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ブルームショップ『アルバトロス』へようこそ  作者: タカセ
序章 アルバトロスの来訪
2/19

絶対王者の誕生そして寿引退

『残り時間はいよいよ5分! 前節で早々と優勝を決めた『冷徹魔女』ロスフィリア! なんとここまで一度の墜落どころか被弾も無いパーフェクトゲーム! 最高峰のグランドカップでパーフェクトを決めた魔法使いは未だ皆無! 前人未踏の領域に挑む若き女帝をなんとしても落とそうと、歴戦の魔法使い達がチームを組み始めた!』  



 酒場に充満した煙草やらなんやらの煙でちょっと霞むモニターには、ジャンクヤード群島から見て裏側、世界を半周した位の位置にある大国マークライド共和国で行われているスーパーブルームバトルグランドカップ最終戦が生中継されている。

 箒とは名ばかりのカウルのついた先鋭的なデザインのカラフルな競技用箒にまたがった魔法使い達が、大空を自由に駆け回りながら落とし落とされつつバトルを繰り広げていた。

箒を使った競技は数多くあれど、単純かつ一目瞭然なルールのおかげで一番人気なのが、空中ガチンコ戦闘『ブルームバトル』なのは俺が学生時代の頃から変わっていない。

 空を飛ぶ為の必須ツールである魔法箒は、魔素を取り込んだ術者が変換した魔力で飛んでいる。

 だから魔力が無ければ落ちるってのは、子供でも判る自然法則。

 箒の先から打ち出す魔力消失効果を持たせた単発式特殊弾を術者に当てれば1点。

 蹴落とすなり。魔力を一時消失させるなり、とにかく墜落させれば3点が基本かつ唯一のルール。

 格闘戦、砲撃戦、何でもありで相手を落とせば良いという、古きゆかしき蛮族めいた単純明快な代物だ。

 ブルームバトルの中でも、世界各地を転戦して行われるスーパーブルームバトルグランドカップ。

 通称『SBG』は、熱狂的なファンも多く、その最終戦ともなれば、視聴者数は単純計算で億単位というにもなる世界的なスポーツイベント。

 ただ今年は事情が違った。

 数年前のデビュー直後から頭角を現していた若手魔女が、今年はオープン戦からなにやら確変状態。

 連戦連勝、最多得点と記録更新のラッシュで最終戦前で、空気も読まずに早々と今期優勝を決めてしまった。

 最終戦といえど単なる消化試合。

 行きつけの酒場でも試合は一応は流しているが、途中まではいまいち盛り上がりに欠けていた空気だったのが、後半に入った辺りからパーフェクトゲームめいた空気が出て来てごらんの盛り上がり具合だ。



「さぁ! 張った張った! このまま冷酷魔女が完全試合を決めるか! それとも誰かが一矢報いるか! 大サービスだ! 終了二分前まで受け付けるぞ!」



 顔見知りのノミ屋なんぞ、昨日までは客がいないと閑古鳥が口の中に巣でも作ったかのように、口数が少なかったのが、どうやら無事に追い出せたようで、大はしゃぎの大盤振る舞い振りだ。

 箒の最高速度、旋回性、加速率は箒の性能と術者の魔力に依存し、相手を落とす為の魔力消失弾も術者の魔力依存。

 調子に乗って消失弾を打ちまくれば、魔力足らずで自分の足が遅くなってタコ殴り。

 かといって、逃げてばかりじゃ点数無しのチキン野郎。

 魔力が戻れば終了時間まで何度でも復帰可能な上に、強者対策で選手同士の共闘も可。

 試合は何時だって乱戦模様ってのが当たり前なんだが、冷徹魔女、冷酷魔女、氷の女帝様なんぞという本人を知ってりゃ笑える二つ名がいくつもついたあの女は、その辺りの駆け引きには、昔から天才的な勘を持っていたんだが、今日は特段に神懸かっていた。

 相手は同レベルの世界最高峰の魔法使い達だってのに、未来が見えているんじゃ無いかって位の精度でびしばしと当てまくり、何時第三の目に開眼したんだって位に全ての攻撃を紙一重で避けていやがるようだ。


   

「おや、アルバート。あんたは他の男みたいにかぶりつかないのかい? それ以前になんでうちの店で縫い物だねあんた」  

 


 両腕にジョッキを抱えた酒場の女将さんが、そんな酒場内の喧噪から少しばかり外れて、隅の席に陣取り、マントに刺繍を施している俺にいぶかしげな視線を飛ばしてきた。



「仕事だってのサティおばさん。明日の祭りに出場するってのに、前日まで練習して壊しやがった馬鹿がいて、前倒しで修理班出動で前金もらった」



 魔力増幅機能を持たせた魔具でもあるマントに縫い付けた魔力糸導線を確認ついでに、サティおばさんに掲げてみせる。

 マジックブルームショップ『アルバトロス』の店長の名はアルバート・マガミ(19)そして従業員の名もアルバート・マガミ(19)

 つまりはアルバトロスは俺一人で切り盛りしている零細店舗。

 来るにも去るにも箒が欠かせないジャンクヤード群島には、マジックブルームショップは数多いから、手間賃僅かな簡易修理だろうがなんだろうが、仕事を選り好みなんてしている余裕なんてない。

明日はジャンクヤード全体が盛り上がる年に一回の大祭。

 マジックブルームを使った競技もいくつも開催されるとあり、どこのショップもカスタム箒で出場したりと大わらわ。

 しかも今夜は奇しくもSBG最終戦。

 職人連中は全員モニターに釘付けで、どこの店でも修理を断られ、困り果てた出場者が大会本部に泣き付いて、当日修理班に廻る予定だった俺におはちが回ってきたわけだ。



「あぁ、それで何時もなら野菜スープのみのあんたが、今日は肉入りスープを頼めたわけかい」



 サティおばさんの店はスープを頼めば無料でパンが1つつく。

 野菜スープとパン。

 これだけで人は生きていけるが、心が貧しくなるのは致し方ない。 



「二ヶ月ぶりの肉……涙が出るくらい上手かった。ムカデと違って柔らかいし苦くないし最高」   



 細切り肉が申し訳程度に入っている程度だがそれでも肉だ。

 ムカデと違って危なくないし最高だ。



「アルバート。あんたね……もうちょっとマシな食生活しな。早死にするよ。早く嫁さんでも見つけて結婚したらどうだい?」



「嫁さんと喰うか喰われるかの生活だっての。食的な意味で」



 一人でもカツカツなのに、余計な物を抱え込めるほど。生活に余裕はないと胸を張って宣言できる。

 朝起きて横に肉があったら我慢できる自信が無い。

 カニバリズムまっしぐらなバットエンドロールに到達間違い無しだ。

 

    

「色気より食い気かい。飯屋で気色悪い話するんじゃないよ……あんたこのままじゃジャンクヤードじゃ無名の若造のまんまだよ。腕は立つんだから、もうちょっと営業努力としないのかい。明日の祭りなんて良い宣伝になるのに、あんた当日も修理班なんだろ。アレならあたしが大会本部にねじ込んで、乗り手も見繕ってやるよ」



 サティおばさんは酒場の店主であり、この辺では顔役の一人。前日夜でも特別枠に入れたり、乗り手を見つける位はわけはない。

 以前ちょっと仕事で世話になった縁で、俺の腕を買ってくれている。

 認めてもらえるのは技術者としちゃ大変ありがたいんだが……



「いや、ほら俺も逃げて来た口なんであんまり名は売りたくねぇから。地味に一人食うに困らず、箒を弄れりゃ満足、満足」  



「夢がないね……お望みの地味な仕事をいくつか回してやるから、その気になったら尋ねてきな。紹介料はきっかりもらうけどね」



 冗談めかして答えつつも俺が拒否の姿勢を見せると、サティおばさんはあっさりと引き下がってくれた。

 ジャンクヤードには過去を詮索されたくないのなんて五万といる。

 一線を超えないようにしつつも、気を使ってくれる辺りが顔役たる所以なんだろう。

 


「ういっす。全力でやらせて貰います」



「全く調子が良い奴だね……あんたくらいの腕がありゃ、上手くやれば今頃は向こう側だったんじゃあないのかい?」



 あきれ顔のサティおばさんが指さした先では、残り数秒となって自分以外の全てを敵に回しながらも、縦横無尽にフィールドを駆け抜け、一撃で沈めていく魔女の姿が映っている。

 そしてあっさりと試合終了を告げる鐘がモニターから聞こえてきた。



『試合終了! ロスフィリアなんとグランドカップ最終戦において非撃墜、無被弾の完全勝利! しかも! しかも年間においての勝利数! 得点数! 撃墜率全てが一位! 全ての魔法使いの頂点に立つ絶対王者たる女帝が誕生! その名は『冷徹なる女帝』ロスフィリア!』



 モニターから、実況者の叫び声が新たな伝説と、二つ名の誕生を伝え、酒場全体が大歓声に包まれる。

 賭で勝った奴も負けた奴も無い。

 無数の乾杯の声と、あの魔女を称える歓声が沸き起こる。

 掛け値無しの賞賛を送るしかない、パーフェクトな勝利。

 沸き立つ会場や目の前の酒場の光景が、今頃は世界中で繰り広げられていることだろう。



「……んな事、あり得ないっての」



 沸き立つ集団を俺はどこか冷めた目で見ながら、追加注文で大わらわになったサティおばさんに聞こえていないと知りつつも、先ほどの質問に一人答える。

 グランドカップ史上初の完全勝利と聞いてもあまり驚きはない。

 何があったか知らないが、あの気合いの入りようならやりかねないってのは、昔のよしみで知っていたからだろうか。

 どうにも乗り切れず、それにあまりに五月蠅くて仕事を片手間にやれる状況じゃない。

 明日の朝までの仕事だし、持って帰ってとっとと終わらせようと席を立とうとし、



「おしゃぁ! 今日は俺の奢りだ! サティさん! 今日の飲み代は全部持ってやる! 新たなる女帝誕生祝いだ!」



 ブルームレース狂いで知られる大店の店主の声が店中に響き渡り、俺はそそくさと座り直す。

 あの程度の片手間仕事なら後でいくらでも出来る。

 ここで喰い貯めしなければ、次は何時腹一杯になれるか判らない。

 まずは食。それから職だ。

 自分に言い聞かせながら、俺は早速メニューから腹持ちがする物を吟味し始めた。








「お前ら少し黙ってろ! 女帝が来るぞ!」



 どんちゃん騒ぎが始まって10分。

 誰かの声が響いた。

 酒場が一瞬静まりかえり、皆の目がモニターへと一斉に注がれた。

 今日の試合のハイライトと解説を流していたモニターが、食べ物を詰め込むのに夢中でいたせいか、いつの間にやら優勝式の生中継映像へと切り変わっていた事に気づかなかった。

 熱狂の残滓はまだまだ熱いのかモニターの向こうの会場からは、優勝者の名を繰り替えし叫ぶ観客の声と、少しでも良い映像を取ろうと表彰台前につめかけ押し合う報道陣の姿が印象的だった。

 そんな周囲の喧噪とはまるで別世界。物静かにたたずむ女性にしては長身の魔女がいた。

 白髪めいた銀色の髪と、どこか遠くを見ているようなアメジスト色の瞳。

 無愛想を通り越して無表情に近い真顔だが、かろうじてというべきか人形めいた美貌のおかげで、人目は引けるだろう。

 後生にまで語り継がれるような試合後だというのに、その魔女に感情の色が見えない。

 嬉しいのか、どうでも良いのか、それすら判らない。

 相変わらず何を考えているか判らない奴だと思うが、世間一般から見るとアレがクールとか格好いいと見えるんだから、美人はお得だ。

      


『ロスフィリア選手。まずは優勝おめでとうございます』



『…………』



 怯むな司会者。

 ぺこりと頭を下げたりと最低限の反応を見せているが、一言も発しない魔女に困っているようだ。

 安心しろ。あんたは悪くない。



『え、えぇ。今回の最終戦。既に優勝を決めた後ですがまさかの完全試合! グランドカップにおいては初の偉業という事ですがお気持ちは!?』



『……』



『ロ、ロスフィリア選手は感極まって声も無いようです」


 

 上手いこといったなおっさん。

 魔女が少しでも良いから感情を見せていれば、それも通用しただろうが、あいつは無表情のままだ。

 インタビュアー泣かせの『冷酷魔女』は何時もそんなもんだと、判っているマジックブルーム関係者はいいが、今回初めて見た連中は困惑するだろう。

 なんで嬉しげな表情の一つも見せないのだと。

 勝って当たり前、むしろなんで勝てないとか、傲慢に思っているならまだ良い。

 あの魔女にそんな感情すら期待するのが無駄という物だ。

 あいつは勝ち負けはどうでもいいというタイプ。

 箒に乗れさえすれば満足。

 好きで乗っていて、そこで十分。

 その先は望まないし、こんなインタビューとかに答える暇があれば、乗っていたいと思う箒中毒者だ。

 そこに基本的に人見知りの無愛想な口べたで、天然気味のマイペースな性格が重なり合い、どう答えて良いのか判らずあの反応になるのが本人の弁。

 しかし、それでも、それでもだ、世界最強になった場でも、ここまで感情を見せないとは思わなかったあのアホウドリ。

 さすがに優勝者のコメントが一言もなく、インタビューは終われそうもねぇ。

 何でも良いから一言で良いからコメントを言わせろ。

 そんな無言のプレッシャーが司会者には世界中から集まってそうだ。

 頬を伝わる汗は興奮の物では無く冷や汗。同情するしかねぇ。

   


『つ、次の目標はなんでしょうか? 来期の優勝でしょうか、それとも気は早いですが新たなる前人未踏3連覇が夢となりますか?』

   


 うん。とでも、はいでもいい。

 一言で良いから言葉を発してくれと祈るような気持ちがにじみ出た必死さに、さすがにアホウドリも感情が動いたのか、ここで初めてインタビュアーの方へと視線を向けた。



『……お嫁さん』



 だがアホウドリはアホウドリだった。

 無表情のまま、この場に似つかわしくないにもほどがある単語をぽつりと発しやがった。



『え、えと、す、すみません。もう一度お願いできますか』



『お嫁さん。アルのお嫁さん……約束した。世界一になったら結婚してくれるって』



 カメラの方を向いて、今度ははっきりと声を発しやがったあのアホウドリは。

 世間一般では公開プロポーズという奴なんだろうかと、くらくらする頭で現実逃避気味に考える。

 あり得ないんだが、モニターの向こうのあいつと目が合った気がした。

 そしてまことに遺憾ながら、俺にはその約束というか与太話に覚えがある。

 学生時代に下手な冗談を言いやがったなと、適当に受け流したが会話した記憶がばっちりとありやがる。



『ロスフィリア選手!? 今のは一体!? というかお相手は!?』 



『…………』



 いきなりの公開プロポーズに慌てる司会者を無視して魔女が両手を頭上に掲げる。

 人が空を手に入れる為に、必要とした装飾魔術服もマントもあいつは本来必要としない。

 あいつは、ロスフィリアは、天然の魔女。

 何もない虚空に光の粒子が走り、空間が裂け、少し古めかしい箒が姿を現す。

 先ほどまでロスフィリアが乗っていた大手ワークス製最新型箒と比べれば、数年前のデザインで非力で、加速性能も格段に落ちる物だ。

 まだ持ってたのかあいつと呆れ気味に、だが懐かしく思う。



『優勝したから私は引退……チームアルバトロスの復活』



 箒の柄に描かれた大きく翼を広げるアルバトロスの絵柄が、一瞬だけモニターに映ったのに気づいた者がこの場にいないことを祈る。

 うちの店の看板と同じ絵柄の箒に乗った魔女は、あっさりと引退宣言をすると、唖然としている会場やらマスコミを尻目に、空へと舞い上がっていた。 

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