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我らは過去を食らう猫(モノ)  作者: 実音(みおん)
7/30

みんな同じ猫(モノ)だから

ジュネスは店じまいをしていた。今日は雨が降っている。雨のせいで客があまり来なかったので、これ以上店を開けても誰も来ないと判断したためである。


そういや、台風が近づいているとニュースで流れていた。シュマンに頼んで窓を板で固定して貰おうかと思ったが、シュマンは今師匠と共に過去狩りに出ている。こんな雨の日でも過去狩りをしなければならないのは大変だ。タオルと暖かい良い香りのする紅茶でも入れてやろうとジュネスは思った。


店じまいも終わり、店内も静かになる。雨の音だけが聞こえている。


ジュネスは欠伸をひとつして、奥の部屋へ行こうとした。


ふと、窓に映る人影を見つけた。


ドアを開けて窓の方を見てみる。そこには雨に濡れてビショビショになった服を着た黒髪の男性がいた。


「雨宿りですか?どうぞ、お入り下さい!ここじゃ冷えますよ」


ニコッと笑いながら言う。男性は少し戸惑ったが、コクッと頷き、店の中に入った。


「こんな雨にここを訪れるなんて、大変ですね」


タオルを男性に渡しながらジュネスは言う。


「ちょっとした用があるんですよ。それでこの町に来たら、生憎のこの天気。恵まれてませんね」


男性はハハッと笑いながらそう言った。ジュネスもフフッと笑う。


「そうですね、大変でしたでしょう?すぐ暖かい紅茶を用意しますね」


「でも…」


「大丈夫ですよ、お金は入りません」


そう言い紅茶を淹れるジュネス。男性は深く被っているフードで顔は確認出来ないが、微笑んでいるようだった。


「ありがとうございます…」


「良いんですよ、よく弟にも同じ事していますしね」


「そうなのですか…」


「そうですよ。はい、どうぞ」


紅茶を差し出す。男性はペコリとお辞儀をし、紅茶を一口飲んだ。


「美味しいですね、いい香りだ」


「ありがとうございます…!」


自分の淹れたお茶が他人に褒められると嬉しい。ジュネスは嬉しい気持ちになった。


そして同時に、男性の顔を見て、驚く。


「酷い火傷…」


「ああ、これですか?ちょっとした兄弟喧嘩で弟にやられたんですよ。特に気にしてはないです」


男性は微笑む。よく見ると火傷が顔のほぼ半分を覆っている。どんな兄弟喧嘩だったのだろうと思いながら、「そうなんですか…」とジュネスは答えた。


「弟って、お互い大変ですね」


男性は言う。ジュネスは少しだけそれに共感した。


「そろそろ時間だ。紅茶、ありがとうございました」


男性は頭を下げてお礼を言った。そしてドアに手をかける。


「ちょっと待ってください!」


ジュネスは反射的に呼び止めた。男性はなんだろうと首を傾げる。


「あの…!名前を教えていただけませんか!?」


「名前、ああ、いいですよ」


男性は微笑んで言った。


「僕はミヴェル=ソワール 。ソワールはフランス語で「夕方」とか…「夜」とか言う意味です」


男性は暗闇を去っていった。雨はもう降っていない。


「…ミヴェル=ソワール…」


ジュネスはポツリと呟いた。


脳裏には、ミヴェル=ソワールと名乗った男がいた。









「ただいまです、ジュネス姉さん」


シュマンが帰ってきた。案の定雨に打たれ、びしょ濡れになっている。タオルを差し出すと「ありがとうございます!」と元気よく言い、受け取ってくれた。


「そういや、師匠さんは?」


「師匠ならクロヤさんの所に行きましたよ。次の仕事の依頼が来たそうなんです」


今更言うが、師匠は希少種の猫を保護する保護員の仕事をしている。自分も「過去を食らう猫」という希少種で、昔、ある理由で行き場をなくした時にクロヤに助けてもらい、その関係で恩返しも兼ねて仕事をしていると前に聞いた事がある。


「今回は希少種猫の保護では無いらしいですよ。なんか…今日は保護された希少種猫が皆帰省する日らしいです。その猫狩りから希少種猫の身を守る護衛役らしくて…よく分かりませんが…」


「ああ、『自由の一週間』ね。忘れていたわ」



『自由の一週間』


全ての希少種猫保護施設で年に5回行われる帰省の一週間である。普段は保護施設での生活を義務づけられるが、その一週間はどこにでも行ける事が出来る。元はある希少種猫が約20年前に保護施設での生活を嫌い、自由に世界を見たいという要望を持ち出した事から始まった。当時(今もそうだが)の基地長、クロヤ=ノワールはそのことについて熟考した結果、一週間の自由の時間を取り入れたのだ。


「今日は色々な事が起きるわねぇ…」


頬杖をつきながらジュネスは言った。シュマンは首を傾げる。


「今日は何かあったのですか?」


「ふふ、いい男性に出会ったのよ。黒髪の性格の良さそうな男性だわ」


ジュネスはにやけている笑顔に近い微笑みでそう言った。


「青年君がもう少し大人になったら、あんなになるんだろうなぁって思うわ」


「そ、そうなんですか…」


シュマンは少し戸惑った。自分かもう少し大人になった感じっていわれても…想像がつきにくい。


ふと、ドアをノックする音が聞こえる。


「あら、もう閉店したはずよ。なんの御用かしら」


ジュネスはドアの覗き穴を見た。そして驚く。


ガシャンッ!と、外の方で何かが倒れる音がした。


「あら…クロヤさん…!?」


ドアを開けると10mぐらい離れた所に長身の黒い奴が頭を抱えうずくまっていた。


シュマンの脳内に白兎の姿が浮かんだ。











この人の女性嫌いは、いつまで続くのだろうとシュマンは思った。


「申し訳ない…女性には未だ慣れていないのだ…!」


「びっくりしましたよ。女性を見ただけで10mも飛ばされるって…」


クロヤは顔を手で覆い、ソファーでうずくまっている。ジュネスにはしばらく奥の部屋でいてもらう事にした。自分の体も男性化し、クロヤを励ます。


「なんの御用だったのですか?今日から『自由の一週間』って聞いたんですけど…」


「ああ、その事についてだ。我は幼き頃から独り身でな、故郷と呼べるところがないのだ。どうしようと思っていた時に、エスポワールからここの店の事を教えてもらったのだ」


「師匠からですか…」


「シュマンよ、一週間だけここに滞在してもいいかと、ジュネスに伝えてはくれまいか?頼む」


「わ、分かりました」


シュマンはぎこちない笑顔を見せる。クロヤは今のシュマンが男性だとわかっていても、あの一件の影響で目を合わせようとしない。お互いに何処か壁を作ってしまっている。


(師匠…早く帰ってきてくれないかなぁ…)


クロヤには失礼なことだが、師匠が早く帰ってくることをシュマンは願った。


しばらく時が経つ。


クロヤはジュネス(女性)の存在に少し慣れ、目は合わせようとしないが、遠い所から会話ができるぐらいまで成長した。言葉が途切れ途切れだが…。ジュネスもクロヤの事は知っていたらしく、配慮している。


「基地長さんがわざわざ来て下さるなんて光栄だわ」


といいいつもより豪華な料理を作っている。


シュマンもこの空気にはもう慣れたらしく、いつもの笑顔でジュネスの手伝いをする。


シュマンが、ふとクロヤの方を見る。机で作業をしているらしい。机には沢山の資料がドサッと積み上げられており、クロヤは無言で黙々と作業をしている。基地長って大変だなぁとシュマンは思った。


「クロヤさん、お風呂が沸きましたよ、入りますか?」


「いいのか?じゃ、有難く使わせて貰おう」


クロヤが資料を軽くまとめ、それをカバンにしまい、お風呂場の方へ行った。


「クロヤさん…大変そうですね」


「そうだわね、何かお手伝い出来たら良いのだけれど…」


「私達じゃやりたくても出来ませんよ、女性と両性ですから、クロヤさんが困りますよ」


シュマンがハハッと少し困ったような笑い方をする。「それなら仕方ないわね」とジュネスもシュマンと同様に微笑んだ。


「まあ、偉いわね。まだあんなに若いのに基地長を務めて。基地長さんは多分まだ未成年よ。まあ、それは外見上の話で、ドラキュットだから私達なんかよりももっと生きてると思うわ」


ドラキュットは長く生きる。生命力はエルフ(キャット)や両性よりは劣っているが、代わりに寿命がトップレベルで長い。ドラキュットは5年で1歳と本に書いてあった事を思い出した。


「クロヤさんって、19歳ぐらいかな…」


「まあそんな所ね、詳しくは分からないけれど」


ジュネスが言う。若いっていいわねぇって呟く。そういやジュネス姉さんは一体幾つなのだろう…と、シュマンは思った。ジュネスはシュマンに年を教えていないらしい。


トントンッと、ドアをノックする音が聞こえた。


「師匠かな…。今開けます!」


シュマンの考えは外れたようだ。クロヤの使用人らしき男性が、ドアの前で立っている。


「夜分遅くにすみません。クロヤ基地長様はいらっしゃいますでしょうか?」


男性がクロヤの名を呼ぶ。シュマンはクロヤを呼んだがもう風呂に入ってしまったようだ。その事を男性に伝えると、男性はシュマンに小包を渡して、


「どうかこれをクロヤ基地長様に届けて頂けませんか?」


「これは…」


「クロヤ基地長様の下着です」


それを聞いてシュマンは驚いた。結構ドジなんだなぁとクロヤに対する考え方が可愛い方向に少し動いた。


「分かりました!届けておきますね」


男性はペコリと頭を下げて帰っていった。


シュマンはジュネスにその事を伝えた後、風呂場へ届けに行く。両性なので少しだけ抵抗があったが、今は仕方ない事だ。ちゃんと男性化しているのを確認し、風呂場に入る。


「失礼します…。クロヤさん使用人の方が下着を…」


クロヤの方を見た瞬間、体が凍りついた。


「っ!!シュマン…!」


クロヤは必死にそれを隠すが、隠しきれていない。


シュマンが見たもの…それは…



クロヤの身体中にある、酷い傷跡だった。











「クロヤさん…その傷…」


硬直状態でシュマンは言う。


クロヤは後ろを向き、タオルで背中の傷を隠した。が、痛々しい傷跡は背中以外の腕や足、首元にもあるので隠せていない。


「…シュマン、あまりこちらを見るな…!」


クロヤは必死で言う。シュマンは


「すっすみません!」


と謝って風呂場を出た。


クロヤさんの…全身にわたる傷…


火傷の跡から、深くえぐられた跡、何かで切られた跡など、長時間見ていると吐き気がしてくるような残酷な傷跡だ。


クロヤさんは…一体どんな過去を…


「シュマン、邪魔だぞ、どいてくれまいか」


風呂から上がって服を着たクロヤが出てきた。服でもうあの傷跡は見えない。


「…我も昔保護された身、このような事は誰にでもあるのだ」


クロヤがシュマンと目を合わさずにそう言う。そして無表情でリビングの方に行く。


よく見ると若干歩き方がぎこちなく見える。それもあの傷と関係があるのか。


頭が真っ白になりながらリビングに戻ると、師匠が帰ってきていた。師匠はクロヤと話をしている。


その何気無い風景も、シュマンには怖く見えた。


今立っているこの風景が、当たり前にあるのではないのだって…


「シュマン、ちょっと来い」


師匠に呼ばれる。シュマンはそれが物凄く怖かった。出来れば忘れてしまいたい。この世界が残酷だなんて…


外へ出る時、珍しくクロヤと目が合った。だがその眼差しは、自分を睨んでいるようだった。


「…シュマン、見たのか…その…クロヤの…傷跡」


戸惑いなから、口ごもりながら師匠が言う。


シュマンはしばらく黙った後、ゆっくりと頷いた。


「初めてだったらそりゃショックを受けるさ、俺を最初見た時は怖すぎて怖すぎて…ろくにクロヤの顔なんて見れなかったぜ?」


師匠がシュマンを励ます。だが、シュマンは俯いたままだ。


「…クロヤはな、昔猫狩りに狩られて、ある極悪な宗教の生贄ともして売られたんだ。あの傷はその時の体罰の跡だ。詳しい事は教えてくれないが、猫狩りに捕まるとあんなになるんだと、世界が怖く感じた」


師匠が言う。


そうだ…今の生活が当たり前じゃない…


一歩道を間違えれば地獄だったんだ。


シュマンの背中に冷や汗を感じた。


「だからよ、クロヤは希少種猫保護施設に入所して、俺達を保護してる。自分と同じ事になって欲しくないと言う思いで…」


師匠は外から店の窓を見た。


窓の奥にはクロヤが険しそうな顔で仕事をしている。


「涙が出てくるぜ…クロヤもジエンも、苦しかったんだって思うとよ…。俺は記憶を無くしちまってて、苦しい思い出なんてそう無かったから…」


師匠が裾で軽く出てきそうになっていた涙を拭き取った。そしてこう言う。


「希少種猫ってのは、大変なんだ。そう簡単に未来を見せてもらえねぇからよ。でもよ、そんな状況の中で生きてんだ。だから、嫌だとは思わずに、普通に接してやれよ?皆同じなんだから…」


師匠は店の中に戻った。


シュマンは一人、夜空の下にいる。


「…希少種猫か…」


ふと呟いた。


なんで、希少種猫として生まれてきたのだろう…


別に、他の普通の猫と変わらないじゃないか…


自分の存在が、嫌になった。












あの後、シュマンはクロヤに謝った。


あの傷跡を少しでもきみ悪がった事、今までの振る舞いの事。


クロヤは「謝る必要はない、別に気にしていない」と言い、シュマンを真っ直ぐと見た。


あの睨まれたように感じた眼差しとは違う、優しい眼差しだった。


「シュマン、人は皆同じなのだ。我が自由を手に入れたように、お主も今、自由であろう?だから過去など振り返ってはいけないのだ。未来(まえ)を見ろ。よいか?」


クロヤはニコッと笑ってシュマンに問う。シュマンはそれに元気よく答えた。


そして、楽しい一週間か過ぎ、クロヤは保護施設へ帰って行った。


「短かったですね…この一週間」


「クロヤと仲良くなれたみてーでよかったな、シュマン。クロヤも満足していたぜ」


「なんか…私の中のクロヤさんのイメージが…完璧に白兎になりました…」


「白兎!?なんだそれ!?」


クロヤの過去…別に気にすることはない。


それより、今を大切にする!


そう心に決めた、シュマンだった。










暗い道のりを、クロヤは歩く。


夕方もいつの間にか過ぎ、いつしか夜になっていた。


「やっと見つけた。いつもこの時間帯にしか現れないんだな」


クロヤが言う。家の影からこちらを見る、黒髪の人物に話しかけたようだ。


「お主の名前みたいだ」


「別に狙ってるわけではないよ、クロヤ」


黒髪が言う。


「そうか…なら残念だ」


クロヤは黒髪の目をしっかりと見て、そして言った。


「ミヴェル=ソワール、いつになったら保護施設へ戻って来るんだ?」


黒髪の人物…もとい、ミヴェル=ソワールはクロヤを睨んだ。


「あいつが…いなくなるまで」


「だからあいつって誰なのだ?保護施設の関係者か?」


ミヴェルは後ろを向き、そしてにやけながら言う。


「お前には分からないだろうな…カイヤのことなんて…」


「…カイヤ…?」


クロヤは頭を傾げる。確か…そんな名前の奴は保護施設にいなかったはずだ。


「あいつ…せっかく過去を食ってやったのにノコノコついて来やがって…!」


ミヴェルが地面を睨みながら言う。握った拳に力が入っている。口調も、ジュネスと会った時とは全然違う。よほどその「カイヤ」と言う奴を憎んでいるのだろう…


「そのカイヤとか言うやつがいなかったら、戻って来てくれるのか?」


「ああ、あいつさえいなかったらそれでいい」


ミヴェルはそう言い暗闇に消えて行った。


クロヤはそれを見て、ふと呟く。


「あいつも希少種猫なのに…。希少種猫は皆同じじゃないのか…?」










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