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「名前をもらったことだし、ここからは謙虚にいくにゃん。でも少々ぶっ飛んだ話になるので軽く受け流してくれると助かるにゃん」

「もう十分すぎるほどぶっ飛んでるよ」

「私は未来の伸之様が送りこんだ、ネコ型家政婦ですにゃん。」

「へえ」

「あれ、驚かにゃい?」

「日本人ならなじみ深い設定だからな」

「そ、そうですかにゃ…」

 イズモは意外そうに首をかしげた。自分から軽く受け流せといったくせに、変なやつだ。

「未来の伸之様はそれはもう大金持ちで、これでもかというほど道楽にひたっていますにゃ。」

「うらやましいな」

「でも、そろそろ人生終わりに近づいて、たったひとつの心残りがあることに気づきましたにゃん」

「なんだ死ぬのか…」

「それは、青春時代に一度も恋をしにゃかったことですにゃん!!」

「そんなに声張るなよ」

「だからせめて、家政婦の中でこのころの伸之様といちばん年の近い私を過去に送ってなぐさめようとしたにゃん」

「タイムマシンでか」

「そう、タイムマシンでにゃ。未来ではたいていのことは金を払えば実現できますにゃ」

「それはすごいな。で?」

「で?」

「続きはないのか?」

「終わりにゃん。」

「…」

「…」

 ここはあえてどうでもいいところを突っ込んでみよう。

「なんでネコ耳なんだ?」

「伸之様の趣味ですにゃん」

「少なくとも今の俺にそんな趣味はないが」

「申し訳にゃいけど、これは取り外し不可ですにゃ。」

「確かネズミにかじられてなくなるんだったか…」

「にゃんだか大きな誤解があるようだけど、お国はロボットではなくキメラですにゃ」

「にゃんだって!?あ、違う。なんだって!?」

 イズモは耳をぴくぴく動かした。

「ちなみにこのポケットには家政婦の七つ道具しか入っていないですにゃん。」

「それは残念だ。ていうか、どうしてキメラが家政婦なんかやってんだよ。そんなに強いのに」

「キメラはご主人の命令通りに動くように調教されてるのにゃん。私は命令に忠実にここにやってきただけにゃんで。」

「残酷だな」

「高齢社会を支える画期的なシステムですにゃん。それに、ちゃんとお給料ももらってるにゃん。」

「…まさか俺にも払えとか言わないよな?」

「その点はご心配にゃく。前払いでたっぷりもらってるにゃん。」

「それはよかった」

 ってなに安心してるんだ俺。

「どうやら納得してくれたようですにゃ~」

 イズモはひとつうなずくと立ちあがった。

「あイタタタ…しびれたにゃ。ちょっと失礼しますにゃ」

 そう言って背を向け部屋の隅の柱にかがみこむ。…ガリガリと嫌な音がする。

「おいコラ、人んちの柱で爪を研ぐな!!」

「のーぶーゆーき、いーずーもっと」

 あっという間に昔懐かしい相合傘のマークの出来上がり。

「やめろよ!柱の傷と心の傷は一生治らないんだぞ!!」

「申し訳にゃいですが、これは伸之様の指示ですにゃ。私がちゃんとこの家で任務を果たしていることをお知らせするために証拠を残すよう言われましたにゃん。」

「知るかそんなこと!どうすんだよこれ、これから友だち来るのに…だいたい、あんな作り話俺はちっとも信じていないからな!なぐさめとかいらないからとっとと帰ってくれ」

「ハー、それは困りましたにゃー」

 イズモはこれ見よがしにため息をついた。

「未来からくるぶんには問題にゃいですが、こっちから戻るのは難しいっていうか、不可能ですにゃん」

「どうしてさ?未来じゃ金があればたいていのことができるんだろう?」

「そう、未来にゃら。でもここは過去だから、タイムマシンをつくる技術もなければお金もありませんにゃ」

「でもさっきそこに…」

 俺は机の引き出しを開けた。ぐしゃぐしゃに押し込まれた紙の束があるだけだった。

「あれは向こうの装置でつくった一方通行の道で、くぐり抜けると消えてしまうのにゃん」

「じゃあお前、どうやってもとの時代に帰るつもりだったんだ?」

「最初から帰れないとわかってて来たにゃん。」

「なん、だと…」

 イズモは登場したときと同じ平然とした顔で俺を見ている。

「いや、別にあんな話を信じてるわけじゃないぞ。でも給料もらってるぐらいならやりたくない仕事は断るべきだろう。それともキメラには人権はないのか?」

 イズモはゆっくりと首を振った。

「伸之様、あ、未来のほうのですにゃ…は、ちゃんと私の意思を尊重してくださいましたにゃ。本来ならタイムマシンの技術が開発されたあとの時代よりも前にさかのぼってタイムトラベルすることは滅多ににゃいけど、どうしてもという場合には本人が同意書にサインするにゃん。私はちゃんと自分でサインを書いて来ましたにゃん。」

「なんでそこまで…生きてた時代に未練はなかったのか」

「にゃいことはにゃいけど、それ以上にこっちにきたい理由がありましたにゃん。」

「理由?」

「はい、これですにゃん」


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