ミヴェル=ソワールの過去と希望4
数日後、再びカイヤと出会った。
だがいつも通り、一向にカイヤに言うことが出来ない。
僕はまだ……迷っていた。
……カイヤに迷惑をかけたくない……
そんな思いが……ずっと僕の行動を邪魔した。
「よお!ミヴェル!!今日は男性時の方か!!」
カイヤが笑いながらこっちに駆け寄ってくる。
カイヤのこの笑顔を……僕のせいで壊してしまうのが……怖い
「久しぶりだね、最近忙しくてさ、すまないね」
顔を無理やり笑顔にして、カイヤに笑いかける。
「大変なんだな〜。で、最近どうだ?いつも通りそっちは楽しくやってんのか!?」
カイヤはそう僕に質問した。
言うなら……今だろう……
でも……
『……どうした?俺の遺した『希望』を、受け取らないのか?』
ふと、脳内からそんな言葉が聞こえてきた。
……キルさん……
その瞬間、キルさんとの会話のすべてを思い出す。
『……お前だけが頼りなんだ。どうか俺のためにも、カイヤを頼ってやって欲しい。どうせ今のお前はその『性格』のせいで実行できずにいるんだろ?……そんなプライドは捨てろ。カイヤはちょっとの絶望では挫折しない。だから、一度でもいい、信じてやれ。』
……僕しかいない。キルさんの希望を通す事ができるのは……
そして……カイヤしかいない…!この状況を打開できるのは……!
不思議と、そんな勇気が湧いてきた。
……一度、信じてみます。カイヤのこと
……たとえ嫌われてもいい……カイヤに一生恨まれてもいい……
…結果が残念だったとしても……僕は変えたい……!
この『性格』という足枷を……壊さなくては何も始まらない!
「…エイヴァを、助けたい」
僕は……初めて助けを求めた。
カイヤは唐突な僕の発言に、予想通り驚いている。
「助けたいって…お前幸せなんじゃないのか?毎日楽しそうで…電話越しに聞こえるエイヴァの声も、辛いようには聞こえなかったぜ?」
カイヤがそう言う。……確かにずっと隠していたから。
ずっと……僕はカイヤに言わなかったから。
カイヤは信じてくれるのだろうか……その不可解な僕の現象に……僕とエイヴァの身に起きている、この悲劇に。
言葉が詰まる。うまく言葉に言い表せない。
「…それは、女性時の時の話…。僕が助けたいのは、男性時のエイヴァだ」
そんな単純なことしか言えない。……まだ僕は恐れているのか……?カイヤを巻き込む事に対しての罪悪感を……感じているのか…?
「はあ?意味がわかんねーぜ。エイヴァはエイヴァだろ?」
「…男性時と女性時で、性格が違うんだ。普通の両性なら、男女とも同じ性格なんだけど…エイヴァは違う…」
「ちゃんと説明してくれ!俺にも分かるように!」
言葉足らずだ。うまく言葉で言い表せない。カイヤの住む世界ではありえないであろう事を、僕は話しているのだから。
「…ガディ=ジュエは、快く僕たちを受け入れてくれたよ。…女性としてね。女性時の時だけ、機嫌が良いんだ。ジュエ氏は写真家だ。ジュエ氏は、女性の撮影材料が…美しい人形が欲しかったらしい。だから僕とエイヴァを養子として迎え入れた。けど……」
これ以上言ったら……どんな反応をするのだろう。
ダメだ……カイヤに話すと決めたのに……こういう時に僕の臆病者は邪魔をする…
ほんと……僕はダメだな……キルさん……
黙りこくってしまった僕を見て、カイヤは眉をひそめ何か考え事をしているようだった。
そしてある事を言い出した。
「…親父め…エイヴァにまで手ェ加えてたのかよ…」
どうして…そこでキルさんが出てくるんだ…?
……いや、今のカイヤの状況ならそう考えてもおかしくないだろう。
カイヤはキルさんを嫌っている。実際、僕らをガディ=ジュエの元に連れていったのもキルさんだし、僕の感情が動く度に巻き起こる風や水も、キルさんの実験の作用だろう。
だがそれは過去に囚われた後のキルさんであって、僕はカイヤの知らない本当のキルさんを知っている。あのキルさんは……どうしても悪人には思えなかった。
「…何のことだい…?カイヤのお父さんは関係ないだろ?」
「…お前が感情を動かすたび、風や雨が舞起こる。エイヴァじゃなくて、お前も変わってしまっている…。お前も女性時と男性時で性格が違うんだ!それは全て、俺の親父のせい…!親父が悪い!」
カイヤのキルさんに対する嫌悪の感情がすごく僕に響いてきた。カイヤの事情も、僕には理解できる。出来れば彼に、キルさんの本当の姿を伝えたい。けれど、きっと伝わらないだろう…。
「…カイヤのお父さんばかりに責任を押したらいけないよ…。確かに、僕も薄々感づいてた。性格が違うという事や、この風なんかも」
僕の今出来る精一杯のキルさんへの庇いだ。
カイヤに見せるように手を差し伸べて、証明するよう風を呼び寄せる。カイヤは驚いている様子だ。
きっとこの能力は、過去に囚われたキルさんがした事なのだろう。
…けど今はこの風や水を操れる能力も…過去に囚われたキルさんの事も気にしている暇はない。
今は、カイヤにこの状況を分かってもらわなければならない。
カイヤに分かってもらうには、言葉では足りない。実際に見せた方が早いだろうと思った。
……正直カイヤには見せたくなかった…。…だけど、これしか方法は無い。
信じるんだ……カイヤを……
「随分と話が脱線したね…。…今度、僕の家に来てみて。丁度2日後、撮影会がある。…その時の僕は女性時だと思うけど、…わざと男性になってみせる。そしたらさ、僕とエイヴァの事、そしてガディ=ジュエ氏の事が分かるからさ、…人形じゃない事を証明するから」
せめて分かってもらえるようにと、僕は『人形』という言葉を口にした。……直接真実を言っても簡単には信じてもらえないだろうし、それに僕も……過去を話したら囚われてしまいそうで怖かった。
……カイヤ……君はどんな行動をするだろう…
少しの『希望』を、僕はカイヤに見出していた。
撮影会当日。
僕は真っ黒なドレスを着せられた。髪も綺麗にとかされ、赤い口紅をつけられた。
「今から決して動くなよ。お前は『人形』なんだ。それしか価値はないのだからな」
ガディ=ジュエの脅しを女性時の僕は顔色変えずに聞く。
……不思議だ。最近の僕は、女性時になると決まってガディ=ジュエに囚われ、僕は絶望していた。そしてその時はキルさんが『過去現像世界』と呼んでいたあの真っ黒な世界に閉じこれられていた。その時の女性時の行動は外側から見ることしか許されない。それを操作することなどできなかった。
だが今は、女性時になってもあの『過去現像世界』に閉じ込められていない。そして体を動かせずにいけていないが、確かにそこにいる感触がある。
椅子に座っている感触、口紅を塗られた時のひんやりとした感触。『過去現像世界』にいる時に感じる事が出来なかった女性時の僕の感触が、男性時の僕にも感じる。
これは、『絶望』していない証拠なのか。
カイヤに助けを求めたから……僕の抱えてた思いが少し軽減されたのか。
ほんの少しの変化だが、それでも僕は何かが変わっている事に可能性を感じた。
……けど、身体も表情も動かせられないという事は……まだ囚われているのだろう……。
……まだ女性時の僕は…自分のことを『ガディ=ジュエの人形』と思っているのだろうか…。
鎖はまだ、僕をきつく縛っているようだ。
今の僕では……どうしようもない。
『……で……』
その時、僕の脳内でとある声が聞こえた。
この声は……
『……私を……悪者扱いしないで……』
この声は……女性時の僕の声……?
『……私の話を聞いて……ガディ=ジュエに囚われる前の、私の本当に思っている事を……』
その瞬間、僕の脳内に……女性時の私の感情が流れ込んできた。
それは……自然と彼女の思考へと移り変わった。
僕の思考が、私の思考と重なる。
その時、丁度、撮影会は始まった。
女性時の思う事が、自然と僕の思考となる。自然と流れてくる。
撮影会を見に来た数多くの肥えた写真家が、ジロジロと私の方を見る。
「美しい人形だ……」
「どこで手に入れたのだろうか……」
そんな声が聞こえている。
そうだ、私はこの観客には、『人形』に見えているのだ。
私が『人形』だと、信じ込んでいるのだ。
……これはきっと、ガディ=ジュエの評判にも比例する。
ああ……そうか……私は……
ガディ=ジュエの名誉を汚さないために、こうやって『人形』になっているのか……
動いたら……ガディ=ジュエの名誉を汚す事になる。
……私は、ガディ=ジュエの名誉を汚した後の結末を……知っているから……
……あの痛みを知っているから……だから抗えずにいるんだね……
……ねぇ、まだ囚われていない男性時
…私は……従っているんじゃない
抗えないでいるだけなんだ
……それはきっと『性格』のせい。ミヴェルの性格が私を諦めさせた。
だから私は……女性時という殻は、ガディ=ジュエに囚われた。
……ねぇ、男性時、
カイヤに助けを求めてくれて、ありがとう…
君が求めていなかったら、今頃その男性時の心もガディ=ジュエに囚われて、ミヴェルは完全な『ガディ=ジュエの人形』になっていた。
……ありがとう…
……これは……女性時の本心なのか……?
そうだ……最初……僕達は一緒だったじゃないか…
ミヴェルという、ひとつの人格だったじゃないか…!
……けれどガディ=ジュエによる女性時の時と男性時の時との差別で、知らないうちに人格が……性格が変わっていったんだ。
今僕に話しかけているのは……本来あるべき女性時のミヴェルの人格。
けど『臆病で泣き虫で、他人に迷惑をかけたくないと自分で抱え込む』根本的性格は変わらなかった。女性時はそれをガディ=ジュエにつけ込まれ、染色された。
そしてカイヤに助けを求める以前の僕も、同じ道を踏み入れようとしていたのだ。
……キルさんに頼まれた『希望』…カイヤを頼るという『希望』は……僕のガディ=ジュエに囚われないための正解の道だったのだ。
キルさんはきっと……その事をずっと僕に言いたかったかも知らない。
人がどんどん溢れていく。
シャッター音が鳴り響き、人々がそれに感嘆する。
カイヤの姿は……見えていない。
私ね、今なら……今だけなら抗ってもいいと思うの
再び女性時の声が響き渡る。
………けれど、まだ私は怖い……
……あと一歩のところで踏み出せない。
……なにか……『希望』があれば……
……男性時なら、その希望が何なのか、わかるでしょ?
……うん……分かるよ
その『希望』はーーー
「ミヴェル!!」
その時、僕を呼ぶ少年声が人ごみから聞こえる。
人々が皆その声の主に目線を移した。
そこには……真剣な顔をしてこっちを見る……カイヤ=エスポワールの姿があった。
ーーカイヤ……!!ーーー
その時、急に体が軽くなった気がした。
これまで固まっていた表情が、身体が、動かせる……!
喜びが……『希望』が、僕の胸の中に溢れた。
『助けてーー』
そう願った時、僕の顔は、優しく微笑んでいた。
その瞬間、シャッター音がなる。
観客がガヤガヤと騒ぐ中、僕はずっとカイヤの方を見ていた。
『人形』ではない……『ミヴェル』の表情で…
それを見たガディ=ジュエは、静かに僕から目をそらし、観客の方を見て
「…終わりました。今日はこれで終了致します。皆様お集まり頂きありがとうございます」
と冷静な声で言った。観客はその声を合図にカイヤから目線を変える。
僕はガディ=ジュエに腕を引っ張られて連れていかれるまでの間、ずっと微笑んでいた。
一番奥の部屋に連れてこられた。
思い切り投げ飛ばされ、無造作に積み上げられた芸術品に身体をぶつける。
身体は男性化していた。ガディ=ジュエは僕のその姿を見て、怒りを露にする。
「お前……どうして性別を変えた……!!」
怒鳴る声が頭に響く。僕は険しい顔でガディ=ジュエを睨んだ。
ガディ=ジュエはそんな僕の表情を見て部屋を出ていった。暫らくすると勢いよくドアを開け、こっちを睨んだ。
「痛い!!離して!!」
ガディ=ジュエに引っ張られて連れてこられたのか、エイヴァが髪を掴まれた状態で必死に反抗している。ガディ=ジュエはエイヴァを投げ飛ばすと、力強い蹴りをエイヴァの腹にぶち込んだ。
「がっ……!!」
「エイヴァ…!!」
エイヴァの元に駆け寄ろうとするとそれを見越したのか、ガディ=ジュエに腹を蹴られ空中を舞い、壁にぶち当たる。強い衝撃と激痛で気を失いそうになる。
「エイヴァ……」
必死で手を伸ばす。が、その手をガディ=ジュエに踏まれた。
「ぐっ……!!」
「さあ答えろミヴェル!!なぜ男性化した!!」
うずくまるエイヴァの背中を何回も蹴りながらガディ=ジュエは言う。
「や……めろ……エイヴァを……」
「そんな口を聞く余裕があるならさっさと答えろ!!」
その瞬間、ガディ=ジュエは何かを思い出したかのようにニヤリと笑った。
「ああ、あのミヴェルの名を叫んだガキか……あいつが原因か……!」
「……か、カイヤは……」
「あいつの仕業だな……!お前外で助けを求めてたのか!!糞が!!」
エイヴァを蹴り飛ばし、僕の方へ近づいてくる。
「じゃあ、あいつも始末しなくちゃなぁ〜」
その時、僕の中に更なる恐怖心が生まれた。
……このままじゃ……カイヤがーー
僕のずっと恐れていたことが……起きてしまう…
「……か、カイヤは関係ない……!!全ては…!僕が男性化した事が悪いんだろ…!!だから僕を……始末すればいい……!!」
……カイヤに矢先が行くのなら……僕がカイヤを守る……
あの時、カイヤの僕を呼ぶ声で一瞬だが、女性時がガディ=ジュエから開放され、そして男性時と女性時の心がひとつになった。
それは紛れもない事実。カイヤがいれば、僕はきっと、囚われる前の僕に戻ることが出来ると確信が持てるから……
例え心が壊れたとしても……カイヤという『希望』だけは守る……!!
「そうか、じゃあお前の責任だな……」
ガディ=ジュエの手が近づいてくる。
……大丈夫……僕は……きっと……
カイヤを信じるからーー
……ああ、またここか……
……また、囚われてしまっていたのだな……
罵詈雑言が鳴り響く、暗闇の過去に囚われた世界……
『過去現像世界』
……あの後、僕は『人形』となってしまったんだね……
エイヴァは……きっと悲しんでいるだろうな……
ごめんよ……エイヴァ……
もうすぐ、この男性時の性格も、消えるんだろう
最後まで……僕は囚われてばかりいたよ……
もう……
バシンッと乾いた音が聞こえた。
気づいたら僕は、衝撃で飛ばされていた。
頬がヒリヒリする……
ここは……『過去現像世界』と違う……あの一番奥の部屋だ
……どうして……戻って来れて……
その時、ミヴェルの目の前にとある人物が立っていることに気付く。その少年は……こちらをきっと睨んでいる。その少年の金色の目は微かに濡れていた。
「…なんでそんな大事なこと…!俺に直接言ってくれなかったんだよ…!!ミヴェルはいつもそうだ!一人で抱え込んで…エイヴァを助けたいとは言ったけど助けてとは言わなかった…!そんなに俺のことが信じられねーのか!?そして…」
そして少年は壁を思いっきり殴る。
「なんで俺は…そんなミヴェルの過去を…知ろうとしなかったんだよ…!!」
少年……カイヤは赤く血が滲んだ拳を強く握り締めながら、険しい顔をする。
僕も……カイヤと同じ気持ちだ。
どうしてもっと早く……カイヤに頼まなかったのだろう。
この頬の痛みはずっと自分1人で抱え込んでいた自分への償いだ。
「…ごめん…でも、わかってくれて良かった…」
けれど、それはもう過去の事。
カイヤがいる限り、僕は過去に囚われない。
僕は微笑んだ。笑うなんてこと、あの時を除いていつぶりだろうか。
「…カイヤ、いつも通り、接してくれていいんだ。…現実逃避じゃないけど…本来僕たちが歩むはずだった世界を…見たいんだ…」
そう、カイヤといれば、本来僕が進むべきだった道に……僕/私の性格もきっと一人に戻ると信じるから…
一人に戻れば、エイヴァを助ける方法も、ひとつにまとまる。少なくとも、もうひとりの僕がいる事でエイヴァを助ける方法が分離してしまうのを防ぐことが出来る!
きっと、カイヤがいれば、大丈夫…!
「…三人で、本来進むべき道を進もうぜ…!辛い過去なんて、消えてしまえばいい…!きっと、俺たちなら…!」
あの時、僕とエイヴァがガディ=ジュエの元に行く前の、あの楽しかった日々に……いつか戻りたい!
三人で希少種猫保護施設に入所する事も、三人で同じ道を進む事も…いつか三人で追い求めた夢を……!いつか必ず……!
「ああ。だから今は、できる限りのことをしよう…。いつか必ず、僕たちは自由になるんだ…!」
三人できっと……!!
僕はその時、ある事を見落としていた。
『僕』がガディ=ジュエから囚われなければ、きっと『希望』は見えると思っていた。
それだけじゃ足りない事に……僕はいつ気づく?
『……私を、悪者扱いしないで……』




