我らは過去を食らう猫
【カイヤside】
「『過去現像世界』のこと、教えてやろうか?」
少し落ちつき、カイヤがこの世界に来た経緯を話した後、窓の外を見ていたキルが唐突にそう言った。
「執着した過去が作り出した世界だろ?そうじゃねーのか?」
「確かにそうだが、少し違う」
キルはそう言い、ある資料を1枚カイヤに渡した。
『種族 過去を食らう猫 詳細記録』
見出しがそう書かれた紙を受け取り、カイヤは首を傾げた。書かれている文字はキルのものだ。
「親父が研究したやつか?」
「ああ、そうだ。『過去を食らう猫』は表面的な情報しかこれまでなかったが、俺が過去を食らう猫として生きてきた中で、それまで知られていなかった経験をした。それをまとめたものだ」
「その経験というのか……」
「ああ、『過去現像世界』の生成だ」
キルはそう言い、椅子にカイヤの隣へ座り、書類のある場所を指指す。普段滅多に近寄らなかった父親が目の前にいることに、カイヤは少し緊張した。
「『過去現像世界』は、ただ過去が作り出した世界ではない。精神と関係している。俺も何度も世界に入り込んだ事がある。その時、必ず何かしら精神に異常をもたらした時に入り込んだ。そして、その時感じていた精神状態に比例するかのように過去現像世界は形成される」
「…じゃあ、『絶望』を感じていた時に、過去現像世界に入り込んだとしたら…」
「死ぬほどの苦しみをその世界の中で感じる事になる」
それを聞いた瞬間、背筋が凍るように恐怖が押し寄せた。
ミヴェルはずっと、そんな過去現像世界で…苦しんでいたんだ…
「…そして、ここからが肝心だ。過去現像世界は、確かに『過去』の世界の姿を写し、時を重ねるが、まず過去の自分に触れることも出来ないし、この世界の結末を変えることが出来たところで、決して未来には関係しない」
「え……」
「過去に起きた事実は変えることができない。過去に負った外傷や行動は変わらない」
「……それ、本当なのか…?」
「ああ、実際俺が確かめたからな」
嘘だろ…それじゃ……
俺らが『過去現像世界』に来た意味がないじゃないか……!
「まじかよ…それじゃ……『希望』を実行できねぇじゃねぇかよ……!」
キルの襟元をつかみ怒鳴る。過去現像世界へ来た時から若干の焦りを感じていたカイヤにとって、それは信じたくない真実だった。
「落ち着け。大丈夫だ。話の続きはある」
そう言うキルに、カイヤはゆっくりと手を離す。そして深呼吸を一つした。
「未来を変えることができないが、過去現像世界の生成主の精神……『思考』は変えることは出来る。つまり、その時負った火傷などの外傷は残るが、トラウマなどの精神状態は変えることができる。『過去に囚われたモノ』を取り除くことが出来るんだ」
この世界は、ミヴェルの過去から作り出した過去現像世界だろう。という事は、この世界でガディ=ジュエの手からミヴェルとエイヴァを救い出せば、それはガディのジュエというトラウマから……囚われていた過去からミヴェルを解放することに繋がる…!
「……!だとしたら…!助けることが出来る…!」
「そうだ。だから、『希望』は実行することが出来る。」
「だとしたら、急がなきゃいけねぇ。ミヴェルの精神状態から察するに、チャンスは1回しかねぇんだ。親父、協力してくれるか?」
そうキルに問うと、キルはニッと微笑んで
「もちろんだ、俺の息子でもあるからな」
と答えた。その父親らしい応答に、カイヤは安心した。
「だが気をつけろ。過去現像世界は普通の世界より精神が侵食されやすい。ミヴェルの精神が持っている間に、『希望』を成功させるんだ」
「……おう!」
「その意気だ。じゃあ、強力な助っ人を用意してやる」
キルがそう言った瞬間、思いっきりドアが開いた。
息を切らしながら、広げた黒い翼をうんと伸ばし、こちらを見るオレンジ色の目。
「クロヤ…!?」
「話は聞いだぞ。我もガディ=ジュエについては心底不信に思っておったのだ」
そう言いクロヤはカイヤの方を見て、ニコリと笑った。
「大丈夫だ、カイヤ=エスポワール。我ら希少種猫保護施設が協力する。だから安心してその『希望』とやらを成功させてくれ」
その言葉には希望が込められていた。その言葉を飲み込み、カイヤは「ありがとな!」とニカッと笑って見せた。
「ガディ=ジュエのところへ向かうぞ!朝焼けまで時間が無い…!」
時計を見ると6時前だった。急いで外へ出る。
その時、あの大きな丘の上で、見覚えのある姿を見かけた。
「10年前の俺だ。そうだ、俺はあの日は眠れなくて、ずっと丘の上で暇を潰していたんだっけ」
10年前のカイヤはふとこちらに気づいた。驚いた顔をしてこちらに駆け寄ってくる。
「親父、どうして外にいんだよ。あと、その隣の人は……」
尖った声でキルとクロヤに話しかける10年前のカイヤ。カイヤの姿は見えていないらしい。
「俺のことは見えていないのか…?……でも、もしかしたら…」
ふと思いつき、10年前のカイヤに重なり、グッと目を瞑り念じる。
その瞬間、スっと意識が一瞬離れたと同時に、また別の精神が入ってきた気がした。
目を開けると、目の前には驚いた顔をしているキルとクロヤの姿があった。
「……体が、同化した……!?」
クロヤがそう言うと、カイヤはあたりを見回した。10年前のカイヤの姿はどこにもない。
やっぱり、成功した。
「ここはミヴェルの精神世界だが、俺はこの世界に来る前にミヴェルと過去を共有してる。てことはミヴェルの過去には俺の過去と俺の精神も少し組み込まれている。だから、10年前のことを思い出していた。そしたら同化できた。どうだ?」
そう説明すると、キルは感心したように、ニヤッと、笑った。
「…なるほど、お前はやはり、他人を過去から助ける『希望』と『覚悟』を持っているな。中途半端な考えを持っていてはできないことだ。……そうか、だから他人の『過去現像世界』に入り込めたのか」
そう呟き、再びカイヤに笑って見せた。
「お前なら、ミヴェルとエイヴァのこと、救えるかもしれんな。期待してるぞ」
その言葉を聞き、カイヤは笑顔で頷き、クロヤにしがみついた。
「一気に飛ぶぞ、 ガディ=ジュエの家に向かう。しっかり掴まってるんだぞ」
クロヤはそう言い、瞬間、一気に飛ぶぞ空に舞い上がった。
朝焼けの方角に向かって、希望を持った翼は飛んでいった。
朝焼けが訪れる前に、ガディ=ジュエの家に着いた。朝焼けまで時間が無い。
ドアを勢いよく叩くが、反応は無い。
クロヤとお互い目配せし合い、体当たりでドアを突き破った。
「ミヴェル!!どこにいる!!」
カイヤは勢いよく廊下をかけていくと、庭に繋がっている廊下の真ん中で佇んでいるある人の姿を見つけた。
「10年前の……ミヴェル……」
10年前のミヴェルは声に気づいたのかビクッと体を縦に震わし、ゆっくりとこちらを見た。
そして、暗かった顔色が少し明るくなる。
「……カイヤ、どうしてここに……」
10年前のミヴェルを見て、懐かしげに思うと同時に、ミヴェルが持っているあるモノを見て、緊張感が走る。
「何持ってんだ……ミヴェル……」
「なにって……斧だよ。これからこれでカイヤから託された『希望』を実行するんだ」
斧の刃先をきらりと光らせ、ミヴェルは薄く微笑む。目が死んでいる。
ミヴェルは極限状態まで差し掛かっているのだろうか、いつものミヴェルではない、狂気と殺気を感じた。
「ミヴェル=ソワール。我は希少種猫保護施設の保護員だ。お主を保護しに来た。だからその斧を手放して、危険なことをするんじゃない」
カイヤの後ろからクロヤがそう言う。それが正解だ。
だがミヴェルは、その救いの言葉に従うこともなく、
寧ろ、ニタリと笑って
「ありがたいけど、僕にはそれだけじゃ物足りない。殺さなきゃ、僕達を虐めたあいつに復讐しなくちゃ……救われない」
と、呟いた。
「ミヴェル…、やめろ。その『希望』は、俺が誤って出したモノだ。それが正解じゃない」
「どうして?カイヤが必死で考えてくれた『希望』だよ。僕もこの『希望』には納得してる。だから実行するんだ。なに、今更否定するの?」
無表情で言うミヴェルの周りには、風が微かに吹いていた。感情の風だ。
ミヴェルは、俺の言葉など通じないほど、ガディ=ジュエを恨んでいた。その感情が、10年前のカイヤが出した『希望』の内容と一致して、ミヴェルをこんな風に変えてしまったのか。
「ミヴェル、一旦落ち着くんだ。もしそれに失敗したら、お前は……」
「失敗なんてするはずないじゃないか!!一晩中この事ばかりを考えてたんだ!!失敗なんてするはずない……!絶対に失敗させない…!!」
10年前のミヴェルの心は復讐心でいっぱいだ。カイヤの話すら聞こうとしない。
その時、ミヴェルの背後から急に影が現れた。
その影は瞬間、疾風と共に10年前のミヴェルを飲み込む。
「ミヴェル!!」
カイヤは手を伸ばすが、ミヴェルはそのまま影に吸い込まれてしまった。その影は跡形もなく消え、残された斧だけがカランと廊下に転がった。
「な……なんなのだ…!?急にミヴェルが消えた…!?」
クロヤが驚く。その言葉に疑問を持ち、クロヤに問う。
「クロヤ……お前には影が見えてねーのか!?」
「影……?何のことだ…?」
「ミヴェルは確かに影に吸い込まれたんだ…。クロヤには見えてねぇってことは……」
さっきの影は「過去を食らう猫」にしか見えない。
「……ここは…『過去現像世界』だ。でも影は俺達『過去を食らう猫』しか見えていない……。てことは…!!」
「おい!カイヤ!!どこへ行くのだ!!?」
パッと思い出した事に切迫感を感じ、カイヤは咄嗟に足を動かした。廊下を駆け抜ける。
ミヴェルとエイヴァの部屋の前に着き、バンッとドアを開ける。すると、信じられない光景が目に入った。
「なんだこれ……」
カイヤの目の前には真っ黒の闇が蠢き、部屋の中央へ集まっていた。その中央には…10年前のミヴェルではない、俺達と一緒にこの世界に来たミヴェルの姿があった。
ミヴェルは苦しそうに自分の胸に手を当てている。その胸元から、黒い闇が集中しているようだった。
「離さない……絶対に離さない……」
そう聞こえたミヴェルの声は、女性時の時の高い声だった。それに交じるように、ミヴェルとは別の低い声も混じっていた。
これはミヴェルの言葉じゃない、ミヴェルを乗っ取ったガディ=ジュエの言葉だ。
「ミヴェル……!囚われちまったのか!?」
ミヴェルに近付こうとするも部屋の中は強風が渦巻いており、身動きが取れない。
「……ん、うぇーーーん!!嫌だよぉ……!!」
ふと、誰かの慟哭が部屋の隅から聞こえる。振り向くと、そこには10年前のシュマン……エイヴァがいた。
「エイヴァ!!待ってろ…!今そっちに行く……!」
強風をかき分けて、やっとの事でエイヴァのところへたどり着いた。
「落ち着け…!エイヴァ……!」
「嫌だ…!怖い…お父さんに囚われてしまうミヴェル…怖いよ…!!」
部屋の中央の闇に覆われたミヴェルを指さしてエイヴァが叫ぶ。
「大丈夫だ!俺がミヴェルを、救ってやるから」
エイヴァの背中をさすり、エイヴァを落ち着かせる。
ふと、遠くでクロヤのカイヤを呼ぶ声が聞こえた。
そして黒い霧の向こうのクロヤと目が合った。
クロヤはマントで風を避けながら急いでこちらへ向かってきた。
「一体何が起きておるのだ…。中央の人物かから風が吹き出ているように我は見える。あやつは、お主が言う大人のミヴェルなのか?」
「ああ、でも過去に囚われちまってる。早く助け出さなければ、『希望』が失敗に終わっちまう」
「我が力になれることはないか?お主みたいに過去というのが見えないから、状況が分からないが…」
クロヤがそう言う。カイヤは頭を抱え、最善策を考える。
多分この状況ではカイヤ1人で立ち向かうのは無理だ。クロヤの協力が必要だが、クロヤには影が見えていないから危険性がわからない。しかも、ミヴェルの作り出した過去現像世界が見せている過去のクロヤだから、いつどうなるかわからない。
どうすればいい……どうすれば……
その時、エイヴァがふとこう呟いた。
「シュマン……シュマン会いたい…会いたいよぉ…!一人じゃ怖い……シュマン……!」
シュマン……どうして、大人のエイヴァの名を……
そしてふと、カイヤは思い出した。
カイヤが10年前のカイヤと同化できた理由と同様だ。
ミヴェルとシュマンも、過去を共有してる。
シュマンは、10年前の自分の人格であるエイヴァと、共存という形で過去に囚われずに和解することが出来た。という事は、10年前のこのエイヴァは、シュマンと共存している、あのエイヴァの人格なのだ。
だと言うことは、話が早い。
「クロヤ!俺とエイヴァを掴んでその羽根で外へ飛んでくれ!!クロヤの瞬発力ならこの風を避けるのは簡単だろ!」
そう叫ぶと、クロヤはニヤリと笑ってカイヤとエイヴァを掴んだ。そして羽を広げ、天井を突き破り空に飛び上がった。
「て、はぁ!?クロヤ!!天井突き破らなくてもいいだろ!!」
「大丈夫だ、それに、我もやっと本気が出てきたところだ」
カイヤがふとクロヤを見ると、クロヤの瞳は真っ赤に染まり、八重歯がむき出しになっていた。
吸血鬼反応だ。
「見つけたぞ!シュマンというのはあいつか!?」
クロヤが見ている方を見ると、シュマンがこちらに走ってきているのが見えた。シュマンに遅れて走っているのは、エリスと、ジエンとアマノか…!?
その瞬間、真下から突如竜巻が舞い上がった。竜巻に巻き込まれ、バランスを崩し地面に落下する。
奇跡的に中庭の花畑に落ちたので、怪我はなかった。
家の方を見ると、ミヴェルが周りに闇に覆われながらこっちに近寄ってきていた。
目を凝らしてみると、ミヴェルの背後には、ガディ=ジュエの姿らしき影が見えた。
「くっそ、ガディ=ジュエ!!いい加減ミヴェルから離れろよ!!」
カイヤが激怒し叫ぶと、ミヴェルはニヤリと笑い、そして光の速さでカイヤの元まで襲いかかってきた。
咄嗟にナイフを取り出し、ミヴェルの攻撃をガードし、弾き飛ばす。飛ばされたミヴェルはまるであやつり人形のようにゆらりと立ち上がり、再び襲ってきた。
避けた時に背後を取られる、やばいと思った瞬間、クロヤがミヴェルに向かって槍を払いミヴェルを遠くへ飛ばした。
「危なかった……助かったぜクロヤ」
「我に任せろ。いつでもお主を助けるぞ」
にっと笑ったクロヤに安心する。そして遠くから走ってくるシュマンの姿が見えた。
「師匠ーー!!」
そう叫びながら走ってくるシュマンにいち早く反応したのは、ずっと物陰に隠れていたエイヴァだった。
すぐさまシュマンの元に駆け寄る。
「シュマン!!会えたーー!!」
そういいエイヴァはシュマンに飛びつく、そしてシュマンの胸の中に飛び込むと、すっと消えてシュマンの中に入っていった。
そしてシュマンの表情がキッと引き締まる。
「大体の状況は今エイヴァに聞きました!エイヴァも言ってます!ミヴェルさんを過去から解放してほしいって!」
「おう…!じゃあ一刻も早くミヴェルを救わなきゃなぁ…。一番最悪な状況になっちまったぜ…」
ミヴェルのいる方を見ながら険しい顔をしてカイヤは言う。予想はしていたが現実になるとは思わなかった。
「ならば早く救う方法を考えろ…!我が足止めをする!」
そう言いクロヤは槍を構えてミヴェルに立ち向かっていった。
容赦なく襲いかかってくるミヴェルを、クロヤが応戦し、カイヤとシュマンに考える時間を与えてくれている。
そしてシュマンが到着してから数分後、ジエン、エリス、アマノも到着した。
「一体どうなってるんだい…!どうしてミヴェルは……クロヤを攻撃してるんだい…!?」
「あれはミヴェルじゃねぇ、ミヴェルの殻を被ったガディ=ジュエだ!ミヴェルは今、ガディ=ジュエに囚われちまってる…!きっと、ミヴェルは俺達を探してる時にガディ=ジュエと出会ってトラウマを思い出してしまったんだ…。俺らはミヴェルをガディ=ジュエから解放しなきゃいけねぇ!」
「ガディ=ジュエ……あの写真集の…」
アマノがそう呟くと、シュマンは出発する前にアンナから受け取った写真集を思い出し、懐を触る。
その時、クロヤがミヴェルに弾き飛ばされ、こちらに飛んできた。
「なんて力なんだ…!怪物か……!!?」
きっとこの『過去現像世界』がミヴェルの中のトラウマ……ガディ=ジュエに反応して、本来の力以上の力を与えているのだろう。今のこの世界自体も、ガディ=ジュエに囚われ始め、ガディ=ジュエに有利に、カイヤ達に不利になっている。
「……とにかく、時間をください!できるだけミヴェルの動きを抑えてください!」
「わかったぜ!」と言いながらエリスはどこからか取り出した大剣を振り回した。ジエンも自分の武器であろう刀を取り出した。
「アマノ、こういう時は一番お前のその瞳が効くんだろうけど、それは使うな。まだ戦場に立つなよ」
腰につけている縄に手をかけるアマノに、唐突にエリスがそう言った。
「……!でも…!エリス様…!」
「お前はカイヤとシュマンと改善策を考えろ。お前は後にミヴェルの同僚となる存在だ。だから…その同僚を助けてやれ!」
そう言いミヴェルの元にかけて行った。アマノは不安そうな顔をしたが、キッと顔色を変えてカイヤとシュマンの方を見た。
「考えましょう!!私じゃ役に立つかわかりませんが、一緒に考えます!」
そのアマノの言葉に少し安心し、シュマンはカイヤと目配せする。
この状況を打開する方法。ミヴェルをガディ=ジュエから解放する方法。
トラウマを解決させるには、そのトラウマに立ち向かうこと。けれどそれは今はできない。
ミヴェルの心が弱すぎて、ガディ=ジュエには勝てない。
ならどうする?
「……ミヴェル様の心を支える……。ミヴェル様が自らガディ=ジュエに打ち勝てるように、そのきっかけを作る……」
ふとカイヤが思い付いたことを口にしたのは、カイヤではなかった。声をする方を振り向くと、アマノが、目を開け虹色の瞳に地面に向けていた。
「アマノ……」
「シュマン様から聞いたミヴェル様の話を聞くと、私の過去とどことなく似ていました。多分、10年後の世界のあなた達なら知っているとは思いますが…」
……アマノの過去は知っている。確か、昔アマノの『シャ・プリュネル』の能力である『他人を気絶させる瞳』を利用され、機械のように扱われていて……
そして最終的には……、保護員になった時にそのアマノを機械扱いしていた人達を……
「復讐のきっかけを頂いたのは、クロヤ様のおかげです。そうして私は、自らの囚われていたモノから解放することが出来た。多分1人では……何も出来なかったでしょう」
胸に手を当て、目を閉じ少し微笑んだ顔を見せる。
「何となくわかるのです。ミヴェル様の気持ちが…。だから、自立できるように、最終的に自分で解決できるように、支えてあげればいいと思います。どうでしょうか…?」
首をかしげこちらを見るアマノに、カイヤは自然と口角が上がった。
ミヴェルはずっと、過去に囚われた時は他人に助けてもらっていた。
だがミヴェル1人だけで抜け出したことは無い。助けを求めても、最後まで頼みっぱなしだった。
ミヴェルは、なんて不器用な人間なのだろう。
本当に助けを求めたい時に、プライドと心配性のせいで助けを求められず傷ついて、
いざ助けを求めれたと思えば、それに依存してしまってそれ無しではいられなくなって
最後に自分で解決出来たことは無かった。
他人が解決しても、自分の心は変えることが出来ない。
トラウマを完全に消し去るには、最終的には自分で解決しなければいけない。
しかしこれは、ミヴェルだけでなく、カイヤとエイヴァも悪い。
いつもカイヤが解決してしまい、繰り返す
カイヤは『解決の仕方』を間違っていた。
『救う』方法を間違っていた。
本当は、『解決して助ける』のではなくて、『解決するきっかけを作って助ける』のが正解だった。
それが本当の『希望』、カイヤが求めていた結末だ。
なら出来ることは、一つだけ
「いい案じゃねーか!ナイスだぜ!アマノ!!」
カイヤはにっと笑ってアマノの背中をバンバン叩く。見た目年下の少年に背中を叩かれ、不満そうな顔を一瞬浮かべたが、ホッとした表情でアマノは笑った。
「そして、今それができるのは…、カイヤ様の説得と……シュマン様の行動です」
そう言うアマノの言葉にシュマンは驚いた。そして数秒後、言葉の意味を知る。
「わかりました…!ありがとうございます!」
そう言いシュマンはスッと立ち上がった。そしてずっと懐にしまっていた写真集を取り出した。その行動でカイヤも行動の意味を理解する。
「ミヴェルさん!!!!」
シュマンが大声で叫ぶ。誰もがシュマンの方を振り向いた。
「エイヴァ……!来てくれたんだね!!虫けら共を追い払うのに夢中で気づかなかったよ……!さぁ…!こっちへおいで……最高傑作を作るのには君が必要なんだ……!」
そうシュマンに問いかけるミヴェルの姿をしたガディ=ジュエをジッと睨み、そして写真集を目の前に突き出した。
「僕はもう囚われない…!そしてミヴェルも……!!」
どこからか聞こえたエイヴァの声と、シュマンの声が重なった。
「「僕/私達はもう…!こんな過去に…囚われない!!!!」」
その瞬間、シュマンの片手から炎が舞い上がる。
「ー!!!それは…!!やめろ!!!」
叫ぶガディ=ジュエの声を無視し、シュマンはその炎をもう片手で持っていた写真集に引火させた。
「うわああああぁぁァァァ!!」
叫び狂うガディ=ジュエをよそに、その写真集はどんどん燃えていく。地面に落とされた写真集は丁度ミヴェルが写っている『美しき我が愛猫』のページが開かれ、そこに写っている美しいミヴェルの顔をどんどん歪ませて黒くさせていく。
「やめろぉ……!私の……!!作品を……!!」
「ミヴェル、よく聞け」
いつの間にか、ミヴェルの目の前にはカイヤの姿があった。
涙を流して頭を抱えたまま、カイヤに驚き目を見開くミヴェルの殻を被ったガディ=ジュエに、カイヤはニコッと笑ってみせる。
その瞬間、ミヴェルの頬に衝撃が走り、遠くへ飛ばされた。
丁度火傷を負っている方の左頬が赤く腫れる。
ヒリヒリとする手を振りながら、カイヤはニヤリと笑っていた。
「過去に囚われるな、前を見ろ。だろ?クロヤ」
唐突に呼ばれてクロヤはびっくりするが、ふっと笑った。
「そうだな。それは…我がずっと言っていた言葉だ。覚えておったのだな」
ふとクロヤが隣を見ると、隣にはエリスがいた。
ずっとエリスを避けてきたはずなのに、何故か今だけは、不思議と横を許すことが出来た。
「それ、私達が小さい頃から言ってたじゃん!まあ、いい言葉だと思うぜ」
エリスがそう言う、そしてエリスはジエンに目配せした。
「……チッ、その通りだな。俺も……そうだと思う」
ふっと笑ったジエンは、全てを許したように優しい表情を浮かべていた。
「厳しく言ってやってください。私の同僚となる人に。きっと自分で、戻ってこれるはずです」
シュマンの後ろでアマノがそう言う。その言葉に頷き、カイヤは再びミヴェルの目の前に立った。
「ミヴェル、戻ってこい。お前はそんなに心の弱いヤツじゃねーだろ?本当はずっと解放されたかったんだろ?ならお前自身が決着をつけるんだ!さぁ!!戻ってこい!!」
カイヤは倒れ込んでいるミヴェルに手を伸ばし、そしてミヴェルの手を掴んで引き寄せた。
『僕/私を過去から解放して』
いつかミヴェルが叫んだ助けの声を信じて……
「ったく、お前が自ら解放するんだろ」
瞬間、黒い霧はどんどんミヴェルの身体から出ていき、一つに凝縮していく。そして引き寄せられたミヴェルの身体は、徐々に闇が取り払われていた。
凝縮された黒い霧は影となり、いつしか人型になった。そのシルエットは、ガディ=ジュエの姿そっくりだった。
『どうシテだ……完全ニ……俺のモノになッタト思っテいタノニ』
黒い人影はそう言う。
「残念だったな。ミヴェルの『希望』には勝てねーぜ」
もたれかかるミヴェルを支えながら、カイヤが勝利の言葉を述べる。
『マダだ……!マダオレは…!オマエノココろにイル……!』
黒い影はその瞬間、再び黒い霧となりミヴェルに襲いかかる。
瞬間、カイヤの身体が宙に浮かぶ。
ふと下を見ると、地面に浮いていた。
そして知らないうちにミヴェルに抱きかかえられていることに気づく。
「囚われて……!たまるものか……!」
ふと耳元で聞こえたミヴェルの声は苦しそうで、まだ何かが残っている感じがした。
若干ミヴェルの周りに黒い霧がかかっている。全ては除けなかったのか?
「ミヴェル……」
「カイヤ、ごめんね。囚われてしまったりして」
地面に着地して、ミヴェルはカイヤにニコリと微笑む。
「黒い霧が……まだ…」
シュマンがそう呟く。
黒い霧はガディ=ジュエの怨念だ。しつこくミヴェルに付きまとっている。
「エイヴァ、大丈夫……。最期は、僕が決着をつけるから」
「カイヤ、ナイフを貸してくれるかい?」とミヴェルが言ったので、不思議になりながらもナイフを渡す。
ナイフが手から離れた瞬間、カイヤはあることを想像してしまった。冷や汗が背中を伝う。
「ミヴェル……もしかして……!!」
「大丈夫だよ。カイヤ」
止めようとするカイヤを止めて、ミヴェルはにこりと微笑む。
そして後ろ髪をかきあげ、ナイフを首元にあてた。
「ミヴェルーーー」
何かが切れる音がした。
同時に、世界は砕け散った。
数年後
いつもより希少種猫保護施設α基地は人で溢れていた。
一つはつい先日『自由の1週間』が終わり、故郷へ帰っていた希少種猫達が一気に帰ってきたから。
そして、もう一つは、たいへん幸福な出来事があるから。
「クロヤ、生誕100年……つまり、20歳成人か……」
だるそうな声で金髪の少年は言う。相変わらず成長しているわけもなく、少年の身体で年だけがおっさんに近づいていく。
「しかも結婚式も兼ねてるとか……めでたいけどリア充乙だぜ……」
金髪の少年、もといカイヤ=エスポワールはため息を吐いた。
今日はクロヤ=ノワールと、エリス=スーリールの結婚式も兼ねている。
やっと婚約した2人に飽き飽きしながら、カイヤはだるそうな目を飾り付けられたホールの中央の噴水に向けた。
エリスが居るということは当然β基地の保護員も集まっているわけで、余計にむさ苦しい。
ドンッと誰かにぶつかる。ぶつかった人物を見ると、2歳くらいの小さい子供2人が大きな黒い目をくりくりさせてこちらを見ていた。
この2人は双子だろうか?顔が瓜二つだ。黒い髪の毛を片割れは一つに三つ編みし、もう片割れはお下げにしている。
「ごめんなさいっ!!うちの双子の子見ませんでしたか!?」
人混みの中、父親だろうか、遠くから双子を呼ぶ声が聞こえる。カイヤはその声を主を知っていた。
「シュマン!!何してんだ!!」
「あ、師匠!!申し訳ありません!!僕の子供達が迷惑かけて……」
「別に迷惑かけてねーけどよぉ…まだこいつら幼いんだから気をつけろよー」
ごめんなさい、と謝りながら双子を抱き抱える黒髪の人物は、シュマン……エイヴァ=ソワールだ。
「ほーら、挨拶してね2人とも!」
「こんにちわー!」
「……こんにちわ」
「ういっす、こんにちわ。てか、こいつら名前はなんて言うんだ?」
「一つに三つ編みをしているのがが男の子の『シャル』、でお下げにしてるのが女の子の『ティー』です。2人とも『両性』だから時々性別を変えて僕を引っ掛けに来るいたずらっ子達なんですよ〜」
そう言いながらもニコニコと笑うシュマンに釣られて笑うと、双子もニコニコと笑った。
子供は基本嫌いだが、素直な子は嫌いじゃない。
「パパー、むこうにこどもたちがいるー!シャルと遊んできていいー?」
ティーの方がそう言うと、シュマンは「気をつけてね〜」と言って2人を送り出した。
「3歳児とは思えないぜ。受け答えもちゃんとしてるし素直だしな」
「ジュネス姉さんにも子育てを教えてもらったんですよ〜。本当にジュネス姉さんあやかすのが上手でー」
「ジュネスはなんでもできるからな〜。今日だって会ってないけど『ジュネスさんの料理は絶品なんで是非作ってください〜』って生活援護員の奴らに言われて引っ張りだこだろうな」
「ジュネス姉さん救助援護員なのに…。大変ですね…」
ジュネスの需要の多さに2人は呆れ顔を作った。
「ほんと、てか俺ずっと疑問に思ってたんだが、お前、誰と結婚したんだ?」
「それは秘密ですよ!」
ニコニコ……というよりニヤニヤ笑っているシュマンに少し呆れつつも、またもや釣られて笑ってしまった。
「すみません、カイヤ様、シュマン様」
二人で話していると、急に声が聞こえた。
振り向くとアマノと、その後ろに背が低い猫耳フードを被った少年が立っていた。
「よぉ!アマノ!お前仕事はどうしたんだ!クロヤのそばにいなくて大丈夫なのか?」
「一通りの仕事は終わりました。なのでもう自由にしていいと…」
「相変わらず仕事が早いですね!さすが基地長候補!」
「私が寿命で死ぬ時になってもクロヤ様は健在だと思われます。私なんてまだまだです。それよりもシュマン様の方が、基地長援護班の最有力候補になっていますよ」
「ええ!僕だってまだまだですよ!!」
2人のお互いの褒め合いを欠伸をしながら聞いていたカイヤは、ふとアマノの後ろにいた少年と目が合う。
少年はビクッと肩を震わせ、フードをより深く被った。
「ん?誰だその後ろの奴」
カイヤが少年のことを問うと、アマノはハッと気づいて説明をしだす。
「私の遠い親戚でβ基地の研究員をしているヴェリアット=アストルと言います。すみません…彼は恥ずかしがり屋なのです」
「あ、あの…次からα基地にいい異動することになって……よ、よろしくお願いします……」
アマノの説明に付け加えるかのように、ヴェリアットとか言う少年は小声で挨拶をした。
「それで、忘れてましたけど、どうして僕達に声をかけたんですか?」
「ああ、それはー」
「!!あ……!先生…!」
アマノが話そうとした瞬間、ヴェリアットが急に大声を出して人混みに飛び込む。そしてある人物を引っ張ってきた。
「ヴェル!どうしたんだい……って、カイヤに…エイヴァ…!!」
驚いたような高い声を上げ、研究員の服を着た声の主はカイヤとシュマンを見渡した。
「…久しぶりだなぁ、相変わらず何も変わっちゃいねぇな」
「ミヴェル」
呼ばれた主ははみかみながら微笑んでいた。
「髪、勿体なかったけどそちらの方がやっぱり似合ってますね!スッキリした感じで!」
「うん、私も気に入ってるよ。まあ寧ろ切って良かったと思ってるし」
ミヴェルの髪は首元で短く切られていた。
数年前、あの過去現像世界でミヴェルは、カイヤから借りたナイフで、自分の髪を切った。
過去現像世界、そこでミヴェルは不幸にもガディ=ジュエと出会ってしまった。
過去現像世界に入り込めたと言うものの、ミヴェルの心はその時不安定だった。そこへトラウマの元凶(しかも幻覚ではない本物)を遭遇してしまい、ガディ=ジュエに囚われてしまったのだ。
そしてミヴェルの世界は真っ黒になる。『絶望』を感じた時と同じ、罵詈雑言の世界で苦しんでいた。
そして身体を乗っ取られその世界に閉じ込められたまま時間が経過する。
苦しさは段々と強くなっていき、心にも限界が訪れようとしていた。
その時微かに聞こえた……カイヤの声
『………は、……なに心の弱いヤツじゃねーだろ?』
『…………は、ずっと解放されたかったんだろ?』
「カイヤ……」
そうだ、もう絶対に囚われないと決めたんだ
なのに勝手にくたばって、このままじゃ過去の二の舞だ!
せっかくの『希望』を、僕が台無しにしてどうするんだ
僕は……ずっと甘えすぎた、ずっと…頼ってばかりだった
『ならお前自身が決着をつけるんだ!』
そうだ、僕が決着を着けるんだ。
もう挫けない。もう迷惑をかけない。
僕は変わるんだ!!
『さぁ!!戻ってこい!!』
「もう絶対に!過去に囚われない!!」
そう叫んだ瞬間、世界が弾け飛んだように周りに光が射し込む。
自然と苦しみがなくなり、寧ろ身体が軽くなった気がした。
ふと、光の隙間から、誰かの手が差し伸べられる。
ミヴェルは一瞬微笑み、その手を握り返した。
その瞬間、世界が元に戻る。
気がついた時には、カイヤの肩に身を任せる形で、庭に立っていた。
ミヴェルの耳元で、カイヤは言う。
「残念だったな。ミヴェルの『希望』には勝てねーぜ」
その言葉に、僕は心を打たれた。感情が吹き出しそうになる。
その時、その心を貪るように何かが僕の心に触れる。
気持ち悪さを感じ、僕は逃げるように咄嗟にカイヤを抱え、空高くに飛躍した。
心のざわめきが僕を支配していく、きっとこのざわめきはガディ=ジュエの怨念の残りモノ。黒い霧と変化してしつこく僕に纒わり付く。同時に、胸元が苦しくなっていく。
「囚われて……!たまるものか……!」
苦しさを紛らわすため、僕はそう声を漏らす。
そして地面へ着地すると、シュマンが心配そうな顔でこちらを見ていた。
『お前自身が決着をつけるんだ』
ふとカイヤに言われたことを思い出す。
ガディ=ジュエは今なおしつこく僕を乗っ取り、人形にしようとしてくる。
……その時、ふと思いついた。
……美しくなければいいんだ。
ガディ=ジュエが気に入らない、失望するような容姿にすればいい。
顔は……半分が火傷を負っているため、これ以上酷くしても意味がない。
だが、ガディ=ジュエが重宝してきたものが、もうひとつあるはずだ。
そしてミヴェルは、「髪を切る」という結論に至ったのだ。
自分で考えた、解決策。
そうして『過去現像世界』は消滅した。
「でも、まあ、こうして3人で、戻ってこれてよかったぜ」
やれやれという表情でカイヤが言う。
「あの日の事も、今となっては『過去』なんですね…」
「執着する意味はないよ、それより……」
ミヴェルはそう言い、人混みの向こうを見た。
この人混みの向こうでは、丁度今日の主役となる人物2人が出てきて、幸せそうに笑っていた。
「行こう。過去に囚われるな、前を見ろ。でしょ?」
ミヴェルはニコッと笑い、カイヤとシュマンの手を引っ張り、主役の方へとかけていく。
そして主役……クロヤはこちらに気付くと、ニコッと微笑んだ。新郎姿をした新鮮なクロヤの隣には、女性らしい表情で笑う、美しい白いウエディングドレスに身を包んだエリスの姿があった。
そしてクロヤは、神父の進行を唐突に遮り、全体にこう、話し始めた。
「今日の日を祝福する前に、今日という日を作り上げてくれた者達を紹介する。そのもの達は我だけでなく、我ら希少種猫に、前を向く『希望』を与えた!」
そう言うと、クロヤはこちらを見て再びニコリと笑った。それに感づいてか、カイヤがニッと笑い返し、シュマンとミヴェルに目配せした。
「行こうぜ!!俺達の『希望』へ!!」
沢山の人の歓声が広がる中、三人は仲良く手を繋ぎながら、前を見て走り出した。
過去を食らう猫達が、過去に食らわれた話
そして、その過去を食って、未来へ歩き出した話
過去に囚われるな、前を見ろ
それはきっと、『希望』になる
『我らは過去を食らう猫』 fin




