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 イズモはエプロンの胸ポケットから何か黒くて細長い物体を取り出した。これはもしや…

「ウナギ?」

「はい、ニホンウナギのぬいぐるみですにゃん」

 イズモは1メートルほどもあるウナギを首にかけた。その片手につかんだウナギの顔は何とも間抜けな表情をしている。

「ぬいぐるみならもっとかわいいのがいくらでもあるだろうに…」

「別にかわいさは求めてないにゃん。これはあくまで」

 イズモはウナギを宙に放り投げ、バレーボールさながらにジャンプして打ち落とした。バサッと乾いた音がしてウナギが落ちる。

「捕食の練習に使うものですにゃん。」

「ウナギは宙を飛ばないぞ」

「わかってますにゃん!でもネコ的にはこの方が気合いが入るのにゃん!」

 イズモは鼻息も荒く答えた。

「ニホンウナギは2030年以降完全に姿を消してしまったのにゃん。それからしばらくは輸入に頼っていたけれどついに底をついて、日本人はうな重も蒲焼きも食べられなくなってしまったのにゃん。私が生まれた時には食用の種類はすでに全滅してたにゃん。でも文献をあさっているうちに、これは絶対美味いに違いないと確信したにゃ!それからは一生に一度でいいから食べてみたいと常々思っていましたにゃん。昔の日本に行きたいとにゃんど願ったことか!でも私はタイムマシンに乗れるほどのお金は持ってにゃかった。そこへ、願ってもないお話が転がり込んできたというわけですにゃん!」

 すごい気迫で言い切ってから、イズモはぬいぐるみを拾って首にまきなおした。

「そんなことのために今までの生活を捨てて見ず知らずの世界に飛び込むなんて、俺には理解できないな…」

「全然知らにゃいということはないですにゃ。この時代のことはひととおり調べてあるし、たかだかウン十年前に来ただけでは大した差はないですにゃん。」

 キメラやタイムトマシンの有無は十分大した差だと思うんだが。

 「それに」とイズモは立て膝のままずいっと身を乗り出し、ウナギの顔を俺の鼻先に突きつけた。

「伸之様は、何かひとつのことに夢中になったことはありますかにゃ?」

「…なんだよ急に。そんなこと言われてもすぐには思いつかないな」

「それはすなわち、まだ夢中になれるものに出会っていないということですにゃ。」

 イズモはひょこっと立ち上がってその場をいったりきたりしながら話し始めた。

「小さいころから一人っ子として大事に育てられ、競争社会とは無縁。小学生のころ友だちに誘われて少年野球のチームに入るも、指導者とそりが合わずすぐに脱退。中学では将棋部に名前だけある幽霊部員、高校じゃ最初から帰宅部員。勉強は親にしかられにゃい程度にはやるが打ち込むことはにゃく、特に趣味もにゃく、漫画やゲームで空いた時間を浪費するだけ。それが生きがいなら別に問題にゃいけど、伸之様にはどこか倦怠感が漂っていますにゃ。彼女がいにゃいというだけじゃにゃい、青春時代そのもが欠落しているのですにゃん。」

「おい、どうしてそんなに詳しいんだよ」

 俺は背中に嫌な汗をかいた。

「どうもこうも、伸之様自身から聞かされましたにゃん。たとえ他人からしたらつまらないことでも、自分が真剣に取り組めるのにゃら、それでいいじゃにゃいですか。“そんにゃこと”のために違う世界に飛び出したって、いいじゃにゃいですか。あの方が私をここへ送った意味をよく考えてみてほしいですにゃん。もしかしたら、過去の自分の背中を押すことが目的だったのかもしれませんにゃん。」

 イズモはポケットから小さく折りたたまれた紙を取り出した。

「これは未来の伸之様からの手紙ですにゃん。私は内容を知りませんにゃん。」

 恐る恐る受け取って広げる。よく見なれた、だけど年季のこもったくせ字が並んでいた。


『この手紙を託したネコが言っているのは突拍子もないことに聞こえるだろう。別に信じろとは言わないが、都合をつけてしばらくそばにおいてやってくれ。キメラの寿命は短い。おそらく3年ともたないだろう。できたら、ウナギを食べさせてやってほしい。きっとすごく喜ぶ。

 前置きはこのぐらいにして、本題に入ろう。俺は今でもずっと後悔していることがある。気になっていたあの子に思いを伝えなかったことだ。心当たりがあるだろう?そこのネコ、ああ、俺はタマ子と呼んでいたが本人はずっと不満そうだったから新しく名づけてやるといい。タマ子には俺がある人物に電話をかけるところまで見届けろと言ってある。お前、というか俺はためらっている時間が長いほど不発に終わることが多いからな。人生はあっという間だ。いいな、今やれ!すぐやれ!踏ん切りがつかないときはタマ子を見ろ。儚い命と知りながらいつでも前向きに生きているタマ子をな。』


 ハッとしてタマ子…ではなくイズモを見上げる。信じられない、このハツラツとした生き物があと3年の命だなんて。

「伸之様、どうかされましたにゃ?」

「いや、何でもない。」

「にゃらいいすが。手紙を読んだあと伸之様が電話をかけるのを見届けるよう言いつかっていますにゃ」

「お、おう。そうするようにと書いてあった…」

「時空を超えて託すくらいにゃら、さぞ大事な用件にゃんでしょうにゃー。急いだほうがよろしいんじゃにゃいですかにゃ?」

「そうだな、急がば回れというし…」

「それじゃ逆の意味ですにゃ。やっぱり気が進まないようですにゃー。もしも死ぬほど嫌なことにゃら、無理しなくていいと思いますにゃん。」

「死ぬとか簡単に言うなよ!!」

 イズモはぎょっとして目を丸くした。しかしすぐにしおらしく正座し頭を下げた。

「すみませんにゃん。そんにゃに気に障るとは思いませんでしたにゃん。でも、これはあくまでイズモとしての意見ですが、伸之様のすることは伸之様自身が決めることですにゃ。イズモのご主人は今の伸之様だから、知らぬふりをしろと言われればそうしますにゃん。」

「…もういいよ、悪かったな変なとこにつっかかって」

 俺はひとつ息を吐いた。イズモの言うとおりだ。俺がすべきことは俺が決めていい。どうせ未来の俺が怒って殴りにくることはないのだ。だいたい、自分がしなかったことを過去の自分に課すのは不公平な気がする。よし、俺は…

 イズモの開かれた穏やかな目が俺を見つめている。こいつは名づけてやったというだけで未来よりも今の俺の味方になった。とことんいぶかしげな存在のくせに、どうしてこんなに心強く感じるのだろう?

「…イズモ、もし俺が玉砕したら、俺の小遣いでうな重を食べに行こう。」

「にゃんと!!じゃあ、腹を決めたんですにゃ?」

「ああ」

 俺は尻ポケットからケータイを取り出す。

「でも、どうせにゃら強気に成功したほうに賭けてほしいですにゃん。」

「それだと万にひとつも食べれる可能性がなくなるからな。」

「じゃあうまくいったときはサンマ定食でお願いしますにゃ」

「どっちに転んでもお前は勝ちじゃないか!」

「どっちに転んでも楽しみがあれば気楽ですにゃん!」

 イズモはニッと笑って白い歯を見せた。くそ、なんかいいように誘導されているような気がする…

「まあいいだろう。じゃあ、かけるぞ」

 電話帳から久しくかけていなかった名前をさがす。いったん深呼吸し、発信ボタンを押す。もう後戻りはできない。2回、3回と呼び出し音が鳴る…


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