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箒乗りと箒作り

「ねぇねぇアルバート。結局あの人とはどうなの?」



 ザルドさんの新型箒から取り外した制御リングを、鞄から取りだした掌大の解析魔具に填め込み内部設定解析開始。

 データグラスに投映された術式から、予測されるスペックを目算し俺は息を呑む。

 やっぱりこれシビア過ぎだろ……セミプロ、いやプロ仕様に近いスペックが発揮できるはずだ……ちゃんと扱えればの話だが。



「おーい。アルバート。ボクの話し聞いてる?」



 細やかな制動を可能な可動型穂先に、乗り手の意思に即反応する制御系術式の組合わせか……エミルにはちと早いか?

 実際に飛んでいる所を見てみないと、どの辺りまで調整した方がいいのか……



「ねぇってば、夫婦揃って無視しないでよ」



「あ”、誰が夫婦だ。うぜぇ。エミルうぜぇ。仕事の邪魔だ。纏わり付くな」



 俺と先輩の関係に興味津々なエミルを何とか無視してきたが、聞き逃せない一言で反応してしまう辺り、俺はまだまだ未熟だと思う。

 


「だって気になるんだからしょうが無いでしょ。あの人ってば、何度ボクが話しかけても無視して空に行っちゃたんだもん。何か嫌われたのかな?」



 エミルが指さす頭上を見上げると、慣らし運転という名目のわりには宙返りや急ターンとやたらとアクロバティックな動きで、初めての箒の感触を試している先輩の姿。

 やたらと生き生きしているように見えるのは気のせいではないだろう。

 水を得た魚。空を得たアルバトロスな人だからな。

 目立ちまくりな先輩の一挙手一投足に、会場にいる大半の連中も空を見上げてやがる。

 時々俺に向けられる興味本位な視線は無視だ無視。



「安心しろ。嫌うもなにも、それ以前にあいつはあんまり人に興味が無い」



 これ以上エミルを無視するよりも答えた方が早いと、意識の大半を調整作業に向けつつも、エミルの質問に断言する。 



「ふーん。さっきはいきなりキスし出すし、アルバートの奥さんならボクはこっちでもいいのに、古い箒でいいとか言うし、そこそこ飛べるみたいだけど変わってる人?」



 そこそこね。あとで泣き見てもしらねぇぞ。お前。

 空を飛ぶ先輩が選んだ箒は、ザルドさんが一応持ってきた少年の部時代にエミルが愛用していた旧型の箒のほうだ。

 先輩曰く『……初めて……こっちのほうがいい……使いやすい』と新型ではなく、初参加のダウンクラッシュで使うなら、新調された新型ではなく、出力が落ちる旧型という選択らしい。

 先輩の思惑はよく判らんが、お前のそこそこ発言に今も横でうっすらと微笑んでいるザルドさんが旧型の貸し出しに二つ返事だった意味を考えとけよエミル。 

 


「奥さんって認識以外は肯定してやる」



 心の中で忠告をしながらも、俺はそれは声に出さず胸に納める。

 言われたからって素直に従う年齢じゃないってのは、昔の自分を思い出せばすぐに判ること。

 俺みたいに潰れちまって捻くれたら厄介だが、凹んで、悔しがって成長しろよガキンチョ。 



「えぇ……ひょっとしてアルバート照れてる。あのアルバートがぁ。あいた! なにすんのさぁ」



「うっせ。にやついた笑み浮かべてんなガキが。ほれ初期調整するから。どんな感じか言え」



 普段の意趣返しのつもりか、からかい笑顔のエミルのデコを一発弾いて減らず口を黙らせて、俺は仕事に戻る。

 貸し出して貰う礼代わりというわけではないがザルドさんから俺が頼まれたのは、エミルと新型箒のアジャストだ。



「んとね。こう曲がるときにクイッと来た時にククッって感じなんだけどクーって感じの方がよくて、あと速度を出した時にズンズンって感じじゃなくスーーパンって感じがいい」



 俺の質問にエミルは手振りも交えた説明を始める。

 感覚的な乗り方をするエミルらしい例えは、おおざっぱすぎて、感覚的にはわかるけど数値にはしにくい。

 だがエミルがスランプに陥ったときに、飛びやすいように、楽しいようにと、散々付き合って調整してやったので、他人に判りづらいこいつの擬音説明でも何となく勘とフィーリングで判る。

 しかしだ。今の説明で確信したが……やっぱりこの新型が高性能すぎて使いこなせてねぇなこいつ。



「あいよ……とりあえず1本目は流して行っとけ。クオリティあげる二本目、三本目で勝負するから」



 設定数値を調整しながら、全体のバランスを変更させる。

 乗るのはともかくこっちは素人に毛が生えた程度のエミルには判らないだろうが、判る人には判る大幅なデチューン。

 出力上昇効率を落とし、推力方向を細かく調整可能な可変式の穂先反応を大幅に下げ動きも鈍化。

 もったいねぇもったいねぇ。

 それだけ下げてもこの大会ではトップクラスの性能を持っているんだから、あの人が乗ればそれこそ耐久性以外は即世界大会クラスのハイスペック箒だ。

 これだけの品をありふれた材料で組み上げちまうザルドさんが、心底恐ろしく、そして尊敬する。

 

 

「ちょっとまだ乗り慣れてなかったらか、アルバートがアジャストしてくれると飛びやすいくなるから助かるよ。ありがとねアルバート」



 乗り慣れてないとか、調整していないからとかじゃなく、純粋な技術力不足だろ。

 マントが壊れるまで猛練習をしたっていうからには、おそらく本人も無意識で自覚はしているんだろうな。



「おとーさんの新型箒にアルバートの調整! これで長年の腐れ縁に、今年こそ決着つけてやるんだから! カミオンの奴見てろよぉ! 泣かす! ぜぇぇぇっったい泣かす!」



 そのエミルはやけに気合いが入った宣言をして燃えたぎってやがる。

 長年ってお前まだ14だろうが。

 歳云々は世間一般的に見れば19の若造な俺が言えた義理じゃないが。

 しかしカミオンって誰だ? 聞き覚えがあるような、無いような。



「エミルさんの同い年のライバルだよ。本島じゃなくてリオン珊瑚遺跡帯の子だからアルバート君は詳しくは知らないだろうけど、なかなかやるよ。二人ともいいライバルだからヒートアップして無茶したエミルさんはトラウマになったけどね」



 俺が向けた視線に気づいたザルドさんが肩をすくめる。

 リオン珊瑚遺跡帯は本島から少し離れた珊瑚礁とその近くに沈んだ都市遺跡を拠点とするトレジャーハンター達が集まる地域。

 あそこの元締めとはたまにこっちで会うけど、こっちから行ったのは一度、二度だけだ。

 潰すまで飲ましやがるからなあの爺。

 


「あぁ、トラウマって墜落未遂事故やらかした時か。自己最高記録を狙って標的のボールを高速化。結果スピードの出し過ぎで危うく地表に衝突を仕掛けて恐怖でションベン漏らしたんだっけ?」



「そう。それそれ、その頃にはしなくなってたんだけど、あれで悪夢を見るようになったのかおねしょ癖も出てね、いやぁ大変だったよ」



「あーそりゃ大変だ……ん? どうしたエミル」



 ザルドさんとダベりながらも真面目に調整をしていた俺は、いつの間にやら赤面し震えているエミルに気づく。



「トイレなら行っとけよ。緊張して出ないようなら、一応おむつもつけるか……ってザルドさんあんのか?」



「もちろん一応は用意してあるよ。エミルさんの服は私が買いにいかされれているからサイズも判っているからね」



「エミル……パンツくらい自分で選べよ。恥じらいってもんが必要だぞ女の子だろ一応」



「は、恥じらいっていうならそっちだよ! な、なんで、そ、そういう、ボ、ボクの恥ずかしいこと大きな声で平気で口にするかな! お父さんとアルバートは! し、しかもおむつって! ボク赤ちゃんじゃないよ!? ほら周りの人も笑ってんじゃん!」



 またもからかわれたと思ったのか、エミルは半泣きで文句をつけてくる。

 …………あぁそういう事か。

 いやそう言っても別にそこまで気にする事じゃねぇぞ。

 周囲にいた他の参加者も、只でさえ先輩のせいで注目が集まっていた俺が気になって、会話を盗み聞きしていたのか、こっちを見ている。

 だがありゃ馬鹿にした笑いじゃなくて、共感の笑いだな。



「あのなぁエミル。別に恥ずかしがる事じゃねぇぞ。そんなションベン漏らしたくらいで。ブルーム乗りの中じゃ別段珍しい話でもねぇぞ……なぁ、そこのあんたも漏らしたこと位あんだろ」



 ノリが良さそうで、そういう話を苦にもしなそうな奴を周りからチョイス。

 エミルの知り合いじゃ納得しなそうだから、島外からの参加者ぽい20代後半の日焼けした筋肉質細マッチョを指さす。

 片手に箒を担ぎ、反対の手にドリンク缶の入ったビニール袋を提げているので、浜辺の露店にドリンクを買い出しに来た途中で会話に興味をとられ足を止めたようだ。

 


「そうそう気にすんなってお嬢ちゃん。優勝狙いな俺も今日は限界ギリギリに挑むための勝負おむつ着用だ。度胸試しのダウンクラッシュなら珍しくねぇし、耐久レースやってる知り合いなんぞ優勝争いが絡んで時間が惜しいからっておむつ着用ででかい方を漏らしたのもいるくらいだ」



 細マッチョが黒のレーサーパンツを叩いてその下におむつを履いていると恥ずかしげもなく答える。

 お、当たり。御同族な体育会系な臭いをかぎ分けたんだが、外れなしだ。



「んだよ勝負おむつって。あと知り合いって兄ちゃんの事じゃねぇのか? その箒は長距離もいけんだろ。なかなかやるとみたぜ」  



「ははっ! ばれたか。容赦ねぇなお前」



 俺の突っ込みに、細マッチョは大笑いで答える。

 箒の使い込み具合とカスタムを見ても昨日、今日、始めた奴じゃない。

 こうやってジャンクヤードまで遠征して来るくらいだから、セミプロ、もしくは若手プロって所か。

 本人は腕にも自信ありで、俺から見ても先輩には及ばなくともなかなかの腕と予想。

 そうなると目当ては……

 


「わりぃわりぃ。恥かかせた詫びに、あとで腕の立つマイスターを紹介してやるよ。だから恨みっこ無しのいいレースしようぜ。せっかくのいい空だぜ」



 凄腕のジャンクヤードの職人達に用事ありとみて、エミルのフォローをして貰った礼を込めて、軽い口調で提案してみる。



「ふむ。では私も一筆を添えさせてもらおうかな。アクロバティック系でよければ私の所にも尋ねてくれたまえ」


 

 ザルドさんも俺と同じ評価なのか、細マッチョに懐から取りだした名刺にペンで一言、二言すらすらと書き添えて投げ渡した。

 長距離ライド系で信頼できる職人なら俺の知り合いだけでもらちらほらいるし、ザルドさんが紹介状を書くならばその数倍は一気に増えるだろう。



「おう助かる。あんた達の言う通りいいレース日和だ。楽しもうぜお嬢ちゃん。じゃあ、あとでレースでな」



 風に揺られながら飛んできた名刺を軽々と片手で受け取った細マッチョが、ニカッと陽性な笑みでエミルにエールを送ると歩み去っていった。

 なかなかの反射神経と的確な軌道予測。こりゃマジで優勝候補かもな。



「…………ほ、ほんとうに恥ずかしくない? 騙してない?」



 豪快すぎる細マッチョに呆気にとられていたエミルが、ぎぎと首をこちらに向け、半信半疑な顔で聞いてくる。



「騙すもなにも俺とザルドさんは箒作り。エミルは箒乗りだろ。んなもん気にすんな『箒作りと箒乗りは一心同体。我らはチームで空を制する』……俺の恩師の言葉だ」



 監督の言葉はぶん殴られた鉄拳と共に深く俺の中に染みこんでいる。

 あの鬼監督は女のくせに容赦ない周囲感染型熱血体育会系だから、今考えても臭い台詞やら、かけ声が部の先輩らは大好きだったなと、過去を懐かしみ俺は空を見上げる。

 空にはあの時と変わらず飛ぶあの人がいる。

 あ、……これはやばい。やばい。

 飲まれそうになる。

 先輩の足元に跪きそうになる。

 

  

「なんか誤魔化されている気もするけど……」



「はっ! なんかくせぇと思ったらお前かよ。ションベンエミル!」



 急に聞こえてきた生意気そうなガキの声が、過去に落ちそうになる俺を引き戻す。

 あ、あぶねぇ。思わず泣きそうになっちまった。



「なっ!? なんだよ! いきなり出てこないでよカミオン! しかもそのあだな! 言うなっていったじゃん! 喧嘩売ってるの!?」



 顔を一瞬で紅色させたエミルが食ってかかるのは、日焼けした色黒の肌と灰色が掛かった赤髪が特徴的なこれまたクソ生意気そうな男のガキンチョだ。

 右腕に黒一色で所々稲妻マークが施された箒を担いでいる。

 おぅ。なんて痛々しいデザイン。

 年齢相応っていえばそうだけど、そのうち後悔するぞ幼稚な攻撃的デザインは。



「あぁ、売りに来てやったんだよ! 女のくせに生意気なんだよお前は! ガキはとっととガキンチョの部に帰れよ!」



「はぁ!? 同い年のくせになに言ってんだか! あんただって何度も負けて大泣きしたガキくせに! どーせボクに負けるのが怖いんだろ! ボクの方が通算成績じゃ勝ってるもんね!」



「んだとっ! 累計得点じゃ俺の方が……」



 俺らを放置して始まった口喧嘩はヒートアップをして一気に最高潮。

 どうやら色々な意味でいい勝負のライバルのようだ。

 互いの恥部やら成績で言い争いをしているガキ共から、俺はザルドさんへ目を向ける。



「これ? さっき言ってたの。さすが珊瑚育ち口が悪いな。ザルドさん止めなくていいのか?」



 威勢がいいと言えば聞こえはいいが荒くれ者が集う珊瑚遺跡帯。

 なかなかに口汚い。



「あぁ。短気なエミルさんにはいいライバルだろ。箒乗りならクレバーじゃなくてはね。カミオン君が試合前にプレシャーを掛けに来るのは何時ものことだが、どうしても慣れなくてね」



 止める気皆無かあんた。

 この親父の元でエミルの奴がよくあれだけバカ正直にまっすぐ育ったもんだと、感心をする。

 


「アルバート! 箒! ふんだ。見ろこれがボクの新型『コウテンシ』! 天使の羽ばたきでカミオンなんか目じゃないもんね!」



 俺とザルドさんが言葉を交わしている間に、罵り合いはさらにヒートアップしたのか整備途中の箒をエミルが無理矢理もぎ取っていって、カミオンの眼前に突きつけた。

 自慢はいいがお前それ使いこなせねーぞ。

 あとコウテンシって天使じゃねーぞ。



「コウテンシってヒバリの事じゃねぇの?」



「あぁ。春を告げる鳥だ。エミルさんの新たな門出を祈って名付けたんだけどね。何時、勘違いに気づくか楽しみだから言わないでくれたまえ」



 あ、やっぱりそっちか。

 エミルほんと色々気をつけろよ。お前の親父さんは試練与えまくりだ。



「はっ何が天使だ! よわっちい名前だな! こっちだって一般の部に合わせた新型だっての! 俺の『黒帝稲妻轟』でお前なんてボロ負けだ!」



 名前がまたアレだな……しかし痛々しい名前とカラーリングを無視してみれば質実剛健な基本的な作りは何となく覚えがある。



「あいつって、ひょっとして珊瑚の大将爺の孫かなんか?」



 珊瑚遺跡の荒くれ連中から大将と慕われ、まとめ上げる爺さんを思い出す。

 あの人が得意とする、負担を掛ける加速と停止を連続で行える、どれだけぶんまわしてもぶっ壊れない加減速耐久性では、群島でピカ一なマイスターの意匠を箒のあちこちに感じ取る。

 本格的なマイスターとしては歳だから引退したとかいって、家族向けのを趣味で細々と言ってたなあのじっさま。



「アラン老のひ孫さんの一人だよ。自分の若い頃にそっくりだと言っておられたね」



 ザルドさんの言葉に納得。

 酒癖以上に口が悪いもんなあの爺さん。

 しかし大将の新作箒か。

 やべぇみてぇ。今となっちゃ相当レアもんだぞ。

 あの爺から技術を盗んでやろうと、何度か酒に付き合ったが何時も完敗したしな。

 しかし本人がいないところで、勝手に弄るのは仁義に反する。

 あとで大将の所に挨拶でもいって許可もらうか……潰される未来が予想できるけど。



「そんな心細い箒じゃすぐ折れるんじゃねぇの! 気弱でションベンタレのお前にはお似合いだよな!」



「うぅ! おーとさんの箒馬鹿にするな! そっちだってセンス悪い真っ黒のくせに! やーい悪趣味!!!」



 子供か……いや子供だけど。

 精神年齢がさらに下がったような言い争いになったのは、なんだかんだ言いつつも、昔から知っている、いわゆる幼馴染みだからだろうか。

 両方とも顔を真っ赤にして怒って否定しそうだけど。

 喧嘩沙汰なんぞ祭りの余興と思っている節があるジャンクヤードじゃ、大会本部からも止めに来る気配がありゃしない。

  


「改めて聞くけどいいのかあれ? そのうち手を出しかねないくらいの喧嘩になってんぞ。ほれエミルの奴が箒を振り上げやがった」



 ついに先に切れたのかエミルが箒で殴りかかって、カミオンが同じく箒でその一撃を防いだ。

 そのままカミオンが殴り掛かりブルームバトルの接近戦でやるような打ち合いが始まった。

 こらえ性がないなおまえら。しかもその箒はバトル用じゃなくてダウンクラッシュ用。壊れるぞ。



「もし壊して泣きをみてもまたエミルさんの選択。私が口を出すことじゃないよ」



 ほんと厳しいなこの親父。

 しかしあいつらせっかくの箒を雑に扱いすぎだ。

 こんなの先輩がみたら……



「……遅かったか」



 どうしているかと空を見上げた俺は、喧嘩をする二人の上空に停止する無表情な先輩を見つける。

 じっと足元を見ている。もうほんとにじっとだ。

 ありゃ怒っていらっしゃるな。間違いない。



「ザルドさん悪い。先に謝る。エミル泣かされる。本泣きさせられる」

 


「ふむ。君の奥方はあまり人に関心はないのでは無かったんじゃないのかね? 人と話すのも苦手なようだね」



 頭上を指さす俺の指を追いかけ先輩を見つけたザルドさんが当然な疑問を訂す。 

 先輩は確かに口下手で口数が少ないしだし、極度の人見知りで、あまり周りを見ない。

 しかしだ……口は出さなくても手は出せる。



「そうなんだけど、箒に関しちゃあれでもバリバリの体育会系だぞあの人。そうじゃなきゃブルームバトルで王者になんてなれるかよ……あと奥さんじゃねぇっての」



 あのキスのあとじゃ、もう説得力皆無な気もしない反論を一応している中、ついにお怒りのアルバトロス様が地上に降りてくる。

 喧嘩に夢中な二人は気づいていなくて、



「はっ! 先に殴ってきたお前が悪いからな! このまま壊っ! ぎゃぁぁっ!?」



「……正座……そこ座る……箒は大切に……」



 まずはカミオンの頭を片手で掴んだ先輩がギリギリと締め付けながら、無表情、フラットなままなのが軽いホラーだ。

 箒に掴まる為に術式強化された握力は、俺も先ほど体験済みだから判るがありゃ痛い。

 先輩の言葉があまりの痛みに聞こえていないのか、何とか外そうとカミオンが手を伸ばして藻掻いている。

 


「ぎゃっぁぁ!? だ、だれだよ! おまぇ! ぎゃん!? 大爺ちゃんよりいてぇ!?」



 いつまで経っても正座しないカミオンに焦れたのか、手を離した先輩がこちらの背が竦むほどの轟音を奏でた拳骨でカミオンを一発で砂地に沈める。

 監督直伝の鉄拳制裁か……痛いんだよなあれ。



「……あなた……先……手を出した……」



 倒れたカミオンを一瞥した先輩は次の獲物をロックオンする。

 先に手を出したエミルの方が罪が重いという口調で、実に公平な裁きっぷりだ。



「え、ぇっ。あ、あの、ひゃっ!?」



 無表情で迫ってくる先輩に怯え逃げようとしたエミルだが、先輩が手を伸ばして首袖を掴んで一気に引き寄せ、そのまま小柄なエミルを左腕で小脇に抱える。

 

  

「……顔……傷は駄目……だから痛くする」



 右腕を高々と掲げた先輩はそのままエミルの尻に向かって振り下ろす。

 砂浜に響く音は服の上からだというのに実に痛々しいものだ。

 


「うぎゃっぁ!? いたぁいたいよ……」



 小さな子供のように尻を叩かれたエミルといえば、あまりの痛みに言葉にならない悲鳴をあげていた。

 エミルの奴、一発でべそかきはじめたし、ありゃ相当痛いな。

 この後……箒に乗れるのか?

   


「……先だから……もう一発……」



 そして泣き始めたエミルに対して、無表情体育会系な先輩は容赦が無くまた右手を高々と振り上げる。



「わっ、まぁっってボ、ボクあや! いぎゃぁっ!?」 



 言い訳無用とばかりに、先ほどよりも高く重々しい音がまたも砂浜に響く。

 ……この人、普段が普段なだけに怒らせると怖いんだよな。容赦なくなるから。

 二度の尻叩きで声も無くし悶絶するエミルを、頭を押さえうずくまっていたカミオンの横に降ろした先輩は、何故か俺の方へと近づいてくる。

 おいまさか放置してたから、俺まで説教とかじゃないだろうな。



「……娘さん……お許しください……でも……箒乗りは……だめ……箒作りも……箒もないがしろにしちゃ……」



 しかしそれは俺の勘違いで、先輩は俺の横で面白そうにみていたザルドさんに深々と頭を下げ、叱った非礼をわびながらも、理由をたどたどしく説明する。

  


「ふむ。お気にせずにチャンピオン。私はエミルさんを叱るのは苦手だから、むしろありがとうございますだね。それに箒は相棒であり命。お嬢さんはやはり良い箒乗りのようだ」



 先輩の謝罪にザルドさんは笑顔で答える。

 ちゃんと筋が通った叱りだと理解しているようだ。

 先輩は頬の力を少しだけゆるめ安堵したようにも見える表情を作ると、今度こそ俺の方に向く。



「……お詫び……本気……見せる……アル……あの二人とも……箒アジャスト……可愛がる……この箒で十分だって……判らせる……」



 先輩は手に持つエミルが使っていた箒を見せつける。

 子供用でも十分だと言わんばかりの言葉。

 しかし可愛がるね…………そりゃ叩きつぶすって意味でしょ先輩。

 完膚無きまでに凹ませるって。

 圧倒的な実力差を見せつけ、自分の実力がたいしたことないと判らせると。



「あいよ。あんたがそう言うならやってやるよ」



 まぁ、あの二人にはいい経験だろ。

 そりゃそうだ。先輩は口では語れないアホウドリ。

 しかし空を飛ぶことで悟らせるアルバトロス。

 百万の説教よりも、一飛びの方が骨身に効くだろうな。

 いい箒を使うのが強い箒乗りじゃ無い。

 箒を使えてこそ強い箒乗り。

 そして箒乗りの力を引き出すのが、箒作り……アジャスターたる俺の役目だ。

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