遭遇-2
名前を呼ばれた……。
本名を、王としての通名ではなく、本名を呼ばれた。
敵なのに。本当は名前を知られているという事実に驚くべきなのに。
俺は、嬉しいと感じてしまった。
何故?
余計な事を考えないように銃を構える。
「聞こえなかったのか。武器を捨てろ」
"スギ"は両手を上げて俺を見つめる。
「武器なんて持ってない」
そう言うと、くるりと回った。挑発してるのだろうか。
――スギ!
何かが駆け寄ってくる足音が聞こえた。
現れたのはやはり黒い炎を纏った獣だった。
炎狼龍インフェリオ。
奴は言葉を発することが出来るらしい。
しかも呻きが煩い魔物とは思えない程、やけに澄んだ声だ。人間と大差ない。
トーンでいうとイツキさんに似ているくらいか。中高音域の声。
横に並んだインフェリオを"スギ"が手を伸ばし制止した。
「大丈夫です」
そして、一度目を閉じ深呼吸をすると、勢いよく瞼をあげ、目を見開いた。
何かを決意したような眼力に一瞬怯む。
黒曜石のような瞳で俺を捉えたスギはゆっくりとこう言った。
「そのお姿、青の王とお見受けします。無益な争いは避けたいので、ここは黙って僕達を見逃していただけませんか」
物腰が柔らかい言い方だ。だが発せられた言葉に重みを感じる。
冷や汗を感じつつ、俺もスギを見据える。
「そいつは出来ないな。お前には重要参考人として俺と共に来てもらう。大人しく投降しろっ!」
――スギ……。
インフェリオの声が酷く沈んだように聞こえた。心なしか尾が垂れた気もする。
スギも、目を伏せた。が、すぐに俺を見た。
「大丈夫です。でもちょっとだけ待ってください。もう少し……話、させてください」
スギの言葉にインフェリオが一歩引いた。
「話がしたい? なめてんのかお前」
「いいえ、僕は至って本気です。だから話がしたい」
「ならば質問に答えろ。支部を襲撃した犯人はお前だな」
「はい」
ためらいもなく肯定した。こちらが驚くほどに。
「あなた方の研究所を襲撃している犯人は僕です」
「目的はなんだ! どうして研究所を狙う!?」
尋問してるのは俺のはずなのに、妙に心が早る。
「取り戻したいものがあるんです」
「取り戻したい……もの?」
スギは頷き、そして前を見据えた。
「僕の大切なもの……それを取り戻したい」
じっと俺を見る目に動揺している様子はない。本当なのだろう。
取り戻すという事は、何かを奪われたというのだろうか。
まさか、軍が?
この世界に唯一存在する軍は、いわばこの世界を守る秩序だ。
その軍が一体何を彼から奪ったというのだろう。
「それは一体」
なんだと言いかけた時だ。頭が割れそうなほどの激しい頭痛が襲ってきた。
思わず顔を顰める。視界がゆがむ。
なんなんだ、さっきからなんなんだよ。
「うっぐっ……」
「リョウ!?」
「寄るな!」
俺の叫びにスギが足を止める。
スギはぐっと唇を噛み締め踵を返し、その場を去ろうとした。
逃げられると思った俺は、スギに照準をあわせ、引き金を引いた。
大きな音に逃げ出す猫達。
距離からいって外すことがないだろうと思った。
しかし、弾丸はスギの身体に穴を開けるどころか、ぴちゃっと音を立てただけだ。
水滴で作られた弾丸は効果を失ったように水になって彼の身体にかかっただけだったのだ。
「なっ!?」
声がでない。
もう一度、肩、腰、足と狙って撃ってみたが結果は一緒だった。
だが、頭痛で狙いが定まらないまま撃った銃弾は勢いそのままで地に穴を開けた。
これは一体どういうことだ。
俺の一連の動きを見ていたスギが振り返った。
「"お前"が"俺"に攻撃するのは不可能だよ」
急に口調を変え、もの悲しそうな声で呟く。
「多分、タカ兄さん……カミシロさんでも、ジュンヤさんでも、イツキさんでも」
「お前……カミシロさん達の事も知ってるのか?」
スギは頷く。
「知ってるよ。だからごめん」
手をかざし、出てきたあの大鎌を構える。
「そのコア、壊させて」
そして俺に向かって鎌を振り下ろした――。