目覚め
目覚めた時、最初に視界に映ったのは見慣れた天井。
次に入り込んできたのは人影だった。
こんな時側にいるのはきっとアイツだろう。
そう思って名前を呼ぶ。
「スギ……?」
返事はない。当たり前だ。
目を凝らしてよくみればカミシロさんとジュンヤさんだったんだから。
カミシロさんは俺に冷めたような視線を送り、ため息をつくと思い切り俺の頭を叩いた。
スパーンという効果音がよく似合うような一撃だった。
「痛ってぇ……」
思わず叩かれた部分を手で擦り、涙目のまま睨み返す。
カミシロさんも鼻息荒く、俺を睨み返した。
「うるせーよ! こっちは偵察先から大怪我して帰投したって報告うけて心配してきてやったのに!」
スギって誰だよ!? 女か?! 女なのか!? このリア充めと何度も叩かれた。だから痛いって。
「女なんていねーよ」
「嘘つけ、このモテ男! お前なんかこうしてくれる!」
そう言ってカミシロさんが俺の身体を無理矢理起こした。
どうやら俺は自室のベッドで横になっていたようだ。
「うぐっ」
強引に動かされて胸元に激痛が走る。
よく見ると胸元に包帯が巻かれ、心臓部分は青白く光っていた。
「なんだ……これ?」
呟いた俺にカミシロさんが言った。
「あぁ、リョウは知らなかったっけ。これが"コア"僕らの命の源だよ」
「これが……?」
キラキラと淡く輝く六角柱の"コア"には所々罅が入り、ポロポロと結晶をこぼしていた。
一部分なんて穴が空いてしまっているところもあり、そこからは内側の光が漏れている。
よく聞くと、シュウシュウという何かを焼くような音も聞こえる。
それによる痛みは感じない。
不思議に思っていると、ジュンヤさんがきっと今修復中なんだろうと言った。
スギ達と遭遇した後、俺は突然何者かにより自国の城の前まで転送されたらしい。
目の前に倒れている王の姿を見た家臣は慌てて部屋まで運んだ。
カミシロさん達にも報告がいった。
彼らが駆けつけた時には、家臣達が回復魔法を使ってくれたおかげで大分落ち着いていたそうだ。
だからって目覚めてすぐこの仕打ちはないと思う。
今も攻撃を受けた胸よりも頭の方が俄然痛いし。
「まぁまぁシロさん、落ち着いて。リョウ、それだけシロさんも心配だったんだよ」
「いや、分かるけどさ。一応怪我人なんでしょ俺?」
「一応な」
「だったらもう少し労ってよ。それにスギって俺の事襲った、例の襲撃犯の名前なんだけど?」
途端、カミシロさんの動きが止まった。
「……マジ?」
「うん」
「リョウ、詳しく聞かせてくれ」
そう言って、ジュンヤさんはメモを取る準備を始めた。
俺は、あの時の出来事を話した。
――白いフードの男の名前はスギ。
インフィリオがそう呼んでいた。
大きな黒目とそれを縁取る長い睫毛が印象的、中性っていうのかな。
童顔なんだけど鼻筋はしっかり通っていて整った顔立ちだった。
低音だけど柔らかくて、優しい、心地良い声の持ち主で、発見した時猫とじゃれてた。
猫の怪我を癒すのに詠唱を確認。その時腕輪は緑に光ってた。
フードから覗いた首筋に3つほくろが並んでて、それがすごく色っぽかった。
武器は最初所持しているのが分からなかったけど、左に装備していた盾から出現を確認。
資料通りの大鎌で、黒のような紫のような不思議な色に光ってた。
猫とじゃれてた時は崩れた笑顔が可愛かったんだったけど、さすが俺と対峙した時は笑ってなかった。
少しおどけた様子を見せて……けど、それから悲しそうな顔して……って――
「……何? その顔」
話してる途中で二人が何とも言いがたい顔をしている事に気がついた。
「何っていわれても……」
ねぇ、とカミシロさんが、なぁとジュンヤさんが返事する。なんなの。
「まぁいい。それで、やられる前にそのスギって子と何話したんだ?」
「軍の研究所を襲ってる理由……」
「はぁ?! お前のノロケよりもそっちの方が重要だっての」
「は? なんで初対面のヤツの事ノロケなきゃなんないの? 大体相手男だけど」
「んじゃ一目惚れ? 今のお前の説明だと、彼女自慢か何かにしか聞こえなかったんだけど」
「カミシロさん大丈夫? 耳イカれてない?」
「ねぇジュン、やっぱこいつの傷口殴っていいかな?」
拳を固めたカミシロさんをジュンヤさんが宥める。
「殴るのは聴取が終わってからにしてくれ」
あ、殴るのはアリなんだと思ったが口にせずにいると、でとジュンヤさんが話の続きを促した。
「軍の研究所襲ってる理由ってなんなんだ」
「大切なものを取り戻す為……だってさ」
俺の言葉に二人が止まる。
そりゃそうだろう。俺だって始め何を言ってるのか分からなかった。
「なんだそれ? 俺達軍が、その子の大切なものを奪ったっていいたいの?」
「みたい。俺も信じられなかったけど、何というかアイツの目を見てたら、本当かもって思った」
何かを決意したような力強い瞳で俺を見ていた。
そしてもっと重要な事。
「アイツ……俺達の事知ってるみたいな口ぶりだった」
「は?」
「俺の事、王の通名じゃなくてリョウって呼んだ。そんで自分に攻撃するのは不可能だって言った」
「調査したとかじゃなくて?」
「違う。俺だけじゃなくてカミシロさん達のことも通名じゃない方で呼んでた。カミシロさんの事なんて、最初"兄さん"って呼んだし……あの口ぶりからして、ヤツは俺達の事を知ってると思う」
そういうと、一瞬カミシロさんの眉が動いた。
「兄さん……ねぇ、シロさん心当たりありません?」
「え、わかんない」
ジュンヤさんの問いかけに、カミシロさんは言った。
「他には何か言ってた?」
「何か、あとはコアを壊すとか」
言った俺にカミシロさんがああとため息をつく。
「だからコアのある心臓を狙われたわけね」
「多分……」
誰もが王に忠誠を誓った証として、このコアを心臓に埋め込む。
コアは俺達人間が4大元素の力を使う為に必要不可欠なものだ。
王の場合は直接4大元素と契約したコアが埋め込まれる。
<同じ属性同志のコアは共鳴する>
この法則を使い俺達精霊王は、契約した元素から力をもらい、それを自身のコアを通して王臣に分け与えている。
それ以外の能力を使う時は、オーブと呼ばれる宝石が必要だ。
オーブも4種類。
白はカミシロさんの風。緑はジュンヤさんの地。赤はイツキさんの火。青は俺の水だ。
これらオーブを使用するにもコアが必要だ。
そしてコアにはそれぞれ識別番号が振られている。
この番号は、データベースで管理されていて、魔物の討伐数の確認や自身の能力、手に入れた称号等を確認することができる。
『今聞いた証言を元にデータベースを照合してみましたけど、やっぱり該当なしですね』
話をまとめ終わると、ジュンヤさんは通信端末を開き、ルリンに報告した。
このような簡易的な通信もコアがあれば簡単にできる。
それほど、この世界でコアは重要でコアがない生活はありえない程だ。
なのに、スギはコアを持っていない。
コアを持たずに、オーブを持ち、術を使った。
「俺達の介入なしで術を使う軍に恨みを持った男……やっぱり魔王の手先なのかなぁ」
カミシロさんがため息をつく。
「その事なんだけどさ」
「何? まだ何かあるの?」
俺は頷いた。
信じてもらえないかもしれないけど、そう付け足して俺は起こった出来事を話した。
「アイツに攻撃した時、俺の銃弾はアイツに触れる前にただの水滴に戻った」
「……どういう事?」
「術が効かなかった、もしくは無効化されたってことか?」
「多分……」
「ちょっと待ってよ。お前、精霊王の攻撃を無効化にしたってどんだけだよ!」
「俺が知りてーよ」
「いやリョウ、そいつはお前に『お前が攻撃するのは不可能だ』と言ったんだよな」
「うん」
「それが術を無効化させるという事だったら説明がつくのか。でももしそれが本当だとしたら、かなり厄介な相手だね」
コアを持たずに、能力を使いかつ、こちらの術を無効化する……。
得体のしれない敵に、皆黙ってしまった。
スギがこの世界の人間ではないということは確かだ。
では魔物の類かというのもまた違う。
この世界の魔物は俺達もたまに戦うが、やつらは知能を持たない。
本能で生き物を襲い、捕食する。外見もグロテスクで、本音をいうと近づきたくないくらいだ。
スギは人間の形をしていた。それも、顔の整った男だ。
何より、もし魔物だとして、アイツは何をしていた。
猫と戯れていたんだぞ? 頭を撫で、嬉しそうに笑ってた。
あの時の笑顔は本物だった。
――俺がずっと見たかった笑顔だった……。
なんで?
一瞬頭に浮かんだことへ疑問をぶつけたと同時にまた頭痛が襲ってきた。
スギに会った時と同じ、頭が割れそうなほどの激しい頭痛だ。
なんなんだよ。ほんとうに。なんなんだよ……。
「……こう、くん?」
だが、カミシロさんの呟きで痛みどころじゃなくなった。
聞こえた言葉に俺とジュンヤさん、ルリンが一斉にカミシロさんへ視線を向ける。
「シロさん、今なんて……」
「え? 俺何か言った?」
彼は自分で何を言ったのかわからない様子だった。
カミシロさんは背伸びをすると言った。
「あーなんか疲れちゃった~。リョウも何でもないみたいだし、俺帰るね~。ジュンはどうする?」
「俺はもう少しコイツと話があるから残る」
「了解。じゃ、ルリンは引き続き調査よろしく~。リョウ、お前はとっとと傷直せよ」
カミシロさんはそう言うと手を振り何かを呟いた。
突然発生した風に部屋の物が散乱する。風はカミシロさんを包んで消えた。
「んだよ。人の部屋で詠唱すんじゃねぇよ」
文句を言う俺に、散乱したものを拾いながらジュンヤさんが苦笑する。
「まぁまぁ、あれでもお前の事を聞いて心配してすっ飛んできたんだ。許してやれ」
わかるけどね。わかるけどさ。
「んで話って?」
今話せることは粗方話したと思うけど……そう言うとジュンヤさんはふっと笑った。
「別にねぇよ。ただ物はついでで俺が詠唱してやる」
「え、いいよ。わざわざ精霊王にしてもらうことじゃない」
「でもオーブと俺じゃ俄然回復量が違うだろ。襲撃事件の緊急召集の時から具合も悪そうだったし、暇だから」
と言って顎をクイっと動かしジュンヤさんは俺に横になるよう促した。
「それにお前は戦力だからな。決戦の時に備えて早く回復して貰わないと困る」
「じゃあお言葉に甘えて……」
俺はベッドの上に横たわった。
ジュンヤさんは横になった胸元に手を充てて静かに詠唱を始めた。
すると、手の平に緑色の光がオーロラのようにゆらめきだした。
暖かい光がゆっくりと染みこんでいくのが分かる。
心地よい気分に包まれて、俺はゆっくりと瞳を閉じた。
「そういえばさ」
「ん?」
「俺のコアが破損しちゃって、今修復中じゃん? 俺の王臣達に何か影響あった?」
「いや、そんな報告は上がってないな。ルリンの方には来てるか?」
手を当てながらジュンヤさんがルリンに言った。
『いえ、こちらもそのような報告は受けてません』
「そっか。ならいいんだ」
俺は安堵のため息をついた。
「あぁあとさ、これも気になってたんだけど……」
「ん? なんだ?」
「コアって完全に壊れされたらどうなんの?」
「コアブレイク? まぁ死ぬだろうな」
ジュンヤさんが言った。
そりゃそうだ。心臓に埋まっているのだから。
じゃあ、アイツは俺を殺そうとしたのか?
『知ってるよ。だからごめん』
アイツは攻撃する前に、謝った。
『そのコア、壊させて』
――いや違う。
俺は城の前に倒れていた。
俺がヤツと遭遇した場所から城までは相当離れている。
状況から考えて、俺を運んだのはスギ本人だ。
言葉の通りコアを壊し、俺を殺すつもりだったとしたらあのままトドメの刺していたはずだ。
なのに、アイツは俺を助けた。
傷だけを負わせた。
この意味はなんだ?
「さて……俺もぼちぼち戻るとするか」
俺がスギについて考えているうちに、ジュンヤさんの治癒が終わったらしい。
ふと、胸元を見ると傷がしっかり塞がっていた。
「さすがトルバ・ロワ。大分楽になった。あんがとね」
「そいつはよかった」
礼を告げると、ジュンヤさんはにっこり笑って席を立った。
「そうそう、お前が気を失ってる間にここいらの周辺警備をイツキに頼んでおいた。コアの回復はお前の魔力次第だ。今はゆっくり休んどけ」
「あんがと。そうさせてもらう」
「他にも何か思い出したら連絡くれ。それじゃ」
彼は、ひらひらを手を振ると部屋から出て行った。
足音が聞こえなくなったのを確認して、俺はルリンとの通信を開いた。
「なぁ、ちょっと聞きたいことがあんだけど」
『なんでしょう?』
「コアを持たずに魔法を使う方法、本当にないの?」
ルリンは言った。
『ないこともないんですが……現代のコアが普及した状況だと考えられないんです』
「どういうこと?」
『数百年前……とある種族が生まれながらにして魔力を持ち、簡易的な魔法を使っていたそうです。ですがその彼らも今では皆コアを使用していますから、魔力だけで魔法を……ましてや精霊王の術を無効化させるなんて不可能だと思います』
「ちなみに、その種族の特徴は? スギ……該当しないの?」
『特徴はありません。種族というよりはその大陸に住むものが独自に身につけた能力のようなものです』
「その大陸は?」
ルリンは少しためらった後答えた。
『キレスタール……今は魔王が封印されている大陸です』
「やっぱそうなるのか……あんがと」
俺は通信を切った後、軽く息を吐き、寝返りを打った。
状況証拠はこんなにもスギが、魔王の手先だと訴えている。
なのに、俺にはそれがどうも腑に落ちない。
目を閉じるとまたあの笑顔が浮かんだ。
今度は頭痛がなかった。
「スギ、お前は一体何者なんだ?」
本当にお前は俺達の敵なのか?
返事なんて返ってくるわけないのに。
今わかっていることは、スギという存在が脅威であること。
そして、俺達はどこかで会っているということ。
俺は知っている。あいつを知ってる。
でもどこで会ったんだろう。
幼い頃から次期精霊王として閉鎖的な空間で俺は育った。
友と呼べるのは、同じ精霊王の3人だけ。
だけど、確実に、俺はスギと出会ってる。
会って……あの笑顔も、悲しそうな顔も見ている。
一体どこで……。
考えていたら、どんどん体も思考も重くなってきた。
うつらうつらと眠気に誘われて、いつの間にか俺は意識を手放していた。