6
階段を駆け下りる。急いで玄関を開けると、見るからに不良っぽい仁王立ちの大男と、見るからに不健康そうなやせっぽちの少年が立っていた。
「いらっしゃい。あれ、太一髪染めたんだ」
「あれ、じゃねーよ。どんだけ待たせてんだコラ!つーかお前こそ、そのふざけたバッテンマークはなんなんだよ。張り倒すぞ!」
「ついさっき第三の目が開眼したんだ」
冗談交じりにごまかすと茶髪の巨漢はフンと鼻を鳴らし、どかどかと家に上がりこんだ。
「今日はやけに機嫌が悪いな。」
そろりと入ってきた澄明に小声でささやく。
「今回のテストで赤点採ったら小遣い半分に減らすって親に言われてたらしいんだ。珍しく勉強頑張ってたけど、あまり成果は出せなかったみたいだよ。」
澄明は二人分の靴をそろえるとため息を吐いた。
「おかげで僕にもとばっちりが飛んできてね。買ったばかりのゲームソフト壊されちゃったよ。金あるんだからまた買えばいいだろうってさ。そりゃあ金はあるけどさ、せっかく君たちに見せびらかそうと思って今日届くようにしてあったのに、あんまりだよ。あーあ、僕はもうテンションだださがりだよ。」
つらつらとぼやきながら通り過ぎ、ふと床に目をとめる。
「伸之んち、ネコ飼いはじめたの?」
「えっ、なんで?」
ぎくりとして聞き返す。
「動物の毛が落ちてたからさ。確か犬は子どものころ噛まれてから苦手だったし。それとももっと珍しい生き物?」
珍しいというか現代にいてはならない生き物です。
「さ、さあね。母さんの買った毛皮のコートから抜け落ちたんじゃないか?」
「ふーん。確かに獣はあれ1ぴきで十分だな」
澄明は台所で勝手にコーヒー牛乳のパックを開けて飲んでいる太一を見た。せめてコップを使えと思う。
「大将、お菓子はポテチでいいですか」
「コーヒー牛乳ときたらカステラに決まってるだろ」
知るかそんなこと。
「わかった、俺が用意するから居間で待っててくれ」
これ以上我が家の台所を荒らされては母に何を言われるかわからない。
「なんで伸之の部屋の部屋じゃなくて居間なんだよ?」
「ちょっと散らかってるから。どうせテレビゲームやるなら下のでかいテレビのほうがいいだろ?今日は家族も出かけてるし」
「ま、いいだろう。ソファーは俺が占領させてもらうぜ。」
「澄明は座椅子使ってくれ。」
「了解。僕はコーヒー牛乳以外なら何でもいいよ。」
「はいよ。」
コップを出し、残りのコーヒー牛乳を太一の分に入れる。なんだ、もう半分もないじゃないか。恐るべし大食い。幸いオレンジジュースもあったので3つのコップにそそいだ。あとでイズモにも持っていってやろう。問題はカステラだが、困ったことにうちはそんなお上品なお菓子を常備していない。なにか代わりになりそうなものはなかったかと戸棚をあさる。お、ウナギーパイがある。これで勘弁してもらおう。イズモも喜びそうだしな。
「どうしてコップが4つあるんだい?」
「うわっ、澄明!背後から突然現れるのやめてくれよ。心臓に悪い」
「おどかすつもりはないんだけどね。存在感の薄さは生まれ持ったものだからそうそう変えられないよ。長年付き合っているんだからそろそろ君たちのほうが慣れてくれてもいいと思うんだけどね。」
「いや、存在感は十分あると思う。」
「そうか。じゃあきっとあそこの野獣のせいで目立たなくなっているのかもしれないな。それはそうと、僕は客人とはいえ友人の家であんなふうにソファーに寝転がっている男とは一緒にされたくないわけなんだよ。だからせめてゲーム機を運ぼうと思ってね。伸之の部屋の押し入れにあるのは知っているし。」
「いやいや、俺がやるからいいって。」
今部屋に入られたら一巻の終わりだ。
「今日の伸之は変だな。」
「そ、そうか?」
何気なく流そうとしたが、頬がひきつったのが自分でもわかった。
「うん。目が泳いでる。いつもは死んだ魚みたいな感じなのに」
「失礼だな…」
「正直な感想だよ。今僕は君が何を隠しているのか考えているところなんだ。」
「はあ?」
澄明は小さな顎に手をやった。
「君はどうしても僕らを自分の部屋の中に入れたくないみたいだ。そこには見られては困る何かがある。でも、僕らが今日ここへ来ることは先週から決まっていた。だから隠しているのは君にも今日来ると予想できなかったものだ。部屋ごと閉め切るくらいだから簡単に隠せる小さいものじゃない。そしてこのひとつ余分なジュース。きっとゲーム機をとってくるついでに持っていってあげるつもりだったんだろう。そして、さっき廊下に落ちていた動物の毛。とっさに母親のコートから落っこちたものだと言っていたが、本当は君の部屋にいる人物のコートのものだ。僕らに知られたくないってことは、女性だろうな。それも、ごまかすのが面倒な同年代のきれいな女性。アポなしで家に来るくらいだから、けっこう親しい間柄だ。それかただの非常識って場合もあるけど。」
ほぼ当たってるじゃないか!どうしよう、うまい言い訳が出てこない…
「と、ここまで考えてみたものの、伸之にかぎってそれはありえない。おおかた、捨てネコでも拾ってきたとかじゃないかな。今日は家族もいないって言ってたし、こっそり世話しようと思ってたんだろう?大丈夫、チクったりしないから、僕にも手伝わせてよ。こう見えてネコは飼ったことあるからね。といっても血統書つきのペルシャ猫だから、そこらのノラネコとは違うけど。」
澄明がドヤ顔でジュースを手にとる。しかし勝手に勘違いしてくれたことに感謝する間はなかった。横からそれをかっさらうガキ大将が現れたからだ。
「ちょっと、僕のジュースだけど」
「うるせえ!今はもうコーヒー牛乳の気分じゃなくなったんだよ!」
太一はコップを傾け一気に飲み干し、ゴンッとお盆の上に戻した。
「伸之、てめえ彼女ができたってのは本当か?」
「違う、違うって!誤解だ!」
太一の丸太みたいな腕ががっちりと俺の首をとらえる。もう、今日はこんなことばっかりだ。
「伸之にかぎってそれはないと思うな。」
「黙れ!今俺はこいつに質問してるんだ!」
腕に力が入る。澄明は恨めしげに空のコップを見た。
「さあ、白状しろ。正直に話せば一発で勘弁してやる。内容によっては半殺しにするかもしれねーけどな」
「苦し…」
「黙ってるつもりなら容赦しないぜ。今日の俺は特別に虫の居所が悪いんだ。」
絵にかいたような悪役の台詞だ。自分に向けられたのでなければ拍手を送りたい。ああ、意識が遠のいてきた。短い人生だったな。未来の俺もまさか心残りを晴らそうとしたのがもとで死ぬことになるとは思わなかっただろうな。
「……」
「ほう、いい度胸だ」
「太一、いくらなんでもやりすぎだよ。君の両親が知ったら今度は小遣い減らすどころじゃ済まなくなる。」
「うるせーっつてんだろ!」
澄明の冷静な説得も今は逆効果だった。太一は俺の首根っこをつかみ、軽々と持ち上げる。
「ダチに隠しごとするやつは、こうなって当然だよなあ!」
「…っ」
「なんだ、話す気になったか?今さらおせーよ!」
そうじゃなかった。俺はこいつに避けろと言ってやりたかったんだ。
「歯くいしばれよ。彼女も青タンのできたみっともない顔見たら、がっかりするだろうな、アッハッハ…」
あ、もう間に合わない。階段を飛ぶように駆け抜けてきたヤツは、まっすぐに台所に突っ込んできた。
「ネコキーーーック!!」
「ぶおっ」