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『はい』
「あ…翔子?」
『そうだよ。どうしたの急に?伸之くんから電話なんて珍しいね』
「う、うん、高校違ってからほとんど話してないもんな…」
まずい、何だかとっても不自然だ。落ち着こうと間をおいたら翔子が怪訝そうに『もしもし?』と言った。そうだ、待たせるのは悪い。一気に告げてしまおう。
「あのさ翔子、俺、大事な話があるんだ。軽く受け流してもいいから真剣に聞いてくれ」
『なにその難しい注文』
苦笑が聴こえる。
『伸之くんが真剣に話すなら私も真剣に聞くよ。でも、そんなに大事なことならちゃんと顔見て言ってほしい。今、自分の部屋?』
「うん」
『私も。窓開けようよ』
「お、おう…」
ケータイを切って立ちあがり、隣の家に面したほうの窓を開ける。しばらくして、向かいの出窓のカーテンとガラス戸が開かれ翔子が顔を出した。髪が伸びたせいか、最後に会ったときから半年ぐらいしか経っていないのに、だいぶ大人びたように感じる。同じ2階の部屋でもこっちのほうが高さがあるのでわかりにくいが、背も伸びたかもしれない。距離にして約150センチ。うちの窓が小さくて行き来はできないが、昔はよくここからお菓子や漫画を投げて交換した。秘密のやり取りをしているようで楽しかったが、親にはバレバレだったらしいとあとで聞いた。今考えると恥ずかしい思い出だ。
「伸之くん、背縮んだ?」
「5ミリ伸びたんだけど」
「うそ、なんか前より小さく見える」
「気のせいだろ」
お前が伸びたんじゃないかと突っ込むのも虚しい気がした。
「そうかな。」
「そうだろ。」
短い沈黙が流れる。
「大事な話ってなに?」
「うん、それは…いつか言おうと思ってて言えないままだったんだけど、それじゃ後悔するって友だちに諭されたんだ。」
実際は俺自身にだけど。
「それで?」
「それで、ええと、俺は翔子のことが…」
「え?」
俺は大きく息を吸い込んた。
「翔子のことが好きだ!!」
予想以上に声が響いてしまった。明日にはご近所中でネタにされているかもしれない。頭がカッと熱くなり心臓が飛び出しそうになる。それでも、俺は言ってやったぞ!ざあみろ未来の俺!
「…伸之くん」
「はい?」
自分とは正反対の、とても冷やかな声が返ってくる。
「その子、誰?」
「え、その子って?」
嫌な予感がして振り返ると、真後ろにイズモが立っていた。一言も聞き漏らすまいというように、耳をそばだてじっとこっちを見ている。
「さ、さあ、誰でしょう?」
「イズモと申しますにゃん!」
「にゃん?…」
答えてんじゃねーよ!!
「へえ、伸之くんとはどういう関係なの?」
「家政婦以上恋人未満ですにゃん」
「それは、友だち以上ってことでいいのかしら。」
「まあそんなとこですにゃん。」
「へえ…」
翔子がケータイを握りしめたまま一歩下がる。
「伸之くん、私の答え返すから、よけないでね。」
「待ってくれ、誤解だ!」
自分の言葉の説得力のなさに涙が出る。
「こんなイタズラしてるからいつまでも彼女ができないだよ!!」
言い切ると同時にピンク色の物体が飛んでくる。それは俺のおでこにクリーンヒットし、ゴッという鈍い音を立てた。あまりの痛さに声も出ない。倒れて悶絶していると、ピシャリと閉まるガラス戸の音がやけに響いて聴こえた。