もしも『希望』が
【カイヤside】
研究室のドアを開ける。
一度も入ったこともないその空間は、不気味な雰囲気を出し、同じ家の敷地内にあるのが不思議なぐらいだ。
暗い廊下を恐る恐る歩く。部屋が何個もあり、開いていたドアの奥に見えた部屋には、実験道具のような機械が置かれていた。
「……これが…、親父の真相…。親父が俺達を実験台にしていた証拠……」
そう考えると心の奥から怒りが立ち込めてきたが、それをグッと抑え込む。
(ミヴェルの言っていた親父が本当の親父なら、俺は親父を信じなければならない。今の俺に出来ることは……親父を……)
「…過去から解放させなければいけない」
無意識に声に出したその言葉に少し驚きながら、カイヤは決断した。
……親父を信じて、親父を助ける。
過去に完全に囚われてしまった親父の心を取り戻すんだ。
一番奥のドアの前についた。多分父親はここにいるだろう。
深呼吸を一つして、カイヤはドアを開けた。
「親父!!」
バン!と勢いよくドアを開けて父を呼ぶ。その時、カイヤは目の前の光景に目を見開いた。
「……カイヤ……」
カイヤの父親…キル=エスポワールのカイヤを呼ぶ声がする。その声は少し震えているようだった。
「……親父、何やってんだ……」
カイヤが目にしたもの。
それは、自分の首にナイフを突き立て、今にも自殺しようとしている、キルの姿だった。
「親父…」
カイヤの声に気づいたのか、キルは振り向き目を見開く。そして持っていたナイフを背中に隠した。
「……どうした。入るなと言っていただろ」
いつもより若干震えた声でキルは誤魔化す。
無理して強がっている声に聞こえる。
「親父…何してたんだ…?」
そうカイヤは言うと、キルは深呼吸を一つして、ニタッといつもの不気味な笑みを浮かべた。
「お前には関係の無いことだ。いや、俺にも関係が無いこと。だから気にするな。分かったならさっさと出ていけ。仕事の邪魔だ」
そう言いカイヤを避ける。
その様子は、カイヤが見てきたあの冷徹で不気味なキルの姿だった。
「違う、そっちじゃない」
無意識のうちに、カイヤは声に出していた。その言葉に、キルもカイヤも驚く。
「……どういう事だ。俺の何が違うというんだ?」
ニヤニヤと余裕ぶって話しかけるキルに対して、カイヤは拳にぐっと力を入れ、精一杯の言葉を口にした。
「俺が今話してぇんはお前じゃねぇ…!ホンモノの、俺の親父だ!!」
叫んだ声が少し掠れる。カイヤの瞳はまっすぐキルの方を向いていた。
さっき見せた自殺しようとしている親父の姿。あの姿がホンモノの親父の姿。
ホンモノの親父は、今も苦しみ絶望して今にも死にたいほどに思ってる。
「俺はお前の父親だぞ。それ以外に誰がいるというんだ」
表情を変えないキルに、カイヤは怒鳴った。
「親父を返せ!『過去』どもが……!お前らに囚われる前の親父を返せ!」
その瞬間、キルは笑っていた表情を真顔に変えた。途端、先程隠していたナイフをカイヤに飛ばしてきた。
ナイフはカイヤの頬を掠め、壁に刺さった。カイヤは微動だにせず、キルを睨んでいる。
「なんだ、反抗しないのか?」
「親父を信じてるから」
キルにキッパリとそう言った。その言葉を聞いたキルは、はたまた不気味に微笑み、そしてカイヤをにらみ返した。
「いつから分かっていた?俺が俺じゃないことに。そして、どこまで知っている?」
「全部だ。そして、俺は親父を救いに来た」
「は…俺はもう絶望しきっているんだぞ…!散々食ってきた絶望の『過去』に囚われ、自らの心すら絶望してしまった…!今更お前に出来ることなどない!しかも、俺が絶望した元吉であるお前に…!」
「信じることは出来る」
キルの言葉に重ねたカイヤの言葉は、単純ながら、希望に溢れていた。
カイヤの父親、キル=エスポワールは突発型の『過去を食らう猫』だった。『過去』を主食としている内に、何も能力を持っていない普通の猫の希少種猫に対する「妬み」や「嫉妬」…そして「絶望」の過去を食らい、いつしかその過去に囚われるようになり、そしてキル自身も絶望してしまった。
そして、人工的に希少種猫の能力を作るという『実験』をする結果になったのだ。
そしてカイヤは、その実験の実験台にされるまで、何の能力も持っていない普通の猫だった。
「俺が希少種猫に対して抱えていた妬みが親父を苦しませてしまっていたなら、それは俺の責任でもある。けれど…ホンモノの親父は、最後まで俺を信じてくれていた。10年前の俺は、何も知らずに親父を軽蔑して信じようとはしなかったけど、今の俺は…!親父を信じることが出来る!!」
親父は過去に囚われる最期まで、俺を『希望』と例えて信じていた。実際、ミヴェルに『俺を頼め』と言っていたのも、俺が最後の『希望』だったからだ。
10年前、俺はその『希望』を自らの判断で失敗に終わらせてしまった。親父のことも…ミヴェルのことも……
だから次は…今は……!絶対成功させてみせる…!
だからーー
「だから、親父を信じる代わりに、俺の『希望』を信じてくれ!」
その言葉は暗い部屋に響き渡った。キルの立っている位置の後ろにある窓からは、いつの間にか暗くなっていた空に、星が綺麗に輝いていた。
「……信じてくれるのか……?俺のこと…」
ふと聞こえた消えかけた声の主を見ると、さっきまでカイヤを睨んでいた瞳には涙が溢れ、何かが抜けたかのように目を見開くキルの姿があった。
その瞬間、キルの頭から、これまで囚われていたであろうたくさんの過去の塊が、一斉に飛び出し消滅した。
その場に膝をつけるキルにカイヤは駆け寄り、キルの目の前に座る。
「俺は知っていたんだ。親父が時々、俺のことを気にかけてくれることも、愛情を注いでくれてることも。だけど俺、馬鹿だからさ、ここまで来るのに時間がかかっちまった。ごめんな、親父」
そう言い親父の涙を拭き取ろうとする。それをキルは阻止し、自分の服の裾で涙を拭き、立ち上がった。
そして涙を隠すようにカイヤに背を向ける。
「……ありがとな、信じてくれて…。やっと、俺の『希望』が報われた…」
そう小さい声で呟くキルに、カイヤはニコリと微笑んだ。
「……大丈夫なのか…?本当に……」
クロヤは心配でならなかった。
今クロヤの目の前で寝ているカイヤ、シュマン、ミヴェルの3人は、まるで死人のように表情一つ変えずに目を瞑っている。
「……心配ですね。私も、師匠さんと青年くんのことは、一番近くて見ていましたから…」
救助援護員としてそばに置かれたジュネスが言う。
「お前にとってエスポワールとシュマンはどんなだったのだ?」
クロヤがそんなことを聞いてきたので、ジュネスはにこりと微笑み答えた。
「本当に、師弟というよりは仲のいい兄弟みたいな感じで、過去は実際そうだったみたいだけど。何かの縁で繋がってるんじゃないかしらって思ったぐらいでしたわ。本当、微笑ましい」
「そうか……」
「……もし、10年前の青年君がもう少し成長してて私と同い年ぐらいだったら、もう少し過去が変わっていたのかなって、時々思うんです」
ふと、ジュネスがそう言った。クロヤは首を傾げる。
「……青年君って、妙に言葉の説得力があると思うの。だからさ、青年君が物心ついて、ある程度希少種猫の知識がついてて、そんな時に私や私のお父さんに会っていたら、きっと私の過去も変わっていた」
「……ジュネスや……ジエンの過去がか?」
「ええ。私のお父さんは希少種猫保護施設に入ることを拒んでいたのでしょう?けれど、青年君なら、お父さんを説得させるのが出来たんじゃないのかなって……。まあ、もしもの話なんですけどね」
そう話すジュネスにクロヤは妙に納得した。
「確かにな…。そう言う過去もありえたかもしれんな」
その時、ガタッとドアが動く音がした。
徐々に開くドアを見ると、そこには片手に本を持ったアマノの姿があった。
「アマノさん…!まだ重症なんですから…!動いたらダメですよ!!」
「私のことは大丈夫です…。それより……」
包帯だらけでうまく動かない体をゆっくりと動かし、アマノはクロヤの方へと移動した。
「クロヤ様……これを……」
「これは……」
アマノから受け取ったモノ……、それはあのガディ=ジュエの写真集だった。
「何かの役に立てると思いまして…。ずっと私が所持していましたから…」
その時、ジュネスは何かを感じたように声を上げた。
「その写真集、貸して……!多分必要になると思うわ!」
そしてクロヤから写真集を受け取ると、それをカイヤでもミヴェルでもない、シュマンの手に持たせた。
「何をしておるのだ?」
「私でもわからない。けれど、こうした方がいいと直感で思ったの」
写真集をシュマン手元に置いた瞬間、シュマンの手がその写真集を握りしめた。
その様子を見て、三人は驚く。
「……無事を祈る……」
ひと、クロヤはそう呟いた。
【シュマンside】
出発する前。
「かわいい……」
ふと声に出してしまった。
「アンナは危ないからお留守番ね。大丈夫、すぐ帰ってくるから!」
セリアが目の前の少女に向かって言う。その少女……アンナ=スーリールはコクリと首を縦に振った。
「ジュネス姉さん……10年前と今と全然印象が違うな……」
いつも明るく大人だけどお茶目なジュネスだが、その10年前となるとだいぶ性格が違い、物静かで素直な感じだった。
「シュマン、行くぞ。早く来い」
ジエンの声が聞こえ、そっちに身体を動かした瞬間、服の裾をジュネス……アンナにつままれた。
「……?」
「これ……もってって。ガディ=ジュエの写真集……」
「多分必要になると思うから」と言って渡された写真集は、あのミヴェルが写っている写真集だった。
嫌な記憶を思い出す。だがそれに囚われないように頭の中をかき乱した。
「ありがとう……!行ってきます!」
そう言い、アンナに手を振り走っていった。
β基地に着き、ホールの中に入る。10年前の施設は今とあまり変わっていない。
「おお!ジエン自らここに来るとはねぇ、やっと改心したのかい?」
聞き覚えのある声の方を見ると、ジエンと瓜二つの女性がこちらに歩いてきた。
「今日は違う話だ。緊急事態、希少種猫が危険にさらされている」
そう言うと、エリスはピクリと耳を動かした。
「それはアレかい?この前クロヤから聞いたんだが、あの…エスポワールって研究員とこの、希少種猫2人かい?」
「話が早いな。その通りだ。まあ事情はシュマンから聞いてくれ」
そう話を振られたのでこれまでの経緯をエリスに伝えた。
「……信じるよ。実際可能性はあるからね。未来から来たとかはよくわかんねぇけど」
そう言った後、エリスは手首のブレスレットの無線を使ってとある人物を呼んだ。
「なんの御用でしょう?エリス様」
数分後、呼ばれた人物が駆けつけてきた。それは、シュマンが知っている人物だった。
「α基地所属のやつだが一時的にβ基地についてもらってる。アマノ=スィエルだ。新人だが腕は立つ。きっと何かの役にたつだろう」
「よろしくお願い致します。アマノ=スィエルと申します」
10年前のアマノだ。今とは違い、髪の毛は長くポニーテールにしていて、顔つきも童顔で今より女性っぽい。そういやミヴェルと同期と言っていたから、この頃は新人なのか。
なんて感心していると、ジエンが口を開いた。
「急を要する。今すぐ行くのだが大丈夫か?」
「はい。準備は出来ています。急ぎましょう」
いつの間にかジエンが中心になって指示してくれていることに感謝し、シュマンは尊敬の意を表した。
そして時間が迫る真夜中、シュマン達は掛けていった。
【ミヴェルside】
苦しい……
嫌だ……ダメだ……これはただの『過去』だ
囚われちゃ……ダメだ……
けれど……
目の前には、僕のトラウマの元吉が、不気味な笑みを浮かべている。
ここは『過去現像世界』、『過去』によって作られた世界
少しでも悪い過去を思い出してしまうと、この世界は黒く変化する
だから……現実世界にいるより、僕の心は過去に囚われやすくなる。
目の前にいるトラウマの元吉が、ゆっくり手を伸ばしてきた。
涙を流し絶望を感じながら、僕は心の中でこう思った。
…カイヤ……ごめん……と




