箒乗りは箒作りを知り、箒作りは箒乗りを知る
マジックブルームに限らず魔具の稼働に必要不可欠な魔力。
魔力とその元となる魔素に関する研究は、太古の昔から魔素発生地争奪戦と共に世界中で行われており、魔素の人工生成が可能となった今も日々研究は続けられ新たなる活用法が模索されている。
魔素の人工生成技術。
魔素から魔力への人工変換技術。
そして魔力蓄積技術等々。
魔法の箒、マジックブルームもその例に洩れず。
魔力を物質へと蓄積する技術が初期段階の頃は、飛行速度も低速で持続時間は1分足らず、飛びながら魔素変換を行わなければならず、魔素が濃い地域か、生まれながらに魔力変換、蓄積ができる天然魔法使いが必要と、とても実用的では無かったという。
現代では蓄積技術向上により、大容量魔力が搭載可能となり、高速長時間飛行が可能となっているわけだが、ブルーム競技においては、大抵の種目で搭載魔力量はあまり重要視されていない。
それは魔力搭載量=使える術の質、数となるわけで、魔力の多い箒が勝つという身も蓋も無い時代があった所為で、今では競技事に搭載できる魔力が厳密に制限されているからだ。
「……狙いが甘い……フラフラしすぎ……考えなさすぎ」
飛ぶことに掛けては自他共に容赦ない先輩は、エミルの飛び方を見て、無慈悲な宣告を下す。
カミオンの飛び方が標的を点で捉える交差機動を取る物だったのに対して、エミルの方は標的の魔力ボールを線で捉える追跡機動。
直径50メートルの結界フィールド月繰り出す壁面に当たり跳ね返ったボールの軌道に後方から合わせ、速度を上げて追いつき破壊した後、急速旋回しつつ次のボールへと狙いを定める。
これの繰り返しでクロスラインのボールを全破壊後に、ストレートラインのラストボールへと。
確実に1つずつ潰していくやり方で、同軸で追うので狙いやすく、ボールの追い越しによるミスを無くすベーシックな戦術。
ただカミオンのように直線で狙う軌道をとる飛び方よりも、ボールに合わせる為にどうしても飛ぶ距離は長くなり、必然的に時間も掛かる。
だからこの飛び方でダウンクラッシュを攻略するのに必要なのは、一定以上の速度維持と小半径で旋回する技術力。そして常に先を読み続け、次の軌道への最適解を出す頭脳なんだが…………エミルは基本直感任せの感覚で飛ぶ。
要は行き当たりばったり。
視界に手頃なボールが映るとそれを追いかけてしまう猫みたいな性格の所為で、処理するボールの順序とかを考えていない。
だから手頃な奴にすぐに飛びついて、それを破壊したは良いが、すぐに次の標的にいけずに、無駄な距離と時間を掛けている場面も多々見られる。
「ザルドさん。もう少しあいつに頭を使って飛ばせた方が良いぞ。マジで。それにやっぱりあの箒は早いだろ。性能を持てあましてるから大分落としたけど、あれでもまだケツの方がふらついてるじゃねぇか」
ザルドさん特製の新型箒は推力配分さえちゃんと意識すれば、高速飛行状態で超信地旋回もどきも可能な化け物じみた旋回力を発揮できる設計。
ただしそれを行うには、穂先の一束一束を意識し必要な方向、推力を配分する操作技術と、それを一瞬で判断する経験と回転の速い頭脳が必要不可欠。
経験不足はともかくとしても、エミルの場合、感覚で飛びやがるからそこまで細かい配分は普段から意識していない。
大体これくらいと勘で合わせ、行き過ぎたら即座に戻すという抜群の反射神経で補っている。
推力が低い箒ならそれでもさほど問題は無いが、ザルドさんの新型箒は、エミルの超反応に対応している所為で、戻し過ぎて、また逆に戻して、さらにまた行き過ぎて、また逆にと、反応が良すぎ所為で、旋回の事に穂先がふらつくことふらつくこと。
下手に細かい推力配分ができるだけに、感覚派のエミルとは相性が悪い。
さっきのアジャストで穂先の変動旋回力を落とし、反応速度も落として、化け物クラスから旋回特化程度に下げたから、大分飛びやすくなったと思うが、能力ダウンは否めない。
「エミルさんが望んだからね。一般の部で勝てる為に、もっと旋回能力を上げた箒がほしいと。娘の希望に応えたまでだよ」
「素直に腕あげろじゃ駄目なのか?」
「自分の足りない部分を自ら見つけない限り成長は出来無いからね。人に言われて、そのまま空を飛んで面白いと君は思うかい? 悩んで、迷って、自分に合った飛び方を見いだしてこそ楽しいだろ。無論エミルさんは可愛い娘だ。聞かれたらアドバイスをして、ほしいといったら、私にできる限り与えるがね」
「判るけど、それであれかよ。やり過ぎだろ」
ザルドさんの教育方針が独立独歩なのは良いが、当の娘は短絡思考なんで進むべき方向があってようが、間違っていようが、全速力なのが問題だ。
慣れりゃそのうちエミルのことだから、そこそこ乗りこなせるようになるかも知れないが、極めるって道にはほど遠いだろう。
正直な話、エミルもさっきのカミオンも、飛び方は自己流。
持って生まれた身体能力だけで、飛んでやがる。
読み書きできて、生活に困らない程度の知恵があれば良いジャンクヤードじゃ余興としてのブルーム競技が盛んだが、結局は遊びレベル。
別にそれが悪いとは言わないし、楽しめればオッケーというのにも共感はする。
でもだ。あいつらがもっとまともな指導を受ければ……
「……51メートル……あともう少し踏み込めばいいのに……」
そうこう考えているうちに、エミルもフィニッシュ。
まずは無難な高度で決めて来たが、あと2メートル下であれば得点が違った。
ここら辺も考えてない証拠だろう。
「もったいねぇな……一応聞くけど、俺がエミルらを手助けすんのはザルドさん的にありなんだよな」
「前も言ったろ。誰かが手助けをしようとしていて、その動機が金銭であろうが人助けであろうが、下心であろうが、受け入れる受け入れないはエミルさんの取捨選択。人を見る目は世界のどこに行っても通用する必須技術だから、存分に養ってほしいところだよ……どこかの誰かみたいに、有毒植物でダウンしていたのを拾ってきたら当たりだったときもあるからね」
「いい加減忘れてくれ。頼むから……その節はお世話になりました」
腹が減りすぎて森に自生していたキノコに図鑑頼りの素人知識で手を出したのが失敗だった。
たき火の煙に気づいたエミルの奴が偶然通りかからなかったら、とうの昔に俺は、食べるはずのキノコに美味しく頂かれていた。
ザルドさんは俺をエミルの恩人というが、俺にとってもこの親子は恩人であるわけで、むしろこっちの方が命が掛かっていただけ借りが多い。
とはいっても、俺の本職は箒作り。
上手く飛ぶ為の知識はあっても、実演してやれるわけじゃ無い。
理屈、理論だけじゃ、自己主張の強い箒乗りを納得させるのは難しいんだが……ここに実にぴったりな教科書がいるんだよな。
「……………………」
俺が横を見上げると、エミルの飛び方を見ていたはずの先輩はいつの間にやら俺の方を、正確には俺が調整中の箒をじっと見ていた。
先輩の出番は最後なんでもう少し時間はあるが飛びたくてしょうがないのだろうか。
しかし無言だ。やっぱり無表情だ。
これが常だと知っているからいいが、相手が小さな子供だったら軽いトラウマになるくらい無言のプレッシャーを感じる。
「あんたどう飛ぶ気だ。希望があれば合わせる」
沈黙に耐えかねて、俺の方から先輩の要望を尋ねてみると、
「……アルに任せる……私たちはアルバトロス……一心同体……」
全力ぶん投げかよ……ただ問題はブルームに関してなら先輩は俺の考えが読めて、何がしようとしているのか判っちまうって事。
そしてそいつは…………
「ほれみろ。この減り方。結構無駄にしてるだろ。ジャンクヤード祭は所詮お遊びだから魔力制限はないけど、これがプロ大会だったら大会期間中に仕様可能な魔力量は制限をくらうから、もっと効率的に飛ぶぞ」
制御リングに埋め込んだ人工宝石である無属性魔力結晶に残る魔力残量をカミオンに見せながら、ノーパソに飛行軌道と加速状況を表示させる。
急減速と急加速を繰り返す飛び方は別に悪いわけじゃ無いが、もっと上手く飛ぶ方法はいくらでもある。
「でも魔力は無制限なんだろ関係ねーじゃん」
「数字で見せた方が早いな……こっちは少し前のデータだけど、ダウンクラッシュの学生大会でお前と同じような飛び方をしている人の稼働データな」
カミオンのグラフに、在学時代の先輩の一人のデータを重ねあわせりゃ一目瞭然だ。
先輩のデータでは放出出力は波を打ちながら徐々に右肩上がりにあがっているが、カミオンの場合は、振り幅がでかすぎの山折り谷折りの繰り返しで、最大出力自体は上がっていない。
「見りゃわかるけどお前の場合は、減速しすぎ加速しすぎで無駄に魔力を消費してる。そしてその分だけ時間と距離も後半になるほどロスしているの判るだろ。魔力使用量を抑えろってんじゃなくて、これより少なくても早く飛べるぞって事だ。判るか?」
「…………悔しいけど、判る」
画面をのぞき込んだカミオンは真剣な眼差しで表示データを見比べて、悔しげに奥歯をかんでいる。
「学生クラスでも世界大会出場者だからな。すぐにこうしろ、これが出来無きゃ駄目だって訳じゃねぇから気にすんな」
エミルは完全な感覚派だが、カミオンの方は飛び方を見れば判ったが、バ……生意気そうな見た目と汚い言葉遣いに反して、どちらかと言えば堅実的理論派だ。
標的の軌道を予測し最短距離、最大加速で一撃必殺。
感覚でやれるような奴もいるが、動きを見る限り停止時間が気持ち長いので頭の中で計算して狙っているようだ……それも時間ロスな訳だが。
「……なぁ、どうすりゃこんな線で飛べるんだよ。実際の映像ってねぇの?」
「映像は無いな。整備用にデータだけだから。別の奴でいいならそのうち見せてやるよ」
そのうちな。そのうち。
先入観を持たず、リアルで見た方がインパクトは強いからな。
「判った……サンキューな兄ちゃん。エミルの知り合いだから、適当な事を言うかと思ったけど結構勉強になる」
カミオンは画面から目を離し顔を上げると、俺に向かって頭を下げた。
口は悪いが一応の礼儀作法っていうか、感謝するってのはちゃんとできるようだ。
そこら辺は珊瑚の大将の教育だろうか。
あの爺さんは、仁義やら義理には五月蠅いからな。
「そりゃ良かった。つーかこいつと一緒にすんな。エミルお前、適当ってどうせ擬音混じりの説明しただろ」
「適当じゃない。聞かれたからボクの飛び方を教えてあげたのに、カミオンが馬鹿にしたんだろ」
俺に指を指されエミルが頬を膨らませ、抗議の声をあげる。
「上手く曲がるコツが、ぎゅーんって感じで飛んで、ずばっと切り込めば曲がれるで、どう判れつーんだよ。馬鹿にしてんだろ」
「馬鹿にしてない。いいよ。二度とカミオンには答えてやんないんだから」
「はっ! こっちも教わる気はねぇよ」
口喧嘩を始めてにらみ合いになるガキ2人組。
背後に先輩が降臨しているんで、互いに手を出さないのはいいが、飛び方も対照的だったが相性が悪いなこいつら。
「昔はエミルさんとカミオン君は仲が良かったんだけど、それが発端で喧嘩になって今じゃライバルだからね。是非ともこれからもエミルさんと張り合って熱い試合をしてほしいものだよ」
寛容というか、いい試練と思っているのか、椅子に座ったままレース観戦を優雅に楽しむザルドさんは暢気な言葉をこぼす。
「おじさんに悪いけどエミルなんかにに負ける気は一切無いからな。二走目で見てろよ。俺に箒を折られてた方がまだ良かっ!? ぎゃぁぁっ!」
根は悪い奴じゃないんだろうけど、口が悪い。あと少しバカだろお前。
その人は、冗談とか通じないから気をつけろって最初に忠告してやったのに。
不用意な軽口を聞きつけた先輩が、空からカミオンへと興味対象を移し、再度その頭を掴んでギリギリと締め付ける制裁を加え始めた。
「……箒……大事……いって判らないなら……おしおき……」
「ぎぁっ!? う、嘘です! じ、冗談です!」
「……冗談でも壊すとか駄目……箒は大事に……」
おー宣言通り可愛がってるな。
箒乗りとしての心構えを、しっかりと埋め込むつもりのようだ。物理的に。
「ひぎっぃ! いいまっ! せん! 二、二度と!」
「……なら……良し……」
悲鳴混じりの約束をきいて、先輩がようやく手を離す。
カミオンのこめかみの辺りにうっすらと跡が残っているんだから、相当強い力で締め上げてるな。
その横ではエミルがぶるぶると震えていた。
下手にカミオンを茶化したら、自分も制裁対象になると判っているのだろう。
「お、おっかねぇよ。この姉ちゃん。に、兄ちゃんこの人マジで世界王者のロスフィリアなのか? 雑誌とかだとすげークールなのに」
先輩のお仕置きから解放されたカミオンが、びくびくしながら俺に小声で尋ねてくる。
取材やインタビューでも寡黙というか、他者には何も反応をしないので、クールビューティやら冷酷魔女などと呼ばれていたが、先輩の場合は基本人見知りなだけだ。
あまり他人に関わるのが好きで無く、得意でも無い。
「だから言っただろ。怒らすと怖いって……下手な事すんな。とばっちりが俺に来る」
ただ監督の影響か、未熟な箒乗りを見ていると刺激を受けるのか、先輩から見て後輩連中である俺の先輩方には、他校を馬鹿にしたり、箒を粗末に扱うなど粗相があったときは厳しい先輩として恐れられていた。
そして誰かが激怒させたときは、部員のカンパで購入した資材で俺が先輩の箒をカスタマイズズするのが恒例の鎮め方として定着していた。
今もこの方法は通用するだろうが、金が無いから勘弁してほしいところだ。
「んじゃ次はエミルな。つってもお前の場合は単純。人の飛び方を見ろ。頭使え。以上」
「なっ! つ、使ってるよ! それにボクだけ短すぎない!? カミオンには色々細かい事を言ってたのに贔屓だ!」
俺の直球な駄目出しにエミルがぶうたれる。
「お前、頭の先からつま先まで感覚派だろうが。言って理屈で理解できんのか?」
「で、できるよ。こうがーと行きすぎてるから、がっと決めて、ひらっと旋回するとか、そういう事でしょ」
エミルが言いたい事は何となく判るが、お前のそれは間違いなく理論理屈じゃ無くて感覚だ。
「……とりあえずお前は他の連中の飛び方を見てろ。どういう意図で動いていたとか、そう飛んだからどういう結果になったとかな。そうすりゃ判るから」
こいつはデータを見せて理屈を説くより、繰り返しいろんな奴の飛び方を見て覚えた方が早い。
上手い奴、下手な奴、風にのる奴、風を使う奴。
箒の使い方なんぞ千差万別だが、そのどれもがエミルには勉強になる。
それらを参考にして、自分の飛び方を見いだせばいい。
純粋というかバカ正直な所為で、吸収が速いのがエミルの特徴であり持ち味なんだが、今ひとつ理解していない……短絡思考だからな。
会場の方を見てみると1人が丁度降りてきて、次のプレイヤーが空へと上がっていくところだった。
あの箒と人相は……
「丁度いい。さっきの兄さんか。お前らこれから飛ぶ奴を見とけ。たぶんそこそこ、いや、かなりやるぜ」
上手い箒乗りは上昇の仕方を見ればすぐに判る。
スムーズな加速にぶれの無い柄先。
長距離もやるような事を言ってたが、なかなかたいしたもんだ。
コンパス無しの、地図のみで長距離を飛ぶレースなんかじゃ、ほんの少しのズレが後々酷い事になる。
まっすぐ飛ぶは、箒乗りの基本。
基本中の基本が上手い奴が速い……どれだけ実績があろうと新入部員には、まずは基本練習を繰り返させる方針だった監督の受け売りだが、これは間違っていない。
「…………アル……彼と知り合い?」
「いや、さっきちょっと話しただけだ。あんた知ってるのか?」
平坦な先輩の口調でも何となくだが、今の兄さんを知っているような感じを受け取ったので尋ね返した。
「直接は……キグレ・サーバス…………ウェンライトの複合部門国内リーグ地方チャンプ……世界ランキング100位まであと少し……若手の有望株……雑誌に乗ってた」
ウェンライト。国の大半が森深い大森林地帯に覆われた小国家だな。
箒の素材となる良い鉱石と木材が取れ、森が深すぎるから日常の足に使われる箒作りも盛んな地域だ。
そんなお国柄だから、地方チャンプといえどかなりの凄腕か。
しかも世界戦に出場できる最低レベルを表す一種の壁になるランキング100まであと少しと。
複合は短距離、中距離、長距離それぞれの距離で行われるブルーム競技を一本の箒で行い総合得点を競う種目。
一本の箒というのがくせ者で、決められたインターバルの間に、競技事にいかに調整し合わせてくるかも重要な要素になってくる。
そうなると……目的はひょっとしてスカウトか?
キグレの兄さんは優勝狙いを口にしただけあって、選択速度は一走目から時速100㎞。
先輩目当てで集まっていた周囲の観客達も、強気なチャレンジャーに好意的な歓声をあげていた。
その間歓声が鳴り止まぬうちに、ボールが射出され、キグレの兄さんがそれを追ってスタートを切る。
まずは速度上げを優先したのか直近のボールを直接に追いかけず、湾曲した軌道を描きながら後を追い。危なげなくまずは一つ目を破壊。
破壊したキグレの兄さんは速度をさらに上昇させつつ、瞬く間に二つ目を破壊する……うめぇな。
先を読んで加速しつつ2つのボールを破壊できるポイントをよく読んでいる。
「ほら。あれだエミル。お前ならすぐに一個目に食らいついて、二個目の破壊なんぞ考えてないだろうが」
「ボ、ボクだってたまにはあれくらいできるよ」
「たまたまだろうが。ほれ見ろもう3っと、そのまま4個目か。おーまじでうめぇ。複合じゃ無くてこっち一本でも十分いけるだろ」
エミルの言い訳を即座に打ち落としている間にも、キグレの兄さんは次々とボールを処理していく。
加速を緩める事無く、体重移動と箒のしなりを利用しつつ穂先の推進力を小刻み変更。
滑るように無理矢理に曲がっていくパワードリフト航法で、速度をあげ降下を続けるその飛び方は見事の一言だ。
「ふむ。アルバート君の読みが当たったようだね。彼は結構やるね。箒の特製をよく知って使いこなしている。無理はせず、だけど果敢にチャレンジしているな」
安定感のある飛び方は、一か八かのカミオンとは違い無謀な点はみられない。壊すべき時に壊すという、見てて安心出来る物だ。
カミオンの奴も目をこらしじっとその飛び方を見ている。
箒は相棒。現界まで使いこなせてこそ一人前だ。
「……フィニッシュライン……外側から……来る」
先輩がぽつりとつぶやく。
その予言めいた台詞と共に、キグレの兄さんがクロスライン最後のボールを破壊。
現在高度は目算280メートル強。
先行したストレートラインのラストボールは150メートルを超えるかどうか。
ここまでブレーキングを最小限で飛んで出力を上げ続けていたので速度は十分。
キグレの兄さんは、地上を目指し隼のように一直線に垂直落下を開始する。
その降下ラインはフィールド中央付近を落ちていくラストボールを直線的に追う物では無く、壁際スレスレを這うように飛ぶ物で先輩の言葉通りだ。
「点で狙う気か。あの速度でよくやるな」
直線で追ったときに最後の停止降下で伸びる距離を嫌って、U時を描くように飛んで最底位置でボールを破壊。
そのまま上昇に移り速度を落とす高等テクニック狙いのようだ。
メリットは停止時の降下距離を考慮に入れなくていいので、理論上はラストアタックが地上スレスレでも可能な事。
デメリットは併走しながらボールを点で捉えるのが難しい事と、速度が上がる事にひろがる縦旋回半径をどれだけ押さえられるか。
ラストアタックのやり直しは利かず、破壊に成功してもフィールド外に飛び出てしまえば失敗。
たかだか田舎の祭りで余興で見せるには、本気すぎるテクニックだ。
「こりゃマジで良い職人狙いだな……さすが15メートル以下できっかり決めて来たか」
しかしそれでも抜群の安定感を見せるキグレの兄さんの飛び方はぶれず、危なげなくラストボールを高度12メートルで低空破壊し、そのまま縦旋回も軽やかに決めて見せた。
「おぉ! やるな兄ちゃん!」
「はぇー!? よくあれで見えるな!」
「だーっくそ! あの兄ちゃんに賭けりゃ良かった! クソ! 次は落ちろ!」
公式戦でも滅多にお目にかかれない鮮やかなほど綺麗な飛び方に、周囲の観客も大盛り上がりで惜しみない拍手喝采を送っている。
一部観客は降って湧いた優勝候補に賭けていなかったのか、絶望的な悲鳴と罵詈雑言を送っているが。
柄悪いな。さすが自由地帯ジャンクヤード。
「お前らにゃ良い勉強だろ。あれが世界レベル。ともかくあの連中は上手い。安定感が違う。だから速い。速度あげればとか、旋回力あげればとか言っているうちはまだまだだな」
「「っぅ……」」
俺の台詞が図星過ぎて二の句も告げないのか、エミルとカミオンの二人は苦虫を噛みつぶしたような呻き声をあげる。
しかしまだまだ。お前らに最終的な格の違いを思い知らせる化け物様がお控え中だ。
「……良い箒乗り……あの人もアルバトロス……」
先輩にとってアルバトロスは最上級の褒め言葉。
キグレの兄さんへと賞賛を送る先輩へと俺は箒を差し出す。
「さてそろそろあんたの出番だ。ゲストだからな。精々盛り上げてくれ」
「……見せつける……二度と忘れないくらいに……」
先輩はこくんと頷くと俺の手から調整を終えた箒を受け取る
何時もの無表情でこぼした台詞が誰に向かって言い放たれた物か?
何となくは判ったが、俺はあえて無視した。
忘れられるだったら、苦労しないっての……。




