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開店準備

 サティおばさんから借り受けた店舗兼住居は、おばさんの店がある本島中心部から歩いて15分くらいの海にほど近い海岸近くに建っていた。

 元々は雑貨屋だったという店舗部分は、その面影が無くなるほどに綺麗に改装されていて作業場と一体化したブルームショップ仕様になっている。

 この辺は、群島がジャンクヤードと呼ばれる前、まだ聖地と呼ばれていた頃の海上都市の遺跡群が集中した観光スポット。

 波が穏やかな日には、浮遊魔力の効力を失い海中に没した古代都市の壮観な姿が拝めるとあって、島外からの物好きな観光客や小金を持つ連中向けのホテルやコテージが建ち並び、群島の中では治安が格段に良い区域だ。

 先輩の身の安全を願う俺としては、その辺の条件に文句は無いが、ブルームショップを新規オープンするとなるとまた別問題。

 絶海の孤島群であるジャンクヤード群島に来るときはもちろんとしても、群島内の移動にも箒は欠かせない日常の足。

 それは観光客でも変わらないわけで、既にこの辺りには、小洒落た箒やら解説機能付き、観光コース自動巡回式など様々な特化タイプ箒のレンタル店舗やら、客が乗ってきた箒のメンテナンスを専門とするブルームショップなどが揃っている。

 いわゆる同業他社の多い激戦区。

 そんな所に実績がほとんど無い若造である俺が乗り込むんだから、苦戦は必至だ。

 潰されずに対抗する手段が無いわけではないが、それを使ったら俺は自分から逃げ場を失う。

 ……現ブルームバトル世界チャンピオン御用達って肩書の重さと意味。

 箒作りの端くれとしその価値を知るだけにおいそれとは使えず、そして先輩に対する負い目を背負うわけにも行かず、その手だけは使うわけにはいかず、結局の所は自分の腕と経営戦略でどうにか乗り切るしかない訳だ。

 サティおばさんの話じゃ、ここでブルームショップをやらせる若手職人を丁度探していたとの事。

 そこにたまたま俺がのこのこと出て来たと……運が良いんだか悪いんだか。 

 オープン日に向けて、俺は急ピッチでサンプル箒の組み立てを開始していた。









「アルバート! 持ってきたよ! これはどこ置けば良い?」



 箒に乗ったまま店内に飛び込んで来たエミルが、箒の先端にぶらさげていた木箱をカウンターの上に重い音をたてながら下ろす。

 箒には軽量化の術式が組み込まれているので、大人2人がかりでようやく持ち上げられるような木箱でも軽々と持ち上げが可能だ。



「重いのに悪いな。仕分けは俺がするから、お前はちょっと休憩してろ。カミオンとあの女は?」



 オープンに向けて何かと忙しい俺の手伝いを、エミルとカミオンの二人が箒の整備料と祭りの時のアドバイス代の代わりだといって、無償で手伝ってくれていて、先輩はその指導役として一緒に行っている。

 2人の手伝いは正直にありがたかったので、存分にこき使わせてもらっている最中だ。

 何せ先輩の場合は飛ぶことしか能が無いくせに、やる気だけはある。

 好きにしろと言って下手に片付けをさせても、後がさらに面倒な事になる上に、店にいると野次馬を集める宣伝効果を持つので、正直にいえば仕事がしにくい。

 どこか外に行ってもらってる方が助かるってのが、俺の本音だった。

 エミル達の指導役という名目で、外に行ってもらえたのは嬉しい誤算だ。 

 そんな臨時バイトのエミルが持ってきたのは、俺が格安で借り受けていた倉庫街の旧店舗そばのストックヤードに置いてあったパーツの一部だ。

 箒を使っているとはいえ既に数往復しているので、エミルは汗びっしょりだが元気その物だ。

 さすが島育ちの無尽蔵な体力と素直に感心するが、まだまだ往復は必要だから小休止だ。



「荷運びはボクの方が早いからね。カミオンは遅いから置いてきた。フィリアさんは少しやることがあるからってあっちに残ってるよ」



 エミルは勝ち誇るように胸を張る。

 事ある毎に張り合うライバル関係は、こんなちょっとした事でも変わらないらしい。

 しかしやる事ってなんかあったか先輩?

 鍵を閉めるくらいしか思いつかないんだが



「そりゃ箒の特性だ。あいつの箒は瞬間最大荷重量に優れてるタイプ。荷重状態での速度維持ならエミルの箒が勝って当たり前だっての」



 作業の手を止めた俺は、氷結魔具を入れたクーラーボックスから取りだした缶ジュースをエミルに投げ渡し、箱を開け中身を確認していく。

 箱にはナンバリングを振って、取り違えのないように手持ちのノーパソで管理しているが、目視確認は基本だ。

 中に入っているのはこの周辺に散らばっている群島に無数に存在する遺跡から持ってきたジャンクな品々。

 加工されている石だったり、動物の骨やら、耐腐食コーティングされた植物の蔓だったりと、統一性の無い物ばかりだ。



「ねぇねぇアルバート。これとか何に使うの? ボクんちの作業場じゃ、こんなに色々な材料を見た事無いよ」



 ちびちびとジュースを飲みながらエミルは、俺の背後から箱の中をのぞき込んでくる。

 エミルの親父さんのザルドさんは俺より遥かに格上の箒作り。

 何度か作業場にもお邪魔させてもらった事もあるが、ザルドさんの作る箒と同じく理路整然とした無駄の無い作業場と材料のチョイスだったのが印象的だ。



「この辺の素材が使われてた頃とじゃ製造技術が格段に違うから、今じゃ安価で扱いやすい代替え人工品も多いからな。ただジャンクヤードじゃ素材はそうそう手に入らないし、値段も高く付く。だったら扱いは難しいが無料で手に入るこっちの方が、俺みたいな貧乏箒職人には良いんだよ」



 臭い物には蓋じゃ無いが色々とややこしい事情を持つ故に、正規の定期便など無いから、島外からの物資搬入には闇業者が関わっているので、よほど強力なコネでも無ければ値段は正規品の数倍なんてザラ。

 普通に生活している分にはどうにでもなるんだが、本格的に商売をやるとなると厳しいってのが切実な問題だ。



「それにここらの素材ってのは、島の外じゃ稀少品だから少しは売りになるからな。まともに商売をやっても難しいから、色々と試すにはこっちがうってつけだ。こっちの風見花の種なんかは、他の材料と組合わせりゃ箒から放出する推進魔力をしばらく空中に留めたり、7色に彩ったり出来て派手好きな奴にはお勧めだぞ」



 壊れた太古の魔具を1つ手にとってばらして中に納められていた胡桃大の石のようにゴツゴツとした絶滅種の種を1つ取り出す。

 風見花は送り込まれた魔力に色づけする習性を持っている装飾系パーツ。

 魔力に色づけするパーツは色々と種類があるが、風見花の種は送り込む魔力量調整は難しいが、色合いの自由さやら同時発色可能と、職人としての腕の見せ所だ。



「いくつか作るつもりだから、練習用にお前らの箒にも組み込むか?」



「いらない。放出魔力を残したり色を変える効果って、魔力の無駄使いで意味ないでしょ」



 俺の提案に興味なさげなエミルは、なんだとつまらなさそうな顔を浮かべる。



「お前ほんとダウンクラッシュ一点主義だよな。島じゃあんまり流行ってないけど、一部の競技とかイベントや式典なんかじゃ結構使ってるぞ。ほら、これとかな。飛行技術がすごいから見とけ。しかも飛行軌跡が分かり易いからお前にも参考になるだろ」



 理論で判るカミオンの奴と違って、エミルの場合は見せた方が早い。

 ノーパソを引き寄せて、手持ちの動画ファイルを呼び出す。

 俺が呼び出したのは学生カップの最高峰イーグル杯で開会式に行われる前年度優勝校による飛行式典の映像だ。

 色取り取りの魔力を放出しながら空中で交差する魔法使い達の残した、残留魔力が絡み合い空中に無数の図形や絵柄を描き出していく。

 飛行位置、交差速度、放出魔力量、そのどれもが計算され尽くした一点の歪みも無い集団飛行は、目を見張る物があり、先ほどはつまらなそうに言っていたエミルの目も一気に釘付けになる。



「うわ…………すご…………何これ!?」



 簡易だが空中に描かれたのはイーグル杯のシンボルマークの鷲の図柄。

 図柄の中心を魔法使いが通過する度に、波打つように魔力が広がり、鷲が色を変えていく。



「魔力と魔力の相互干渉色彩変化ってやつだ。こん時の指導監督が今までにやった事の無い新技術を見せつけるって張り切って、散々苦労させられたんだよ」



 開会式から一発かまして他の学校を飲んでやれという監督指示で、乗り手の飛行技術向上はもちろんのこと、俺ら裏方も色々と神技術習得やら、このためだけの魔具まで開発させられた。

 今となっては良い思い出だが、当時はこんなデモンストレーションに力を注ぐより、先輩らの箒の性能向上をした方が良いんじゃないかと、内心不満たらたらだったのは覚えている。

 実際には難しいが、やり甲斐のある指示で、複合的な能力向上によって部全体の質と士気が向上したんだから、監督の采配は間違っていなかったあたり、当時の俺がどれだけ視野が狭かったって話だ。



「これをやるには目印の無い空中で飛行経路をしっかりイメージするのはもちろんだけど、自分と相手の位置関係や箒への細かな出力調整にも常に気を使う相当高度な集団飛行だってのは、エミルも見りゃ判るだろ」



「うん。判る! すごい判る! こうがーって来てるんだけど、交差するときはサーって流す感じとか動きの一つ一つがすごいよ。魔力の痕跡で飛んでる軌跡で判るから良いね!」



 相変わらず擬音全開で感覚派のエミルらしい感想だが、こうやって目にみて十分に納得したようだ。 



「ダウンクラッシュで良い成績を取るのにも十分に応用できるだろうから、あとで初期段階の練習光景も見せてやるよ」



 完成形をまずは見せて、そのあと地味な練習光景。

 気分屋のエミルにはこっちの方が良いだろ。



「だっー! クソ! 負けた!」



 そんな事を考えていると、少しばかり後れてカミオンも到着。

 よほど悔しかったのか、ジュース片手にくつろぐエミルを見てギリギリと歯ぎしりしている。



「ふふん。遅かったねカミオン。ボクならもう一往復くらいできたかもね」



 そしてこの時ぞとばかりにあおるエミル。お前もいい加減にしとけ。喧嘩にでもなったらまた先輩が切れるぞ。



「うるせぇ! 箒の特性差だろ! お前の技術じゃねぇだろうが!」



 大会後から俺の所に入り浸るようになったカミオンのほうは、俺から積極的に知識を吸収中な所為か、先ほど俺が指摘した事実で反論している。



「ほれ。騒いでないでお前もちょっと休憩しとけ。箒の特性差を肌で感じとく良い機会だったろ」



 大会によっちゃレギュレーションで属性が決まっていたり、レースによっては1走毎に属性を変更した別の箒での技術力を競う場合もある。

 複数の箒を用意したり乗りこなすには、金が掛かるわ、手間が掛かるはで、そんなのはトッププロクラスの大会になる。

 こいつらの最終的な目標というか、憧れというか、プロの箒乗りになりたいと2人揃って宣言したのは祭りの後からだ。

 ダウンクラッシュで優勝して見せたキグレの兄さんや、〆で行われたブルームバトルでの先輩を見て触発されたらしい。

 そんな2人にはちょっとした事でも良い勉強になるだろう。



「そうだけどさ。やっぱ悔しいじゃん……あーくそ美味いけど、なんかにげぇ」



 クーラーボックスからの新しい缶を取りだして投げ渡してやると、不満顔のカミオンは喉が渇いていたのか一気に飲み干した。



「そうふて腐れるなっての。気になるなら調整してやるからよ。おまえらの箒は使い切ってない余剰部分があるから、上手く変則機能を組み込んだりも出来そうだから、レース内容や展開で切り変えるってのも出来るぞ」



 子供が持つにはずいぶんと過ぎたものだとおもうが、家族のお手製と言っても、エミル達の箒は一流マイスターによる一級品。

 しかも素体状態で、カスタムする余地がありまくりで、見ているだけでも俺の勉強になる代物だ。 



「つけてつけて! ボクが先ね!」



「あってめぇエミル狡いぞ! 俺の方が苦労してるんだから先だろ」



「べー。早い者勝ちだよ。早い奴が偉い。箒乗りの常識でしょ」



 俺の提案にエミルが即座に食いつき、ちゃっかりと先約を取って、そこにカミオンもすかさず噛みつく。

 ここ数日で見慣れたけど、ほんとガキだなこいつら。喧嘩しなきゃ会話できないんだろうか。



「喧嘩すんなっての。それにエミルの方は良いけど、カミオンの方は大将。お前の所のひい爺さんの許可がいるけどな。今日は戻ってるのか?」



 ザルドさんの方は、エミルが望んでいるし、俺ならばと言うことで、箒を自由に弄っても良いという許可をもらっているので問題は無い。

 ただカミオンの方は、簡易整備ならともかく、本格的に弄るとなれば筋を通さなきゃならない。

 ただカミオンの曾祖父で制作者でもある珊瑚遺跡の大将ことアランの爺さんは、祭り後に近海で新しい水没遺跡を見つかったとかで、そちらの調査に行っていてまだ会えていない。



「親父の話じゃ昼頃には戻るって。でも別に良いのに。ひい爺ちゃんもアルの兄ちゃんの好きにやれって言ってたぜ」



「そうは言ってもな、一応は仁義つーか箒作りとして制作者に挨拶に行って直接に会って許可をもらうのは常識だからな。特におまえらみたいなフルオーダーの箒ならなおさらだ。夜にでも挨拶に行くか」



 そいつのために特化し製作された箒を、俺の考えの元に弄ろうってんだ。

 制作者に許可を得るのは当然の事で、面と向かって申し出るのが筋ってもんだ。



「アルバートってさ、箒関連にはほんと真面目だよね。私生活なんかは自堕落なのに。お店をやるとなったら本気でやる気みたいだし。やっぱりフィリアさんの影響?」



「なんでだよ。サティおばさんに借りておいて適当にやるなんて怖い真似できるかよ。あの人が今俺の生命線を握ってるからな」



 エミルの質問はわざとはぐらかして、俺は憮然とした顔で答える。

 情けないことに今うちの食糧事情は、朝、昼、晩とサティおばさんに頼り切りだ。 

 なにせ店を本格的にやるとなると、準備だけで手が足りない状況。

 今までのように食料調達に、週の大半の時間を費やすという自由なんてない。

 それでも俺一人なら、何とかするが、先輩がいる以上はそんな下手な事は……



「そういやカミオン。あの女はどうした?」



 いまだ戻ってきていない先輩の事に気づき我に返る。

 エミルの話じゃ、やることがあるからとのことだったが、俺は何も頼んではいない。

 と、いうよりも極力何かを頼むようなことはしたくないし、できない。

 既に詰みかけているような気もしないでも無いが、あの人に頼って何かを頼んだら完全に詰む。

 だから無難なことを。エミル達の監視役など、簡易なことだけを頼んでいる。



「さぁ。あ、でも良い物があったから早く終わらせるとか、何とかつぶやいてた気がする」



 激烈に嫌な予感がする。

 先輩は無表情であまり感情を示さないが、結構やることが大ざっぱというか大胆。

 何を見つけたかは知らないが、何往復もするのを煩わしく思った可能性がある。

 今からでもすぐに見に行った方が良いのでは無いかと思い、立ち上がり掛けると、外からざわめき声が聞こえてきた。



「何の騒ぎ……げっ!?」



 外に飛び出した俺の視界に飛び込んで来たのは、空中に浮かぶ木箱の群れ。

 その中心には箒に跨がる先輩の姿があった。

 先輩が跨がるアルバトロスの先端には、鳥かごのような形状の魔具がぶら下がっていて、その中では、無数の光の玉が散乱している。



「うわっ!? 何これ!」



 俺の後を追って出て来たエミルやカミオンも驚きのあまり言葉を無くしている。

 先輩が使っているのは、俺が試作中の範囲指定型結界魔具。

 箒を中心に周囲の空間を固定化して、箒と一緒に移動させるという代物だ。

 元来の目的は荷物運搬用ではないのだが、先輩は固定機能を利用して一気に荷物を運んできたようだ。

 ただあれ操作性が激悪で、未だ試作段階というよりも廃棄直前の失敗作なんだが……

 涼しい顔でそのまま裏庭に回って着陸した先輩は、とことこと唖然としている俺の方に来ると、



「……アル……改良点……ある……箒との魔力相性が……」



 魔具についての不満点への解説を滔々と始めだす。

 エミル。俺が箒に対してだけは真面目とか言ったな。

 それが先輩の影響だとも。

 それが正解だ。ぐうの音も出ないほどに。

 この人みたいに常日頃からマイペースで箒の事しか考えてない魔女の側にいたんだ。

 影響を受けるなってのが無理な話なんだよ。 

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