愛に微笑みを
『回復猫は比較的数が多い種族だが、生命力が低い所、力を使うたびに生命力が徐々に低下する事から、大人よりも力をまだあまり使っていない子供の回復猫の方が、昔からよく狩られてきた。最近では両性・永年猫などの生命力が高い種族と結び付かせ、生命力を増やすなど努力が積み重ねられてきて、子供が狩られる事は少なくなったが、未だにその数がゼロになる事はない。』
とある本に書いていた事だ。
師匠は仕事の為にわざわざこの分厚い本を読んでいる。
ひとつ大きな欠伸をし、もう一度本を読み返すが、終いにはウトウトしてしまい、寝てしまった。
時間が経つ。
「ーー…さい。」
心地いい。もうちょっと眠っていたい。
「…起きてください…」
もう少し寝かせてくれ…
「…」
声の主が何処かへ行く足音がする。理解してくれたのだろうか。
やっと安心して寝れる…
…
「起きろって言ってんだろおめー!!!」
「わっ!!!」
でかいうるさい声に起こされた。ここ図書館だぞ、静かに起こせよ…
「スーリールさんよぉ…」
師匠は怒りの表情を露わにしながら言った。気分は最悪だ。
「あら、どうしたのかしら、何か問題でもあるのかしら?エスさん」
スーリールと呼ばれた女性は怖い微笑みを浮かべながら師匠の名を呼んだ。今は「エス」という偽名を使って生活している。特に意味はない。
スーリールはこの図書館の司書だ。名は確かセリア=スーリール。スーリールは姓である。師匠には名前で呼ぶのは親しい奴だけという考えがある為、姓で読んでいる。
別にこの図書館の常連ってだけで、セリア=スーリール(以下、セリア)とは別に親しくはない。
「…閉館時間ですよ…」
スーリールの後ろでこそこそと小さな少女の声がした。綺麗は青い髪の少女である。
名はアンナ=スーリール。さっきの声の主だ。セリアの娘でもある。セリアとは逆で、もの静かで大人しい性格である。アンナの父親は師匠と仲が良く、師匠の見る限り父親は無口な性格だったので、父親の影響だろう。母親に似なくてよかったなーっとアンナの頭に撫でながら師匠は思った。
「ジエン=スーリールは元気か?」
父親の様子をアンナに尋ねると、コクコクと頷いた。師匠は基本子供は嫌いだが、この子に対してはとても愛らしく思える。ロリコンじゃないぞ。
「ジエンったら朝から晩までずーっと本ばっかり読んでるよー。なんであんな旦那と結婚したんだろー私ー!!」
「ああいう所に惚れたんだろ、まったく…」
女心って分かんねーなーっと師匠は思いながら、読んでいた分厚い本を閉じた。
と同時に瞬間的に指元に痛みが走る。
「っ…!紙で指切っちまった…」
「だっ…大丈夫…?」
アンナが反応する。相変わらずひとつひとつの動作が可愛い。ロリコンじゃないぞ。(2回目)
「ばっ…絆創膏を…」
「唾つけときゃ治るぜこんぐらい」
「でっでも…」
アンナが涙目になる。瞬間師匠に冷たい視線を感じた。セリアが「なにうちの子泣かしとんじゃ!」という目線を向けている。
「うっ受けとるぜ!アンナ!ありがとな!!」
「…うん」
アンナはニコッと微笑んだ。可愛い。ロリコンじゃ(ry
そしてアンナに絆創膏を貼ってもらい、図書館の奥にいたジエンと少し言葉に交わした後、図書館をでた。結局閉館時間よりも1時間も遅くに出てしまった。外はもう暗い。人はさっきすれ違った黒髪の男性ぐらいで、他には誰も通っていない。
ふと紙で切った指を見ると、絆創膏がはずれかかっていた。はずすと、なんと、傷口が綺麗さっぱり消えていた。師匠はそれを見て、驚いた。
そして…無意識につぶやいた。
「アンナ=スーリールは、回復猫なのか…?」
ジエン=スーリールは、本が重なり合った書斎で黙々と本を読んでいた。机の上どころか、床にもたくさんの本が置いており、足場がほとんどない。本棚も隙間がないほど本が詰められて置いてある。探偵物やら哲学的な物やら、ましては恋愛小説やら子供向け絵本まで、すべてのジャンルの本が置いてある。
ふと、妻の怒鳴る声が聞こえたが、ジエンは顔色ひとつ変えずに本を読み進める。微かにジエンの他人より少し長い猫耳が反応したが…。
しばらくすると、書斎の扉が開いた。そしてゆっくりと床に置いている本を踏まないようにしながら慎重に娘のアンナが入ってきた。
本に栞を挟み、アンナの名を呼ぶ。
アンナは声をする方を見て、ゆっくりと寄ってき、そしてジエンの元に到着した。
ジエンが頭を撫でてやるとニコニコとアンナは笑った。
「お父さん、お客さんが来てるの!」
「…客か?もう閉館時間を過ぎている気がするが…」
「うん、でもそのお客さん、どうしてもお父さんに用があるって…」
「…そうか…。すぐ向かう。報告ありがとな」
ジエンは少し微笑んでまたアンナの頭を撫でた。アンナは幸せそうな顔をしながらこう言った。
「そのお客さん、もうここに来てるよ!」
「よう!相変わらず父親してんなぁ〜、ジエンちゃん❤︎」
瞬間、師匠の方に冷たい視線が送られた。凍えるような視線である。
「…ジエン、本当そういう所もあいかわらずだなぁ」
「帰れ」
「うわっ!きついお言葉!!」
最悪だ。ジエンにとってはエス(師匠)は煩いしちょっかい出してくるし、何かと迷惑な存在で苦手だ。
でも何故か放って置けない。そんな不思議さを持っている。そして知らないうちに親友となってしまった仲だ。
「…」
ジエンは師匠を睨む。帰れオーラをバンバン出して。師匠はそれに面白がって笑っている。
ジエンはアンナをアンナの部屋に戻してから、イスに座り、本を片手に師匠の方を見た。相変わらずの無表情である。
「野暮用なら帰ってもらおうか。俺は忙しい」
「ちゃんとした用だぜ。てか本読んでるどこが忙しいんだよ!」
「…そういう仕事だ」
絶対野暮用だと思ったジエンは再び本を読みはじめた。
師匠はバレたかっというような顔をし、本棚に綺麗に置いてある本を見ていった。
しばらく無言の間が続く。
1分程経ったのち、師匠がふと口を開いた。
「そういや…回復猫の子供が…また減少したな…」
それを聞いた途端、ジエンが反応した。ガタッとイスから体を起こす。
「…本当か!?それは…!!」
「ああ…本当だが」
ジエンはぎゅっと服の袖口を力強く握り、険しい顔をした。
「てか、正直お前がそんなに驚くとは思ってなかったぜ。お前は希少種の種族じゃない普通の猫だろ?関係ねぇ話じゃねぇか。何故そんなに驚いたんだ?」
「……」
沈黙する。
ジエンは握り締めた袖口をより一層強く握り締め、少し力んだ声で言った。
「セリアは…実は回復猫だ…!」
師匠はその言葉にびっくりした。これまでずっと、スーリール家は普通の猫達だと思っていたから。
「…てことは、アンナが…」
「まだ分からないが、もしかしたら、回復猫の能力を、持っているかもしれない…」
普通、ある能力を持った猫と普通の猫が子を宿すと、その子供は親からの能力を受け取る割合と受け取らない割合が半々である。その事は成人までには明らかになるのだが、アンナはまだ12歳だ。まだ能力を受け取ってしまったかどうかも分からない。
だからこそ、怖いのだ。もし自分の子供が回復猫だったなら、狙われてしまうし、回復猫でなくても、疑いがあるのなら狙われてしまう。
「…俺は…アンナを失いたくない…」
「…確かにな、お前の気持ちはわかるぜ」
「…こんな時こそ!俺を頼えってんだ!希少種の猫を助けるのが、俺の仕事内容だしな!」
師匠がニカッと笑いながら言う。ジエンは、それに少しだけ安心した。
「…ああ、力を貸して貰おうか。すまないな」
「いいぜ別に!」
いつもは邪魔な奴だが、こんな時に助けてくれる。
いい友達を持ったもんだ…
「…ありがとな」
ボソッとジエンはそう呟いた。
彼なりの、感謝だった。
「アンナは…回復猫…?」
師匠がふと呟く。ジエンとの会話でアンナがもし回復猫だった時の危機感を感じていた師匠に、焦りという感情が込み上げてきた。
「…早く…!ジエンの元へ…!!」
暗い道を走る。
仕事でこんなに焦ったのは初めてだ。ジエンの…親友とその家族の事でこんなにも頭が一杯になったのは…!
これまで深く考えていなかった、「家族の愛」を深く感じてしまった。あの家族から笑顔が消えるのは嫌だ!あの家族には…!
息を切らしながら、師匠は走り、ただひたすらスーリール家の無事を祈った。
図書館に着いた頃には、もう遅かった。
アンナとセリアが猫狩りとみられる男性2人に追い詰められ、ジエンがアンナとセリアを庇っている。
ジエンがこちらに気づいた。が、それよりも先に猫狩りに気付かれてしまった。師匠も「過去を食らう猫」希少種だ。猫狩りはそれを知っていたのであろう。片方の猫狩りが襲ってきた。
師匠はこの動きを見切って避ける。そして懐からナイフを取り出して対抗する。猫狩りはナイフを見た程度じゃびびらない。然程のプロの猫狩りだと師匠は思った。
ジリジリと距離を置き、師匠は一気に襲いかかった。ナイフを振り回すが猫狩りはそれを全て見事に避けて見せる。このままじゃ勝負がつかないと思った師匠は空中へと飛び上がり、重力を頼りに思いっきり頭上からナイフを降り下ろした。ナイフは猫狩りの肩に傷をつける。
「ぜぇ…ぜぇ…」
荒く息をし整える。このまま過去を食ってやろうかと思ったが、今はそれどころではない。早くジエン達を助けなければ…!
「!エスさん…!!後ろ!!」
アンナが叫ぶ。それに気づいた時にはもう、地面に押し倒されていた。
「お前…!よくも相方を…!!」
猫狩りが言う。
師匠は必死に抗うが体格差のためか全然動けない。瞬間、首元に冷たい剣の感触が伝わった。
「この剣を突き刺したら、どうなるかわかってるよなぁ…!」
「っ…!」
窮地に追い込まれた。少しだけ、死を意識してしまったが、必死で邪念を振り払い、最善策を考える。が、一向に出て来ない。
さっき傷をつけたもう一人の猫狩りも、起き上がった。逃げる術はもう無い。
「死ね!!」
猫狩りが剣を降り上げた。師匠は思わず目を瞑ってしまう。
もう…終わりなのか…?
「待て!!」
誰かが叫んだ。目を開けると目の前にはジエンがいた。猫狩りはジエンから後退り、驚いた顔でジエンを見ている。
そして師匠も、目を見開いた。ジエンの肩の痣…
「俺は…純血のエルフ猫だ!この痣が証拠だ!純血のエルフ猫は回復猫よりも高価らしいが、間違っているか?」
エルフ猫
エルフの全ての能力を持った猫の事で、絶滅したとされている希少種だ。エルフ猫は他よりほんの少しだけ長い猫耳と肩に天使の羽の様な痣があるのが特徴で、その他にはあまり他のネコと見分けがつきにくい。最近ではエルフ猫から遠く離れた子孫が狩りの対象にされているのを知っていたが、純血のエルフ猫は初めて見た。
ジエンが…エルフ猫?
師匠は、しばらくその現実に頭がついてこなかった。だが確かに、純血のエルフ猫にしか付いていない痣が付いている。
「…連れて行くなら、アンナを置いて俺を連れて行け…!それでいいだろ!」
「ジエン!!」
セリアがジエンを止める。
「ジエン!止めて…!」
「セリア…俺は大丈夫だ。必ず戻ってくる!だから…アンナを連れて逃げろ…!」
「ジエン…」
言葉が詰まる。目には涙が浮かんでいる。ジエンはセリアとアンナの方を見て、微笑む。
「笑ってろ、そっちの方が帰りがいがあるだろ?」
ジエンは猫狩り達に導かれ、暗闇の中へと入っていく。振り返らない。
師匠はその光景を、見る事しか出来なかった。
久しぶりに、この図書館に来た。
あの日から、何年が経ったのだろう。
あの日から、セリアから笑顔が無くなった。夫を連れて行かれたショックで何も食べなくなり、終いには回復猫の寿命か何か知らないが、アンナとジエンを残して死んでしまった。
アンナはあの後、セリアを看病しながら、笑顔を絶えずに日々を過ごしていった。父親の言ったことをきちんと守っている。女性らしく成長した。優しい子になった。父のように、立派な心を持って…
そして俺は、必死にジエンの居場所を探した。ジエンを助ける事に専念した。
そして、やっとジエンの居場所が分かった。それを今日は、アンナに伝えに来たのだ。
「はい!あらエスさん、お久しぶりですね!」
「ああ、元気か?」
「はい!とても…!」
アンナがニコッと笑った。その笑顔が作り笑いだってことも、なんとなく分かる。
「重要な知らせがある。中で話してもいいか?」
「あ、はい!どうぞお入りください」
図書館の中へと通される。
今日は休館日だったらしい。客は誰もいない。
いつもの定位置に座っていると、アンナがお茶を淹れて持ってきた。
「はい、どうぞー」
「サンキューな」
紅茶を一口飲む。いい香りのハーブティーだ。「過去を食らう猫」は生憎、一般の食べ物、飲み物の味が感じないので、香りだけを楽しむ。
「じゃあ、話を始めましょう。エスさん」
「…そうだな」
そう言って立ち上がる。アンナはなんだろうというような顔でこっちを見た。
瞬間ーー
強い衝撃と共にアンナが気絶する。
「…すまない、アンナ」
深く深呼吸してから言う。
「ジエン=スーリールは、昨夜この町の端の道の上にて、お亡くなりになりました…!!」
師匠はずっと堪えていた涙を出した。親友の死、これほど悲しんだ事はいままで無いだろう。
「アンナには…ずっと笑顔でいて欲しかったんだ…!すまない…」
「お父さんを…助けてあげられなかった…!!」
そう言い、アンナの過去を食っていく。涙を流しながら、ゆっくりと…
全部食べ終わった時、外はもう暗くて、あの日の事をふと思い出した。
赤くなった掌を見ながら、師匠は思う。
今日の空はなんで、あの日の空と同じなんだろう…
滲んでいる…
「……ここは…?」
アンナが目覚める。
「…貴方は…誰?私は…」
師匠は、ゆっくりとアンナの方を見て答えた。
「君は、今日から「ジュネス」だ」
「ジュネス…?」
「ああ、『若さ・青春』って言う意味だ」
だからーー
師匠はジエンが最後に微笑んだ時と同じ笑みで、微笑んだ。
「ずっと、笑顔でいてくれよ?」
ジュネス
フランス語で「若さ・青春」の意味
スーリール
フランス語で「微笑み」の意味




