体育会系な二人
空を飛ぶ。
そのたった1つの目的の為に生み出されたマジックブルームは機能美と、美術的な美しさを兼ね備える魔導工芸品。
時代、流派によって細かな作り、使用術式は異なるが、基本的には土属性に属する『浮遊』魔術で、大地に反発させ空に浮かべるという点は変わらない。
それだけでは只浮いているだけなので、無属性魔力を、各種属性に変化。現界化させた高圧魔力粒子を穂先から放出し推進力とする。
その際、放出する魔力粒子属性によって、箒の性能は大きく変化する。
瞬間加速性に優れた『雷属性魔力』
最高速度、パワーなら『火属性魔力』
操作性に秀でている『風属性魔力』
変換効率の良さで断トツな『水属性魔力』
主な属性を大まかに分別すると、こんな感じの特性となるが……
「エミル……自分の箒の属性くらい判るよな?」
。
「わ、判らなかったら……ま、また怒られる?」
砂浜に自主正座したエミルが、恐怖のあまり身を縮め震えながら、そっと横を見上げる。
エミルの視線の先には、無表情、無言で、空を見上げ参加者のライドを目に焼き付けている先輩。
無表情体育会系な先輩の怒りにふれて心底恐怖したのか、エミルは借りてきた猫のように大人しい。
そして俺はというと、先輩命令という絶対遵守な理不尽要求にしたがい、先輩が使う予定のエミルのお古箒の最低限の調整を急ピッチで続けつつ、エミルになんで先輩が怒ったかを解説していた。
一言で言えば、箒を大切にしていないから。
それだけなんだが、エミルの場合は、自分の使っている箒がどれだけすごい物か判っていない節があるので、そこら辺から説明する羽目になっていた。
「怒っているように見えるけど安心しろデフォだ」
初参加のダウンクラッシュに備えて、他の参加者の飛び方を参考に、脳内でシミュレートしているだけ。
飛ぶのを考えている時の先輩の集中力は、本気で周りが目に入っていなくて、この会話だって聞こえているかどうか微妙なもんだ。
既に大会は始まって、出場者はぞくぞくとスタートし熱戦の火蓋が切られている。
幸いというか、ゲスト参戦という形の先輩は、一走目と二走目のラストに大会の余興でそれぞれ飛ぶだけで、三走目は無しという変則参戦。
まぁそらそうだ。
ゲストが圧倒的な力で優勝しちまったら、大会がしらける。あまりにも空気が読めていない。
でもそれをやるのが、やっちまうのが先輩だ。
「で、属性は」
「そ、操作性に優れるから……風?」
「正解に近い不正解。単一属性だけじゃ能力が落ちるからって、いくつかの属性を組合わせてある。お前の正解は多属性複合型風特化。違う属性をまとめ上げるって難しいんだぞ。しかもこのレベルって、下手すりゃ家が一軒建てられる金額で売れるぞ……ザルドさん。価値くらい教えとけよ」
「家一件分……そんなするの」
金銭換算する即物的な例えは、ザルドさんの技術力に対して失礼な気がするから、あまり好きじゃ無いがエミルには分かり易いようで、ようやく自分が振り回していた物が、只のおとーさん手製箒という価値に留まらないことを理解が出来たようだ。
「そうは言っても私の手作りだからね。基本原材料費と時間だけだからね掛かったのは」
一方の親父は、あくまで愛娘の為に作った物というスタンス。
厳しいんだか甘いんだか。
「あんたの技術力がそれだけの価値だろうが……問題は金銭価値じゃ無くて、それに見合った技術力な。その位の価値があるんだから大事に使えって話だよ。ちなみにカミオンの方も複合型の雷特化な。あっちも同じくらいの腕で作られてたな」
エミルの分だけならまだしも、カミオンの分まで調整していたので、個人的にはもっとも優先度が高い先輩の分が後回しになったのは不覚だが、カミオンの箒を弄れたのは正直ありがたかった。
あの爺。何が箒作りは引退しただ。キレキレな出来じゃねぇか。
「どっちも壊れてないから良かったけど、もし壊してたら……あれくらいじゃすまなかったぞ。この人が怒るとやばいから怒らすなよ」
「う、うん。き、気をつける」
俺の脅し文句に、さっき叩かれた痛みを思い出したのか、青ざめた顔でエミルは尻を押さえている。
ようやくエミルに物の価値って物を少しは教えられたかと思っていると、空を見上げていた先輩が俺の肩を叩いた。
「……見る……次あの子」
先輩の指さした先。上空五〇〇メートルのスタート地点には棒みたいな影が1つ。
普通なら人の判別など出来無い距離だが、先輩が身につけたローブが淡く発光しているので、遠見の魔術でも使っているのだろう。
普通の人間が魔具を使うには、魔力を蓄積した魔具を動かす為の魔具が必要となるが、先輩は己の肉体で魔素を魔力に変換できる天然の魔女。
昨今では天然魔女は極めて珍しい存在だから、ついつい忘れてしまうが、この人は本当に飛ぶ為に生まれてきたんだと思わされる。
「お、もうか。ほれエミル。グラス。ライバルの飛び方は見とけよ」
鞄の中から自動ズーム合わせ機能のついたレース観戦用の望遠眼鏡を2つ取り出しエミルに投げ渡す。
カミオンの飛ぶのを見るのはこれが初。
先ほどの調整はあくまで仮合わせだから、次が本番だ。
カミオンの箒には稼働中の各種データを送信する通信魔具を取りつけてある。
あとは手元の愛用ノーパソを起ち上げデータ自動受信を開始と。
「アル。それ……まだ使っててくれた……ありがと……」
俺が膝の上に置いているノーパソを見た先輩が微かに微笑む。
……ミスった。アジャストするときの何時もの流れで、つい普通に使ってたけど、これは在学当時に先輩が俺の誕生日祝いにと贈ってくれた品。
当時の最高性能品で、あまりに高くてもらうのは申し訳なく断ろうとしたんだが、俺が使わないなら壊すとか言い出したんだよなこの人。
冷静に考えるとあれは心底本気だったような。重かったんだな……そんな時から。
この人を元の場所に戻さなければならない。
そう思っているけど自分にできるのか?
「まだまだ現役で使用できるから使ってるだけだ……ほら。始まるぞ」
自分の心に芽生える弱気を無理矢理に無視して俺が空を指さしたとき、レースがスタートを切った。
射出速度はまず様子見に基準値の時速60㎞を選択したようで、会場の電光掲示板に60と表示される。
「60か、追いかける方は100も出せばなんとかなるな」
まずは標的となる10個の魔力ボールが上空に浮かんでいたスタートゲートに設置された可動式射出口から打ち出される。
ジャンクヤードルールでは、標的のうち9つが射出角度がランダムで壁に向かって撃ち出され、跳ね回るクロスラインに投入。
そして残り1つが壁に一切当たらず、まっすぐに落ちていくストレートラインに投入される。
標的追い越しが即座失格となるルールだから、クロスラインの九つのボールを全て処理したあと、先行するストレートラインの最終標的であるラストボールを落とすのが基本の流れだ。
「結構角度がばらけたな。ありゃきついぞ」
幸先悪いなと眉を顰める中、カミオンが垂直落下でスタートを切る。
打ち出し角度は完全ランダム。
運が良ければ処理が比較的な楽な浅い角度のボールばかりとなるが、運が悪ければ深い角度で跳ね回って動きが読みにくくなる。
クロスラインの処理に時間が掛かれば、ストレートラインをひた走るラストボール追う時間を削られるから、如何に早くクロスラインを処理するかが勝負の鍵だ。
「あいつあれくらい得意だもん。ボクにはできないだろとか見せつけるんだから」
ライバルを認めるのは嫌なのかエミルがふて腐れて言う間に、カミオンがロケットスタートでまずは最初の一個が壁に当たる直前に箒の先端に捉える。
記録された数値を見ればなかなかの瞬間加速。
ボールを弾いた直後に、即座に急制動し速度を落としつつ方向転換。
次の標的の未来予測位置へと柄先を向けると、また一瞬で加速して見事に落とす。
おぉ。なかなかやる。
もし外したらボールを通り過ぎて即失敗なのに、いい思い切りの良さだ。
急加速急ターンを繰り返し、ジグザグに移動するカミオンが次々にボールを処理していきながら、250メートル地点を過ぎストレートラインをひた走るラストボールを、必死に追いかける。
「おぉ! いいぞ! カミオン! いけいけ!」
「一八だなおい! おもしれぇ!」
見た目は派手なエアライド。しかもそれが一般の部初参加の14のガキ。
見上げている会場に詰めかけた観衆は良い盛り上がりだ。
大将の所で見かけたトレジャーハンターもいるので身内含みだろうがなかなかの好評価。
しかしだ……
「……雑……」
飛ぶことに掛けては厳しい先輩は一言で切り捨てる。
常に全力加速からのストップで、当たるか外れるか一か八かの突っ込み。
見た目は派手だが、ようはそれだけ余裕が無いということだ。
あの箒のスペックなら、上手く使えば250メートルまでにクロスラインの処理を全て終えて、ストレートラインの追跡には入れているはずだ。
「……やっぱ使えてねぇな」
送られてきた数値を見てもカミオンが箒を使い切れていないのは確かだ。
急加速するのは良いが、最高速度まで至る前に、完全停止して方向転換し再度加速。
ストップ&ゴーの繰り返しで箒の持つ最大性能には遠く及ばない飛び方だ。
完全停止では無く、推力を残したまま柄先を急旋回する技術があれば、あれより早く処理ができるはずだ。
もったいねぇ……あの年であれだけ飛べればたいしたもんなんだが、上を目指すつもりならあの箒は合わない。
箒の性能があるから、食らいついていける感が強いなありゃ。
そうこうしているうちに、ようやくカミオンはクロスラインを全処理。
最大加速で一気にストレートラインを垂直落下し、ラストボールを何とか破壊した。
しかしそのままだと地上に向かって真っ逆さまなので、クルリと箒を宙返したカミオンが地上に穂先を向け、魔力粒子を最大放出した反転ブレーキを掛ける。
雷光を纏う魔力粒子がバチバチと音を立てて響く中、カミオンは20メートル上空で無事に停止した。
「最終破壊高度は……45メートル。ギリ15点か」
カミオンが停止してすぐに、破壊高度と点数が電光掲示板に表示される。
結果だけ見ればなかなか。
会場も盛り上がっている。
しかし内容といえば、
「……60だから間に合った……100じゃ無理……停止に25メートルも掛かるのは……期待はずれ……運だけ……少年の部からやり直し」
とのこと。
先輩の見立てには俺も同意見。
あの速度以上は、ラストボールを追いかけるには時間が足りず、もし間に合わせようと速度を上げていたら、停止距離が足りない。
最初のばらけ方を考慮してもまだまだ。
次のアジャストは、エミルと同様のデチューン方面だなこりゃ。
「あ、あのアルバート……ボ、ボクもこれから飛ぶんだけど、ひょっとして今みたいなすごく容赦ない駄目出しがでるのかな?」
会場の盛り上がりとは別に、冷めた評価をしている俺と先輩の様子をみた、エミルがおそるおそる聞いてくる。
「お前なぁこれくらいでなに言ってんだ。俺の恩師だったら、あんな無駄ばっかの飛び方したら、二、三時間は説教の上、即レギュラー落ちで千本降下特訓とかだぞ。厳しめで良いならやらせるけど、そっちが良いのか?」
「……ボクのスランプ脱出で手伝ってくれたときも思ったけど、アルバートって箒が関わると、普段と違って真面目熱血体育会系だよね」
「お前。普段の俺をどんな目で見てんだよ」
「え…………えーと、ボク出番すぐだから行くね!」
俺の追求にエミルは宙に目を泳がせたあと、答えを誤魔化して逃げやがった。
あいつ……あとで絶対に口割らせてやる。




