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埋め立て注意

 サティおばさんの酒場前で足を止めた俺は耳を澄ませてみるが、重厚な木造扉の奥からは物音一つ聞こえてこない。

 祭り二日目で今日も色々忙しいのに、さすがに何時ものごとく朝まで飲んで潰れきった酔っ払い共で死屍累々の山になっているとは考えにくい。

 家で一眠りしてから昼前に修理所に行くと途中で別れたドミニクのおっさんも、朝早い連中がいるので、何時もよりは早く解散したといっていた。

 店内に昨日のメンバーはいないはず……そう信じたい。

 昨日の今日だってのに朝から先輩と一緒にいるところを見られたら、恰好のからかいの対象になるのは火を見るより明らかだからだ。

   


「アル……どうしたの……入らないの? お風呂」



 中に入るのを躊躇する俺の背中を押すように、背後に立っている先輩が肩を叩く。

 日が昇ってきてじりじりと暑くなっているので、べたついた身体を早くさっぱりしたいのだろう、何時もより若干口調が早い感じがする。

 ……昨夜のことでやましいことは一切無い。

 巫山戯た台詞を飛ばしてきても軽くスルーすればいい。

 覚悟を決めた俺はドアノブに手をかけ、力を入れてドアを半分だけて開けて中を窺う

 


「おやアルバートかい。どうしたんだい? そんなこそこそと」


 

 カウンターに空になった酒瓶を一纏めに集めていたサティおばさんが、扉の上側に着けられたベルの音に気づいて振り返って、傍目には怪しげな行動を取る俺に呆れ顔を向けた。

 


「長老とか他の連中は?」



 見渡す範囲にいるのは片付けをするおばさんのみ。

 他の従業員の姿も見えず、物陰に誰かが潜んでいる気配はないが、一応確認する。



「とうの昔に追い出したよ。ようやく片付けが一段落したところだね」



「なんか手伝えることあるか? ちょっと頼みたいことあるんだけど」



「後は洗い物と掃除くらいかね。店の子らは昼にやる屋台を任せてるから先にあげたんで、助かるけど、なんだい頼みってのは。また飯かい?」

  


「皿洗いと掃除をやるからさおばさん家の風呂をこいつに貸してくれないか。後、悪いけど朝飯を作ってほしい。できたら二人分」

 


 内部の安全をようやく確信した俺は店内に入ると半身をずらして、背後に無言で立っていた先輩を指さした。  

 極端に口数の少ない先輩に事情説明など無理だと思い、勝手に話を進めようとしたんだが、

 


『……おはよう……ございます……サティおばさん……』



 サティおばさんと目が合った先輩は多少ぎこちないながらも、ちゃんと挨拶して頭を下げるという、先輩としてはあり得ない行動をとりやがった。  



「はいよ。フィリアちゃんおはよう……なんだいアルバート。鳩が豆鉄砲を食ったような顔して」



 先輩が昨日に知り合ったばかりの人間に、普通に挨拶を返しているという事が、どれだけの異常事態かをサティおばさんは判っていない。

 昨日、今日知り合ったばかりの人間相手では人として最低限の礼儀の挨拶さえおぼつかない重度コミュニケーション障害だぞこの人。

 実際昨日の事情聴取という宴会では、完全無視を決め込んでいたというのに、さっきのドミニクのおっさんといい、なんだってまた挨拶できてるんだ?



「え、いや、ち、ちょっとびっくりしたっていうか、なんつーか」



「アル……失礼なこと……考えている? ……あとちゃんと……ご挨拶しなきゃ駄目……朝はおはようございます……から……お世話になっている人……失礼は駄目」



 先輩から挨拶について説教される日が来ようとは……

 昔は見下ろされながら繰り出される先輩の無表情説教が怖かったんだが、背丈が逆転し下から見上げられる無表情説教もどうにも苦手だ。

 先輩に叱られると、どうにも気後れしてしまうのは、もう宿業レベルで染みついていると思う。



「はは。早速、尻に敷かれてるのかいアルバート。その様子じゃ夕べはお楽しみだったようだね。フィリアちゃん優しくしてもらったかい?」



 昔と変わらない距離感にずかずかと踏み込みまくる先輩の所為で、にやにやといやらしく笑うサティおばさんはとてつもない誤解をしてくれやがった。



「……アル……変わったけど……根っこ同じ……優しかった」



 そして先輩も天然なのか、狙っているのか非常に微妙な答え返しやがった。



「やってねぇからな! あんたも誤解を招きそうな答え返すな!」 



 言葉少ない先輩の受け答えはどうとでも取れて、噂好きのおばさんにどんな尾ひれつけられることか判らない。

 想像するだけで気が重くなる恐ろしさに、俺はさわやかな朝だというのに全力で下のネタを否定する羽目になっていた。   














「あんたほんとへタレだね……なんであそこまで据え膳な子に手を出さないかね。さっきも一緒に風呂に入ろうって引っ張られたくらいで、慌てふためいてたし、ほんと情けないね」 


 熱したフライパンに落としたバターが焼ける香ばしい香りとともに、サティおばさんの容赦の無い駄目出しが俺を背後から襲ってくる。



「うっせーな。慌ててねぇよ」   



 先ほどの醜態がシンクにたまった大量の洗い物と一緒に流れ落ちてくれればどれだけ気が楽か。

 サティおばさんの所は、雇っている従業員が使ったりするので、大人が5~6人が余裕で入れるくらい大きな風呂が設置されている。

  それを見た先輩が俺も臭いから一緒に入れと、手を引っ張ってきたのが、かれこれ二十分前の事。

 掃除したり洗い物などで汚れるから後で入らせてもらうと、理由をつけたところで、じゃあ自分もやるからあとで一緒に入れのアグレッシブ攻勢。

 あんた皿洗いの経験あるのかと、理詰めで何とか説得して、先輩のみを風呂に送り出したが、そのやり取りだけでものすごく疲れた。 

 積極的という表現を通り越して怖さを覚える位の先輩の激しいラッシュに、朝だというのに今日1日分の精神力を大半が削られた気がする。

 


「それよりサティおばさん。なんか仕事が無いか? 何でもいい。少しまとまった現金が早急にいる」



 シンクの中に積み上げた皿をざっと洗い流して、業務用自動洗浄機の大きなラックに移しながら、先輩が風呂に入っているうちに、サティおばさんの店を訪れた本命の理由である仕事相談をする。

 サティおばさんはこの辺の顔役で、この酒場以外にもいくつか店を経営している。

 一昨日紹介してくれるといっていた仕事を頼るつもりだ。



「早急ね。フィリアちゃんから逃げる為って言うなら怒るよ」



「ちげーよ。逃げた位で解決したら苦労しねぇよ。あの人を押し込むホテル代だっての。これ以上はあんな所に泊めとけるか。ただでさえ変な噂が立ちそうなのに」



「……ホテルはどのクラスだい?」



 千年ほど続いた戦争で統治権が変遷しまくった不発弾埋まりまくりな歴史+人工魔素生成技術確立で魔力収集地域としては価値が激減した影響で、現状はどこの国も手を出すには二の足をふむ自由地帯ジャンクヤード群島。

 そんな状況下でも群島全体で見れば10万人単位が暮らして、さらに不特定多数の怪しい輩が出入りも繰り返している。

 どの大陸からも遠く離れたこんな絶海の島でも、それだけの人が集まれば、それなりの街ができて、金やら物資が流通する一応は文明世界に属しているわけで、文明世界ということは財布の厚さで生活レベルが決まるのは世の常。

 だからホテルと一口にいっても、ピンからキリがある。

 それこそ寝るスペースだけを提供する安宿から、観光気分を楽しめる立派なリゾートホテルまで。

 そして悲しいかな、俺の手持ち現金では、最下級の宿代にすらもならないのが現状。

 もっとも、幻想的な髪色と顔立ちの見た目だけ極上美人である先輩を、そんな何時攫われるか判らないところに送り込む気など毛頭無い訳で、そうなるとだ……



「風呂と綺麗なベット、あと飯付き。セキュリティレベルも高いところ……最低限それで」



 最高レベルよりは一段、いや二段は落ちる。落ちるはずだ。

 普通だ。そう普通。女性を泊めるには最低限レベルのはずだ。



「それで最低限ね……アルバート、あんたフィリアちゃんを邪険にしようってのが、心底無理だろ。結局どうしたいんだい?」



 現実逃避で棚上げ逃げ気味な俺の思考は、ボールに入った卵と混ぜ和えた具材を、フライパンに流し入れながらこぼすサティおばさんに一刀両断される。 



「うぐっ……怪我1つ無く無事に送り返して、来年からも世界各地で熱い活躍してくれれば他にはなにも望まねぇよ」



 ガキ時代の、あの人にただ憧れていた頃の姿を昨日のビデオレターでばっちり見られてんだ。

 今更変な格好もつけられず、正直な気持ちをふてくされ気味に吐露する。

 これが俺にとっての最上級の結果だ。  

 


「面倒な男だねぇ本当に……これじゃなんの為に改装したんだか……」



 呆れ成分100%なため息を吐きだしたサティおばさんがフライパンの中の卵をかき混ぜつつ、よく聞き取れない小言めいたことをぶつぶつと言っている。

 金が尽きて飢え死にしかねない所を、皿洗いやら簡易な仕事で時折飯を食わせてもらったりもしていたので頭が上がらない人の一人だが、噂好きと説教が多いのが玉に瑕だ。

 


「どんだけ説教されても、あの人を帰すって気持ちは変わらないからな。長期戦は覚悟の上だ。その為にも金がいるんだよ」 

 


「ちなみに聞くけどアルバート。フィリアちゃんのホテル代を長老に頼るって選択肢はないのかい。ゲスト参加して盛り上げ役やって貰うって話なんだよね。それこそ一月分くらいなら余裕で出してくれるんじゃないかい?」



 本人が引退したと言い張っても、周りから見れば僅か二日前にブルームバトルで箒乗りの頂点に立った現役王者。

 会場での飲み食いが無料ってくらいで世界王者がゲスト参加するってのは、普通はあり得ないっていうか、俺からすれば、提案すんな、受けるなって話なんだが、先輩はドミニクのおっさんから話を聞いて二つ返事で受けやがった。

 長老連中も先輩も、世界王者の肩書き軽く見過ぎだろ。



「当然考えたよ。だけどあの人が金をもらうとか却下なんだよ……自分も島の一員になるんだから協力するって、その代わりに俺の箒を宣伝してもいいかって。先輩の箒は壊れかけてんのに無茶ばかりしやがんだよ」

 

 

 学生時代の作であるテクニカルブルーム『アルバトロス』は昨日の無茶で半壊状態。

 それなのに昨日の宣言通り、島のあちらこちらで行われている各大会に先輩がでる気なのは変わっていない。

 先輩が飛ぶと言ってて止められないのは、昨日の無茶で改めて再確認していた。

 飛ぶこと命のアホウドリな先輩は学生の時と変わっていない。



「あの人を騙すのは心苦しいが、こうなりゃ簡易修理するふりしてアルバトロスを預かって、完全整備するレベルまでばらすしかねぇ。俺より凄腕の箒作りなんぞジャンクヤードにはいくらでもいるんだからそっち使えって話だよ。そっちの方が祭りは盛り上がるだろ」



 ハイスペックパーツがふんだんに使われている上に、こつこつと調整して先輩専用箒に特化したこそからアルバトロスは5年前に作成した箒でも、そこらの一般品には負けやしない力を持っている。

 だけど同クラスのチューニングパーツを使い、先輩用に調整を施した箒を作ったら、昔どころか今の俺すら軽々と凌駕する技術力を持つ、ブルームマイスターがジャンクヤードにはいくらでもいる。

 自分より腕が立つ職人に嫉妬して、先輩を傷つける愚を二度も起こしてたまるか……



「一途で健気だね……そこまで惚れて、惚れられてて、なんであんたは手を出さないんだね」



「ほっといてくれ。んな事より金だよ金。早急にホテル代を稼げる仕事ってなんか無いか?」



 これ以上この話を続けても、自覚はしている情けなさへの説教で堂々巡りは確実。

 俺は強制的に話を元の流れに戻す。



「否定はしないんだね…………まぁそういうことなら、いい仕事を1つ紹介してやるよ。ホテルじゃないけど、綺麗なベットにバストイレ付きで安心安全はあたしが保証するよ。あとあんたのお望み通り食事も付けてやろうかね」



 ホテルではなくて、住み込みで働ける仕事を紹介するサティおばさんの言い方に俺はぴんと来る。  



「あの人をサティおばさんの店で使う気か? 止めとけ止めとけ。あの人飛ぶ以外は何もできねぇぞ」

 


 先輩が未だに家事能力は全滅というか未経験なのは、先ほど理詰めで説得して風呂に先に行かせた事で確認済み。

 あり得ないと否定した俺に対して、

 


「なにいってんだい。働くのはあんただよ。惚れてくれた女の一人くらい養ってこそ男の甲斐性だよ……あたしの店子で住居兼店舗の良物件が1つ空いてるよ。今みたいに修行がてらの片手間の店じゃなくて、そこで本格的にブルームショップをやる気はないかい?」 



 さらに無茶苦茶な移転案をサティおばさんは、出来上がったスクランブルエッグを皿に盛るついでとばかりに簡単に言ってくれやがった。

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