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人見知りの魔女

「現役世界王者ロスフィリア嬢のジャンクヤード来訪を祝して改めて乾杯!」



 ドラッグレース開催中のコースにに選手登録もしていないで、乱入したんだから、事情聴取は仕方ねぇ。



「いやぁ今年の祭りは盛り上がるぞ! 何せ伝説を作り上げたばかりの時の人だからな! 是非とも特別ゲストでブルームバトルに出てもらわんと!」



 話を聞こうと居並ぶジャンクヤード祭の実行委員が、軒並み顔見知りのおっちゃん連中なのも、群島全域ならともかく本島単体で見れば狭い島だから仕方ないと、百歩譲って認めてやる。



「ほれチャンピオン! 島の地酒だ! どんどんいってくれ!」



 手頃な場所として選ばれたのが、そこそこ人が入れるサティおばさんの酒場だってのも、断腸の思いで受け入れよう。



「…………」



 だけどだな……なんで普通に実行委員会が酒盛りやってんだよ!

 無関係のギャラリーも多いし!

 しかも俺は店の隅っこの椅子に縛り付けられて放置で、魔女中心に盛り上がってるしな!

 当の本人は無表情で注がれた酒をじっと見て黙りこくってるけどな! 

 人見知りの人格破綻者なめるなよ!



「おい! あんたら! 事情聴取って言いつつ、何時もの宴会気分だろ!」 

 


 荒縄で足首までがちがちに縛られているんで、禄に身動きも出来無い。

 被告人席という名ばかりの壁際の椅子に縛り付けられて文句を言うなってのが無茶な話だ。

 クソ。なんで俺がこんな目に。



「あぁ! 当たり前だ! クソ生意気なひねくれ小僧に、こんな別嬪が嫁いできたって話を酒のつまみにせんでどうすんじゃ!」



 既に出来上がっている長老格の爺さまが、赤ら顔で酒臭い息で笑いながら答える。

 昨夜の優勝インタビューでアホウドリな魔女が答えやがった世迷い言の相手が、俺だっていうのは、他ならぬ先輩のせいで島中の至る所で噂話になっている。



「せめて建前で包めよ長老! 実行委員会会長だろうが! 第一人の過去に触れないって島の流儀はどうしたんだよ!」



 3日続く祭り初日の夜だってのに、既に酒が入って最高潮な連中に俺は圧倒的に不利な戦いを挑まされている。

 唯一の救いは魔女が……ロス先輩が、周囲から話しかけられても、返事も返さない無表情通常モードを維持していることだけだ。 



「アルバート諦めな。ここは酒場だよ。酒場で聞いた話は外に持ち出さない。これも島の流儀だよ……そういうわけでどういう関係なんだいあの女帝さんと?」



 この場を提供した店長のサティおばさんがしたり顔で頷きながら、根掘り葉掘り聞き出そうという気合いの入った表情で俺の肩を叩いた。

 何時もなら営業中は呑まないって人なんだが、今は祭りの最中。

 結構強めの酒を手酌でグイグイと飲んでいて、頬がもう赤く染まっている。

 


「マジ……勘弁してくれ」



 ジャンクヤードの自由さがたまに嫌になる。

 質の悪いことに長老の爺さんやサティおばさんを筆頭に、盛り上がっている実行委員会面々は島で暮らしていく上で邪険に出来無い顔役連中揃い。

 既に島から逃げる覚悟は決めていたが、その為に必須な長距離飛行用魔力槽へ魔力を充填するには、一回限り使い捨ての魔力補充携帯缶じゃコスパが悪すぎる。

 手持ちの現金では何度計算しても、長老が経営する格安魔力スタンドしか方法はない。

 だがこの様子じゃ、黙秘を続けているうちは絶対に売ってくれそうもねぇ。

 金、金さえあれば……

 無い物ねだりをしつつも、窮地を脱する為に俺は1つの決断をする。



「昔の知人ってだけだ」



 憮然とした苦々しい表情を作った俺は、自分がもう片方の主役だというのに、そんな自覚など皆無な無表情で俺を見るロス先輩を睨み付けた。

   


「結婚云々ってのも単なる嫌がらせだ。そいつに俺は恨まれてんだよ。そして俺もこの女を恨んでる。あの時と同じように俺を嵌めて満足かよクソ魔女が」



 公開プロポーズをかましやがった先輩の言葉を、つまらない嫌がらせだと全否定し、怨みごとを吐きこぼす。

 普通の女ならプロポーズした相手にこんな態度をとられれば程度の差はあれ、傷つきショックを受ける。

 しかし冷徹魔女とも呼ばれる先輩は内心はどうあれ、俺の言葉にも眉1つ動かさない。

 何時もの無表情だ。

 だからこそ無理矢理な嘘に真実味が生まれる。

 他人に対して口べたで感情を表面にあまり出さない性格とよく知っているからこそ利用した最低な手段に胃が痛い。

 触れたくない話題に触れている所為か、吐き気すら覚えてくるが、その苦しささえも先輩にぶつけ、真実味のある嘘を作り出す。  



「アルバート……あんたちょっと言い過ぎじゃないかい」



 刺々しい雰囲気に酒場が一瞬で静まりかえり、サティおばさんが宥めようとしてくるが、



「関係ない奴は黙ってってくれ……俺はこいつのせいで人生を棒に振ったんだよ」

  

  

 世話になっているサティおばさんも所詮は他人と拒絶する。

 俺の言っている事は間違っちゃいない。

 間違っちゃいない。

 アルバート・マガミは、魔女ロスフィリアのせいで、約束されていた未来を失った。

 先輩が卒業直前に、プロになる前に新型箒で起こした事故。

 あの事故の原因は先輩が全て悪いとなっている。

 だが真実は逆だ。

 俺の所為でロス先輩は、未来の世界王者は死ぬところだったんだ。

 それなのに先輩は、俺を庇いやがった。

 口下手なくせに、その拙い口調で嘘を突き通しやがった。

 今の俺はその嘘を何時しか本当と思い込んで、先輩を逆恨みした最低な人間。

 信じ込む。

 自分を最低な人間だと自覚し思い込む。

 先輩に愛想を尽かして貰う為に。

 こんな奴に自分が向ける感情は、嫌悪で十分だと知って貰う為に。



「見せ物気分で触れてくんじゃねぇよ爺どもが」



 どうせ島を出るつもりだったんだ。

 こうなれば徹底的に最低な人間になってやろうと、やけくそ気味に周囲にさえ牙を向こうとしたとき、先輩が無言で立ち上がり静かな足音をたてながら俺に近づいてくる。

 

   

「…………」



 椅子に縛り付けられたままの俺の眼前に立ち見下す目にも感情の色はない。

 表面上からは何を考えているか読めないが、口汚く罵られて気分がいいはずがない。

 このまま頬の一発でもはたいて出て行ってくれれば、 

  


「アル……めっ……目上の人……お世話になっている人……口の利き方……駄目……お仕置き」



 椅子に座る俺に目線を合わせてしゃがみ込んだ先輩は、俺の両頬を掴んでまるで幼児を諭すような口調で叱りつけて来やがった。

 無表情でお仕置きと称してグニグニと俺の頬をいじくり回す先輩の行動に、周りは唖然としている。

 自分が口汚く罵られたことなど気にもしていなくて、俺の礼儀知らず、恩知らずな態度の方に無表情だがお怒りのご様子だ。  

 …………そうだった。こういう人だった。

 マイペースすぎて空気を読む能力が皆無で、読む気も無い人だった。



「………………」



 周囲から向けられる無言の視線が痛い。

 なんだこの茶番と言いたげな目ばかりだ。

 さすがにこの状況で先ほどまでの悪態をはいても、シュールな光景でしかない。

 どうすんだよこの状況。

 いろんな意味で進むも引くも出来無く無くなった俺を尻目に、ある程度やって満足したのか頬から手を離した先輩は立ち上がると、自分が座っていた椅子の方へ何も言わず戻っていく。

 そのまま愛箒のアルバトロスと一緒に置いてあった長距離飛行用小型携帯鞄を開けると、中をごそごそと漁り、すぐに一枚の映像記録ディスクを取りだす。

  


「…………再生機……」



 ディスクを持った先輩はサティおばさんに近づくと、むんずと突き出してその一言だけを言い放った。

 どうして欲しいかは何となく判るが、もう少し態度や言葉を足してもいいだろ。



「えーと、見ればいいのかい?」



 理不尽な酔っ払い相手になれているサティおばさんですら困惑しつつそう聞くのがやっとだ。

 しかも先輩は頷くだけですむはずのその問いかけにすら答えず、とっとと席に戻って椅子に座ってモニターに目を向けているし。

 いや、まぁ、今日が初対面のサティおばさんに自分から話しかけただけで、先輩を知る俺からすれば驚愕の事態なんだが。

 先輩……あんたにだけは礼儀云々で説教されたくねぇよ。   

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