辞退は絶対防ぎます』
『大会前に寝不足は避けたいんですけど、いつも通り夜這いしないように不寝番を立てて見張ります』
低い声で交わされるマジ声の監督と先輩の密談がスピーカーから響いてくる。
おい、まて! この会話。聞き覚えないぞ。
いつも通りってなんだ!
笑っていた島の連中さえもつい押し黙るほどの緊迫感が篭もった声だ。
『アルにそろそろ話した方が良いんじゃないですか? お前本気で狙われてるって』
『馬鹿。そんな事喋ったらアルが、先輩はそんな人じゃないって逆上するだろ』
『でも放って置いたら、自分の部屋に連れ込んでヤルでしょ。今の発言だってマジよマジ……さすがに引くわ』
『アル君ってフィリア神聖視してるから。それなのに逆レイプって下手すりゃトラウマだよ。なんでいきなり最後までやる気なのよフィリアは』
『他の女に取られるのいやなんでしょ。あの子、無表情系だけど独占欲が強いから』
『今アルが離脱したら箒のチューニングが最高潮に持ってけないから、いつも通り、気づかせない、浚わせない、二人にしないの完全防御でいくぞ』
『ういっす。手を出させないようにします』
『皆いいわね。アルが事態を受け入れる位に成長するまでは手を出させないこと』
別の意味で嫌な汗をかく映像がぶつりと途切れ、砂嵐な画像に切り変わる。
いや……冗談だろ。おい。
なんだ最後の会話。
た、確かに先輩といる時は誰かが常に側にいたし、泊まり合宿の時も先輩男子方に男の友情を深める機会と連れ回されたが……
酒場の目が俺も含めて先輩に集中するなか、
「……監督の伝言……この後」
無表情のまま先輩が訥々と言葉を続ける。
言い訳も何もなく、肯定も否定もしない。
いや、その反応が怖いんですけど……えぇ? ちょっと先輩。
そうこうしているうちに画像が切り変わり、どこかの室内の椅子に座る女性が一人映し出された。
それは先ほどまで声だけ出ていた女性監督だ。
俺が知っている顔より少しだけ年を取っている監督は重い息を吐き出すと、
『久しぶりねアルバート。本題に入る前に言うけど、フィリアのこの状態は君が12歳の時に飛び級で上がってきてすぐ。挨拶代わりに箒を作ったときからよ。君の箒は気持ちいいから好きって』
監督……それ先輩と出会った初日なんですけど。
どうでしたって感想を聞いたけど、先輩に俺は無視されてましたよ。
憧れの人に無視されて凹みましたよ。
いや、会話してくれるようになってから、気持ちいいはよくもらった褒め言葉ですけど、大人になった今聞くと違う意味で聞こえます。
何時も無表情だったけど。
『まだ子供だった君には気づかせないようにしてたけど、酷かったのよ本当に……表面上はいつも通りだったから油断してたけど、気づくのがあとちょっと遅ければ大不祥事廃部処分レベルな事を、君の新作がでる度にやらかしてたのよ。12才の子を相手にしょっちゅう夜這いをかけようとする。当時の君の年齢でも婚姻届を受理する国があるって知ると駆け落ちしようとする……』
俺が知らなかった先輩の一面を、監督が語っていく。
先輩が女性だからまだ良いが、一歩間違えれば犯罪行為になりそうな赤裸々な行動の羅列に、耳を疑いたくなる。
誰も茶化せない重苦しい空気が徐々に酒場の中を覆っていく。
事故の時から先輩が俺に向ける感情が重すぎるってのは気づいたが、さすがにそんな昔からだとは思ってもいなかった、俺もつい言葉を無くし画面に見入る。
『だからごめんなさい。寮生の中で年齢を理由に君だけに門限とか、外出禁止とか色々厳しくしてたのも、今だから言えるけどフィリアが原因なの』
監督が画面の向こうで頭を下げる。
時折無理矢理な理不尽な理由で外出禁止にされたり、反省室行きと称して監督と同じ部屋に閉じ込めらて勉強させられたけど、理由それか、それなのか。
本当に周りが見えていないガキだったんだなと、あまりの事実に現実逃避気味に考えていると、画面に映った監督の表情が少し変わる。
真剣みを含んだ物に。
『ここからが本題。今さらながら君にこの事を伝えたのはフィリアのたっての希望よ。理由はわかると思うから言わないけど……もう一度君と向かい合う為に知って欲しいそうよ。自分じゃちゃんと伝えられるか判らないから、助けて欲しいってね』
先輩が頼んだ?
わざわざこれを。
しかも俺だけに見せるのんじゃなくて衆人環視の場で自分の恥部を晒すような真似を。
『じゃあ忙しいからこれでね。元気にやんなさいよ。君は自慢の弟子なんだから心配はしてないけど』
先輩らしからぬ行動に俺が疑問を覚えている間に、監督はらしい男前な発破をして映像が今度こそ終わる。
誰も無言だ。
いや、そりゃそうだろ。
あまりに生々しくて変に茶化すような物でも無い。
正直に言えばだ、いくら先輩が女性で美人であろうとも、今の行動を聞いて大抵の人間が懐く感情は、
「……私……気持ち悪い……」
先輩がこの場を支配していたその感情を自ら口にする。
静まりかえった酒場全体に響く、小さな呟きは、それでも先輩にとっては精一杯の声だと俺には判る。
先輩の行動は、重すぎる愛情は、ストーカーその物で、
「……アル好き……アルの為……そう思って……最後に酷い事……さっきみたいに……罵られても……アルに恨まれても……仕方ない……でもアル好き……アルに活躍して欲しい……アルのお嫁さんなりたい……だから……会いに来た……アルのお世話になっている人にも……知ってもらう……私……今も気持ち悪いって」
先輩が、もう一度自分を卑下する言葉を最後に口にする。
表情にも目にも感情はない。声も平坦で棒読みめいた何時もの訥々とした語り口調。
だけど何故かそれがすごく苦しそうで自分の罪を懺悔しているように聞こえるのは俺だけだろうか。
「……・アルバートお前なんで縛られてるんだ? お前知ってるか?」
「あ? あーしらねぇ忘れた。飲み過ぎだな。ほれほどくぞ」
俺を押さえつけていた漁師のおっちゃんがわざとらしい惚け方をして、聞かれたとなり若い兄ちゃんも下手な演技をかましながら、俺の縄やら猿轡をあっさりと外して、立ち上がらせる。
「長老。祭り初日だからもっと呑むだろ。倉庫から出してくるよ」
「そうじゃの。記憶が全てなくなるほどに潰れるまで呑もうか……アルバート。お嬢さんは飲み過ぎて気持ち悪いそうだ。お前の家で介抱してやれ」
サティおばさんの提案に長老の爺さんが快諾しつつ、先輩の最後の台詞を都合よく改変した捉え方をする。
どうやら島の流儀を守る気のようだ。
しかし気持ちはありがたいがもう少し上手くやれよ。あんたら……先輩一滴も呑んでねぇよ。
先輩の告白に何をどうしていいのか判らない俺は、心の中で悪態をつくしか無かった。