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我らは過去を食らう猫(モノ)  作者: 実音(みおん)
6/30

未来を見て、笑っとけ。それが俺の、愛情だ。


「…もし、お前が次にセリアとアンナに会う時は、こう…伝えておいてくれないか…?


『ずっと、笑ってろ』って…


そしたら俺も…お前達の心の中で…笑ってやる…から…」


これが俺が聞いた、ジエンの最期の言葉だった。




師匠があの日、ジエンがいるという情報を手に入れ、急いで町の出入り口である門の前を訪れた時、赤く染まった道が目についた。引きずったように伸びているその赤い道は、師匠に現実という残酷な真実を考えさせられた。


「…ジエン…!!」


師匠は赤い道を全速力で走っていく。息が上がって苦しいのさえ今の師匠には分からない。それよりも胸が痛くてたまらない。


ふと、涙が溢れそうになった。ダメだ、ジエンはまだ…死んだわけじゃない!!そう思いながら、ほんの少しの希望だけを頼りに前へと走った。


赤い道の終着点に着いた。と同時に、師匠に強い感情が生まれる。


師匠の目に焼き付いたのは、深緑の髪の色をした男子。ジエンだった。だが、それは親友であるからこそ分かったのであって、他から見れば分からないくらい無残な姿をしていた。


体じゅうに傷を負い、腹部は何かで刺されたのか、中のモノが見えそうなぐらい深く傷つけられている。それでも意識を保っていられるのは、ジエンがエルフ(キャット)という、生命力のとても強い種族であることを示している。


「ジエン…!!しっかりしろよ…!!ジエン…!!」


師匠が必死で呼びかける。ジエンは、光を失った目で師匠をゆっくり見て、そして微笑みながらうなづいた。


「…エ…ス……来てくれたん…だな…」


「何も言うな!今近くの保護所へ連れて行くからな…!だから生きろ…!」


ジエンはうなづくと師匠の小さな身体に寄りかかった。スルッとジエンの着ていた着物がはだけ、肩の痣が目に入る。


「…くそ…!なんだよ種族って…!ただの差別じゃねーか!!」


師匠はジエンを担ぎ、保護所を目指す。ジエンは思ったより軽かった。それが師匠にとって、とても怖かった。


「死ぬな…!ジエン…」


「…だい…じょうぶ…俺は…がっ…!」


ジエンが血を吐く。


「…エ…ス…」


ジエンが師匠の名を呼ぶ。


「だから喋んなって!それで体力が勿体ねぇんだよ…!」


焦りに焦って強めで言ってしまう。


「…もう…体力が…限界だ…」


「ジエン!何言って…!!」


やめてくれ…!ジエン…そんな事言わないでくれ…!!


「なぁ…エス…、お願いを…聞いて…くれ…」


「なんだよ…!願いって!!」


ジエンは微笑む。



「…もし、お前が次にセリアとアンナに会う時は、こう…伝えておいてくれないか…?


『ずっと、笑ってろ』って…


そしたら俺も…お前達の心の中で…笑ってやる…から…」



その瞬間、なにかが抜けていく感じがした。と同時にジエンの身体が師匠から落ちる。


「…うそ、だろ…」


地面に倒れているジエンを見て、師匠のずっと堪えていた涙がポロッと溢れた。


「ジエン!!返事してくれよ!!ジエン!!」


返事がない。


師匠は涙を押し付けるように拭い、再び、ジエンを担いだ。冷たいジエンの身体が師匠にさらなる恐怖感を与えた。



人気の少ない場所に着いた。師匠は今一度、ジエンの状態を確認する。


そして、電話をかけた。


『もしもし、どうだ?エルフ(キャット)の保護は』


「……」


『…そうか、ご苦労だった。ちゃんと墓を作ってやらなきゃな。今日はもう…休んでくれ。後はこちらで保護する』


「…ああ、頼んだ…」


ぽた…ぽた…と2、3滴、雨が降ってきた。次第にそれは大粒の雨となる。


師匠は雨に濡れながら、ジエンに寄り添った。師匠の表情は濡れた髪の毛で見えない。だが、ジエンの表情は、微笑んでいるように見えた。


『子孫はどうする?一緒に保護するか?』


「…保護するなら…、俺が、父親になってもいいか…?…ジエンに…頼まれたんだ…」


『…ああ、お願いする。そっちの方が、そのジエンとか言うエルフ(キャット)も、喜ぶだろう』


「…ありがとうございます…」


雨が地面を強く打ち付ける。師匠は上を見上げ、大声をあげて泣いた。


涙が、雨と混じり合った。









雨と共に、泣き叫ぶ少年が1人いた。




「じじょゔ…!!」


泣きながらシュマンが言う。シュマンはこの様な話に弱い。意外と涙脆いのだ。師匠も人の事を言えないのだが…


「……シュマン、今からある所に行く。顔洗ってついて来い」


そう言い外へでる師匠。シュマンは師匠の言う通りに顔を洗ってから師匠の後をついて行った。


師匠は早歩きでどんどん歩いていく。シュマンは一定の間を空けながら師匠の後を追う。師匠の後ろ姿は、何処か悲しげだった。


ふと、師匠が足を止めた。そこはとある希少種猫の保護施設だった。師匠はその大きな施設を見てしばらく黙り込んだ後、こう言った。


「わり、ちょっと寄り道するわ。付いて来い」


施設の中へ入る。


シュマンは保護施設へは一度、師匠と初めて出会った際に訪れたきり、行っていない。少しドキドキしながら施設の中に入る。


中には広いロビーがあり、人(猫)が溢れていた。シュマンはその光景に驚いた。なぜなら、目線の先にあるすべての猫が、希少種だったからである。比較的背の小さいドワーフ(キャット)や、身体が殆ど水で出来た水猫(すいびょう)、生命力がエルフ(キャット)の次に高いと言う永年猫(えいねんびょう)など、様々な種族が沢山いる。


「エスポワール、おかえり。久しぶりだ」


「おう、久しぶりだな」


ある猫が師匠に声にかけた。相手は身長が軽く2メートルは超えているであろう、背がとても高い細身の男である。全身黒い服を着ていて、灰色の髪、動物で例えるならコウモリのような、何処か不気味な雰囲気の人物である。


師匠は天井を見ているかのような体勢で思いっきり上を見上げて喋っている。ずっと喋ってたら首が辛そうだな…と思った。ふと、シュマンに疑問が生まれた。


「エスポワール…?」


「ああ、俺の本名らしい。性の方のな」


「エスポワールも過去を失った状態でここへ来た。そして色々調べた結果、名前の方は分からなかったが、性の方は確認できたのだ」


冷静に背高のっぽが言う。シュマンは「なるほどです…」と呟いた。


「俺の名がエスポワールって、なんだか笑えてくるだろ?俺に似合わねー名前だろ!」


師匠はゲラゲラと笑いながら言った。確かに、慣れていないからもあってか、師匠の外見でエスポワールという性は少しだけ似合わないとシュマンは思った。師匠は師匠だと思っていたから。


「で、何の用なのだ、エスポワールよ。何か用があって此処へ来たんだろう?」


「ああ、クロヤ。シュマンと会うのは初めてだっただろ。紹介が遅れたが、こいつが前に言った俺が保護した「両性」の種族のシュマンだ」


「あ、初めましてです!シュマンといいます!」


シュマンがぺこぺこと頭を下げる。


「我はクロヤ=ノワールと申す。部下のエスポワールが世話になっておる」


クロヤ=ノワールという名前でより一層黒のイメージが強くなった。ノワールはフランス語で「黒い」という意味だ。


「シュマン…フランス語で「道」という意味か?」


「あ、はい!師匠につけて貰った名前です!」


「ふっ…いい名前だな」


クロヤは少し微笑を浮かばせた。何故かその笑みが少しだけ不気味に見えた。


「は、はは…」


シュマンは戸惑いながら笑う。クロヤはいい人なのだろうとは思うがこの独特の雰囲気には慣れない。少しだけ申し訳ない振る舞いをしてしまった事にシュマンは少し後悔した。


「シュマン…なるほど、興味深い…」


クロヤがシュマンの方を見てニヤッと笑った。シュマンにはそれが何か企んでいる笑みに見え、ゾクッと背筋に寒気が走った。


クロヤがシュマンに顔を近づける。シュマンは戸惑い、思わずクロヤから目をそらす。


師匠は頭を抱え、こう言った。


「始まった、クロヤの吸血鬼反応…」


「え…」


瞬間、首元に鈍い痛みが走った。










シュマンは今置かされている状況に頭がついてこなかった。


目線の斜め下のあたり、灰色の髪が映っている。首元に痛みと体温。何処か生暖かい。


…て


「うわぁぁぁぁぁ!!!!」


叫ぶ。そしてクロヤを突き放す。その場に倒れるクロヤに無意識で蹴りを入れようとする。師匠がその瞬間を見切り、


「シュマン!!ストップ!!」


シュマンを止めた。


シュマンの蹴りはあと1㎝でクロヤに届く所まで来ていた。


「あ!!ごごごめんなさい!!つい無意識で手を出して…!!」


シュマンは必死に謝る。自分の身に何か危険な物が襲いかかったら、思わず反撃してしまう防御方法がシュマンには身についてしまっている。そうなってしまうのも無理はない。


ロビー内はざわついている。クロヤは下を向いたままだ。


師匠はふと思った。クロヤがなかなか上を向かない理由。


「シュマン!今すぐ男性に戻れ!女体化してるぞ!」


シュマンはさっきの一件で驚き無意識に女性化してしまっていた。


そしてそれを見てしまったクロヤは…


「…我は…(おなご)に手を出してしまった…!」


師匠の考えは当たった様だ。クロヤは頭を抱え込み、叫び始めた。何人かの施設の使用人達がクロヤの元に駆けつけ、落ち着かせる。


「クロヤは極度の女性嫌い…女性と関わるのが苦手なんだよ。なんかあいつの中には女性は純粋な生き物で、決して汚らわしてはいけねぇとかいう考えがあるんだよ」


「な、なるほどです…」


シュマンはクロヤのギャップに驚いた。さっきまでの「黒」のイメージがいつの間にか無くなっていた。今思うと、動物で例えると白兎の様な…「白」っぽいというか…


「てか、ドラキュットだったんですね…クロヤさん…」


「正式名称は吸血猫(ヴァンパイアキャット)だ。ドラキュラって吸血鬼って意味だと誤用される事多いからな…。ドラキュラキャットでドラキュット…いつからこの名称が広まったんだよまったく…」


師匠はため息をしながらそう言った。でも師匠も時々ドラキュットって言ってるじゃないですか、と反論したくなったが本人がいる前なので止めておいた。


「クロヤはそれの純血だ。ドラキュットは常に血に飢えてるからな、珍しい種族を見て吸血鬼の血が騒いだんだろ」


師匠は笑いながらそう言った。あ、師匠今ドラキュットって言った…


「ドラキュットも、色々大変ですね…」


もうめんどくさいので訂正しない。


過去を食らう猫が過去を食らうように、ドラキュットは血を飲む。ドラキュットにとっては血が主食だ。こんな状況下で生きているクロヤは、その能力をどんな風に思っているだろうと思った。


嫌になったりとか、しないのだろうか…


「エスポワールよ…」


クロヤが使用人に支えて貰いながら立ち上がり、少し顔色を悪くしながら言った。


「…エルフ(キャット)の所へ…行くのか?」


瞬間、師匠は笑うのを止めた。真顔になる。


さっきまで師匠が向かっていた場所…。


「シュマン、行くぞ」


「し、師匠…」


師匠は早足で施設を去っていく。シュマンはふとクロヤの方を見る。


目は合わせてくれないが、クロヤは微笑んで、


「エスポワールをよろしく」


と言ってくれた。シュマンはそれに元気よく返事し、師匠を追う。


そして、ジエン=スーリールに逢いに行く。


「ジュネス姉さん…」


シュマンはボソッと、ジュネスの名を呼んだ。








愛情って、なんなのだろう。



「着いたぜ…」


師匠が言う。暗い路地裏にポツリと、コンクリートの物体が置いてある。そこに花が添えてあるだけで、他には何も無い。


「ここが…ジエンさんの墓…」


「ああ。…ジエン=スーリール、元気か?今日はこの前言ってた弟子のシュマンを連れてきた。「両性」の種族だ。…あと俺と同じ過去を食らう猫でもあるぜ」


師匠が笑いながら言う。話し相手は現実味を帯びた冷たい物体だ。


「師匠…何故貴方は…こんな状況に笑っていられるのですか…?」


恐る恐る聞いてみる。墓の前で笑ってる人なんて初めて見た。作り笑いならまだしも、心の底から笑ってる人なんて…


「…ジエンに言われたんだ、「ずっと笑ってろ」って…だから笑ってるだけだ」


「でも…そんなの…悲しいです…」


亡き友の約束を守っていることに関しては、良いことだなぁと思うが、感情的に考えると、その行為はとても辛すぎる。苦しすぎる。


思い出したくない記憶が、蘇ってくる。


「…希少種の猫たちは、皆一度は自分の種族や持っている能力を恨んでる。クロヤや俺だってそうだし、ジエンだってそうだ」


師匠が言う。確かに、シュマンだって「両性」というだけで過去狩りに何度も狩られそうになり、同時に「過去を食らう猫」というだけで他人の過去を食らうというやりたくもない残酷な行為をしなければならない。


「でもよ、過去ばっか振り返ってても意味ないぜ?前を向いて楽しい事色々感じて、時々後ろを振り返ったら、あの頃の泣いていた自分はもう居ない。皆笑ってる。そうだろ?」


「だから…ジエンさんは「笑ってろ」って…」


それを聞いてシュマンは納得した。シュマンもあの一件以来、自分の今秘めている完璧を知り、気持ちが軽くなった。そして、前より世界が楽しく見えてきたのだ。


「ほら、笑ってる」


師匠はニカッと笑いながら言った。シュマンはいつの間にか笑ってしまっていた。


「それが、ジエン並みの愛情だぜ。どんな時も笑えって、そういうことだ。だから俺は、ジュネスに「青春」という名前をつけた。青春してりゃ、笑えてくるだろ?」


師匠は笑顔で手を合わせて、ジエンの墓に礼をした。そして勢いよく立ち上がり、道を歩く。


シュマンはジエンの墓にお辞儀をし、師匠の後をついていく。


しばらく歩き、再び保護施設に着く。


シュマンは師匠の顔を見た。師匠は笑顔でコクコクとうなづく。


シュマンは思いっきり扉を開けた。


「おかえりーー!!」


皆が笑顔で迎えてくれた。


シュマンはその中に、見覚えのある人影を見つける。


「ジュネス姉さん!!」


声をかけるとゆっくり振り向き、ニコッと笑った。


正真正銘、本物の笑顔である。


「青年君も来てたのね、私も今来たばっかりよ」


「ジュネス姉さん…」


「愛情って、なんですか?」



ジュネスは微笑んで答えた。




「笑って前を見ることよ」







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雨が降っている。


なのに傘もささずに、雨に打たれている。


黒髪が雨に濡れその黒色をより一層濃くさせる。


ふと、その人物が足を止めた。


足元にはコンクリートでできた物体が置いてある。


「……」


黒髪の人物は無言でしゃがみ、そこに一輪の花を添えた。


「…また一つ、過去を失ってしまったか…」


黒髪の人物は言う。意味は理解出来ない。


そしてかぶっていたフードをより一層深くかぶり、町の中へ入って行った。























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