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我らは過去を食らう猫(モノ)  作者: 実音(みおん)
27/30

ミヴェル=ソワールの過去と希望5


あの日から数日が経った。


相変わらず、僕とエイヴァはガディ=ジュエからの虐待を受けている。


しかし、変わったこともある。


僕が殴られ、罵声を浴びせられた時や、女性時になる時に、あの「過去現像世界」に行くことが少なくなった。


以前よりは絶望を感じられない。それは着実に僕の心が元に戻って言っていることを示していた。


だが、いつになったら……僕は元に戻ってエイヴァを助けられるだろうか…。


そんな不安が、積もっていった。









そして……時間が過ぎていく。


僕は…その過ぎていく時間の中での先程とは違う別の変化に、気づくことが出来ずにいた。








不安が積もることもう数週間。


僕は…限界になってきていた。


絶望に囚われることが少なくなっても、現状が変わっただけじゃない。


虐待は今なお続いている。


むしろあの時以来、エスカレートした。


原因は、あの時撮られた写真……『美しき我が愛猫(モノ)』が、過去最高の評判をたたき出したからだ。


ガディ=ジュエはそれを失敗作だという。


僕は……買取主の期待を裏切ったことになるだろう。


エスカレートするのも無理はない。


けど……僕のせいでエイヴァに対する暴力も悪化してしまった。


もうこれ以上、僕のせいでエイヴァを苦しませたくない……!


……早く……解放されたい。


いつになったら……自由になれるの……?


再び不安が押し寄せる。


このままじゃ……小さいエイヴァの心が持たないかもしれない。


出来るだけ早く、自由にならなければ……



もう……待っているなんて…限界だよ……。




僕は焦りを覚えていた。



そんな時、僕の我慢の限界を決定づける出来事が起こってしまった。












ある日、いつも通りガディ=ジュエの気晴らしの暴力が終わって、ガディ=ジュエは部屋から出ていった。


僕とエイヴァだけが薄暗い部屋に残る。


傷ついた身体で、エイヴァをぎゅっと抱きしめた。


「……大丈夫だから…いつか必ず……救われるから…」


そう願い、エイヴァの頭を撫でる。


その瞬間、その手を払われた。


「……?エイヴァ……?」


「……もう、嫌だよ……」


エイヴァが俯いたままそう言う。


「何言ってるんだい…?」


ふと、エイヴァを見ると、知らない内に女性時に変わっていた。そしてそのエイヴァの表情は、無表情でまるで人形のようだった。



「もう、男性時は嫌……ずっと女性時がいい…。女性時のままだったら……お父さんも優しくしてくれるから…」


「ダメだ…エイヴァ…!そう思ってしまったら…!絶望してしまったら……!」


「じゃあいつまで、その希望のために待たなければいけないの?」


その言葉が僕の心に突き刺さる。

ドクンと、心臓が鳴り響いた。


「……もう、苦しいのは……嫌だよ……」



……エイヴァが…ガディ=ジュエに囚われている……


もう……間に合わないのか…!?



時間は、もう待ってはくれない。


カイヤ……僕はもう……















限界が押し寄せた時、再びカイヤと会う機会を得た。


カイヤはあの日から気を使ってか、僕の家の事を話さなくなった。代わりに、自分の周りに起きた楽しい出来事を、いつも通りの笑顔で話してくれた。


多分、現実逃避をさせてくれているのだろう。


けれど…そうしている時間はない。


実際、カイヤも今の状況を打ち壊す策を考えてくれているだろう。カイヤの対応からなんとなく分かる。


けれど……その策が見つかるまで…一体これからどのくらいの時間が経つのだろう…


エイヴァのあの様子では……もう待てそうにない


「…もう、我慢できないよ…」


夕焼けが赤く染める帰り道、僕はついに、カイヤに胸の奥の感情を打ち明けた。


「…やめろよ、もうソレの話はすんなよ…」


カイヤはまだ現実逃避を勧めてくる。


けれど、もう限界なんだよ……



「…エイヴァが…、また変わってしまった…」


カイヤは目を見開いた。僕は一瞬戸惑ったが、現状を話すことにした。



「…女性時のエイヴァが、今のままで良いって、このままだったらガディ=ジュエも優しくしてくれるって…男性時になる事を拒むんだ。エイヴァは、どんどんガディ=ジュエに染色されていってる」


険しい顔をするカイヤに目線を向ける。僕は泣きそうになり視界がぼやけていた。


……助けて……


心でそう叫びながら……


早く……何かエイヴァを救い出せる策があればーー


「…何か『希望』があれば…」


僕はそう呟いた。カイヤはその言葉を聞いた時、なにか思いついたように目を見開いた。そして再び険しい顔になる。


僕はカイヤを信じ、「希望」を待つ。


カイヤはどんな「希望」を出してくれるだろう……


……全ては、カイヤと僕とエイヴァとの3人で、本来進むべきだった未来を進みたいだけなんだ。


どうか……助けて……


「…『希望』か…」


カイヤがそうつぶやく。そして、しっかりとその目線を僕の方へ向けて提案した。


「ミヴェル…聞いてくれ…」



そして、カイヤは僕に『希望』を託した。











「やっぱり、やめてもいいんだぜ…。不可能にちけーし、もし失敗すれば……お前は……」


「でもいいんだ。これでエイヴァが助かるなら……。僕は実行するよ」


カイヤが止める理由もわかる。けれど、もう僕にはこれしかなかった。


ガディ=ジュエを殺す。


僕がカイヤから与えられた『希望』だ。


今まで一体、どれだけあいつを恨んだことか。


憎悪の感情が、僕を包み込む。


最初からそうすれば早かったのかもしれない。


だが昔のあの臆病の僕は、そんなこと考えれなかった。


あいつが僕とエイヴァを人形にした時に手段を選ばなかった時のように、僕は手段を選ばない。


その時から、僕の心は復讐心に包まれた。


絶対に、あいつを殺してやる……!


そればかりが頭を支配した。




明日は、エイヴァの誕生日だ。















次の日、僕はカイヤからの希望を決行した。


朝早くに起きた。


起き上がる時、隣で眠っていたエイヴァに声をかけられた。


「……ミヴェル……?どこに行くの……?」


眠たそうな声で言うエイヴァを、僕は無表情で見ていたが、なにか緊張の糸が切れたように、精一杯の笑顔でエイヴァを頭を撫でてやった。


「すぐに戻ってくるよ…。まだ起きる時間じゃないからゆっくりとおやすみ」


「うーん」とエイヴァは返事をし、再び眠りについた。


その寝顔を愛らしい瞳で見つめる。


「お誕生日、おめでとう。エイヴァ…」


そう呟き、部屋を後にする。


深呼吸を一つし、再び集中する。


一番奥にある物置部屋に入り、斧を手にする。


鋭く光る鈍器を見つめ、あいつへの復讐だけを考えた。


それを持ち、広い中庭へ出る。今は暗くてよく分からないが、昼間はまるで絵画のように美しい空間である。


家から遠く離れた場所まで行き、そこに斧を隠す。そして再び家に戻っていった。


戻る途中で朝焼けが見えてきたことに気づく。向こうの方から炎のような赤い色が映っている。


この美しい風景を、利用しようと思った。


家に戻ると、ちょうどガディ夫妻が起きたところだった。寝ぼけているようで、僕の男女の区別はつけられていない。


わざと高い声を出して、僕はこう言った。


「向こうの方、朝焼けが綺麗ですよ。写真を撮るのにピッタリだと思うので、朝焼けをバックに私を撮るなら今しかないです。カメラを持って中庭へ来てください。先に行って待ってますから」


そういいさっきの場所に戻る。


隠していた斧を持ち、ガディ夫妻が来るのを待つ。


最初に来たのはガディ=ジュエだった。言った通りにカメラを持っている。


草むらに隠れ、スキを狙う。


「ミヴェル!どこにいるんだ!せっかく来てやったというのに……!」


ガディ=ジュエが怒りながら僕を探している。


「あああああアアァ!!」


僕に背後を向けた瞬間、僕は思いっきりガディ=ジュエに向けて斧を振り下ろした。


斧は、ガディ=ジュエの肩に当たり、深く、大きな傷をつける。


「ぐぁっ!!……な、なに……ぐァッ!」


倒れ込んだガディ=ジュエに容赦なく斧を振り下ろしていく。


空中に舞う血飛沫が空の赤色と同化した。


動かなくなるまで僕は斧を振り下ろし続けた。


やがてガディ=ジュエはピクリとも動かなくなった。


その様子を見届けた後、奥からまた1人誰かが来るのを察知した。


ガディ=ジュエの妻だ。


「きゃぁぁあ!!な、何やってるのよ……!!」


叫び声が耳を遮る。


「……五月蝿いなぁ……」


そう言い、その女性に斧を向け、振り上げた。
















「はぁ……はぁ……」


斧を引き摺り、僕は息を切らす。


僕の足元のふたつの死骸は、背中から臓器が見えるほど深く傷が入り、四股は切断されていた。


これを……僕がやったのか……


瞬間、悪寒がする。冷や汗が背中を伝う。


だが同時に、心の奥から喜びの感情が漏れだした。


「……やった……やっと……僕は……」



これで、解放されるーーー


自然と笑顔が漏れ出た。


「あは、あはは、やった……やったんだ……!僕は……!!」


腹をこらえて笑う。どこか壊れたような笑いだった。


そしてふと、我に返った。


「エイヴァの所へ……行かなきゃ……」


斧を捨て、振り返った。


その時ーーーー








「や、やだ………」


ミヴェルの目の前には、最愛の人物がいた。


「エイヴァ……どうして……ここに…」


「や…なんで…!!おとうさんとおかあさんを殺したの…!!?」


そう言いエイヴァが僕を避ける。ひどく震えた様子だ。


「ど、どうして…エイヴァ……お前は……!」



ふと、エイヴァの性別を見てみると……エイヴァは……女性時だった。


「違う……エイヴァ……僕は……エイヴァを助けようとしただけで……」


エイヴァは呼びかけても怯えたままだ。


どうして……ガディ=ジュエが死んで、自由になったんじゃないのか……!?


どうして……囚われたままなんだ……!?


エイヴァに向けて手を伸ばす。


「や、やだ…!!来ないで!!」


その瞬間、視界が赤い炎で覆われた。


凄まじい轟音とともに、僕は熱風に飛ばされる。


「つ……ッ!エイヴァ……!!」


飛んできた火の玉が僕の左頬に当たり、燃え上がる。ジリジリと痛みと共に火傷を負う。その火傷を手で抑えながら、僕はエイヴァの方を見た。


エイヴァの周りには、炎が上がっている。その炎はエイヴァの身体全体から出ているようだった。


「どうして……!どうして……!!お父さんとお母さんを……!!!」


エイヴァが泣き叫んでいる。エイヴァの瞳から流れ落ちた涙は、地面に落ち蒸発した。


どうして……どうしてこうなったんだ……



どうして……僕はーーー


……エイヴァを……助けられたかったんだ……



その瞬間、急に苦しさが全身に走った。


あの時の、嵐に身を投じたような苦しみだ。


「ぅううぁわぁああああ!!!」


息が詰まる。苦しい……


あの時の、『絶望』の痛みだ……




ふと気付くと、僕はあの真っ黒の場所に来ていた。


そう、『過去現像世界』だ。


以前よりも五月蝿い罵詈雑言が響き渡る。


「くっ……やめてくれ……!!」


苦しさでその場にうずくまる。


その時、さっきまでいた世界が脳内に広がった。


さっきまでいたあの炎が広がる場所だ。


エイヴァが泣き叫び、僕は俯いて動かない。


その時、僕の近くに見覚えのある人物が写った。


「どうして……カイヤが……」


その人物はカイヤ=エスポワールだった。カイヤはエイヴァの様子を見て泣き叫んでいる。


「カイヤ……!僕はここにいるよ……!」


そう言ってもカイヤには聞こえていない。


「カイヤ……」



その時、向こうの僕が立ち上がった。そしてカイヤの方へ近づき、カイヤの襟を掴み、叫んだ。


『カイヤ…何が『希望』だ…。何が『本来進むべき道』だ…!』


そう聞こえた。


この言葉は……僕の言葉ではない。


女性時(わたし)の……ガディ=ジュエに囚われている時の女性時(わたし)の言葉だ…!


どうして……僕は大丈夫じゃなかったのか…!?


『お前さえいなかったら…!ずっと愛しいエイヴァと、綺麗な世界でいられたというのにこの有様…!この顔も台無し…!エイヴァだってこんなにも汚れてしまった…!』


戸惑うカイヤに向こうの僕は吐き捨てる。


カイヤ自身も僕の異変に気づき、言葉を投げかけているが、向こうの僕は聞こうともしない。



「やめろ……!!ガディ=ジュエ!!カイヤに手を出すな!!」


いくら叫ぼうとも向こうには届かない。



どうして……どうしてだよ……



どうしてこんなことになってしまったんだよ……!!


どうして……僕は……












…キボウ


…キボウサガシテ









……え…………?


その瞬間、僕の目の前にカイヤが現れた。


カイヤは咳をしながら、不思議そうにあたりを見回している。


「……カイヤが…どうしてここに来れるんだ…?」


ここは『過去を食らう猫』しか入れない、絶望の世界なのに……


『俺は……実験をするのに…カイヤを手にかけてしまったのだ……』


ふと、キルさんの言葉を思い出す。


「……カイヤ……もしかして……、過去を食らう猫になったのか……?」


そうカイヤに呼びかける。が、カイヤはこちらに気づいていない。


ふとカイヤの足元を見てみると、微かに消えかかっていた。


もうすぐ消えてしまう……。


カイヤに伝えるなら……今だ…!!


今1番カイヤに伝えたい事を……!僕の叶えたい『希望』を言うんだ……!!



「…助けて…カイヤ=エスポワール」






『…僕/私を過去から…解放して…!』


僕の声が誰かの声と重なった。


カイヤはその声に気づき、振り返った。


僕と目が合う。


「…ミヴェル…?」


カイヤが僕を呼んだ瞬間、光となって消えてしまった。




ああ……これで……いいんだ……




伝えられることが出来たから……。


『希望』……僕は忘れない……





自然と涙がこぼれ落ちる。不意に睡魔が僕を襲い、その場に倒れ込んだ。





現実の世界で、カイヤともうひとりの僕が今何をしているのかは見えないから分からない…


ごめんよ……僕が出来るのはここまでだ



エイヴァ……ごめん……きっとまた、探しに行くからね……



少し休んだら……また……守ってあげるから……



カイヤ……ごめん……


僕は……信じてる……






きっと……カイヤが助けてくれる……



きっと………














『ーーかーー大丈夫ですか…?』


誰かの呼ぶ声が聞こえる。


『ー生存者、無事保護しました。ミヴェル=ソワールと思われる少年を一人……はい、こちらで保護します』


声と共に目を覚ました。


「!!大丈夫か…!?エリス様、目を覚ました様です…!」


こちらをのぞき込む男性……その奥には、誰かと電話をしている緑髪の女性が立っていた。


その女性は電話を切り、こちらを見た。


「よう少年〜、目ぇ覚めたか!!」


男言葉のその女性の口調に、カイヤの事を重ね合わせた。


「……ここは……?」


「希少種猫保護施設β基地だ。お前は道端で倒れてる所を保護されたんだぜ」


……希少種猫保護施設……


そこは……その場所は……カイヤとエイヴァと僕が、ずっと入りたいと思っていた場所だ。


「おーい、少年?」


女性の呼びかけに、肩を縦に動かす。


「お前、保護員にならねーか??」


……保護員……


ずっとなりたかったモノ……



僕は自然と、首を縦に振っていた。









後に、あの後、女性時の僕は、過去を食らう猫となったカイヤ=エスポワールの過去を食べた事が分かった。


そして……


彼女はまだ、僕の体の中にいることも……




僕の葛藤は、続いている。








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