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太一が悲鳴とも怒号ともつかぬ声を上げ吹っ飛び居間の柱にぶつかる。イズモは的を蹴った直後、後方に一回転し華麗に着地した。俺はテーブルに背中を打打ち付け崩れ落ちる。イズモが慌てて助け起こしに来た。
「伸之様、大丈夫ですかにゃ!?」
「ゲホッ…」
咳き込みながら大丈夫だと手を挙げる。
「…ほかにやり方はなかったのか?」
「やっぱり、ネコパンチのほうがよかったですかにゃ?」
「そういうことじゃない」
「じゃあ目つぶし?」
「けが人に何度も突っ込ませるな!」
「いや~テンポがいいのでつい」
イズモは頭をかいた。ぽかんとしている澄明。太一はまだ目を白黒させている。
「どうすんだよこの状況」
「仕方なかったですにゃ。伸之様の身が危険にさらされているのを見過ごすわけにはいきませんでしたにゃん。」
「確かにさっきはちょっとヤバかったけど、もうちょっと手加減してやれよ。あれでもふつうの人間なんだから。」
「えっ、でもさっき獣とか野獣とか言われていたじゃにゃいですか。てっきりほかにも同業者がいるのかと思いましたにゃん!」
「ふつうの人間だって見りゃわかるだろう!いや、わかんないか…ていうかお前、ずっと盗み聞きしてたのか?」
「ネコ聞きの悪いこと言わないでほしいですにゃ!ネコの耳はハイスペックだから家の中の音くらい余裕で拾えますにゃん!多少気ににゃって戸口のすきまから様子はうかがってたけど」
「それを盗み聞きというんだ!もういいや、疲れた。太一はお前が責任もって介抱しろよ」
「わかりましたにゃん。」
「イズモ」
「にゃん?」
少しためらったが言っておくことにした。人生は短い。
「ありがとな。」
イズモは白い歯を見せてニッと笑った。
「いえいえ、実はけっこう楽しんでやってるんで、おかまいにゃく」
「正直なやつだ…」
「伸之、僕にもわかるように説明してくれないかな?」
澄明が細い目でじっとイズモの耳を見ながら言う。
「ああ、面倒だから太一が起きたら全部話すよ。かなりぶっ飛んでるから信じられないだろうけどな。」
「あの太一をぶっ飛ばせる女の子がいるっていう時点ですでに僕の常識は覆されているよ。」
「まあ、そうだろうな。」
イズモは伸びている太一を軽々と肩に担ぎ、ソファーに寝かせた。俺たちはその光景にビビりながらもお菓子ののったお盆を持って居間へ落ち着く。イズモは冷たいタオルを太一のおでこに乗せながらしゃべった。
「そちらの方は澄明様ですにゃ?私はイズモと申しますにゃん。伸之様がつけてくださったできたてほやほやの名前ですにゃ。ぜひイズモと呼んでくださいにゃん!」
「そう、なんだ」
澄明は距離をはかりかねてずっと腰を浮かしたまま座っている。
「大丈夫、イズモは無闇に暴力をふるったりしない。」
「目的があれば別ってことでしょ?」
「私は伸之様のご友人とはできるかぎり仲良くしたいと思っていますにゃ。さっきは驚かせてごめんなさいにゃん。」
イズモは澄明に体を向けて頭を下げた。
「もしよければ、イズモも澄明様の友人に加えてほしいですにゃん。」
澄明は息を吐いてようやく楽な姿勢になった。
「そういうことなら、まあいいけど。」
「ありがとうございますにゃ!」
ずいっと身を乗り出すイズモに澄明はやっぱり腰を引いた。
「それにしても、どうしてお二人はこんな野蛮人とつるんでいるんですにゃ?」
この発言に俺たちはぎょっとして太一を振り返った。よかった、まだ寝てる。
「そういう過激な発言は控えるように」
小声で言うとイズモは不思議そうに「はいにゃ」とうなずいた。
「それについて話すには、俺たちの小学校時代のことも話さないとならないな。」
澄明をちらりと見やると、お好きにどうぞというふうにうなずいた。