過去現像世界へ
「あの日……『希望』は、失敗に終わった。僕達は離れ離れになって…僕はβ基地に保護された。そして僕は……未だ囚われているんだ……」
ミヴェルが今にも消えかかりそうな弱い声でそう言う。
場は静まり返っていた。ヒヤリと寒気がするような緊張感が渦巻いている。
時計の針が刻む音だけが部屋に響いていた。
「………!!」
言葉に出来ず絶句する。カイヤは驚きと焦りを覚えていた。あの時ミヴェルが考えていたことが、自分の過去と重なり真実が思い知らされたからであろう。
「う……ぐ…うえぇぇぇえん!!」
突然静かな空気の中に号哭が渦巻く。
声のするほうを見ると、ずっとシュマンにひっついていた、シュマンの『執着した過去』が具現化した存在であるシュマンの幼き姿…『エイヴァ』が、声を上げて泣いていた。
「え、エイヴァ…!大丈夫…!?落ち着いて…!」
シュマンがそう慰めるが泣くことをやめない。よく見ると、シュマン自身も微かに泣いていた。
「いやだぁぁぁあ!!嫌い…!!嫌いだもん!!いやぁぁあ!!」
ギュッと強くシュマンに抱きつく。その体は震えていた。
「いやだよぉ…!!怖い…怖いよ……!」
「……エイヴァ…大丈夫…」
ミヴェルがエイヴァに近付こうと立ち上がる。その時、ズキッと肩に強い痛みを感じた。
「ミヴェル……その肩……」
カイヤがミヴェルの肩の方を指さす。
恐る恐る肩元を見ると……そこには、ミヴェルの肩を掴み爪を立てる焼け焦げた手があった。
「うわぁ!!」
驚きその手を振り払う。その手は遠くに飛ばされ姿を消した。
その時、背後に不気味な気配を感じる。
これは……僕の背後にいるこの存在は……僕の囚われていたモノだ…。
「見るな!!ミヴェル!!さっきと悪化してる!!」
カイヤが目を見開きながら言う。
ミヴェルの背後にいる存在は、さっきミヴェルの背後にいた、ミヴェルの『執着した過去』の具現化した状態……ガディ=ジュエだ。
さっき消えたはずなのに、また現れた。しかも……さっきよりも黒く焼け焦げ、原型をとどめていない姿で。
「い、いやだ……!!」
ミヴェルが頭を抱えて抵抗する。が、ガディ=ジュエはミヴェルの両肩を抑えつけたままだ。
「ミヴェル!!」
ミヴェルを助けようと駆け寄るが、不穏な空気に跳ね返され、身を地面にぶつけた。
近づくことさえできない。
「うわぁぁぁあ!!」
ミヴェルが叫び声を叫ぶ。その声はいつもの男性時のミヴェルの声とは違い、若干声が高くなっていた。
ガディ=ジュエが、再びミヴェルを乗っ取ろうとしている。
「ゔぁぁあぁああ!!」
ミヴェルが完全に囚われてしまう……そう絶望しかけた瞬間、
真っ黒なコートがミヴェルの目の前で翻る。
そして、持っていた槍でガディ=ジュエの顔面を思いっきり突き刺した。
その槍はガディ=ジュエの顔面を貫通したが、空気をついたように手応えはない。
その瞬間、ガディ=ジュエは姿を消し、ミヴェルは解放された。
「一体お主らの中で何が起こっているのだ!気を取り戻せ!お主らが見ている存在は空想でしかないのだぞ!!」
黒いコートを翻し、灰色の髪の人物が忠告する。
「クロヤ……」
その人物……クロヤは怒っているようだった。
普段滅多に怒らない人物が怒っているのが珍しく、怯んでしまった。
「過去に囚われるな!前を見ろ!!お前達がずっと追い求めてきたことだろう!?なにただの過去の一つ二つで怯んでおるのだ!それじゃいつまで経ってもお前達は絶望のままだぞ!」
クロヤの言葉で正気を取り戻す。ふと周りを見ると、ガディ=ジュエの姿も、シュマンの隣にいたエイヴァの姿もなかった。
そうだ……クロヤや他の希少種猫には…見えていないんだ。
俺らが『過去を食らう猫』だから、見えるだけのことなんだ。
その時、カイヤはある方法を思いついた。
その方法は……この状況を打開できる二回目の『希望』だった。
「……クロヤ、ごめん。叱ってくれてありがとな。おかげでやるべきことがわかったぜ」
カイヤはニコッと笑った。その希望溢れる笑顔に、それまで緊張状態で囚われていたミヴェルとシュマンの心を、徐々に晴らしていった。
クロヤは「やっとわかったか」とでもいうようにため息を吐き、カイヤに笑いかける。
「……カイヤ…その方法は……?」
「ああ、俺ら『過去を食らう猫』にしかできねえことだ。それは……」
いつの間にか夜は終わりを告げ、遠くで朝焼けが赤く染まっていた。
10年前と同じ、朝焼けの中、俺は2度目の『希望』を与えた。
「クロヤは俺たちの帰りを他の保護員と共に待っててくれ。もし俺らに何か異常があったときは、構わず俺らをたたき起こしてくれ。頼んだぜ」
「エスポワール……どうか無事でな……」
「おう!大丈夫だぜ!きっと上手くいくぜ」
心配そうな顔をするクロヤにそう言い、ミヴェルとシュマン元に駆け寄る。
「……本当に……行けるのでしょうか…?」
「心配しなくていいよ、エイヴァ。カイヤの言葉をを信じるんだ」
「そうだ、俺を信じろ。必ず、『希望』を成功させるんだ」
カイヤの考えた『希望』
それは、再び過去に潜り込んで、過去を変えるというものだった。
ミヴェルやカイヤが過去に見た、罵詈雑言が鳴り響く真っ暗な世界……『過去現像世界』を利用する。
あの世界は『過去』による世界。いわば、執着した『過去』の世界。
あの時のあの世界は、真っ暗だったが、それは『絶望』したからである。
だがミヴェルがあの世界の中で『希望』を見出した時、あの世界は現在とリンクした。
もしかしたら……『希望』を見出してさえいれば、あの世界は真っ暗ではなく、忠実な『過去』の世界に見えるのではないか?
そして……その中で行動して昔のカイヤやエイヴァ、ミヴェルの言動を、変えることが出来るのではないか?
しかしそれは推測であって、実際本当に過去の世界の姿に見えるかわからないし、ミヴェルやエイヴァはずっと『希望』を感じることが出来ないかもしれない。
そして成功したとしても、戻った時に現在が変わっているかどうかわからない。
そんな不安が押し寄せる中、カイヤはこの方法を選んだのだ。
仲間を信じて……
『過去の希望』を信じて……
「いくぜ……信じろ……俺らが求めていた結末を……!」
三人は手を繋ぎ、目を閉じ念じ始めた。
俺たちがずっと求めていた結末……
夢……三人で希少種猫保護施設の保護員になること
バラバラで入所するのではない……三人一緒に入所するんだ。
そして三人でずっと仲良く過ごすんだ。クロヤやほかのヤツらに「仲いいな」とか言われながら、どんな任務も三人一緒で……
そして……その為に……どんな時でも離れてはいけない
例え身体が離れてしまったとしても……心は離れてはいけない
三人揃っての『希望』だ
ゆっくりと、息を吸いこんだ。
【カイヤside】
目を開けると、見たことのある風景だった。
そこは、カイヤが昔住んでいた家の近くの大きな庭だった。
色とりどりの花が咲き、そよ風が草花を揺らす。丁度日没の時間なのか、向こうの方が赤く染まっていた。そんな庭の丘の上でカイヤは目覚めた。
「成功……したのか…?」
疑心暗鬼になりながら周りを見渡すが、そこには昔見た通りの懐かしい風景がある。どうやら成功したようだ。思った通り、過去に潜ることが出来たようである。
「……てことは、ここは『過去現像世界』ということか…。懐かしいな……この風景…」
そう呟き、懐かしげにその光景を見る。起き上がった場所は、丁度いつもカイヤが昼寝をするのにお気に入りだった所だ。
ふと気づくと、父親の研究所がある方向から、もくもくと煙が上がっているのが見えた。
父親が…キル=エスポワールがあそこにいるかもしれない。
「親父なら……何かわかるかもしれない…。ミヴェルの悩みを知っていた……わけだし」
ミヴェルの過去の中の父親は、カイヤの思っていた父親とまったく異なっていた。
もしミヴェルの言っていた父親の人格が本当なら、カイヤ達の味方になる。
だが10年前のカイヤは、常に父親に不信感を感じ、信じようとはしなかった。父親をもう少し信じておけば、ミヴェルが言う『過去に囚われる前のキル=エスポワール』に出会えていて、そしてミヴェルを救う手立てになったかもしれない。
あの時の自分の惨めさを知り、後悔する。
けれど今は、あの時の『過去』の中にいる。
「……親父を信じるんだ。俺やミヴェルやエイヴァを希少種猫にした罪は変わらないが、信じてみるんだ。親父の本来の……『過去にとらわれる前の親父』を……」
そう呟き、丘を駆け下りた。
【ミヴェルside】
(よかった……ちゃんと見えている)
木製の少し傷ついたテーブルや、白い壁をみて安堵する。
この場所は、僕とエイヴァの部屋だった場所だ。
家具の一つ一つが懐かしい。
「……よく、僕がエイヴァに勉強を教えてあげていたっけ…。虐待がエスカレートしてからは……そんな余裕なかったけど…」
机の上に置かれていたノートに書かれているエイヴァの字を見て、ミヴェルは微笑んだ。
周りを懐かしむように見渡す。ふと立てかけてあったカレンダーが目に留まった。
『わたしの8さいのたんじょうび』
と拙い字で書かれている。
その日は……丁度ミヴェルが『希望』を実行した日だ。
「……今日は何日だ…?まさか…」
ふと不安がよぎった瞬間、思いっきりドアが開く音がした。
ドアの方を見ると、そこには…10年前の…8歳ぐらいのエイヴァがいた。
エイヴァはニコニコと笑みを浮かべているが、よく見ると所々に傷跡がある。笑顔とは正反対の、痛々しい姿だった。
「エイヴァ……!」
ミヴェルがエイヴァに声をかけた瞬間、エイヴァは勢いよくミヴェルの元に駆け込んできた。だが、ミヴェルに接触することはなくミヴェルをすり抜けて、カレンダーをかけている壁に手をついた。
「透けた…!?エイヴァには…僕は見えてないのか…!?」
エイヴァはこちらの様子に気づくことなく、カレンダーを見ている。
そしてくるりと振り返り、廊下に向かって大きな声でこう言った。
「ミヴェルー!明日!明日がわたしの誕生日だよー!楽しみ〜!」
(ーーー明日!?)
その言葉を聞いた瞬間、僕は急に背中に冷や汗を感じた。
(時間が無い……今日にも僕はカイヤから希望を託されて…明日の朝には実行してしまう…!)
そう焦りを覚えた時、これまで何回も聞いてきた声が聞こえた。
「そうだね…、エイヴァ。楽しみだね」
落ち着いた……というより疲れたような声を発した主は……10年前の、ミヴェルの姿だ。
「昔の僕……」
ミヴェルは昔の自分の姿を見て驚いた。
その姿はやせ細っていて、エイヴァよりも酷い傷跡が身体中についている。だが顔だけは傷一つなく美しいままだ。フラフラとした足取りで、苦しさを隠した偽の笑顔をエイヴァに向ける昔のミヴェルに……ミヴェルは言葉が出てこなかった。
あの忌まわしい記憶が、嫌でも思い出される。
痛い……苦しい……嫌だ……
そんな感情がミヴェルの心を貪っていく。
その瞬間、急に世界が歪み始めた。テーブルや壁のカレンダーがゆらゆらと歪み、目の前にいるエイヴァとミヴェルの姿が、段々黒く変わっていく。
その瞬間、首を強く掴まれたような息苦しさを感じた。
「ぐっ……はっ…… !」
苦しい…!息が思うようにできない。
そうだ、ここは『過去現像世界』
10年前に見たあの時のように…『絶望』によっては一瞬で黒く染まってしまう世界だ。
今さっき、昔の自分のあの思い出したくもない悲惨な過去を思い出してしまったから……『絶望』しかけたから、世界が歪んで視界が暗くなるんだ。
耐えろ……僕は『希望』を実行すると決めたんだ…!
こんなところで『絶望』なんてしてられるか…!
そう心に強く願った瞬間、苦しみから開放された。黒く染まりかけていた世界も、さっき見た子供部屋に戻り、昔のエイヴァとミヴェルも元に戻っている。
「……危なかった…。駄目だ…今は過去のことなんか何も考えるな…」
そう呟き自己暗示する。深呼吸を一つし、今やるべき事を考えた。
「今昔の僕に話しかけても相手には見えていない。……とりあえず、2人に合流しなければ。カイヤとエイヴァはどこにいるんだ……?」
同じ世界に来たカイヤとエイヴァに合流するため、僕は部屋を出た。懐かしい渡り廊下を歩く。
廊下の横にある庭には、鮮やかな花が咲き乱れていた。まるでキャンパスに描いたような、そんな幻想的な風景だ。
10年前、僕はこの庭でガディ=ジュエ夫妻を殺した。
息を飲み込む。あの時の僕は本当に頭が狂っていた。人殺しをしてしまうほど、気が触れてしまっていたのである。
あの時の『希望』は……まだ子供の拙い僕達が出した、最善策だった。今思えば、その『希望』は、どちらにしろ残酷なモノだった。
次の『希望』は、絶対にそんなことをしない。違う方法を探すんだ。
誰も傷つかず、3人が安心して希少種猫保護施設に保護される結末をー
キッと目を細め考える。次の『希望』は、必ずー
その瞬間、後ろに気配を感じた。気づき振り向いた瞬間、ミヴェルは目を見張った。
目の前には……ガディ=ジュエの姿があった。
【シュマンside】
「ここ……どこですか…?」
広い草原に一本道だけが続いている。周りに建物はなく、地平線がくっきり見える。
そんな場所で、シュマンは目を覚ました。
「師匠ー、ミヴェルさんー、どこにいますかー?」
二人の名を呼んでみても返事もない。風がシュマンの髪をなびかせるばかりだ。
「……本当にここは『過去現像世界』なのかな…?こんなところ、見覚えがないし……」
不安で胸がいっぱいになる。微かに瞳が濡れる感じがした。
「……だめだ。歩かなきゃ」
そう呟き、一本道を歩き始めた。
だがしかし、数分歩き続けても建物すら見える気配はない。
不安が再び現れる。だんだん暗くなる空を見上げ、その場に立ち止まった。
「……師匠……ミヴェルさん……。僕はどうすればいいんでしょうか…?」
ふとそんなことを呟いた。知らないうちに暗くなった道は、恐怖に感じさせるには充分すぎた。
「……怖い…」
そう言いながらゆっくりと歩き出す。
バササッ、と、鳥が忙しく飛んでいく音が聞こえた。その音にもシュマンは肩を震わした。
長い一本道を歩いていくと、ある一つの大きな木が見えた。そこで腰を下ろし、深呼吸を一つする。
「……このまま……会えないままなのかな…。『希望』を実行しに来たのに……これじゃ見当違いだ……」
そう言い……ゆっくりと目を閉じた。
『……ぶ!大丈夫!?』
「…!?」
勢いよく起き上がると、声の主は驚いたようにこちらを見た。
ぱちくりと目を瞬きする。
起き上がった場所は、さっきの木の下ではない…ふわふわしたベットの上だった。あたりを見渡すと、ここは図書館なのか、本棚に囲まれている。
たしか……僕は何も無い道を歩いていて…
「よかった…!目が覚めた…!ほんと…心配したんだからね!」
さっきの声の主がため息を吐きながらシュマンに言った。
青い髪をお団子に結ったその人は……シュマンの知っているある人に似ていた。
「……ジュネス姉さん……?」
「ん?誰?君のお姉さんの名前?」
いや、ジュネスとは違う。顔は似ているけど、口調や声が違っていた。
「君、姿を見たところ種族は『両性』っぽいね。珍しい…!名前は?」
ニコッと微笑んで女性は聞いてきた。
「……シュマン、あ、えっと…本名は、エイヴァ=ソワールです」
「やっぱり!ソワールは『両性』の種族の性だからね!」
正解を喜ぶかのようにグッと拳に力を込めた。そして嬉しそうにニコニコ笑っている。
この人はこの図書館の司書なのか?希少種猫に詳しいようだが…
「ああ、自分の自己紹介忘れてた!私はセリア……セリア=スーリール。よろしくね!」
……セリア=スーリール……スーリール?
どこかで聞いたことがある性だと、シュマンが考えている隙に、遠くの方で低い声が聞こえた。セリアはそれに反応し、立ち上がる。
「さっきの奴は大丈夫か?」
「ええ、もう元気そうだわ!大丈夫よ、ジエン」
……ジエン……
声のする方向に振り向いた時、考えていた全ての謎が解決した。
「あぁーーーーー!!!」
「!?い、いきなりなんだ……?」
シュマンの目の前にいたのは、10年後の世界では既に亡くなっている……β基地エリス基地長の弟兼ジュネス……アンナ=スーリールの父親であるジエン=スーリールだった。
「この人が……ししし師匠の言ってた……ジエンさん……!?」
「一体なんなんだ…急に驚いた顔をして…」
シュマンの驚愕した様子を不思議な目でみるジエン。
緑の短髪に大きな白い猫耳……その容貌はエリスそっくりだった。
「一旦落ち着け」
ジエンにそう言われ、シュマンは我に返る。恥ずかしそうに「すみません」と呟き、深呼吸を一つした。
「なに?ジエン。この子と知り合いなの?」
「いや……だがもしかしたらあいつのところの奴なのかもしれん」
そうジエンは言い、シュマンの方を見た。
「お前、もしかして、クロヤの……希少種猫保護施設α基地の保護員か?」
「あ、はい。希少種猫保護施設α基地、一般保護員のシュマンです」
そう言うと、ジエンはチッと舌打ちをした。
「……そうか。まあ、お前がここへ来たのは偶然のことだ。α基地に連絡でも入れて帰させてやる」
そう言いジエンはため息を一つした。
保護施設の保護員、という言葉を聞いた瞬間、不機嫌そうな態度を取ったジエンに、シュマンは首を傾げた。
「……お前は、あの施設の下で働いて自由を奪われることには慣れているのか?」
その質問にシュマンは少し驚いた。
そういえば、以前カイヤが言っていた事によると、ジエンは希少種猫保護施設に入ることを嫌い、自由を求めていた。
この質問は希少種猫保護施設に対しての皮肉に聞こえた。
「……ったく、姉ちゃんといい、あんな牢獄のような場所に行ってしまうとは、落ちぶれたものだな。」
「そんなことないですよ」
吐き捨てたジエンの言葉に引っかかり、ジエンの言葉を遮るようにシュマンは口走ってしまった。
決してそういう所ではないことを、ジエンは知らない。罵倒された怒りもあるが、シュマンは希少種猫保護施設は良い所だということを、ジエンに分かって欲しかった。
「確かに、外から見ればそう思えるかも知れません。けれど、僕からしてみれば、あそこは実家のように暖かくて……決して自由を奪われた事はありませんよ。任務に行っている時だって、時には観光気分ですし、もちろん安全ですし、楽しいところですよ」
ジエンに向かって、ニコッと微笑んだ。
予想外の言葉に、ジエンはしばらく俯いていたが、ゆっくり顔を上げた。
「そうか…。腑に落ちないが、そう思う奴もいるんだな。……クロヤの奴の言うことも、少しは理解した」
そう言うジエンの口元が少し微笑んだ気がした。
怖い人だと思っていたジエンの意外な一面に、シュマンは驚き、そして納得した。
(ジエンさんも、仲間思いのいい人じゃないですか……)
そう思った時、ふと本来の目的を思い出す。
「ジエンさん……!今!今はいつですか!?」
シュマンの慌てたような言動にジエンも方を震わした。
「どうしたんだ、今は…〇月△日だが」
「……僕の誕生日の……一日前……!時間が……!!」
「何を慌ててるんだ。教えてくれ」
不思議そうにシュマンを見つめるジエンに、シュマンは内容を説明した。
ジエンは最初はシュマンらが未来から来た、ここは過去の世界であるという事に疑っていたが、次第に納得していった。そしてこれから起こる事についても、ジエンは冷静に受け止めた。
「…で、未来で俺の親友となるカイヤ=エスポワールというやつが、お前の兄に託した『希望』が失敗に終わると。だからお前達は過去に戻ってその結末を変えに来たと」
さすが頭の回転が早い。ジエンはすぐに状況を判断した。心強い人に出会えたと、シュマンは少し安心した。
が、安心している時間が無い。
「……いったい、どうすれば……」
「……少し落ち着いて考えてみろ。理屈は簡単だ」
ジエンがふとそう呟いた。シュマンは驚きと期待の目でジエンを見た。
「…カディ=ジュエとやらは、希少種猫に危害を与えているということになるだろ?それじゃ、早くに希少種猫保護施設に頼めばいいじゃないか。俺はα基地のある保護員と面識がある。クロヤ=ノワールという名の奴を知っているか?」
「クロヤさん…!面識があったんですか!?」
「ああ、よかった。なら話が早い。あいつは基地長援護班らしいからすぐに行動に移せるはずだ」
「……?クロヤさんは基地長のはずじゃ……」
「……確かにクロヤは有力候補だが。そうか、未来ではあいつが基地長になっているのか」
そう言いジエンは静かに笑った。
「そうと決まれば早く連絡を……」
そう言い立ち上がった時、ズキリと足元に痛みを感じてバランスを崩して再び布団に上に倒れてしまった。足元を見ると足首が赤く腫れ上がっていた。
「全然気づかなかった…」
「おい、早く手当をー」
そうジエンが言った瞬間、駆けつけてきたセリアがシュマンの足元に手をかざした。そしてその手から水色の風のようなものが舞い出した。
「お、おい!セリア……!その技は……!」
「いいのよ、この子にはもう私たちの種族はどうせ知られているんだし……後、ずっと私も、誰かの役に立ちたかったから…!」
言い終わる頃には、シュマンの足の傷はすっかり治っていた。そういえば、ジュネス姉さんの母であるセリアさんは、『回復猫』だったっけ……
「はい、これで大丈夫だわ」
「……ありがとうございます」
シュマンからの感謝を受け止めたセリアはニッコリと微笑んだ。
そしてキリッと真剣そうな表情に変え、ジエンの方を振り向いた。
「あなたがいつまでも殻に引き篭るから、ずっと黙っていたんだけど、もう限界だわ。私は外へ出たい!私だって、保護員になってたくさんの命を助けたいの!あなたももうそろそろ決断を下したらどう?」
「ジエンだって、誰かを助けたいんでしょう?」
セリアの言葉に、ジエンの目は見開いた。
その瞬間、あることを思い出す。
俺が姉を追って外へ出た理由。
自由になりたい……その一心だけじゃない。
希少種猫……しかもエルフ猫というレアな種族である姉の危険を思い、後を追いかけて姉を助けようと思った。
守ろうと思った。
そんな感情もあったはずだ。
グッと拳に力を入れた。
スっと立ち上がった。
「…分かってるからいいんだ。早くしろ、行くぞ」
そう言い早足で部屋を出ていく。
ポカーンと口を開けるシュマンに、セリアは微笑んだ。
「ほーんと、素直じゃないんだから…。まあいいや、少年君、ありがとね!」
ニコッと笑ったセリアに、シュマンも微笑み返した。
「早く来い!β基地に向かうぞ!」
ジエンの声が聞こえ、早足でジエンのもとに駆ける。
「ん?α基地に連絡を入れるんじゃ……」
「クロヤのコウモリを呼んで伝言を送って飛ばしてクロヤのところに届けるまでには時間がかかる…!だから姉ちゃんのところに行く!ここからじゃβ基地は近いし、効率がいいだろ」
「なるほど……」
頭の回転が早いジエンに関心しながら、図書館を出て3人は街を駆けていった。




